私は歴史が好きなのですが、それは小さい頃から見ていた前世の記憶に関係しているかもしれません。
娘がもらったホワイトデーのお返しを半分もらった^_^
前世だと概念がない幼い頃から、不思議なビジョンを見ていました。
一番はっきり覚えているのは、父がよく見ていた西部劇を見ながら、インディアンの女の子が、グランドキャニオンのような岩山の谷から空を見上げて、鳥を見ているビジョンです。
その女の子はいつも、イーグルか何かだと思うのですが、その鳥に向かって、
「あなたは自由でいいね。あの山を越えていけるのだから」
とつぶやいているのです。
その女の子の夢は、その山を越えた世界を見ることでした。
それがどういう意味なのかなんて、小さい頃の私は全く知りませんでした。
ただ父が見ている西部劇では、いつもインディアンが悪もので、カウボーイに、皆殺しにされるのです。
うっかりそういうものを見てしまい、父に泣きながら、なぜインディアンは殺されなければいけないんだと訴えていたことを覚えています。
父は、インディアンは人間の頭の皮を剥いだり、カウボーイの家を襲ったりするから悪いんだと言っていました。
もともとインディアンの住んでいた場所にやってきた人間たちを追い返そうとしていた中で起きたことだし、悪いことをした人だけではなく、女子供まで殺すなんて絶対におかしいと子供ながらに思っていました。
それが私の前世の記憶に関連した思いです。
でもそれが自分の前世だとは、全く思っていませんでした。
今から30年ほど昔に、ワンダーゾーンと言うテレビ番組がありました。
そこで前世のことを覚えている子供たちを取り上げていました。
その時私は初めて、前世の概念と、多くの人の記憶に残っているのかもしれないと知るきっかけとなりました。
普通に生きていく中で、前世の記憶が勝手によみがえっている概念がなかったですから、自分の中に時々見えているインディアンの映像だとか、初めて会った人との時代設定がおかしい感 ビジョンが見えていることが、前世だと思っていませんでした。
それから数年後、インターネットが始まり、IT系の会社に勤めていた元夫がパーソナルコンピューターなるものを買い、私は生まれて初めてネット検索をやってみたのです。
札幌 精神世界
そこで出てきたものは二つぐらいしかありませんでした。
それは、札幌市内の人だったら知っている人もいるかもしれないけれども、ヒーリング音楽を奏でるピアニストの方で、レイキをやっている方のサイトでした。
当時札幌でインターネットで精神世界を伝えていたのはその人しかいませんでした。
私はその人のホームページで、札幌市内に前世を見てくれる場所があるのを知りました。
そこに書いてあったヒントは、
ある大型店の近くにあり、わかりづらい通りに面していること。
そしてお店の名前が書いてありました。
当時保険の営業をやっていた私は、その辺を回ると女子に嘘をつき、なんとなくあたりをつけてふらふらと歩いていきました。
そういうときの私のカンはとても冴えていて、なんとなく見えたビジョンのよく似た通りを歩いていきました。
すると小さなアパートの郵便受けがとても気になったので、フラフラと郵便受けのところを見に行くと、お店の名前が書いてありました。
そのアパートの部屋の前に小さいカードにその名前が書いてあるものが貼ってありました。
恐る恐るドアを開けると、壁紙が青空の模様になっていて、天使のグッズがテーブルに所狭しと並んでいて、若いお姉さんが、いらっしゃいませと出てきました。
まるでファンタジーの入り口のようでした。
そこで、「ホームページに前世療法ができると書いてあったので探してきました」と伝えると、ここの場所は分からないようにしてあったので、ここにたどり着く人は皆縁がある人なんですよと言われました。
後から知るのですが、そのセラピストさんは、めちゃめちゃインディアンの前世の子でした。
今はそのお店のオーナーは東京に行き、お店自体はなくなったのですが。
当時札幌でスピリチュアルなことに興味がある人は、みんなそこにたどり着いていたので、そこでハーブティーを飲みながら、いろいろなことを語り会ったことが今でも懐かしいです。
そしてそこで前世療法を受けました。
私は、イタリアが気になっていたので、ルネサンスの前世が見たいなと思っていたのですが、どんな前世を見たいかと聞かれ、今の夫と関係を知りたいと答えたところ、インディアンの前世が出てきたのです。
前世の映像にどっぷりとつかり、あれが前世だったんだと認識できた時から、私はすでにたくさんの前世を見ていたことに気が付きました。
そして前世が見えるようになったのです。
インディアンの前世では、私は居留地と呼ばれる場所にいました。
インディアンを閉じ込めて絶対に外に出さないようにしておく法律のようなものがあり、一生そこから出ることができないまま過ごした人生でした。
外の世界が知りたい、鳥になってもっと自由に外を見てみたい。
その思いを抱えたまま40代位でなくなっていたのです。
だから私は、今でも、とにかく行きたいと思った場所に行きたい衝動がつよいのです。
そしてあの時の私のように、強い思いを抱えたまま、何もできないままただ生きていた。
そういった思いを拾い上げ、物語にして伝えたい。
名もなき人たちが、どんな思いで生きていたのか、そういったことを人に伝えたいと言う思いがいつも溢れているのです。
だから私は歴史を学ぶし、人に興味を持ってもらえるような形で面白く伝えていけたらいいなと思っています。