空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

小説『ともぐい』

2024年03月02日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

明治後期の北海道の山で、
犬一匹と暮らす孤高の猟師の姿を描く。

幼くして猟師に引き取られた「熊爪」は、
養父から山で生きるすべを学ぶ。

「鹿の殺し方も、熊の仕留め方も、
 手当ても芋の茹で方も、
 教わった」

「熊爪」という名は、
乾いた熊の爪を玩具がわりにしていたことから
養父に名付けられた。
死期を悟った養父が姿を消してからは、
ただ一人で小屋に住み、
狩りの獲物の肉と
小屋の周辺で採った山菜の漬け物を
近所の町まで運んで売りさばき、
得た金で弾丸や米や塩などの必要なものを買って、
山に帰っていく。
町に住めば、社会性を得るのだが、
熊爪はそれを拒み、
かたくなに猟師としての自分を守る。

ある日、冬眠を逃した「穴持たず」熊を追ってきた猟師が
逆襲されて瀕死の重症を負ったのを助け、
町の有力者のもとに預ける。
山に戻って、「穴持たず」を撃つために探索中、
「穴持たず」と若い赤毛の熊との闘争に巻き込まれて、
重症を負い、体力が回復したのを待って、
体力の限界で町に向かう。
有力者のもとで治療した後、
炭鉱に従事する誘いを断って、
山に戻る。
あの赤熊を撃つことに執念を燃やして・・

こうした本筋に、
町の有力者との交流、
その家にやっかいになっている盲目の少女・陽子(はるこ)との
交わりが描かれる。
日露戦争が近づき、
有力者は没落し、
熊爪は少女を連れて山小屋に戻り、
子供を育てるが・・・

山の暮らしを守り、
なまぬるい世俗の生活を拒む熊爪の姿は、
人間の原初の姿を見るかのようだ。
獣そのものの嗅覚で獲物と対峙する男に
哀愁が漂う。
人間の世界に入って、魂の死を迎えるか、
それとも、孤高の姿勢を守ったまま、
山で熊と闘って果てるか。
その決断の中に、
「人間とは何か」が問いかけられる。

もし山で生きる道を捨てたならば、
煩い街の中、
俺の魂は静かに生きて死ぬことになる。

町の有力者は問う。
「お前の幸福というものは、何だろうね。
 あるいは、幸福というものを感じる能力が、
 お前にはあるのか、ないのか、どちらだろう」
熊爪は、こう答える。
「毎日、なんも変わらなければ、それでいい」

山での生活の有り様、
熊との壮絶な死闘が
河崎秋子の見事な筆致で描かれる。
まるで側で見ているかのような臨場感だ。
山が冬を過ごして春を迎え、
夏が過ぎて実りの秋を通り、
再び厳しい冬を迎える
季節の移り変わり
的確な描写で伝わって来る。

国が戦争に向かい、
近代化の波が押し寄せる北海道で
単独者を守ろうとする男の闘い。
北海道の自然の中
孤高の猟師の姿を通して
人間の根源について考えさせられる。

とにかく、熊爪という
極めて魅力的な主人公を造形できたことが素晴らしい。
また、主に従順に従い、
熊とも闘う勇気あるの描写もいい。

直木賞受賞作の中には、首を傾げるものもあるが、
本作は、堂々とした「直木賞受賞作」である。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿