[書籍紹介]
カツセマサヒコの短編集。
「小説宝石」に2022年から24年までに
掲載されたものを一冊にまとめた。
共通項は、「海」。
登場人物に若干の重複はあるが、
ストーリーに深く関わるものではない。
徒波
20年近くいた東京を離れて、
縁もゆかりもない海辺の町に住むようになった38歳の男は、
ハンバーガーショップで、
12年前に別れた元カノと偶然出会う。
お互いの12年を知ってみると・・・
鳴き声が下手なまま老いていくウグイスがいるなら、
生きるのが下手なまま、
生きていく人もきっといる。
何度も失敗しながら、
笑われながら、
自分に疲れながら、
それでも生きていく人はきっといる。
もっと軽率に、心が動けばよかった。
海の街の十二歳
小学六年生の女子たちが
タイムカプセルを公園に埋めたという話を聞いた少年たちが、
そこに出かけてタイムカプセルを掘り出す。
その一つ、井上真帆の「10年後の自分へ」の
手紙を読んでしまい、
真帆の秘密を知ってしまった少年たち。
冒頭に10年後にタイムカプセルを掘り出して、
自分の手紙を読んだ真帆が微笑む姿が描写されている。
願いは叶ったのだ。
岬と珊瑚
岬も珊瑚も人名。
保育士と教師。
海に出かけた二人は、
帰路、迷子になった子供を助け、
交番に連れていく。
やがて、両親が現れ・・・
タイムカプセルの話が少し重なる。
氷塊、溶けて流れる
夫婦でパン屋を営む主人公のところを
離婚して別れた父が訪ねて来る。
父は古いタイプの父親だったが、
バンコクに赴任したことで、
人が変わって軽い人物になった。
その父の訪問で、
自分の知らない間に妹が出来ていたことを知る。
ファミレスで偶然一緒になった主人公に、
父は、子供の頃、一緒に過ごさなかったことを謝罪する。
途中で子供の名前から、
「岬と珊瑚」で迷子となった男の子の家庭だと分かる。
オーシャンズ
これは書下ろし。
昔から知っている八百屋が閉店するという。
そこは老婆と舷さんという謎の人物が同居する店だった。
自転車で転んで、傷の手当をしてもらったことで、
親しくなり、店を手伝ったこともある。
やがて、舷さんは指名手配の逃亡者だったことを知り・・・
本作に真帆が登場する。
「わたしたちは、海」という言葉が出て来る。
渦
婦人雑誌の副編集長をしている主人公は、
「ママ活」の大学生・楷くんにはまっている。
部下から「ママ活」についての記事をもちかけられ、
ギョッとしたりする。
心の離れた夫とは別れるが、、
楷くんとの連絡が取れなくなる。
ママ活についての記事を読んで、
自分に対する楷くんの言動が
マニュアル通りだったことを知り・・・
カツセ、こんな引き出しもあるんだ、
と思わせる、中年女性の内面の枯渇に迫る。
鯨骨
浜に打ち上げられた鯨の死体。
波多野は、親友のカメラマン・潮田と共に見に行く。
潮田と会ったのは、高校の文化祭。
そこで潮田の作品「鯨骨」を見た。
それからの長い付き合い。
その潮田から友人たち宛のメールが届く。
癌で闘病生活だという。
訪れると、余命いくばくもない印象。
やがて訃報が届き、
個人の遺志である海への散骨に波多野は付き合う。
見上げた雲が鯨骨に見える。
涙が潮田のためじゃなく流れていることが、
悲しかった。
僕はこんなときでも、
僕のためにしか泣けない。
どこまでも、自分、自分、自分、自分、自分なのだ。
この世界が自分を中心に回ってるいるわけがないと気付いていながら、
それでも、だからこそ、
僕は僕のことしか考えられない。
あまりに醜く、
無意味な涙だと思った。
そんなものが
この部屋で流れてしまうことがまた、
潮田にただただ申し訳なかった。
──海は、この星の涙の、行き着く先かもしれない。
不意に、潮田の言葉を思い出した。
いろいろな人生の断片を見せる、
豊かな読書体験だった。
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