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映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』

2023年05月03日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

2000年から2001年にかけて
イラン社会を震撼させた連続殺人事件を題材にした
クライムサスペンス。

聖地マシュハドで売春婦連続殺人事件が発生する。
犠牲者の数は16人。
首を絞めて殺され、街角に遺棄された。
人々は、恐怖におののき、
その殺人鬼を“スパイダー・キラー”と呼んだ。

女性ジャーナリストのラヒミがマシュハドを訪れ、
真実を探ろうとするが、
警察も聖職者も協力的ではない。
事件を隠蔽しようとする勢力も存在する。
ラヒミは、性差別的なスキャンダルで
不当に職を追われた過去がある。
女性蔑視の風潮の被害者だ。
捜査に行き詰まったラヒミは、
自分が娼婦を装って犯人と接触しようとする。
「囮捜査」ならぬ「囮取材」。
一歩誤れば自分が被害者になりかねない、危険な方法だ。

映画は、犯人像を早々と見せてしまう。
建築業のサイード・ハナイ(犯人の実名)は、
イラン・イラク戦争からの帰還兵で、
三人の子供を持つ、家庭では良き父親であり、
モスクに通い、礼拝堂で涙を流す
経験なイスラム教徒だった。
サイードは、家族が出かけた時、
バイクで町を流し、
娼婦を連れ込んで首を絞めて殺し、街角に遺棄していた。

街角に立って犯人の接触を待つラヒミ。
その側に近づく、一台のバイク。
ついにラヒミと犯人が接触する時が来た・・・
このあたりのサスペンス描写は秀逸。

犯人サイードは逮捕されるが、
ここから、状況はねじれていく。
サイードは、聖地を浄化するために、
神の意志を代行して
娼婦を殺したのだ、と主張し、
それに賛同する人々が増えたのだ。
人々は、サイードを英雄として称え始め、
“汚れた”女たちを街から始末するという
宗教的な務めを果たしただけだと擁護する。
妻も息子も夫・父の正義を疑わない。
権力者たちにとって事件は政争の具になる。
判決は死刑を宣告するが、
処刑を偽装する計画が持ちかけられて・・・

娼婦を殺す描写が強烈。
冒頭、子供を寝かしつけて、
町に立つ娼婦の女性が描かれるが、
どこの誰とも分からない男性を相手にし、
知らない家に連れ込まれる危険が見事に描写される。
町の暗闇が深い。

売春をしなければならない女性たちの根本原因、
貧困の問題はさしおいて、
神の名のもとに殺人が正当化されようという。
サイードの無罪を主張する
イスラム教徒ら支援者たちの描写もおぞましい。

マシュハドは、350万人の人口を抱える、
イランで2番目に大きな都市であり、
非常に保守的な宗教の中心地でもある。
毎年2000万人以上もの観光客と巡礼者が訪れる。
巡礼の目的は、
殉教者イマーム・レザー廟への参拝だ。

そのような「聖地」での犯罪と
宗教による正当化と、
その追随者たち。
殺人事件を扱いながら、
その背景にある女性蔑視
聖職者の堕落
警察の腐敗なども浮き彫りにする。
イランでは撮影は許可されず、
ヨルダンで撮影したという。

やっかいなのは宗教だ。
映画には、その描写はないが、
実際の犯人サイードは、
16人中13人と性行為をした後で殺したというから、
「浄化」など言い訳で、
一人の快楽殺人者にすぎない。
しかし、宗教的意図を口実にし、
それを支持する人たちが現れると、
たちまち正当化されてしまう。
おそろしい正義の歪曲

昔のヨーロッパで、様々な宗教戦争が行われ、
南米の侵略も宗教を御旗に立て、
被征服民族に対する殺戮がなされた。
コーランには、神の為の人殺しさえも許可されている。
このように、
宗教を立てて犯罪が行われることは多々ある。
オウム真理教の一連の事件を想起するだけで足りるだろう。

そのように、この作品は、
人間の奥底に存在する邪悪な欲望と、
それを隠蔽する宗教との葛藤を描く。
内容は、暗く、深い

英語の原題は「Holy Spider 」。
それを「聖地には蜘蛛が巣を張る」とした
邦題のセンスはなかなかなものだ。
宗教的聖地が腐敗と罪にまみれた場であることを
見事に示唆している。

監督・脚本はデンマーク在住のイラン人監督アリ・アッバシ
デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランスの合作。
デンマークのアカデミー賞ロバート賞で11部門を制覇、
アカデミー賞デンマーク代表作品にも選出された。
犯人サイードをメフディ・バジェスタニが、
女性記者ラハミをザール・アミール=エブラヒミらイラン人俳優が演ずる。
ザール・アミール=エブラヒミは
カンヌ映画祭で女優賞を受賞した。

ラストの展開は衝撃的。
その後のラヒムの取材映像が更に衝撃的。

5段階評価の「4」

TOHOシネマズシャンテで上映中。

 



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