日銀総裁「異例」の辞任の読み方
さて、次の総裁はだれが適任か
高橋洋一:嘉悦大学教授
政治・経済 高橋洋一の俗論を撃つ!
2013.2.6 12:45
5日、官邸での経済財政諮問会議が終了した18時過ぎに白川方明日銀総裁の辞任のニュースが流れた。はっきり言って、筆者は別に驚かなかった。むしろ遅きに失したといっていい。
為替市場は、辞任ニュースが流れると、一気に円安に向かった。金融緩和に一番慎重だった人の辞任ニュースなので、すぐ反応したわけだ。
今回の辞任を政府の圧力と関係つける報道はピントがずれている。なにより日銀総裁辞任で、経済が良い方向に向かっているのは何とも皮肉なモノだ。
実質的には「ゼロ回答」だった
前回の日銀の政策決定会合の決定
1月22日の政府・日銀の共同声明、日銀の政策決定会合については、23日付け本コラムで書いたように、筆者は共同声明の方向性は評価するものの、政策決定会合は評価していない。
共同声明ではインフレ目標2%といいながら、政策決定会合では、今年は従来通りで来年から「資産買入等の基金」を10兆円増やすというのでは、インフレ2%達成にはほど遠い、ほぼゼロ回答だった。共同声明を出しておきながら、面従腹背の政策決定会合を出すくらいなら、もっと早くやめるべきだ。
次期総裁候補の報道は財務省・日銀からのリーク
安倍政権が誕生した時、白川総裁は自らが4年以上やってきた金融政策が否定されたのだから、その時点で辞めてもいいくらいだ。
たとえて言えば、親会社の社長が前任者とまったく違う方針の人に代わったとき、子会社の社長はどうするか。一つの方法は、心を改めて親会社の新しい社長の方針に従うことであり、もう一つは方針があわないのだから辞めることだ。
実際にやったことは、辞めないが、親会社の新しい社長の方針にも従わなかった。これまで4年10ヵ月、インフレ目標を否定しながら、最後の2ヵ月間にそれを訂正できなかった。すぐに辞任すればいいものを、インフレ目標2%に賛成するそぶりを見せて総裁ポストに2ヵ月間固執したともいえる。今回の辞任は、その最後の2ヵ月間を1ヵ月間に短くしただけだ。
実際は、5年前の日銀総裁の国会同意人事でもめて1ヵ月任命が遅れたのを元に戻しただけにすぎない。もし4月まで総裁を続けていれば、3月19日までに新副総裁2人が決まって、白川総裁は最後の1ヵ月間やりにくかっただろう。
もともと総裁・副総裁の3人の人事はセットであり、政府としても3人提示するはずだったと思う。そうした政府と日銀とのあうんの呼吸だろう。ただし、そこで後任人事が決定したというわけでもないだろう。国会同意人事なので、政府と日銀だけで決められるものでもない。
あえてこの時期に辞任したことを勘ぐれば、ほとんど痛くない1ヵ月の前倒しで、日銀への同情を誘うかもしれない。異例の任期途中で辞任、潔い決断などの報道が目に浮かぶ。ただし、辞任で円安に振れるくらいなら、もっと早く辞めておくべきだったというほうが説得力がある。
次期総裁候補の報道は
財務省・日銀からのリーク
今回の辞任で、一気に次期総裁・副総裁選びが加速するだろう。今マスコミに流れているのは、ほとんど財務省・日銀から流されている話ばかりだ。例えば、武藤敏郎・大和総研理事長(69歳)、黒田東彦・アジア開発銀行総裁(68)、岩田一政・日本経済研究センター理事長(66)、渡辺博史・国際協力銀行副総裁(63)、伊藤隆敏・東大大学院教授(62)らだ。これをA面という。
一方、マスコミがあまり注目していないが、渡辺喜美・みんなの党代表が安倍晋三首相に伝えたのが、中原伸之・元日銀審議委員(78)、浜田宏一・エール大教授(77)、岩田規久男・元学習院大学教授(70)、竹中平蔵・慶大教授(61)らだ。これをB面と言おう。
なお、参院(総定数242)は欠員があるため現在236。通常議決に加わらない議長を除くと過半数は118。自公で102議席なので、同意人事案可決には16以上の賛同が必要。その場合は民主(87)か、みんな(12)・日本維新の会(3)・新党改革(2)との連携が必要である。
日銀人事ではだいたい3条件が出されている。ただし、3条件のうち2つの英語、組織マネジメントはどこも同じで、3番目で違いがある。麻生財務相は財務相就任前に「金融の理解」、財務相就任後に「健康」と言うようになった。民主は「独立性」をあげ、みんなの党は「博士号」と言っている。
最終的には安倍首相の判断になるが、民主と組む場合、麻生財務相の意向で【A面】が提示され、それに民主党が乗る公算が強いと思う。
その逆として、みんな・日本維新の会・新党改革と組む場合には、【B面】のベースになってくるのではないか。
為替介入の特権を死守したい財務省
【B面】のほうが市場には歓迎される。その理由は、財務省関係者の場合、財務省が為替を所管しているので、どうしても為替には及び腰になってしまうからだ。
実は、財務省の国際畑の人は、外為特会の利権を失うまいと必死になっている。今回のアベノミスクでわかったように、為替は介入で変動するのではなく、通貨の交換比率で動く。つまり、二国の金融政策の差を反映する。二国間の通貨量の相対的な差に着目すると、相対的に少ない通貨のほうに希少性があるために、相対的な価値が高くなるという原理で、為替の変化の大半は説明できる。
ところが、金融政策で為替が決まるという事実は、財務省による為替介入は効果がないという話になる、その結果、為替介入は不要とわかってしまう。実際、先進国では変動相場制であり、日本ほど為替介入の結果である外貨準備高の大きな国はない。しかし、為替介入は民間金融機関に運用ビジネスを与えており、それで財務省は天下り利権を得ているので、この為替介入を手放すことはできない。
こうした利権が背景にあるので、【A面】の人は、為替についてあまり語らない。中には1ドル75円でも円高ではないと主張する人もいる。そうした人は、インフレ目標2%と1ドル75円でも円高でないという議論を、どのように折り合いをつけるのだろうか。
みんなの党の3条件は、世界では当たり前だ。むしろ財務相就任後に3条件を変更した麻生財務相のほうが奇妙だ。麻生財務相が学者はダメだと言っているが、G20のうち7割は博士号所有者で、学者系の中央銀行総裁だ。学者はダメと言っていると世界から遅れる。安倍政権が次元を超えた金融政策をしようと世界に向けて発信するなら学者のほうがいいい。
なお、中央銀行総裁のパフォーマンスは、どれだけ物価を目標に近づけたかで判定できる。インフレ目標の上下プラスマイナス1%は合格としよう。白川総裁の場合、とりあえずインフレ目標1%とすれば57ヵ月中12ヵ月が合格で、打率2割1分。一方バーナンキFRB議長はインフレ目標2%で、83ヵ月中54ヵ月が合格で、打率6割5分。
ちなみに、白川総裁のときに新しいインフレ率2%であったとすれば、57ヵ月中6ヵ月が合格で、打率1割となる。
これではもっと早く辞任すべきと言われても仕方ないだろう。