2010年08月27日
第1部 アリババの21世紀戦略/世界の中小企業をグローバル市場に参加させる
企業家倶楽部2009年10月号 特集第1部
世界の中小企業をグローバル市場に参加させる 中国最大級のネット企業集団
2030年に米国を抜いて世界一の経済大国になると言われる中国。その中国で今、未来の巨大企業を目指して急成長しているIT企業がある。その名はアリババ・グループ(阿里巴巴集団)。中国の中小企業を世界各地の企業と結びつけるB2B(企業間取引)サイトや会員数7000万人を擁するC2C(消費者間取引)サイトなどを運営、創業9年間でグループ社員数1万人規模の大手企業に成長した。同グループの若きリーダー、ジャック・マー(馬雲)が掲げる「難しい仕事を易しくして、世界の中小企業のお役に立ちたい」というミッション(使命感)の下、世界の商取引、貿易のあり方を根底から変えようとしている。さらに、ソフトバンクと提携して、日本の中小企業100万社の活性化作戦にも乗り出した。躍動する若き企業集団を現地に追った。(文中敬称略)
世界の中小企業をグローバル市場に参加させる 中国最大級のネット企業集団
世界の中小企業をグローバル市場に参加させる 中国最大級のネット企業集団
上海市から南西へ車で約3時間。浙江省杭州市のビジネス街にアリババ・グループの本拠地がある。3つのビルのうち、グループの中核アリババ・ドットコムが入居するビルを訪ねた。その6階、案内役のアリババ・ジャパン取締役COOの孫炯に促されて、ある部屋に入った。
10畳ぐらいの部屋。正面に8つに区切られた大きなモニターが設置されている。右上に中国全土の地図が描かれており、光の矢が上下左右に行き交う。「アリババのサイト上でeコマースが行われている状況をリアルタイムで示しています」。孫炯がやや自慢気に説明する。
パネル上部の中央部に無数の文字が左から右に流れて行く。この文字は世界中のユーザーが打ち込むキーワードだ。ユーザーはこのキーワードで求める商品を取り扱う企業を突き止め、商談を進める。下段の中央部に棒グラフがある。中国最大のC2Cサイトである「タオバオ」(淘宝網)の昨日と今日の取引件数が1時間ごとに表示されている。今日現在の取引量がきのうの同時刻と比べてどれだけ伸びているかが一目瞭然だ。棒グラフの下には1カ月間の取引量が折れ線グラフで示されており、日にちを経るほどに折れ線グラフは上昇曲線を描いている。その下に数字が点滅している。「1日のタオバオサイト上での成約件数です」と孫。数字は190万件を表示している。
アリババ・グループのサーバーは全世界で4万台(本誌推定)あり、昼夜を問わず稼動、全世界のeコマースを支えている。刻一刻変化する大型モニターの数字やグラフを見ていると、躍動するアリババ・グループの鼓動が伝わって来る。
アリババは世界のネット企業が成し得なかった企業間電子商取引(B2B)を仲介するサイト「アリババ・ドットコム」を成功させたIT企業である。中国国内に2500万、海外に500万のユーザーを擁し、4 0カテゴリー、7000万点の商品を展示、サービス範囲は240カ国に及んでいる。1日のページビュー(PV)は1億、08年第1四半期の売上高は6.8億元(約113億円)と前年同期に比べ53%伸びた。
アリババ・グループはオークション(C2C)サイト「タオバオ」も運営している。会員数は7000万人、毎日500万人が買い物を楽しんでいる。1日にアパレル商品が30万枚も売れるという。07年11月、グループの中核企業であるアリババ・ドットコムが香港市場に株式上場。時価総額が2兆5000億円を超えて、一躍、世界の注目を集めた。
ネット人口が2億5000万人に増え、米国を抜いて世界一になった中国だが、2000年から2002年にかけて、ネットバブルが崩壊、多くのネット企業が倒産した。その中で、アリババ・グループはしぶとく生き残った。
なぜ、アリババは生き残り、本場米国でも成功しなかった、B2Bサイトを成功させたのか。その秘密を解き明かすためには、やはり同グループのCEOであるジャック・マーにご登場願わなければならない。別棟の本社ビル19階で執務するマーはTシャツ姿の軽装で応接室に現れた。「世の中から難しい仕事をなくし、『中小企業の皆さんのお役に立ちたい』というミッション(使命感)を持っていたことが顧客の支持を得た」とマーは明確に答える。輸出を希望する中小企業は毎年500万社増えており、そのニーズに応えることは、社会的に価値があると同時に市場性もある。
マーが創業期に営業員に口を酸っぱくして言っていたことがある。「顧客が5元持っていたとする。その時、すぐに5元を頂くのではなく、まず顧客の5元が50元になるように仕事を手助けする。その後で、5元を頂けば、顧客は何の不満も言わずに5元を支払うだろ」と。アリババ・ドットコムを立ち上げた最初の4年間は無料でサービスを提供した。これによって、ユーザー数を急激に増やした。99年末には1日のアクセス数が8万件に達した。
取材班は社内にあるテレビスタジオに案内された。毎日午後3時から15分間、アリババを利用して業績を上げた経営者に来てもらい、サクセスストーリーを語ってもらっている。時計を日本に売り込んでいる広州海納百川実業社長の易倚は「百円ショップから昨年1年間で当社の製品を百万個も注文してもらった」と語る。
顧客優先の経営は、信用や誠実さの重視につながる。中国の企業はきょうの利益を追求する傾向が強く、信用や誠実さと縁遠い風潮が強い。これに対し、アリババ・グループは信用や誠実さを重んじ、中小企業の業績拡大に努力した。2002年には「信用通」というネット信用管理システムを導入、本社の所在地を確認した上、商談者を特定して、eコマースの安全性を強化した。これにより、アリババ・ドットコムを通して行う電子商取引は信用出来るという評判が立ち、ユーザー数を急速に伸ばして行った。
変化に即対応しさらなる変化を創造する
顧客のニーズに対応するために、変化に即対応するという企業風土もアリババ躍進の大きな原動力となっている。「変化に対応し、変化を創造するものが勝利する」というのがマーの創業以来の哲学だ。
2003年、C2Cサイトのタオバオを立ち上げたのも変化対応の基本方針に沿ったものである。C2Cサイトの巨人、米イーベイが2002年ごろに、中国に参入した。メグ・ウィットマン女史に率いられたイーベイは瞬く間に全米を席巻し、欧州にも進出、中国にも攻め込んできた。売上高は全世界で約90億ドル、創業期の中国IT企業にとっては強敵である。B2B、B2C、C2Cと一見、境界線があるように見えるが、実際の取り引きには、はっきりした境目はない。企業がC2Cサイトで取り引きするのは日常茶飯事だ。「いずれ、イーベイはわれわれの分野に参入して来る」と直感したマーはイーベイ迎撃作戦を開始した。
2003年5月、密かにタオバオを立ち上げた。イーベイとの真っ向勝負に出たのである。マーが実行した対イーベイ戦略はタオバオ会員への無料サービス。当時、イーベイは会員に対し、オークションの参加費を取っていた。これに対しアリババ陣営は無料作戦で対抗したのである。
この作戦はソフトバンク社長の孫正義の助言によるところが大きい。あとで詳しく触れるが、2000年1月、アリババ・グループはソフトバンクから2000万ドルの出資を受け入れており、同盟関係にあった。イーベイが日本に参入した時、ヤフー・ジャパンはオークションサイトで徹底した無料作戦を敢行、イーベイを日本市場から駆逐した。この作戦を中国でも実行したのである。
この結果、タオバオは破竹の勢いで会員数を伸ばして行った。05年には会員数1390万人、成約金額80億元に達し、07年には5335万人、433億元と劇的に業績を伸ばした。「C2Cにおけるタオバオの国内シェアは85%に達した。イーベイは昨年、撤退した」と孫炯は言ってのけた。別棟のタオバオ事務所に案内された取材班は、社内の壁一面に同社の躍進する数字が大書され、若い社員が真剣にパソコンに取り組む姿を目の当たりにした。
タオバオの立ち上げによって、オンライン決済サービスのアリペイが生まれた。オークションサイトを成功させるためには、会員間の取引の信頼性が重要。カネを払っても品物が届かないようではeコマースは成り立たない。そこで、アリババがアリペイというオンライン決済サービスを構築、アリペイの会員になった人のeコマースを保証した。これによってeコマースの信頼性を確立した。現在、アリペイの会員数は9000万人にのぼり、他のオークションサイトでも利用されている。
現在、アリババ・グループの事業部門はアリババ・ドットコム、タオバオ、アリペイ、ヤフー中国、アリソフト(中小企業向けソフト会社)、アリママ(ネット広告)の6分野にまで広がっている。B2Bのシェア70%、C2Cシェア85%、アリペイシェア75%、余剰資金2000億円の中国屈指のIT企業グループに成長した。
インターネットとの出会い
ジャック・マーはITの専門家ではない。1965年杭州市に生まれたマーは88年、杭州師範学院外語系を卒業、英語教師になった。95年、通訳として、米シアトルを訪問、そこで始めて、インターネットに出会った。帰国後すぐにネット版電話帳、イエローページを設立。ネット事業に乗り出した。2年後の97年、イエローページを離れ、北京で対外貿易経済合作部傘下の企業経営に携わる。ここで、貿易業務を学んだことがアリババ設立につながった。
中小企業が独自に煩雑な貿易手続きをクリアして、海外企業と取引きするのは至難の技。この業務をアリババが担当。中小企業の対外貿易を手助けすれば、中小企業の活性化に役立つのではないか、とマーは思いついた。98年末、故郷の杭州に戻り、18人の仲間とともにアリババを設立した。
現在、全世界の国際貿易高は年間6.5兆ドルに達している。その10%の6500億ドルをアリババサイトで行い、低コストで効率的な貿易活動を実現すれば、中小企業のグローバル市場への参加を手助け出来る、とマーは考えたのである。
当時、中国は?世界の工場“として、全世界に貿易を拡大していた。アリババはそうした時流にも乗った。99年3月に業務を開始して、同年末には一日のアクセス数は8万件に達した。
たいていのIT企業はビジネスモデルを発案したところで、ベンチャー・キャピタル(VC)から資金を導入、事業拡大に走るのだが、マーはそうしなかった。入れ替わり立ち代わり来社するVCの出資話をすべて断った。その数は38社にのぼる。金額が折り合わなかったこともあるが、カネ儲けが先行するVCの体質がマーに合わなかった。
そうした中でマーは孫正義と運命的に出会う。99年の暮れ、日本の偉大なベンチャー企業家が北京を訪問した。友人に誘われて、偉大な企業家に対するビジネスプラン説明会に出席した。あまり気が進まなかったが、偉大な企業家にちょっと会ってみるか、という軽い気持ちで出かけた。マーの説明の番が来た。マーがアリババのビジネスプランを語り始めると、偉大な企業家の目が輝き始めた。話し初めて4、5分経ったろうか、偉大な企業家がマーの話を遮って、こう切りだした。「君に投資しよう!」マーも即座に応じた。
38回もVCの投資申入れを断ったマーがなぜ、孫正義の投資申し入れに応じたのか。「同じ動物の匂いを感じた」とマーは語る。同じ志をもった者同士にしかわかり合えない何かを孫とマーは瞬時に感じ取ったのだ。年が明けた2000年1月18日、アリババはソフトバンクより2000万ドルの出資を受けた。日本と中国でITバブルが弾ける数カ月前のことである。
次にマーは米国の偉大なベンチャー企業家とも手を結ぶことになった。ヤフーCEOのジェリー・ヤンである。中国系米人のヤンと英語が堪能なマーは波長が合った。ヤンが中国を訪れると、決まってマーと会った。数年前に設立したヤフー中国は業績が伸び悩んでいた。意を決したヤンは2005年8月、ヤフー中国をアリババに託すことで、局面の打開を図った。同時にアリババがヤフー中国を買収する代わりに、米ヤフーがアリババの株式40%(議決権は35%)を保有することになった。ここにヤフー、ソフトバンク、アリババの強力な?三国同盟“が実現した。
アリババは一見、順調に成長したかに見える。しかし、「私は天国に行く前に失敗したことを後世に残さなければならない」と述壊しているように、多くの失敗を経験した。初めの大きな失敗は、2000年春に訪れた。ソフトバンクの投資を受けたこともあり、アリババは世界企業を目指して米シリコンバレーに拠点を築いた。米国各地から優秀な頭脳を集めた。
しかし、あまりに優秀すぎて、実際の事業拡大には貢献しなかった。乳母車にポルシェのエンジンを備えたようなものである。そこへ、ITバブルが弾けた。米国撤退を余儀なくされたマーは人員合理化という経営者として、最も苦しい決断を強いられた。
2006年も試練の年だった。買収したヤフー中国には問題が山積していた。同社社長が買収数ヵ月後に辞任するなどゴタゴタが続いた。解決するのに1年間を要した。
2つの危機を何とか乗り切ったマーは今、次の10年をにらんで、世界戦略を練っている。目指すは「中小企業の活性化のための世界一のeコマースサイトをつくること」である。中小企業の貿易を活発にするとともに、人材採用なども手伝い、中小企業そのものの生態系の形成に貢献したいと思っている。
ソフトバンクと組み日本進出を本格化
第一段として、日本市場に照準を当てた。ソフトバンクと共同設立したアリババ・ジャパンが日本版サイトを運営する。08年5月末にソフトバンクが65%を出資、同社が日本市場開拓の主導権を握ることにした。それだけ孫正義のアリババ・ジャパンにかける意気込みの強さがうかがえる。
現場の指揮を執るのはアリババ・ジャパンCEOに就任した香山誠。永年に渡り、ソフトバンクの新規事業を担当してきた切込み隊長だ。「日本ブランドを中国市場に売り込んで、日本の中小企業を活性化する」と香山は意気込む。世界の工場から世界の市場に変身しつつある中国では、日本製の衣類、食品、化粧品、電子機器などは人気の的だ。青森産りんごが1個1000円で売れ、下町のナポレオン「いいちこ」が1本3000円の値がつく。「全国の知事がセールスマンとなって日本ブランドを中国に売り込めば、地方活性化にもつながる」と香山は目論む。
この構想のもと、11月に東京で全国中小企業数千社を集めて、アリババ・ジャパンのお披露目の大イベントを開催する。中国側で日本製品の売り込みを進めるための準備も進んでいる。現地スタッフ約110人がアリババ本社のビルに事務所を構え、日本ブランド売り込みに余念がない。現地で指揮を執るアリババ・ジャパンCOOの孫炯は「日本の中小企業100万社を獲得し、ヤフー・ジャパンを越えたい」と鼻息が荒い。
ウォルマートを抜きたい
アリババ・グループの第2の柱であるタオバオの目標は世界一の小売業である米ウォルマートの売上高を抜くこと。ウォルマートは世界に7262店舗を持ち、年間39兆円を売り上げている。日本のセブン&ホールディングスの7倍弱の規模を誇る小売業界の巨人だ。タオバオは取扱高で10年以内にウォルマートの売上高を抜くという。すでに、ウォルマート中国の売上高を超えた。
2003年にスタートしたタオバオの取扱高は05年80億元、06年169億元、07年433億元と倍々ゲームで成長している。このペースで急成長すれば、7年後にはウォルマートの売上高に追い付く。そのために、中国国内でユーザー数を増やすとともに、海外進出にも乗り出すだろう。
拡大戦略の拠点として、杭州市郊外のハイテク開発区に約13万㎡の用地を取得、本社ビルの建設に取りかかった。中層ビル8棟(延べ床面積8.9万㎡)を09年秋には完成させ、ここにアリババ・ドットコムの社員6000人を収容することになっている。
モバイル戦略にも関心を示す。中国もパソコンからモバイルにシフトしており、モバイル最大手のチャイナモバイルの契約者数は毎月600万人のペースで増え、累積契約数は4億5000万人とNTTドコモの9倍に達している。こうした情勢に、ジャック・マーも「モバイル分野には大いに興味がある」と近い将来、モバイル分野に対して何らかの行動を起こす姿勢を見せる。
第3の産業革命といわれる、情報革命はまだ、1合目に差しかかった段階。主要ツールであるインターネットもブロードバンドの時代を迎えたものの、発展途上にある。情報端末はパソコンからモバイルに移り、そのモバイルは「iPhone」などの登場で、電話機からインターネットマシーンに進化していく。インターネットが本格的にビジネスに活用される時代に入った。
一方、地域的には、この15年間、米国がネットビジネスの主導権を握り、ヤフー、アマゾン、イーベイ、グーグルなどのIT企業を生み出した。しかし、今後、ネットビジネスの舞台はアジアに移る。その中心は中国だ。すでにネット人口は2.5億人に達し、3年後には3.5億人に達すると予測されている。
役者も揃ってきた。百度(検索サイト)、新浪(ポータルサイト)、捜狐(ポータルサイトとオンラインゲーム)、盛大(オンラインゲーム最大手)など、キラ星のごとくある。その中にあって、アリババ・グループはeコマースの分野で不動の地位を築くだろう。同グループの強みはソフトバンク、ヤフーと同盟関係を結んでいること。孫正義、ジェリー・ヤン、ジャック・マーの3人は奇しくも中国にルーツを持つ企業家。この3人が手を携えてグーグルやイーベイ、マイクロソフトなどの米国勢を迎え撃つ。われわれはしばらく現代版、三国志のドラマから目が離せない。http://kigyoka.com/news/magazine/magazine_20141021_4.html