まさおレポート

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弱点を衝く交渉術

2021-09-10 | 通信事業 孫正義

 

 

<IP電話開始時 大量の試験で総務省困惑>

IP電話サービスを開始するとき、実際にIP電話機能付きのモデムを顧客に使ってもらってさまざまな不具合を洗い出すプロセスがある。そのときにスタッフが提案してきたのは常識的な試験対象数量であったが、彼はそれより2ケタ多い数を指示していた。

もっとも、この指示数量は総務省の担当官から「不具合の可能性のある端末でこんなに大量に公衆網を使って試験サービスを実施されたらネットワーク網に擾乱を与える可能性がある。電話端末設備の試験を行うなら自社の試験設備等でやってほしい」とコメントされ、結局大量試験サービスの承認は得られなかった。

孫さんはこのことから多くのことを学んだ。

研究会の委員に選任されるのは利害が直接関連する事業者の他に、有識者として大学の先生と場合によっては消費者団体の代表が選ばれる。専門性が高いこともあり選任される先生方は固定される傾向にある。つまり研究会は各種開かれるが、先生方の顔ぶれは共通していることが多かった。こうした研究会では事務局つまり郵政省スタッフの書いた資料の筋書きに従って議論を重ねるが、おおむねそれほど鋭い意見の対立はなく、先生方から質問がいくつかあって議事は進んでいく。議論の中身が相当に専門性が高いので自らの専門分野に話題が移ると適当な質問だけをして後はだんまりを決め込む委員も中にはいたが、おおむね真剣な議論をされていた。しかし予習をされてこないとついていけないようなテーマもあり、そういう場合は事務局のペースで進められてしまう。

後年、ソフトバンクBBのADSL方式を巡ってシリアスな問題が発生し、この解決のために研究会が開催された。第一回研究会で孫正義社長は研究会委員の人選に問題がありと強く主張した。おそらくこうした研究会の人選について発言した最初の例だろう。それまで各種の研究会では委員の人選の段階で、ある程度の結論が予想されていた。つまり最初から黒白がついていたのではという不満がくすぶっていたが、確かにそういう面があったし、現在もあり得るだろう。これらの事務局サイドの予断的運営を許さない方法として、この孫正義方式も有効であるが、いつもいつもこの問題で紛糾してはかなわない。


社内会議の場では本田宗一郎とヤマト運輸の小倉昌男氏の話をしばしば引き合いに出していた

ソフトバンクは10月13日、携帯電話用電波の800MHz帯を総務省がNTTドコモとKDDIに優先的に割り当てる方針を不服とし、割り当ての実施の差し止めなどを同省に求める行政訴訟を東京地裁に起こした。

ヤマト運輸の小倉昌男氏は公聴会とか行政訴訟の手段で道をこじ開けていった。1985年12月行政不服審査法に基づく異議申し立てをしました。1986年8月には橋本竜太郎運輸大臣を相手に東京地裁へ「不作為の違法確認の訴え」を起こしました。これを世論が支持し、マスコミも応援することとなりました。このような経過の中から「宅急便の全国配送が実現することとなったのです。それは申請から4年近くの歳月を費やしていました。

後年の孫正義氏は行政に対して訴訟などを繰り返す正反対の方法で成功するが、どちらも対行政に鋭敏で、正反対ではあるがアクションを取ったという点では共通点が見いだせる

事業の立ち上げ時にはあまりにミクロな視点はかえって毎日のように変わる情勢に反応していくには有用ではないということをこの時に学んだ。

一見ルール無視にみえる孫正義流交渉術も、実はしたたかな交渉術であることがわかってくることがある。孫正義氏にしてみると、目的まで最短距離で走りたいのだが、道路は未整備だ。

つまり、ルールが無いか、古い発想で禁止されていたりする。こうした場合に、ルール自体に胡散臭さを直感的に感じ取ると、その改正を検討するように命じるのではなく、とにかく必要性を声高に訴える方法をとる。これは、孫正義氏の極めて特徴的な経営スタイルといっていいのではないか。
 ルールはそれ自体でそれなりの存在理由もあるから、当然しかるべき反論がある。普通、経営者はルールを変更するべく働きかけを行うよう指示して待つが、孫正義氏はまだか、まだかと実現を子供のように部下にせっつく。決算発表会やインタビューの機会を捉えては得意の弁舌で、巧妙な例え話で喋り捲る。そのうち、ルールと現在の状況とのギャップを埋めるべく、研究会が立ち上がったりする。


<孫正義氏 三者に共通の弱点である「天下り」をつく>

天下り批判は総務省のみならずNTTドコモやKDDIにも向けられた。周波数再編成劇がNTTドコモとKDDIの天下り組のロビ-ングで成立したことを直感的に感じ取った孫正義氏の他の経営者なら絶対に思いつかないと思われる急所攻撃である。この天下り批判は総務省、NTTドコモ、KDDIに共通の弱点であり、大騒ぎされることを極度に恐れる。これをホテルを借り切って大々的に記者会見を開いてアピ-ルした。この会見に併せてソフトバンクグル-プの天下り状況と他社のそれを調査してみたがオリジナルソフトバンクには皆無であり、買収したソフトバンクテレコムに一名いたが、これは天下りとは呼べないだろうコンピュ-タ実務者であった。調査はぎりぎりに間に合って報告を会見に挑む孫正義氏に紙切れで伝えた。この時に調べたリストには凄まじいばかりの天下り状況が並んでいた。

NTTとKDDI両社と総務省の関係を天下りと関連付けて攻撃したことや、ソフトバンクは未来永劫にわたり一切「天下り」を受け付けないことをホテルの会議場をかりた記者会見で宣言して総務省の一層の反感を買った事は想像に難くない。当時買収した直後のソフトバンクテレコムに在席した総務省OBまで極めて実務的な職場で働いており、天下りとはいえない立場であったにもかかわらず退職させる徹底ぶりであり、とばっちりを受けた感もあり、気の毒であった。


 

天下り 1996<5月23日 KDD 中村泰三副社長が会長に NTT 澤田副社長が会長に>

いずれも郵政省事務次官出身者である。人材を企業がスカウトすることになんの問題もないが、郵政・総務省官僚が指定席のようにポストが用意されていることに違和感を覚える。

後に、ソフトバンクの孫正義氏が携帯周波数再編成問題で上記の問題を大きく取り上げて、天下り永久拒絶の姿勢を示す。上記の人たちは仕事の関係で顔を合わせた方が多く、個人的には優秀で立派な方々だが、これだけ揃ってNTT、KDDIに再就職されると両者の異常な関係を勘繰られてしまう。

行革臨調から始まった三公社の民営化は政府役人の天下り先を不自然なほど大幅に増やすことになった。

有用な人材の登用もあるがやはり再就職先確保の念をぬぐえないケースも目立った。ソフトバンクの孫正義氏を除いて声高に天下り根絶を訴える通信事業経営者はいない。


役人は使命感もあり、実に有能で実によく働く。さらにはエリ-トとしての使命感もある。立居振る舞いも極めてクリ-ンで人間として立派な役人も大勢いた。役人でなくとも民間で十分に能力を発揮して頭角を現すだろう人も多い。有能な政治家も官僚出身が多い。しかし中央官庁を巨大独占企業として見るとやはり独占企業特有の構造的におかしいところがある。

上記のシ-ンも煎じ詰めると、役人の働きと収入がその時々で一致していないとの意識が潜在下にあり、天下りや「渡り」、あるいはかつては田中角栄の贈答作戦で有名になった政治家からの盆暮れの付け届けや接待で帳尻を合わせようとするところから来たものだと理解している。

しかしデフレ下の昨今では民間と役人の給与格差は逆転しており、事実ではないが、古い地質がそのままとどまった地形のように役人の意識として残存しているに違いない。天下りや「渡り」で自分の人生の総収入高に帳尻を合わせる意識は時に発覚する不祥事と根を共通にしており、そうしたいびつな感覚が省内に長くいるうちに矯正される機会もなく沁みつくものと思われる。


天下りや「渡り」を当然の権利として共有する感覚も、あるいは福島原発事故で明らかになったように天下り体質からくる電力会社に対する規制の甘さもこの反省なき「報酬バランス」の精神風土から生まれたものだとみる。報酬バランスとは「同期の連中の方が成績は悪かったのに俺の方が報酬は低い」事を補うための勝手な正当化の論理であるが、この考え方を払しょくするのは意識の問題であるだけになかなか難しい。

 


{トヨタ車…}

もう20年以上以前の話で既に時効になるが、日本高速通信に勤務している頃、ある役人からトヨタ車を購入したいので販売店を紹介して欲しいと頼まれた事があった。日本高速通信はトヨタからの出向者が大勢いたので価格面で便宜を計って欲しいという期待があったのだろう。当時も大蔵や厚生省で不祥事が頻繁に起こっている時代であったにもかかわらずこうした期待を前提に紹介を監督下企業に依頼することに全く違和感を持たないという事実には、あらためて驚いた。長い期間のうちに起きたごく一例であるが。

{餞別}

これも時効だが、餞別を持って行く企業も企業だが受け取る方も受け取る方だと思ったこともあった。電気通信事業部長クラスが地方局長などへ転出する場合には現金を包んだ餞別を渡す場合があった。断るのかなと思ってみていると平然と何食わぬ顔で受け取っていた。こうした感覚麻痺は役人の世界に蔓延していたのか、たまたまその役人がそういう体質であったのかは不明であるがその後の役人不祥事のニュ-スに接すると、少なくとも監督下の企業からまとまった額の餞別をもらって特段の違和感を持たない風土があったのだろうと思わざるを得ない。

{村社会的}

事務次官経験者数名を含む一団も加わったある視察旅行に出かけたことがある。みなさん人柄は大変魅力的なのだが、官僚組織のヒエラルキ-がかくも村社会的なのかと感じ入った経験があある。省の役人の奥さんの人柄から家族関係の諸事情まで実に細かくよく知っているのに驚きを通り越して違和感さえ持った。この省内の強固な村社会的一族意識がある場合はすざましいガンバリズムのエネルギ-源となり、あるときは「省益有って国益なし」の批判を浴びることになる。

 


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