まさおレポート

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寅さんは無明を脱しているか

2023-09-11 | 映画 絵画・写真作品含む

「しょせん、この世は色と欲」井原西鶴 人間の持つこのような無明の自覚と自未得度先度他でありたいとの祈りの両岸からこの世の真っ当な生き方が仄見える。寅さんは我々を笑い転がしながらこのことを耳元でそっと教えてくれる。決して説教することなく。


この寅さんは最も克服することの難しい煩悩である性欲を完全にコントロールしている。あるいは相手に対する責任感や自らの生い立ちから完全に性欲が制御できる。天然にコントロールできているのだ。

39話の秋吉久美子が寝床で手を伸ばしてきても寅さんは制御を失わない。浅丘ルリコ演じるリリーとも決して一夜を共にしないでリリーはじれる。人妻や名だたる美女に抱いた激しい慕情こそ無明の最たるものだが格好悪い笑いと涙の中に収めていく。

だから視聴者はこの寅さん現実離れしていると思っても映画だから安心してそのような寅さんを眺めて楽しんでいる。

現実にはありえないキリストのようなストイックな男を愚者として笑い転げながら聖人(あるいは菩薩、仏)を描く、これは山田洋次監督の非凡な能力による。

次に最も克服することの難しい煩悩である金銭欲を寅さんは完全にコントロールしている。あるいは元々完全に諦めている。いつも財布にあるなけなしの五百円を引っ張り出しては「釣りはいらねえよ。飴玉でも買っておやり」と優しい言葉をかけるが、「お客さんこれじゃあ足りないよ」と追いかけられてずっこけると言うお決まりのパターンが演じられる。

さらに最も克服することの難しい煩悩である競争欲を完全にコントロールしている。あるいは中学も卒業していない彼には元々人並みの競争心などない。競争欲も出世欲も事業欲もつまるところ煩悩であり、無明であることをこの男は自らを無能と恥じながら持たない。天然に持たないのだ。

無明と光明を共に裏表で一体のものとして生きていくのが最上の生き方ですよと言うことを説教臭くなく笑いと涙で描き出しているのは山田洋次監督の持ち味であり非凡な能力だ。


自未得度先度他 道元禅師が正法眼蔵で「自分は彼岸にいかなくても他の人をまずは彼岸に渡してあげなさい」と。寅さんのような愚者でなくては極めて困難なテーマだ。愚者になりきれない中途半端なわたしにとって貴重な言葉だ。

 


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