まさおレポート

所長の腹は据わっていた

1988年のころの職場の思い出になる。

ある日私は関西移動通信大阪営業所長(現在のドコモの前身)に呼び出された。私がシステム開発責任者として発信した連絡文書が気に食わないという。
よく聞いてみると、連絡文書の「周知」とあるのが無礼だという。周知は上意下達の意で、私ごときが顧客でしかも年長者の所長に向かって無礼であるとお説教をされた。


「周知」は一般的にNTT社内で使われていたので、特に問題だとも思わずに使っていたが、私は30代後半、相手は60歳近い大先輩だ。上から目線だとの批判であり、それもそうだなと思い、かしこまってその話を承った。お知らせならいいですかと聞くと、それでいいとのおおせでそのように訂正いたしますとお答えした。それから所長はおもむろに世間話を始めた。

私は、所長室のホワイトボードの日程表に目を留めた。裁判日程が毎日のように予定に入っている。こんなに料金滞納関連の裁判が多いのかと所長に聞くと、そうだ、営業所長の仕事は特にひどい料金滞納を解消することだという。おもむろに机の引き出しから名刺の束を取り出した。一枚一枚見せてくれる。当時1984年から1989年にかけて山口組と一和会の間に起こった山一抗争の時代で、毎日のように新聞で事件を報じていたためによく知られた広域暴力団組長の名刺がいずれも極太の相撲番付のような字体で印刷されている。

当時は携帯電話が普及する以前で、自動車電話が保証金20万円、加入料80300円、通話料6秒10円と高額で富裕層や会社幹部それに広域暴力団組長などを中心に利用されていた。当時の山一抗争で幹部にも自動車電話は闘争や逃走にはまさに必需品であり、自動車電話を設置するための工事でトランクを開けたら拳銃がでてきたなどの話も工場の担当者から聞いたりする頃だった。

「斉藤さん、俺は軍隊経験者で激戦地を生き抜いてきた。だから怖いものはない。組の子分の料金滞納トラブルは大阪府警のOBが何名も組対応のトラブル対応に再就職しており彼らが担当する。組長や滞納額の大きいものは俺が腹を据えて組事務所に料金を請求に行く。親分衆はあっさり金を払ってくれた。要は腹のすえ方よ」と話す。なるほど、自動車電話会社にしては目つきの鋭い職員が何人かいるなとの疑問はこれで解消した。親分衆にはこの所長が対応するという。この方は死地をくぐってきた人間が持つ何か、腹の坐りを感じさせた。

それまではこの所長に若造のシステム開発責任者は何かと文句をつけられていた。こんな忙しいときにシステム導入訓練などと何を考えているのか、とか現場がわかっていないとか。しかし、所長のそんな話を聞いた後はよく協力してくれるようになった。

もう今では私が彼をはるかに超える年齢になっている。山口組分裂の文字が頻繁に目に入る昨今、関連記事も多い。それらに目を通していると往年の所長の顔と相撲文字で書かれた名刺の名前が目に浮かんできた。かつて職場で何度か聞いた、俺は軍隊経験者、というセリフもすでに遠くなっている。

 回想のNTTデータ

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