まさおレポート

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「未知との遭遇」

2021-08-24 | 小説 幼年期の終わり(UFO含む)薔薇の名前

『未知との遭遇』あの伝説的な交信メロディはどのように生まれた?

この著名なスピルバーグ作品を初めてみた。1972年制作1977年に公開されているので44年も経って見たことになる。(この調子では観たつもりになっている作品も多そうだ)

兵士の派遣と数十年後の返還、そして直近にアブダクションされた子供はなぜかすぐに返還される。そして彼らと引き換えのように家庭を捨てて嬉々としてUFOに乗り込むドレイフェスや新たな交換派遣の兵士たち。

帰還した兵士たちが年を取っていないのは宇宙船が光速で移動したことを示すのだが、研究者の次のセリフが印象に残る。

アインシュタインも宇宙人だったかも」

確かにアインシュタインの相対性理論などという隔絶した理論を人類が創り出したこと自体が驚きだったわたしにはすんなりとはいってくる。

地球人に友好的な宇宙人を描くのは「幼年期の終わり」の伝統を引き継ぐのだろうか。


スピルバーグがこの映画を作るにいたったのは幼年期にUFOと遭遇したからだとの説明をどこかでみた。あるいは米国のカーター元大統領と交流があり、なんらかのUFO秘密施設を見るチャンスがあったなど、信ぴょう性はよくわからないが妄想を楽しめる話に事欠かない。


この映画で特に興味を惹いたのはUFOを見た6名の人たちの脳に実際には見ていない映像記憶を残していったことだ。ドレイフェスやアブダクションされた子の母親を含む彼らはその映像がどこからやってきたのかの自覚がないが、その映像を絵を描いたり粘土などで形を作ることができる。

せっつかれるようにその映像の巨岩に惹きつけられ米国の秘密基地まで軍の立ち入り禁止を乗り越えてたどり着く。


見たことのない映像を脳内に残す。この点がリアルだなと思った。というのも最近ある友人からアブダクションの話を聞いていたからだ。(この友人はとんでも話をするタイプではない)

この友人によると宇宙船にアブダクションされてのち青い地球や重水素、両足の半月板になにか埋め込まれた跡という3点の特徴的な記憶があり、その過程は全く記憶にないという。

そのため本人は夢かも知れないと自ら半信半疑の状態が60年も続いている。

しかし夢だとしたら両足の半月板の傷跡の説明がつかない。


「未知との遭遇」と友人の話の類似点を整理してみよう。

1 ある映像記憶を埋め込むように残す。

「未知との遭遇」では秘密基地の巨岩の映像のみを宇宙船をみた目撃者の脳内に残す。その前後のまわりの映像記憶はまったくない

友人の話では1600キロ上空から見た青い地球の映像を動画として脳内に残す。当時まだ青い地球の映像はテレビで流れていないのでどこかで見た記憶の再現という線は極めて薄い。そしてその前後のまわりの状況などの映像記憶はまったくない。

アポロ8号ミッションで地球のカラー写真である青い地球の映像が撮影されるのは1968年12月。これ以前には1966年8月にルナ・オービター1号が月の周回軌道から撮影していたが、モノクロ写真。

2 ある音あるいはある言葉の記憶を埋め込むように残す。

「未知との遭遇」では「レ・ミ・ド・ド・ソ」の音階をインドの人々の脳内に残す。

友人の話では「重水素」というおよそ小学生には理解不能な言葉のみを宇宙船の動力源として残す。(重水素は現代でもまだ開発段階の核融合燃料として最先端の研究対象になっている。60年前の、しかも小学生には理解不能で、だからこそ言葉の記憶として定着すること自体が考えにくい)

3 再来の予告

「未知との遭遇」では兵士が交換されることでおそらく数十年後に再び返還されるための再来が予想される。

友人の話では足の半月板の埋め込みをチェックするために再来するという。

4 友好的

「未知との遭遇」では宇宙船は音階で交流し地球人を傷つけず友好的だ。

友人の話ではアブダクションはしたもののすぐに無事送り返している。少年に重水素の知識を教えるなど友好的とみていいだろう。

「未知との遭遇」では大人の長期に対して少年がすぐに送り返されるが友人の話でもすぐに送り返されている。


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