5年前にHPを開いた。
その頃は、まだ子育て真っ最中で、
『親子の話』という題で文章をいくつか書いた。
書き始めは、いろいろ自分のことでも思い出すことがあって、
すらすらと書けた。(内容の良し悪しはおいといて・・・)
今日も、久々に書いてみようかなと思って、書き始めたが・・・
書き始めてはやめ、書き始めてはやめ、の繰り返し。
結局、自分のHPに戻って、ひとつコピーしておくことにした。
(すでに、読んでくださった方は、パスしてくださいね。(^-^)ニコ )
題名は、
「親子の話・その3『いちごどろぼう』」
私が小学校2年生・8才のころです。
そのころ、私もランドセルを背負って、近くの小学校に通っていました。
その日は、小学校から近所の友達と2人で帰っていました。
そして、事件が起きました。(もう時効が成立していると思いますが・・・)
私と友達は、家まであと200メートルというところまで帰ってきて、
道端のたんぼのビニールハウス内に入りました。
その時は、悪いことをしている意識も
あったのか、なかったのか、その記憶もあいまいですが、とにかく、
どうどうと、ランドセルを背負ったまま、栽培してあるイチゴを食べました。
そうです。”いちごどろぼう”です。
私が誘ったのか、友達が誘ったのか、そんなことはどちらでもいいのですが。
家に帰った私は、
”いちごどろぼう”をしたことがばれるわけがないと思っていたのか。
それとも、
”いちごどろぼう”が悪いことだともわからなかったのか。
とにかく、いつものようにふるまっていました。
そして、
いつものように、夕ごはんを食べようとしたその時です。
父が「なんか、かくしてるやろ。」と一言、
(まさか”いちごどろぼう”がこんなに早くばれることは想像もしてなかったのか。)
私は、「なんのこと」と答えました。
父は、少し大きな声で「謝りにいってこい!」と怒って言いました。
(ここで、私はもしかしたら、ばれたのかも?と思いました。でも)
私は、とぼけて「なんのこと」と繰り返していました。
これまでも、悪いことをした時に、真っ暗な物置に閉じ込められたり、
時には、殴られたりしていた私は、この時点でもう”はんべそ”状態になっていました。
でも、この日の父は、少し違いました。
殴るわけでも、怒鳴るわけでもなく冷静に、
「よそのたんぼで、いちごとったやろ。○○さんの家に謝りにいってこい。
○○さんの家は、・・・・・」と家の場所を説明しただけで、父は黙りました。
横で、母も・・・、そして姉も・・・黙っていました。
そして、薄暗くなった道をとぼとぼ泣きながら、
私は、その○○さんの家に行きました。
まだ、小学校2年生のころです。まともに「こんばんわ!」が言えたのか。
”いちごどろぼう”をしたことについて、説明できたのか。
そのことについては、全くといっていいほど記憶にはないのですが、
とにかく、泣きながら「ごめんなさい!」と謝ったことは、
間違いないと思います。
私の記憶では、○○さんのおじいちゃん
(今はもう亡くなられましたが、当時は、怖くて怖くてという印象だった。)
も、全く怒らずに、
一人で謝りに来た事を誉めてもらい、”ココナッツサブレ”という
お菓子をもらって帰りました。
帰ってから、父がおだやかに、他人のものを盗むことについて、
私に諭し(何を言っていたのかは、これも記憶にないのですが。)、
それを聞きながら、そして泣きながら、
私は、少し遅い夕ごはんを食べました。
この話は、本当に細切れの記憶ですが、
こういう叱りかたもあるんだな。と、時々思い出します。
今思えば、私が謝りにいったあとで、
父か、母が、その○○さんの家に謝りに行ったことは間違いないと思いますが、
その時は、「自分で責任取ってこい。」と
私に言いたかったのだと・・・・・、
そのことに気がついたのも、もう少し大きくなってからでした。
そして、ここだけの話・・・
僕が父親になってから、
僕の息子が、同じようなことをしたことがあった。
やっぱり、僕も、僕の父が叱った方法で息子を諭した。
僕が、父から伝えてもらったこと、
息子にも、ちゃんと伝えたい。
今日は、そんなことを考えました。
その頃は、まだ子育て真っ最中で、
『親子の話』という題で文章をいくつか書いた。
書き始めは、いろいろ自分のことでも思い出すことがあって、
すらすらと書けた。(内容の良し悪しはおいといて・・・)
今日も、久々に書いてみようかなと思って、書き始めたが・・・
書き始めてはやめ、書き始めてはやめ、の繰り返し。
結局、自分のHPに戻って、ひとつコピーしておくことにした。
(すでに、読んでくださった方は、パスしてくださいね。(^-^)ニコ )
題名は、
「親子の話・その3『いちごどろぼう』」
私が小学校2年生・8才のころです。
そのころ、私もランドセルを背負って、近くの小学校に通っていました。
その日は、小学校から近所の友達と2人で帰っていました。
そして、事件が起きました。(もう時効が成立していると思いますが・・・)
私と友達は、家まであと200メートルというところまで帰ってきて、
道端のたんぼのビニールハウス内に入りました。
その時は、悪いことをしている意識も
あったのか、なかったのか、その記憶もあいまいですが、とにかく、
どうどうと、ランドセルを背負ったまま、栽培してあるイチゴを食べました。
そうです。”いちごどろぼう”です。
私が誘ったのか、友達が誘ったのか、そんなことはどちらでもいいのですが。
家に帰った私は、
”いちごどろぼう”をしたことがばれるわけがないと思っていたのか。
それとも、
”いちごどろぼう”が悪いことだともわからなかったのか。
とにかく、いつものようにふるまっていました。
そして、
いつものように、夕ごはんを食べようとしたその時です。
父が「なんか、かくしてるやろ。」と一言、
(まさか”いちごどろぼう”がこんなに早くばれることは想像もしてなかったのか。)
私は、「なんのこと」と答えました。
父は、少し大きな声で「謝りにいってこい!」と怒って言いました。
(ここで、私はもしかしたら、ばれたのかも?と思いました。でも)
私は、とぼけて「なんのこと」と繰り返していました。
これまでも、悪いことをした時に、真っ暗な物置に閉じ込められたり、
時には、殴られたりしていた私は、この時点でもう”はんべそ”状態になっていました。
でも、この日の父は、少し違いました。
殴るわけでも、怒鳴るわけでもなく冷静に、
「よそのたんぼで、いちごとったやろ。○○さんの家に謝りにいってこい。
○○さんの家は、・・・・・」と家の場所を説明しただけで、父は黙りました。
横で、母も・・・、そして姉も・・・黙っていました。
そして、薄暗くなった道をとぼとぼ泣きながら、
私は、その○○さんの家に行きました。
まだ、小学校2年生のころです。まともに「こんばんわ!」が言えたのか。
”いちごどろぼう”をしたことについて、説明できたのか。
そのことについては、全くといっていいほど記憶にはないのですが、
とにかく、泣きながら「ごめんなさい!」と謝ったことは、
間違いないと思います。
私の記憶では、○○さんのおじいちゃん
(今はもう亡くなられましたが、当時は、怖くて怖くてという印象だった。)
も、全く怒らずに、
一人で謝りに来た事を誉めてもらい、”ココナッツサブレ”という
お菓子をもらって帰りました。
帰ってから、父がおだやかに、他人のものを盗むことについて、
私に諭し(何を言っていたのかは、これも記憶にないのですが。)、
それを聞きながら、そして泣きながら、
私は、少し遅い夕ごはんを食べました。
この話は、本当に細切れの記憶ですが、
こういう叱りかたもあるんだな。と、時々思い出します。
今思えば、私が謝りにいったあとで、
父か、母が、その○○さんの家に謝りに行ったことは間違いないと思いますが、
その時は、「自分で責任取ってこい。」と
私に言いたかったのだと・・・・・、
そのことに気がついたのも、もう少し大きくなってからでした。
そして、ここだけの話・・・
僕が父親になってから、
僕の息子が、同じようなことをしたことがあった。
やっぱり、僕も、僕の父が叱った方法で息子を諭した。
僕が、父から伝えてもらったこと、
息子にも、ちゃんと伝えたい。
今日は、そんなことを考えました。