ホセア9章
イスラエルの罪の弾劾は6章から続いている。歴史を回顧し、その出来事が今起きていることと重ね合わせて指摘される。
1節「イスラエルよ、喜び祝うな…お前は自分の神を離れて姦淫し…姦淫の報酬を慕い求めた」。その結果主の土地に留まりえず(3節)、偶像にささげられたパンを食べる(4節)。
5節「祝いの日、主の祭の日に、お前たちはどうするつもりか」。偶像礼拝の結果は祝祭に混乱が起き、町は荒廃する(6節)。
「エジプト」の言及(3、6節)は、アッシリアとの攻防で、エジプトに援軍を頼んだ事である(7章10~11節・列王記下17章3~4節)。
7~9節 予言者への憎しみ
7節「裁きの日が来た。決済の日が来た。イスラエルよ、知れ。お前の不義は甚だしく、敵意が激しいので、予言者は愚か者とされ~」。口語訳「預言者は愚かな者、霊に感じた人は狂った者だ。これはあなたがたの不義が多く、恨みが大きいためである」。民衆に踊らされて、予言者は繁栄と平和の偽りの予言をする(8節)。
9節「ギブアの日々のように、彼らの堕落は根深く、主は彼らの不義に心を留め、その罪を裁かれる」。士師記19~21章にあるギブアでの集団レイプ事件と同じ不義を犯し、主はこれを裁かれる。
10~14節 ペオルにおける罪
10節「…ところが、彼らはバアル・ペオルに行った。それを愛するにつれて、ますます恥ずべきものに身をゆだね、忌むべき者となっていった」。モアブの娘たちと犯したバアル礼拝事件と同じ失敗を犯している(民数記25章see)。
11節「エフライムの栄えは鳥のように飛び去る。もう出産も、妊娠も、受胎もない」。たとえ出産し子を育てても、主なる神にひとり残らず奪い取られ、アッシリアに渡される(13節)。主に対する祈りは妊娠も受胎もないものである(14節)。多産を祝うバール礼拝の否定。
15~17節 ギルガルにおける罪
15節「彼らの悪はすべてギルガルにある。まさにそこで、わたしは彼らを憎む。その悪行のゆえに、彼らをわたしの家から追い出し、わたしは、もはや彼らを愛さない。高官たちは皆わたしに逆らう者だ」。イスラエルの宗教的政治的中心地であったギルガル(ヨシュア4~5章)が、今バアル礼拝の地になっている(4章15節see)。
17節「わが神は彼らを退けられる。神に従わなかったからだ。…」。イスラエルの背信行為は厳しく裁かれねばならない。
歴史を回顧すると罪の汚点の数々が見えてくる。人はそれを隠蔽したがるがしかしそうではない。Back to base 基本に帰る。新しくスタート・ラインに立つのである。10節「荒れ野でぶどうを見いだすように、わたしはイスラエルを見いだした。いちじくが初めてつけた実のように、お前たちの先祖をわたしは見た」。
キリスト者は、いつもこれを忘れてはならないエフェソ2章1~5節を読む。
イスラエルの罪の弾劾は6章から続いている。歴史を回顧し、その出来事が今起きていることと重ね合わせて指摘される。
1節「イスラエルよ、喜び祝うな…お前は自分の神を離れて姦淫し…姦淫の報酬を慕い求めた」。その結果主の土地に留まりえず(3節)、偶像にささげられたパンを食べる(4節)。
5節「祝いの日、主の祭の日に、お前たちはどうするつもりか」。偶像礼拝の結果は祝祭に混乱が起き、町は荒廃する(6節)。
「エジプト」の言及(3、6節)は、アッシリアとの攻防で、エジプトに援軍を頼んだ事である(7章10~11節・列王記下17章3~4節)。
7~9節 予言者への憎しみ
7節「裁きの日が来た。決済の日が来た。イスラエルよ、知れ。お前の不義は甚だしく、敵意が激しいので、予言者は愚か者とされ~」。口語訳「預言者は愚かな者、霊に感じた人は狂った者だ。これはあなたがたの不義が多く、恨みが大きいためである」。民衆に踊らされて、予言者は繁栄と平和の偽りの予言をする(8節)。
9節「ギブアの日々のように、彼らの堕落は根深く、主は彼らの不義に心を留め、その罪を裁かれる」。士師記19~21章にあるギブアでの集団レイプ事件と同じ不義を犯し、主はこれを裁かれる。
10~14節 ペオルにおける罪
10節「…ところが、彼らはバアル・ペオルに行った。それを愛するにつれて、ますます恥ずべきものに身をゆだね、忌むべき者となっていった」。モアブの娘たちと犯したバアル礼拝事件と同じ失敗を犯している(民数記25章see)。
11節「エフライムの栄えは鳥のように飛び去る。もう出産も、妊娠も、受胎もない」。たとえ出産し子を育てても、主なる神にひとり残らず奪い取られ、アッシリアに渡される(13節)。主に対する祈りは妊娠も受胎もないものである(14節)。多産を祝うバール礼拝の否定。
15~17節 ギルガルにおける罪
15節「彼らの悪はすべてギルガルにある。まさにそこで、わたしは彼らを憎む。その悪行のゆえに、彼らをわたしの家から追い出し、わたしは、もはや彼らを愛さない。高官たちは皆わたしに逆らう者だ」。イスラエルの宗教的政治的中心地であったギルガル(ヨシュア4~5章)が、今バアル礼拝の地になっている(4章15節see)。
17節「わが神は彼らを退けられる。神に従わなかったからだ。…」。イスラエルの背信行為は厳しく裁かれねばならない。
歴史を回顧すると罪の汚点の数々が見えてくる。人はそれを隠蔽したがるがしかしそうではない。Back to base 基本に帰る。新しくスタート・ラインに立つのである。10節「荒れ野でぶどうを見いだすように、わたしはイスラエルを見いだした。いちじくが初めてつけた実のように、お前たちの先祖をわたしは見た」。
キリスト者は、いつもこれを忘れてはならないエフェソ2章1~5節を読む。