「うーちをでるとき ちーちきちー
うーちぇん うーちぇん ちーちくるー
ぽちんやた まこちーえーらしやっちゃのー」
これはお坊さんの新種のお経ではありません。ワタシがまだ幼少の頃、祖父が教えてくれた方言による童謡であります。
全翻訳するには及びませんが、元は文部省唱歌の「犬」です。「家を出る時とんできて~♬ 追っても追ってもついてくる♪~」という古い歌を大分県の田舎(玖珠郡)の方言で替えたものであります。
ウチのわんこはポチではなくスミレ、まことに愛らしい奴なのであります。
甲斐犬は気性が荒く、人に懐かない気難しい犬種と言われておりますが、まったくさにあらず、実にフレンドリーで気が優しいのです。
甲斐犬を飼うのは初めてなので、この犬の特徴的な行動が、甲斐犬に共通するものか、彼女固有のものかはわかりません。
この犬種を選ぶとき、ずいぶんネットでその特性や性格を調べました。飼うのが難しい、特殊な犬、懐きにくく他の犬種とも仲良くしない、などと、どちらかと言えば、ネガティブな情報が多かったのです。愛玩犬や小型犬に比べると人気が低いので、仔犬の値段もかなりお安い方でしたね。
他犬種との交配が少なく、天然記念物として血統を保護されているせいもあって、個体数が極めて少なく、国内では千頭に2頭くらいの割合でしかいないのだそうです。ワタシの知る限り、うちの子を扱ってくれたブリーダーさんの飼い犬、以前同じ会社に勤めていた逗子の奥様の愛犬「信玄」、先日国府津で見かけた散歩中の甲斐犬くらいでしょうか。
一方で、飼ってみると甲斐犬の魅力にはまって、他の犬を飼う気にならなくなるなどの評価も見かけました。飼い主以外には一生懐かず、その飼い主には盲目的で非常に従順なのだとか。
実際に飼ってみると、その特有の落ち着きのある賢さ、懐き方がとても素晴らしいものでありました。犬友さんなどと一緒に散歩して、他の老犬が遅れてくると立ち止まって、追いつくのを待ちます。食べ物を与えた時、それが初めて口にするものだとさんざん臭いをかぎ、口先で受け止めて、軽く噛んでは吐き出す、を何度も繰り返します。以前、プチトマトを与えたら、もう、数分体をねじり回転させ仰向けになって焦れるように味見して、結局食べませんでした。とても、慎重で、ある意味臆病な犬種なのです。
感情表現は奥ゆかしく、冷静沈着であります。小型犬が吠えかかろうがちょっかいを出そうが、知らん顔してされるにまかせます。普通の愛玩犬のように、ビュンビュン尻尾を振って甘えかかることもしません。体を撫でたり軽くマッサージをすると、前に飼っていたコーギー(リウルちゃん)は、ワタシの手指を舐めて、気持ちよさを表していました。その点スミレは、目を細めるでもなければ「そこそこ、気持ちいい」とも言わずじっと動きませんが、何気なくじわっと体を預けてくるのです。
おやつを与えようとお菓子を手にしても、バタバタしません、ちらっとこちらを見やると目をそらし、別に欲しくはないよというそぶりを見せるのですが、体は正直で、口の端からはよだれがたらーり(笑)
それでも、ごくたまに野生の獣性を垣間見せます。口にした食べ物、自分の食器、おもちゃなどを取り上げようとしようものなら、飼い主であろうが低いうなり声をあげて威嚇します。屈強な前足で茶碗やおもちゃを抑え込みます。無理に取ろうとすれば噛みついてくるでしょう。日本犬は、海外の愛玩用に改良された小型犬と違って、今もなお野獣性を残したままのようです。秋田犬、柴犬なども獰猛で好戦的な一面をもっていますね。
上目遣いで、様子を見ます
甘噛みでワタシの足首をかむ、これはじゃれているのです。
「わろーてはる」
スミレは、外飼いの番犬のつもりでありました。しかし、この猛暑で毛皮をまとった愛犬を一日中外に出しておくと、いかにも熱中症が心配され、実際つらそうだったのです。家内と相談し、玄関の三和土にケージを運んで、涼しくなるまで室内飼いにすることになりました。屋内外どちらにしても犬舎の中なので、不審者を襲うことも無く、屋敷内に来た人にはとりあえず吠えるので、それなりに番犬の役割を果たしてくれます。
家の中でも、それはそれは大人しく、無駄吠えはありません。キュンキュンと甘え声も出しませんね。体を身震いさせるときに爪がプラスチックの床を引っ掻いて大きな音を出すくらいです。
ところが先日深夜、事件が発生しました。ワタシらが寝付いた頃、夜中の2時前でした。突然けたたましいスミレの悲鳴にたたき起こされました。犬が噛まれたり足を踏まれたりしたときに発する「キャインキャイン」いやギャインだったか、という鳴き声です。
慌てて飛び起き駆け付けると、スミレの前足がケージのプラスチックのネットに挟まり食い込んでいるではありませんか。肉球とかぎ爪が隙間に挟まってぬけなくなったのです。自分で引っ張っても抜けず痛かったんでしょうね。ワタシが無理に抜こうとすると「痛いじゃない!」と噛みつこうとしました。吃驚したのか痛みなのか、少しちびって(脱糞して)いました。
これは一大事、と思ってすぐにハサミでケージのネットをパチパチと切り、すぐに抜けました。幸い出血は無く、前足を舐めたり、気にするそぶりもありませんでした。
たぶん、彼女は熟睡していて寝がえりしたか、誰かにパンチする夢を見たかで、前足を突き出して、運悪く固いネットに突き刺したんでしょう。寝ぼけて足が挟まれていてスミレもびっくりしたでしょうが、夜中に悲鳴でたたき起こされたワタシら夫婦も負けずに驚きました。
しばらく、何が起きたかもわからず茫然としていたスミレには、冷たい水を飲ませて落ち着かせました。
一夜明け、スミレは何事も無かったように元気でありました。まもなく2歳、人間なら中学生くらいです。なんにせよ大事に至らず何よりでありました。