美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

天皇は、男系でなければならない

2020年05月05日 19時54分34秒 | 政治


当方の年来の天皇観がいかほどのものか、正直なところを述べておきましょう。

当方は左翼ではないので、天皇という存在は是が非でも廃止しなければならないものであると思ったことは一度もありません。というか、諸外国から訪日する国賓がそろいもそろって天皇陛下に謁見したがるところから察するに、天皇が存在することがどうやら日本にとって、特にソフト・パワーの面で、けっこう得のようだとはずいぶん昔から思っていました。

しかし、天皇は男系でなければならないという確固たる信念を持ち続けてきたわけでもありません。2004年から2005年にかけて小泉内閣で女系天皇を認める皇室典範の改正が議論になったとき、当方は「男系が危ういなら女系天皇容認でも仕方がないかもしれない」とさしたる確信もなく思っていました。少なくとも当時私の周りで男系維持の立場を堅持した人はほとんどいませんでした。これは、当人の名誉のために言っておきますが、故・宮里立士氏ひとりだけが遠慮深そうに「できうるかぎり男系でいかないとまずいんですけど」と言っていたのを、いま思い出しました。

さはさりながら、小室某をめぐる秋篠宮家バッシングに乗じて愛子さまを天皇にしようとする左翼的な策謀が見え隠れすることに対しては、少なからず危惧の念を抱いてはおりました。左翼勢力が、天皇なる存在を事実上骨抜きにしてその解体を図っているのは明らかだからです。しのこの言おうとなにをしようと結局のところ本音では「反日がしたい」「日本を壊したい」。そういう連中なのです、彼らは。

それはとにかくとして、要するにこれまでの当方は、お世辞にも、確固たる天皇観の持ち主であるとは言い難かったのです(いまでもそうですが)。

そんな当方に、知人のSさんが「これ、いまのわたしの一押しです」と言って紹介してくれたのが、いまから紹介する、竹田恒泰氏と谷田川惣(おさむ)氏の『入門 「女性天皇」と「女系天皇」はどう違うのか 今さら人に聞けない天皇・皇室の基礎知識』(PHP)です。

本書を読むことによって、当方、タイトルにあるとおり「天皇は、男系でなければならない」と強く思うに至りました。本書を読むことによって、当方がこれまでうっすらと感じていたことに鮮やかな光が当てられた、と申しましょうか。

以下、女性天皇論者や女系天皇論者の典型的な意見や疑問に答えるQ&A方式で、なにゆえ天皇が男系でなければならないのかを論じようと思います。

その前に、「女性天皇」と「女系天皇」の違いをはっきりしておきましょう。というのは、NHKが令和元年の九月に実施した「皇室に関する意識調査」によって、国民の94%が、女性天皇と女系天皇との違いがよく分かっていない実態が判明したからです。

歴史上女性天皇は、推古天皇をはじめとして十代八人存在しましたが、女性天皇はお父さんの血筋だけをたどっていけば初代・神武天皇につながります。一方、女系天皇はお父さんの血筋だけをたどっていくと、初代天皇につながりません。お父さんの血筋だけで初代天皇につながれば女性天皇。お父さんの血筋だけで初代天皇につながらなければ女系天皇。前者は歴史上存在しますが、後者は歴史上存在しません。たとえば、愛子さまが天皇になれば女性天皇であり男系天皇ですが、愛子さまが山田太郎さんと結婚なさって、そのお子さんが天皇になれば、その性別に関係なく、お父さんの血筋をさかのぼっても初代天皇にはつながらないので、女系天皇となります。

では、Q&Aを始めましょう。

Q1:歴史的に天皇の男系継承が連綿と続いてきたことは認めるが、それは近代の男女同権の原則に反するもはや時代遅れのルールにすぎないのではないか。
A1:これまで天皇になれる血統は決まっていて、その血統にない人はなれなかった。女系天皇容認論というのは、歴史的に天皇になれない人でもなれるようにしようということであり、皇室で男子の人数が減っているからといって、これまでの歴史において決して天皇になりえない人までなれるようにしようと主張している。伝統無視のけっこう乱暴な議論なのである。

Q2:歴代天皇の三分の二が嫡子(正妻との間に生まれた子)ではなくて庶子(正妻以外の女性との間に生まれた子)である。近代の一夫一婦制では男系継承を続けるのはきわめて困難なのではないか。
A2:歴代天皇の母に正妻以外が多かったのは、宮家よりも側室を優先しただけのことであって、側室がなければ男系継承が維持できなかったなどということはない。近代以前においては乳幼児死亡率が高いので、側室を置いてなるべくたくさん子どもを作ることと、いざというときに宮家から皇位を継ぐことのふたつの要素によって、これまで男系継承=皇統を保ってきた。一夫一婦制になったのは乳幼児死亡率が低下したことの表れとしてとらえることができるし、一定数の宮家を確保することによって、男系継承断絶のリスクをカバーできる。

Q3:男系継承論者が主張する旧宮家復活は、現在の皇室と血が離れすぎている。旧宮家とはいうものの、現皇室と離れすぎているのだ。その意味で旧宮家復活は、非現実的である。だから、直系を重視する方がいいのではないか。
A3:これまで血が離れていても宮家を維持できたのは、男系の血筋という大前提があったからである。直系重視で血統論理を放棄すると、血の離れた宮家と本家との関連性がなくなってしまい、宮家が機能しなくなる。さらに直系重視となれば、子を産むプレッシャーが一か所に集中してしまう。その悲劇を体現したのが現皇后である。

Q4:宮家から天皇が出るのは、何百年に一度あるかどうかである。そういうまれな事態を想定することは、非現実的ではないか。
A4:そもそも歴史的に世襲親王家をつくったのは、何百年に一度の危機に備えたものである。だから宮家は、今上天皇と血が離れることが前提の仕組みである。例えば、現在の天皇の直系の先祖の光格天皇も、江戸末期の後桃園天皇の御代に直系の皇位継承者が不在になって閑院宮から即位した。光格天皇と後桃園天皇とは七等身も離れていた。宮家とは、そういうもの。

Q5:Q1の繰り返しになるが、あえて言おう。女性が天皇になれないのは男女平等の理念に反する。それでは、愛子さまがかわいそうだ。
A5:男女平等理念は、平等原理に根差すものである。天皇の存在そのものがその平等原理に反する。だから、平等原理を持ち出せば、天皇の存在を否定することにつながる。「天皇の存在は平等に反しないが、皇族女子が天皇になれないことだけ平等に反する」というのは不徹底であり論理的な一貫性がない。天皇をなくせと言わないと論理が一貫しない。そもそも、男女平等に当てはまるには前提がある。個人の能力や努力によって成し遂げられる地位や立場についてなら、男女は平等でなければならない。しかし、当人の才能や努力によってなれない地位や立場については、男女平等の例外になる。また、「愛子さまがかわいそう」という意見には無責任なものを感じる。天皇という地位は、多忙で、責任が限りなく重く、完璧が要求され、耐え難いからといって逃げ出すこともできない。いわば苦役である。好きな男性と一緒になって皇籍を離れ自由に暮らすことのほうが愛子さまにとって幸せなのは明らかではないか。国民の世論の7割、8割が女性天皇・女系天皇を支持しているが、それは、愛子さまに、女性として幸せになる自由を捨てさせ天皇という苦役のような地位を強制することを意味するのである、という感度があまりにも鈍いのではないか。

Q6:伊勢神宮でお祀りしている皇祖神が女性の天照大御神(あまてらすおおみかみ)なのだから、皇統とはそもそも女系で始まっている。だから女系でも問題がないのではないか。
A6:あくまで初代の天皇は神武天皇だから、神武天皇より前には、皇位は存在しない。皇位継承はあくまで神武天皇を起点に考えるべきである。天照大御神とどうつながっているかではなくて、神武天皇とどうつながっているかが重要なのだ。神様に人間レベルの血統はない。神話に皇位継承の話を持ち込むべきではない。

Q7:長らく民間で過ごしていた旧皇族が皇室に戻るのは、国民が納得しないのではないか。「一般人とどこが違うんだ」と。
A7:普通に考えれば、次に皇位継承の危機が訪れるのは、どんなに早くても悠仁親王殿下の次の世代である。もし将来、天皇の世継ぎが生まれなかったとしても、皇室に復帰した旧宮家の子どもが皇嗣として早くから注目されていけば、国民にも馴染み感が生じてくるはず。旧皇族からいきなり天皇が出て、国民が驚くようなことにならないためにも、旧皇族から早く皇室に戻っていただき、生まれながらに皇族となる男子を育てなければならない。その意味で、旧皇族からの復帰が、もし赤ちゃんで行われたら最良のケースである。これらのどこに国民が不満を持つのか、よくわからない。

これくらいにしておきましょう。いくらQ&Aを重ねても、納得しない人は納得しないでしょうから。

思うに、天皇の男系継承の破棄は、自然環境の破壊に似ているところがあります。私たちに有形無形の喜びと慰藉と恵みとをもたらしてくれる自然環境を破壊するのは一瞬のことです。ところが、失ったものは二度と元には戻りません。そうして、失った後はじめて、失ったものの巨さやありがたみが身に染みて分かる。当方は、数十年ぶりに帰った生まれ故郷の対馬が、無益な護岸工事を徹底的に施されて、なつかしい海が無残に死んでしまったのを目の当たりにしてとても残念でもあり哀しくもあった自分の経験を念頭に置きながら、そう書いております。

当方は、天皇をそういう存在にしたくありません。最後は感性・感度の問題だと思います。
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自民党衆議院議員・安藤裕、消費増税を語る 

2019年10月03日 16時21分54秒 | 政治


*自民党衆議院議員・安藤裕氏の後援会である「安裕会」から毎月「ひろしの視点」という会報が送られてきます。当方が、安裕会の会員だからです。

九月の「ひろしの視点」には、10月1日から実施された消費増税にふれた文章がありました。以下に、それを紹介します。保守・リベラルの区別なく、なるべく多くの方に読んでいただきたいと思ったからです。


***

10月1日からいよいよ消費税が増税されます。安倍内閣になってから消費税は倍になることになります。今回は軽減税率の導入、ポイント還元など、様々な景気対策が盛り込まれました。それでも、かなり混乱するでしょうし、特に中小企業にとっては、ただでさえ増税が転嫁できずに粗利が減少するだけではなく、軽減税率導入による事務処理負担、ポイント還元のためのキャッシュレス導入促進による手数料負担増といったこれまでの増税時には存在しなかった費用が発生することになり、非常に厳しい状況に追い込まれるのではないかと危惧しております。

また、理論上は違うとされていますが、事実上、消費税は中小企業にとって「外形標準課税」に等しいものです。利益に人件費、減価償却費を上乗せして税率をかければ、大雑把ですが納税額を算出できます。つまり、人件費課税と同じ効果があるのです。だから人材派遣会社がこれだけ増えてきているのです。人材派遣にすれば、人件費を外注費化できるので消費税が節税できます。

*「人材派遣にすれば、人件費を外注費化できるので消費税が節税できる」。これを例示しておきましょう。サービス業A社が、自社の従業員に給料を300万円支払っているとします。これには消費税はかかりません。これを人材派遣に切り替えると、300万円×10%=30万円の消費税が新たに発生します。この30万円は、A社が納付すべき消費税からまるまる控除されます。つまりA社は、人材派遣会社に330万円支払うことによって、消費税を30万円節約できるのです。人件費の外注費化には、ほかに社会保障費の負担減や固定費の変動費化というメリットがあるので、それらのことと相まって、今回の消費増税により、正社員の削減の流れが加速化されることが予想されます。パソナの会長さん、ウハウハものです。

私は以前から、消費増税には反対し、できれば減税すべきだと主張してきました。日本経済再生のためにも、個人消費に大きくブレーキをかけてしまう消費税は減税すべきですし、そのほうが経済も活性化し、法人税や所得税などの税収も上がることが予想されます。

さらに、現在は増税するタイミングとしても最悪です。今年に入ってからの実質賃金は、すべての月でマイナスを記録しています。

一月マイナス0.7、二月マイナス1.0、三月マイナス1.9、四月マイナス1.4、五月マイナス1.3、六月マイナス0.5、七月マイナス1.7、とすべての月で前年を下回っています。

消費税増税は、言うまでもなく実質賃金を強制的に下落させますから、購買力は当然下落します。

ただでさえ、実質賃金が下がり続け購買力が低下しているというのに、消費増税でさらに購買力を低下させるわけですから、間違いなく個人消費は落ち込むことが予想されます。仮に、ポイント還元で落ち込みが少なかったとしても、ポイント還元期間が終了すれば増税がもろに効いてくるために、その時点から落ち込むでしょう。ポイント還元等の増税対策は所詮時限装置であり、恒久的措置ではありません。それに対して、増税は恒久措置ですから、消費抑制効果はずっと続くことになります。

この影響がどの段階で明らかになるか。それは分かりませんが、野党は消費増税を大きな失点として攻めてくるでしょう。いくら3党合意で増税は決定したとは言え、2回にわたって増税延期をし、実際に増税を実行したのは現内閣ですから、その批判は受けても仕方ありません。

野党の動きも目が離せません。先の参議院選挙で「消費税廃止」を掲げて選挙を戦った「れいわ新選組」の山本太郎代表は、この九月から全国行脚を始めています。そこで消費増税批判をし、日本の財政危機は嘘であることを暴き、過去の消費増税分は法人税や所得税の減税の財源となっていて、「全額社会保障に使います」と言っていた政府の説明は嘘だったことが広まっていくと、政府の立場は大変苦しいものとなり、国民の支持も離れていくでしょう。そんな中で、消費税減税で野党がまとまることがあれば、自民党内閣はかなり厳しい状態に追い込まれます。

*安倍総理は、バカなことをしでかしてしまいました。今回の消費増税は、結局、一般国民に塗炭の苦しみを味わわせることになり、内閣支持率は著しく低下し、憲法改正など夢のまた夢となることでしょう。「消費増税凍結、消費減税3%」で衆参同時選挙を敢行しておけば、自民党は圧勝し、悲願の憲法改正を実現できたものを。

そうならないために、MMT(現代貨幣理論)をはじめ、使える理論はきちんと使って、消費減税を自民党が言い始める必要があります

また、今政府では「全世代型社会保障制度改革」について議論を始めています。この改革を行うにしても、「実際に日本の財政は破綻するのかしないのか」「国がどの程度負担するのか」という議論をしなくては、今まで通りの「国の財政が厳しいので自己責任、自己負担増」という結論になってしまい、国民の政府に対する信頼が損なわれる結果となります。そのような結果になることは絶対に避けなくてはなりません。

また、日本の全世帯のうち、金融資産ゼロという世帯が30年ほど前は5%程度だったものが、現在では30%を超えています。世帯所得もピーク時に比べて135万円も下落しています。これだけ国民は貧困化しているのです。

そんな中で、負担増や給付減という案を出すわけにはいきません。この問題を解決するためにも、MMT現代貨幣議論をうまく使う必要があるでしょう。

幸い、10月から11月にかけて、京都大学主催で全国会議員向けのMMTの勉強会が国会内で開催されることが決まっています。

7月にステファニー・ケルトン教授が来日しましたが、その一環で10月にはランダル・レイ教授、11月にはビル・ミッチェル教授が来日します。これにより、国家の財政政策の在り方を根本的に変えることができれば、既存の概念にとらわれない新しい解決策を提案することができるようになるでしょう。これが実現できるように、私も尽力していきたいと考えています。

要するに、MMTの考え方を採れば、年金問題など一気に解決します。年金の原資が足りなければ、国が補填すればいいのです。老後の年金に2000万円の不足が生じるのであれば、その不足分を国が全額補填すればいいのです。国にはそれだけの力があり、そういう力を発揮することが国家なるものの存在根拠なのです。これは、私が勝手に極論を展開しているのではなく、安藤議員が別の「ひろしの視点」で展開しているものの要約です。そうして、これはMMTの正当な理解によるものです。
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藤井厳喜氏CFR最新号(9月17日)より(美津島明) 第5回BUNSO交観会・ご報告(1)

2019年09月24日 19時47分37秒 | 政治


実施日:9月23日(月・祝)
開催場所:開催会場 珈琲西武 東京都新宿区新宿3-34-9 メトロ会館 3階 個室C(定員10名)

*今回は、米国情勢にしぼって、報告いたします。

〇「サウジ石油施設に無人機攻撃」
・9月14日、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコの石油施設が無人機の攻撃を受けた。その被害により、同国産出日量の半分が失われた。そのため、原油価格が急上昇した。
・今後の石油価格の見通しとしては、アメリカがイランに対する軍事攻撃に極めて慎重なことから、原油価格がさらに急騰し、石油危機的な状況が発生する可能性はきわめて低い。むしろ60ドル前半程度の石油高・原油高は、価格が低迷していた石油業界にとって朗報とさえいえる。
・石油価格が1バレル80ドル以上にまで急騰すると、それは即、大統領支持率の低下に結びつくので、トランプ大統領にとって、石油価格のはなはだしい高騰は望ましいことではない。
・今回の攻撃によって、イランのハメネイ師との首脳会談やイエメンの反政府組織フーシー派とトランプ政権との直接対話の試みは水泡に帰した。これが、ネオコン派やイギリスの旧植民地派が仕組む「中東で繰り返されるパターン」であるが、トランプ政権は、そのような軍事的挑発に対して、理性的抑制的に対処している。また、今後も安易に軍事行動に踏み切ることもなく、和平実現の努力を粘り強く続けるものと思われる。それゆえ、第3次石油危機ショックのような状況は避けられる可能性が高い。

〇「ボルトン解任の真相」
・9月10日、トランプ大統領は、ボルトン国家安全保障問題補佐官を解任したと発表した。
ボルトン補佐官は、その徹底したタカ派的スタンスが敵対国に対して威嚇効果があるということで、トランプ大統領が戦略的に採用した人材である。今回の解任は、トランプ大統領からすれば、同補佐官の役割が終了したため、ということだろう。
・9月12日、タリバンは、アメリカ政府に対し、18年間にわたって続いているアフガン内戦終結に向けた和平会議の再開を呼びかけた。9月13日のウォール・ストリート・ジャーナルは次のように伝えている。「(トランプ大統領とタリバン代表の)極秘会談に強硬に反対していたジョン・ボルトン補佐官が解任されたことで、タリバンとの接触が今後、進む可能性もある」。イランやフーシー派との関係も同様である。

〇「米中経済戦争は長期化するが、部分的妥協の可能性あり」
・米中の経済対決は、もはや構造的なものであり、長期化することがほぼ確実である。アメリカにとって、チャイナ叩きは単に貿易摩擦レベルの問題ではなくて、自国の経済覇権をかけた戦いである。それはまた、文明世界全体のサバイバルに必要な強硬措置でもある。もし中共の、製造2025などの経済戦略が成功すれば、世界の経済覇権はチャイナの牛じるところとなり、西側先進国の近代文明は存亡の危機に直面することになる。
・しかし米中両国とも、お互いの基本路線を改める可能性はないが、小さな妥協を行う可能性は十分にある。
・その一例がアメリカ穀物の対中輸出問題である。トランプ大統領としては2020年の大統領選勝利を確実なものにするためには、中西部農民票の獲得が不可欠である。その場合もっとも有効な手段は、チャイナに
米国農産品の輸入を再開させることである。
・米中経済戦争でもっとも漁夫の利を得ている国のひとつがメキシコである。トランプはある意味で、メキシコを、チャイナから脱出する企業の受け皿として利用しようとしている。たとえば、NAFTAに代わる新協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USCMA)」を米議会が批准すれば、米国経済の底上げの一助となり、対中高関税によって生じるマイナス要素をUSCMAが補うことが考えられる。
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世界を見る目は、どのようなものであるべきか ――北野幸伯氏の論考を手掛かりにして(美津島明)

2016年02月23日 15時23分36秒 | 政治
世界を見る目は、どのようなものであるべきか 
            ――北野幸伯氏の論考を手掛かりにして(美津島明)




国際関係アナリスト・北野幸伯(きたの・よしのり)氏のダイアモンド・オンラインに連載中の論考の第21回がアップされました。2014年の五月から連載が始まった、北野氏の「ロシアから見た『正義』 “反逆者”プーチンの挑戦」です。私は、この連載にとても注目しています。

これから、そのあらましをご紹介します。それをごらんのうえで、末尾に当論考のURLを掲げておきますので、ぜひそちらをご精読ください。どなたにとっても、益するところ大であると確信しています。

さて、日本の大手マスコミの報道は、いまだに次のような希望的観測を交えた、国際関係の「テンプレート」を前提としているように感じられます。

・アメリカとサウジアラビアとは、いまだに良好な関係である。

・イスラエルとアメリカとは太いパイプで結ばれた一心同体的な関係にある。

・アングロサクソン「米英」は、いつも一緒に陰謀をめぐらし、世界支配体制を維持強化しようとしている。

・欧州一の経済大国ドイツは、基本的にアメリカに従順である。

・欧米先進諸国の利害は、おおむね一致している。


ところが、北野氏によれば、それはもはや過去のものであり、その「テンプレート」的世界認識を捨て去らないかぎり、世界情勢の生の姿はわれわれ日本人の視野に浮かび上がってこないし、それが浮かび上がってこないと、今後の日本は、世界政治経済の荒波を乗り切ることができない。北野氏は、そう主張します。

これらの「テンプレート」の核心をざっくりと言ってしまえば、「基本的にアメリカの覇権は揺るぎがないとなるでしょう。そうして、アメリカの強力な軍事力を当てにした、他力本願の安全保障体制に長らく(本当に長らく)慣れ親しんできた日本は、とりわけアメリカの覇権幻想を抱きやすいがゆえに、そういう「テンプレート」に目をくもらされる危険性が、ほかのどの国よりも大きいのではないでしょうか。

私見によれば、日本人の、「民主主義」というマジック・ワードに対する過剰なほどの高い価値づけ、「民主主義はとにかくすばらしいものだ」というナイーヴな思いこみは、アメリカの覇権幻想にしがみつく、みっともないとしか言いようのない属国的習性から生まれてきたものです。

では、本当のところ、世界はどう動いているのでしょうか。北野氏が言わんとするところを、以下のようにまとめてみました。

まずアメリカについて。シェール革命を経て、いまや世界一のエネルギー資源大国となったアメリカが、サウジアラビアやイスラエルと親密な関係を維持する理由はない。だからアメリカは、さっさとイランとの関係修復に乗り出したのだ。つまり、エネルギー問題をめぐる不安を解消したいまのアメリカの関心は、もはや中東にはない。TPPに象徴されるように、アメリカの関心は東アジアにシフトしているのである。

次に、イギリスとドイツについて。利に敏いイギリスやドイツは、「覇権国」アメリカの制止を振り切って、中共が提唱するAIIB(アジアインフラ投資銀行)構想にはせ参じた。それに加えてイギリスやドイツは、昨年末のIMF(国際通貨基金)における人民元のSDR化(国際通貨化)を実現するうえで主導的な役割を果たした(AIIBも人民元のSDR化も、潜在的には、アメリカの覇権を支えるドル基軸体制を脅かしかねない事柄です)。そのほか、イギリスやドイツの、中共との親密ぶりを示す証拠は枚挙にいとまがないくらいである。ただしイギリスやドイツは、金儲けに乗っかろうとしているだけであるから、昨今の大陸中国経済の減速ぶりを目にするやいなやいまは態度を豹変させつつある。かといって、アメリカに擦り寄ろうとしているわけではない。様子見、といったところだろう。

少々私見を交えてしまいましたが、北野氏は、当論考でおおむねそういうことを述べています。

それらをふまえて、平野氏は、現在の世界情勢は次のようになっているとします。

・米国とイスラエル、サウジアラビアの関係は悪化している。

・かわって、米国とイランの関係は改善している。

・米国と英国の関係は悪化している。

・英国と中国の関係は、良好になっている。

・ドイツをはじめとする欧州(特に西欧)と米国の関係は悪化している。

・そして、欧州(特に西欧)と中国の関係は良好になっている。


この一年間、中共を中心に世界の動きをウォッチングしている立場からすれば、北野氏が言っていることは当たっていると思います。

これらの事実を踏まえることが重要なのは、いまの日本が、お隣の中共から、歴史戦(心理戦)、経済戦(マネー戦)、軍事戦、移民戦という四つの戦争を露骨に同時並行的に仕掛けられていて、日本は、その戦いに負けるわけにはいかないからです。その場合ポイントになるのは、「国際関係に対する感度の鈍さに起因する孤立化」であると思います(これは北野氏も言っていることですが)。

つまり、かつての大東亜戦争と同じように、「国際関係に対する感度の鈍さに起因する孤立化」の道を歩めば、日本は中共が仕掛けてきた戦争にまたもや惨敗する、ということです。

そういう残念な結果を再び招かないために、私たちは、ロシア発の北野情報に耳を傾ける必要がありそうです。

なんとなくですが、氏が発信し続けている情報や主張は、日本人が世界を見る目を、ボディブローがじわじわと効いてくるように、確実に変えつつあるような気がするのです。それは、とても良いことであると思います。

あくまでも国益を守り抜こうとするリアリストの目。それが、世界を見るうえで、私たちが持つべきものなのではなかろうかと考えます。歴史的に見て、それは日本人があまり得意とする構えではありませんけれど。まあ、なんとか頑張りましょう。あの中共の子分になるってのは、私、どうしても甘受できかねますので。みなさんもそうでしょう?

「第2次大戦前夜にそっくり!米国離れが加速する世界情勢」(「ロシアから見た『正義』 “反逆者”プーチンの挑戦」第21回)http://diamond.jp/articles/-/86785 
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日本にとって、何が本当の「危機」なのか ――小浜逸郎氏との語らい (美津島明)

2016年02月05日 12時01分41秒 | 政治
日本にとって、何が本当の「危機」なのか ――小浜逸郎氏との語らい (美津島明)



 〔編集者より〕自然発生的に、小浜逸郎氏との間で、中共の対日戦略といかに向き合うべきかをめぐって、FBやブログのコメント欄でやり取りが続いています。もっと広く公開すべき内容であると判断し、本文欄に移すことにしました。どうぞ、ごらんください。

一月二八日(木)の「MAG2NEWS」掲載の北野幸伯(よしのり)氏「さよなら中国マネー。三大投資家ジョージ・ソロスも中国を見捨てる」という記事http://www.mag2.com/p/news/142681/4 をFBにシェアし、若干の私見を添えたところ、小浜逸郎氏から、次のようなコメントをいただき、また、それに対する私見を述べました。

小浜逸郎  日本の対中戦略という観点からは、ソロス氏らの動向が、具体的なロシア支援や、ロシアに対する米の経済制裁緩和への働きかけというように、中露分断に役立ってくれればけっこうなことです。しかし、国際金融資本は金になりさえすれば何でもやるので、北野氏のこのレポートだけではちょっと予断を許さないように感じるのですが、いかがでしょうか。 ( 1月28日 15:51)

美津島明  おっしゃるとおりであると思います。正確に情勢分析をするために、希望的観測はなるべく排するべきですからね。それを踏まえたうえで申し上げると、当記事と、上記の「中共が、アメリカに対して、ドル基軸通貨体制の崩壊を目的とした経済戦争を仕掛けるために、大量の米国債を売りに出している」という趣旨の記事を合わせて読むと、見事に符合する、という事実を指摘しておきたいと思います。むろん、それでも希望的観測はあくまでも慎むべきであるとは思います。中共は、日本に対して、①情報戦(歴史戦)、②経済戦、③武力戦、という三つの戦争を同時並行的に仕掛けてきています。その戦争に勝つために、私たちはあくまでもリアリストでなければならないと、私は考えています。大東亜戦争に続いて、今回の戦いでも敗てしまうと、今度こそ、日本に関する戦勝国史観は、国際世論において最終的に確定されてしまうでしょう。(1月29日 0:15)


すると今度は、当ブログのコメント欄に長文のコメントをいただきました。次にそれに対して、私が返事を送り、さらに、小浜氏からの返事をいただきました。
http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/8296dbef736bc6f829557a9b953b5108

そのなかで、もっとも重要と思われるところをかいつまんで引きましょう。

***


・小浜→美津島

○中共が仕掛けてくる情報戦、あるいは歴史戦における日本の惨敗の背景には「単に中韓相手の話ではなく、かつての戦勝国と、当時まだできてもいなかった中共政府と、日本の統治下にあって日本人として日米戦争を戦ったはずの韓国と、自分たちは反省したが日本は反省していないなどと嘘八百を言い続けているドイツと、じつによってたかって日本に敵対的な包囲網が形成されている」という事実がある。

○中共による南沙諸島への侵略に対して、「アメリカは一応『航行の自由』作戦などで牽制のポーズを示してはいるものの、本気で対決する気が無いように思える。

○アメリカのやる気のなさが意味するのは、「中共が第一列島線までを確保し、次に第二列島線までの進出を企てた時に、それを抑止する有力勢力がなく、この区間に空白が生じ、中共が思いのままに振る舞うのを許してしまうということ。つまりそれを抑止する大国は、日本以外にない」という事実である。



・美津島→小浜

○日本国民は、「中共は日本に対して事実上の宣戦布告をしてきた。彼らは、一歩も引く気はない。それゆえ、日本は好むと好まざるとにかかわらずそれに対して応戦するよりほかに選択肢がないのだ」という認識をなるべく広汎に共有すべきであるが、どうもそうなっていない。政府からして、危機感が希薄である。

○〈日本と米国とを分断しておいて、孤立した日本をガツンと叩く〉。これが中共のねらい目。つまり、日本は、国際社会において孤立したときがいちばん危ない、ということ。中共は、日本を孤立させるために、歴史戦をフル活用しようとしている。だから、野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない。



・小浜→美津島

○日本にとって、尖閣よりむしろ、南沙諸島への中共の侵略の方が、日本にとって大きな危機を意味している。というのは、当海域は、中東からのエネルギー資源を運ぶシーレーンの要衝に当たっており、ここを押さえられたら、ほとんどの原発が停止しているいま、日本のエネルギー安全保障は一気にアウトだから。

○安倍政権のバカな政策のために、これから中国移民はますます増える。それに加えて、水源地の買い占めや不動産の買い占めが進むだろう。

○安倍首相は外国人労働者の拡大策を「移民ではない」などとごまかしてばかりいるが、12カ月間母国を離れて他国に滞在すれば、それは移民であるというのが、国際的に認められた「移民」の定義である。また偽装がばれて不法移民の扱いを受けても、再申請を繰り返せば滞在をいくらでも引き延ばせるように法律がなっている。

○「侵略」を認め「軍の関与」を認めて、戦勝国包囲網の強化にオウンゴールを提供してしまうような対中対韓外交はダメである。

○「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観」に固執するあまり、孤立に陥ってしまう事態だけは避けなくてはならないという美津島氏の問題意識については、よくわかるような気がする。しかし問題は、アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なるということである。この区別を明瞭につけない限り、日本は永久に対米従属を通して中国の狙う戦勝国包囲網に取り巻かれてしまう。

***

以上の流れを踏まえて、本日、下記の返事をしたためました。

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小浜さんへの返事を本文欄に移しました。話していることの内容の公共性の高さから見て、より公開性の高い掲載の仕方をすべきであると判断し、また、字数を気にせず、気が済むまで議論を深めたいとも思ったからです。

今回は、「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない」という私の問題提起に対して、「アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なる」と応じた小浜さんの見識をめぐって議論を深めたいと思っています。

が、その前にどうしても触れておきたいことがひとつあります。それは、前回も指摘したことですが、日本政府中枢の対中姿勢の致命的なほどの甘さを示す事例です。

小浜さんご自身、一昨日FBにシェアなさっていた産経新聞特別記者・田村秀男氏の「中国の市場統制に手を貸すな」(http://blogs.yahoo.co.jp/sktam_1124/41337083.html 
によれば、 黒田日銀総裁は「先の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、中国の資本逃避が止まらないことを憂慮し、北京当局による資本規制強化を提起」しました。この発言をきっかけにして、「国際通貨基金(IMF)も容認に傾」くことになり、英フィナンシャルタイムズ(FT)紙もまたその社説で、「黒田提案を引用しながら、『中国には資本規制が唯一の選択肢』だと論じた」そうです。

この黒田発言が、中共との間で安全保障上の懸案をいくつも抱える日本にとって、いかに途方もない危険性を秘めたものであるのかは、中国経済についての一定の基礎知識がないとピンと来ないのではなかろうかと思われます。私たちの議論をごく少数の人々のものにしないためにも、僭越ながら、中国経済の基礎知識にいささか触れておきましょう。

2008年のリーマン・ショック以来の大陸中国経済の驚異の経済成長を支えてきた経済システムの核心は、管理変動相場制です。同相場制は、市場介入によって一日当たり2%の範囲内でドルに人民元を連動させる事実上の「ドル本位制」です。バブル崩壊後のデフレへの突入という日本の二の舞を避けようとするアメリカFRBの金融緩和政策によって大量に国内に流入するドルの裏付けを得た中共=人民銀行は、人民元を大量に増刷し続けました(ドルの裏付けのない人民元など、国際的には紙くず同然です)。それが、不動産バブルや巨額の設備投資の原資となり、驚異の経済成長を実現することになったのです。

と同時に、同相場制によって、人民元は基軸通貨ドルに対してほぼ固定されているので、為替変動リスクがほとんどありません。で、日米欧の外資が誘引されることになります。さらに、為替変動リスクとほぼ無縁な国内経済は、人民元の暴騰による劇的な国際競争力の低下や人民元安による物価高騰のリスクをまぬがれます。つまり、管理変動相場制は、中共による国内統治の要でもあるのです。

このようにして、中共は国際経済におけるプレゼンスの驚異的な向上を実現します。それを背景に、中国人民元は、IMFから昨年末SDR(特別引き出し権)入りを認められます。つまり、人民元は晴れて国際通貨として認められたのです。それを実現するために、中共は、リガルド専務理事をはじめとするIMFの高級職員に対してさかんにロビー活動をしたようです。ある国の通貨がSDR入りするためには、資本の自由移動と変動相場制への移行の実現が前提条件となりますが、IMFは、それをうやむやにして人民元のSDR化を容認しました(残念なことです)。

では、人民元のSDR化によって、中共はなにを成し遂げようとしているのでしょうか。それは、領土を超えた広域の「人民元帝国」を築くことによって、アメリカが長年担ってきた覇権を、はじめは部分的にゆくゆくは全面的に奪取することです。中共は、覇権を手にしたいのです。その証拠を列挙すると、話があまりにも脇道にそれることになるので、ここでは控えておきます。第一、小浜さんに対して、それを力説する必要はないでしょう。

いまの中共は、アメリカの利上げ政策と野放図な金融政策と財政政策のツケを支払うのに四苦八苦しているので、派手なことをする余裕があまりありませんが、自らを震源とするデフレの大波が世界経済を襲い、アメリカがふたたび金融緩和政策に転じざるをえなくなったならば、ドルが大量に大陸中国に流入し、SDR化によってパワー・アップした人民元の脅威が露骨に顕在化し、日本の安全保障がその根底から大きく揺さぶられる事態が惹起することが大いに憂慮されます。それは、悪夢以外のなにものでもありません。しかも、それは「覚めない悪夢」です。

以上のことを踏まえたうえで、今日のFBにアップしたコメントをごらんください。
当コメントは、FBシェアした、日経電子版の「豹変ソロス氏の挑戦に牙向ける習主席  編集委員 中沢克二」http://www.nikkei.com/article/DGXMZO96775010R00C16A2000000/ に添えたものです。

私は、国民国家の健全な存続のために、野放図な国際金融資本の跋扈は規制されるべきであると考えています。だから、その点からすれば、ソロス氏は「敵」です。

しかし、日本の安全保障体制を根底から脅かそうとしている中共は、「大敵」です。

で今回、「敵」のソロス氏と「大敵」の中共とが、つばぜり合いをしています。私としては、「敵」のソロス氏を断固として支持します

この闘いでソロス氏が勝ったならば、中共は、アンフェアな管理変動相場制を脱して、変動相場制と資本の自由とを受け入れざるをえない立場に追い込まれるものと思われます。というか、IMFはそれを中共に求めなければなりません。というのは、変動相場制と資本取引の自由との受け入れを条件に、IMFは、人民元のSDR入りを認めたのですから。むろんその条件の提示は、残念なことにあいまいなものでした。とはいえ、IMFは立場上「そんな条件は提示していない」などとは、口が裂けても言えません。

マネーの国際ルールに従うことからまぬがれた独裁政権が、国際通貨を持っていることほどに、世界にとって、とりわけ隣国の日本にとって、危険なことはほかにありません。外基地に刃物とはこのことです。

だから、中共に変動相場制への移行と資本取引の自由とを受け入れさせることは、極東の安全保障体制の安定化にとって、もっとも重要な条件なのです。その点、国際舞台で中共の資本規制の強化を求めた日銀黒田発言は、「大敵」に塩を贈る、とんでもなく愚劣な振る舞いであると思います。黒田総裁は、日本国民の生命・財産を危険にさらしたのです。


黒田発言は、日本政府が、いかに親中派勢力にその深部に至るまで冒されているのかを雄弁に物語っています。この記事を読んだとき、私は正直目の前が真っ暗になりました。

私たちが、いくら電脳空間で、「中共はあぶない」と叫び続けたとしても、権力の中枢がこんなんじゃ、どうしようもないだろうと、つい弱音を吐きたくなってきます。

しかし、まあ、愚痴はこれくらいにしておきましょう。

で、話を戻しましょう。つまり、

今回は、「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない」という私の問題提示に対して、「アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なる」と応じた小浜さんの見識をめぐって議論を深めたいと思っています。

と申し上げたところにまで、戻りましょう。

中共が、日本に対して歴史戦を挑む論点は、おおむね次の五つであると思われます。

〔1〕 南京事件問題
〔2〕 いわゆる従軍慰安婦問題
〔3〕 首相の靖国神社参拝問題
〔4〕 東京裁判史観問題
〔5〕 憲法改正問題


〔1〕がポイントであることは、中共によるユネスコ記憶遺産登録問題で国内が揺れた記憶がまだ生々しいのでくだくだしく述べるまでもないでしょう。

〔2〕 については、米国内での世界抗日戦争史実維護連合会の従軍慰安婦像設置活動
から分かる通り、韓国との共闘関係を強化しています。

〔3〕 については、中韓のみならず、近年ではアメリカやEU先進諸国でさえも、首
相の靖国参拝に難色を示すことが明らかになっています。

〔4〕 について、中共は、東京裁判の判決を当然の前提として反日キャンペーンを繰
り広げています。だからもしも日本政府が、東京裁判の判決について否定的な言辞を発信したならば、中共は、激しく日本を非難することでしょう。

〔5〕 について。日本政府が憲法改正の動きを加速させたならば、中共は、熾烈な反
日キャンペーンを繰り広げ、アメリカを巻き込んでの反日国際世論を巻き起こそうとするはずです。

ここで私の思想信条を述べておきましょう(小浜さんはすでにご存じでしょうが)。

〔1〕について。南京攻略戦において、いわゆる「虐殺派」が主張するような、虐殺=捕虜や民間人に対する組織的計画的大量殺戮行為があったとは到底思えない、という立場です。

〔2〕について。一国の首相が、日本を守ろうとして尊い命を捧げられた方々に、尊敬の念を込めて慰霊するのは当然のことであると思っています。他国からしのこの言われる筋合いはない、ということです。

〔3〕 について。いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍による韓国女性の強制連行
の有無がその本質です。軍の強制連行の事実を示す歴史的資料がまったく見つからず、吉田清治という人物のデマが当問題の発信源であることに鑑みて、「当問題はフィクションである」と断じるよりほかにないと考えます。

〔4〕 について。南京事件に関する私見からごく自然に出てくる結論として、東京裁
判の判決を受け入れることは到底できません。当裁判は、裁判の名を借りた戦勝国の敗戦国に対するリンチ以外のなにものでもない、と思っています。

〔5〕 日本の安全保障体制を脆弱なものに押しとどめている憲法九条は一日でも早
く改正されるべきであるし、もともと、主権の存在しない時期にGHQによって作られた日本国憲法それ自体も、すべて書きかえられるべきである、と考えています(それが、第日本帝国憲法の改正という手続きを経るべきなのか、それとも、日本国憲法の書きかえという形におさめるべきなのかについては、分からないところがあります)。

以上から、少なくとも個人の思想信条からすれば、私はどこからどうみても脱自虐史観論者であることは明らかでしょう。

で、ここで一歩踏み出したいのをこらえたうえで考えるのは、なにゆえ私たち日本人は、自虐史観を公式の歴史観として七〇年間自他ともに認めてきたのか、ということです。

その答えは、私見によれば、はっきりしています。戦争に負けたからです。それ以外の答えは、すべてそこから派生したものでしょう。つまり、自虐史観とは敗戦国史観なのです。戦後の秩序は、戦勝国の都合によって作られたものなのだから、敗戦国が自虐史観という名の敗戦国史観を持するよりほかに国際社会のなかで生き延びるすべはなかったのではないでしょうか(吉田茂は、ほかのだれよりもそのことを分かっていたものと思われます)。これは冷厳とした歴史的真実である、とまで言ってしまいましょう。いわゆる保守派のダメなところは、この冷厳な真実から目をそらして「いまの日本人は堕落した」などと嘆いて見せ、懐古的心情の世界に逃げ込むところではないでしょうか。

とすれば、これから自他ともに脱自虐史観が公式の歴史観として認められる現実を作り出す方策もおのずと明らかでしょう。そう。中共が仕掛けてきた戦争に勝つこと、それ以外にありません。アメリカの覇権が衰退した後のG0状況下において、中共が準覇権国としてふるまうことがほぼ明らかであるがゆえに、その戦いに勝つことは、先の戦争の敗戦国である日本にとって、とてつもなく大きな意義があります。つまり、日本と中共との戦いは、少なく見積もっても準世界大戦クラスのそれなのです。地理的には局地戦かもしれませんが、その内実は局地戦ではないのです。

その場合、どうしても避けなければならないのは、  「中共を筆頭とする戦勝国連合VS孤立した日本」という戦いの構図です。この構図にはまったならば、日本は「必敗」だからです。そうすると日本の自虐史観は、国際的に「確定」してしまいます。少なくとも私たちの目が黒いうちに、脱自虐史観が国際的に認知される可能性はゼロになります。

その構図を作りだすうえで、中共が大いに活用しようとするのは、心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性ではないかと私は考えています。

では、「心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性」とは、何なのでしょうか。ちょっと手順を踏んだうえで、それに答えたいと思います。

国際関係アナリスト・北野幸伯氏は、「ロシアから見た「正義」“反逆者”プーチンの挑戦」の第16回http://diamond.jp/articles/-/77330 で、中共が世界中で大々的に繰り広げている「反日プロパガンダ」のポイントとして、次の3点を挙げています。

日本は、

1.右傾化している
2.軍国主義化している
3.歴史の修正を求めている


中共は、先ほど列挙した「日本に対して歴史戦を挑む五つの論点」をことある毎に持ち出し、上記の三つのポイントを突くことによってアメリカを刺激し、日米の分断を図ろうとしているのです。

つまり中共にとって、「歴史認識問題」とは、日米分断を実現するための方便なのです。私は、それが歴史認識問題の本質であると考えています。

それを踏まえるならば、「心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性」がおのずと明らかになります。それは、脱自虐史観なるものは、情理両面からのアプローチによって反米が導き出されること、です。つまり、どんなに冷静であっても、脱自虐史観を持するならば、論理的に反米が導き出されうるのです。

別に、こむずかしいことを言おうとしているわけではありません。〈なぜ、自虐史観を持つようになったのか。それは、戦争に負けたからである。では、日本はどの国に負けたのか。それは、アメリカである〉。このように、自虐史観へのこだわりは、かつての敵国アメリカ・戦後の日本を支配してきた戦勝国アメリカという歴史像を生々しく呼び起こしてしまうのです。

そのことに、ほかのどの国よりも敏感なのは、ほかでもない、アメリカでしょう。だからこそアメリカは、安倍首相が靖国参拝をすれば「失望」発言をし、いわゆる従軍慰安婦問題での日韓合意を促そうとするのでしょう(おそらく、覇権の衰退と戦勝国体制の保持欲求の強まりとは、アメリカにとって、同時並行現象であると思われます)。

憲法改正についても、日本の自主的な改正の気運を、アメリカは本音のところで面白くは思わないでしょう。なぜなら、日本国憲法を作ったのはアメリカであり、それを全面的に書きかえるのは、当然のことながらアメリカの否定につながるからです。

日本側の東京裁判批判についても同様の事態が巻き起こるでしょう。

中共は、脱自虐史観がはらむこのような潜在的な日米対立を、はっきりと嗅ぎ当てています。だからこそ、執拗に歴史問題を持ち出しては、日米分断を図ろうとするのです。

言いかえると、中共からすれば、脱自虐史観はおおいに「使える」のです。

この事実に対して、脱自虐史観論者は、自覚的であらねばならない。でないと、図らずも日米分断に加担し、日本の安全保障体制を危機にさらす愚を犯しかねないからです。

では、私(たち)は、このような危険な弱点を有する脱自虐史観など捨ててしまったほうがいいのでしょうか。

そうは思いません。というのは、今後の世界は、アメリカの覇権が衰退したG0状況の度合いを高めていくにちがいないと思われるからです。どういうことか。

G0状況下においては、18世紀的な主権国家間のパワー・ゲームの世界が現代的に再現されることになるでしょう。その場合、主権国家を健全なナショナリズムが支えることが必須となります。そこで、脱自虐史観は、大きな役割を果たすことになるものと思われるのです。だから、それを捨ててしまうには及ばない。

脱自虐史観はダメだと言ったり、イイと言ったり、話が錯綜してきました。まとめましょう。

一方で脱自虐史観は、反米の契機を有するがゆえに、日米分断を図る中共に徹底利用されるという弱点を持つ。他方で、主権国家を支える健全なナショナリズムの大きな柱になりうるという利用価値がある。そういうことになるでしょう。

なぜこのような話が出てきたのでしょうか。それは、いまの日本が中共の複雑な対日戦争を受けて立つよりほかに選択肢のない状況に追い込まれているという事実認識が私(たち)にあるからです。

中共との戦いに勝つ。それが至上命題です。ならば、話は見た目ほど複雑ではないでしょう。中共との戦いをタフに続行する精神的な支柱として脱自虐史観は大いに役立ちます。しかし他方で、脱自虐史観の弱点が中共によって利用される局面が存在するという事実に対して、私たちは、目を曇らせてはなりません(そうすると、負けてしまいかねないからです)。その意味で、北野氏が主張するように、私たちはリアリストであらねばなりません

そのスタンスをアメリカとの関係に移して論じるなら、アメリカへの精神的な依存を断ち切った自立的精神で同国に臨む一方で、同国の属国という国際的に認知された客観的ポジションをフル活用する、ということになるでしょう。つまり、衰退するアメリカの覇権を側面からサポートするという位置からもろもろの提言をすることで、国益をちゃっかりと追求するというしたたかな姿勢を堅持するのです。たとえば、小浜さんがおっしゃったように「アメリカの覇権の維持をするためにこそ、日本は、アメリカとロシアの間に立って、ロシアと中共との分断を図る」というふうに。

ケインズの師匠であったマーシャルの有名なフレーズに「冷静な頭脳をもって、しかし暖かい心情をもって」というのがあります。経済学者の理想像を語った言葉です。それをもじるならば、理想のナショナリスト像は「リアリストの頭脳をもって、しかし熱い脱自虐史観の心情をもって」となるでしょうか。

最後に、「日本にとって、何が本当の『危機』なのか」というタイトルにまつわるお話をしましょう。

私見によれば、日本政府の「移民じゃないよ、労働者だよ」というお気楽発言や、黒田日銀総裁の中共による資本規制強化発言に象徴されるように、中共を「大敵」としてはっきりと認識できずに、愚かにも敵に塩を贈ってしまうという脆弱な精神構造が支配的なものとして存在する状況こそが、「危機」のなかの最大のもの  です。

同じことは、保守派のなかにも存在します。保守派の一部に根強い「中国経済崩壊待望論」は、その根に、憎っくき強敵・中共が戦わずして滅んでくれないものかという脆弱な精神ならではの願望を隠し持っているように感じられてとても嫌なのです。

「大敵」中共は、私たち日本人の、そのような脆弱な精神構造の所在をすでに嗅ぎ当てていると考えたほうがいいでしょう。で、そこを徹底的に突いてくるでしょう(お得意の「強硬路線の緩和」などそうでしょう)。その行き着く先は、目を覆うばかりのみじめな敗北主義です。つまり日本は、「戦わずして負ける」という最悪の事態に陥ってしまうのです。そのときは、すなわち、中華人民共和国・小日本省が誕生するときです。

そのような最悪の事態を招かないために、私たちは、自らの内なる脆弱性を自覚し、それを克服しなければならないのではないでしょうか。

少しは議論が発展しましたでしょうか。冗長になった感もないではないですが、このままアップしてしまいましょう。
コメント (2)
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