美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

日本にとって、移民問題とは何か(美津島明)

2015年09月27日 23時54分10秒 | 政治
日本にとって、移民問題とは何か(美津島明)

またもや、チャンネル桜の討論会の動画をアップいたします。タイトルは、「移民問題とグローバリズム」です。有益な討論を展開しているので、「またもや」でもしょうがありません。

登場した七人の論客のなかで、私見によれば、日本人が移民問題を考えるうえでの、核心になる視点・視座を提供しているのは、三橋貴明氏でした。氏の議論の要点を述べておきます。氏の議論は、あの竹中平蔵氏が、「日本は人口が減少しているのだから、移民をどんどん受け入れるほかはない」と発言しているhttp://www.huffingtonpost.jp/2013/07/24/immigration_n_3642850.htmlのと、真っ向からぶつかるものです。好対照と言えるでしょう。竹中氏は、いま政府産業競争力会議で民間議員を務め、また国家戦略特別区域諮問会議で有識者議員を務めていて、アベノミクスの新自由主義化の陣頭指揮を執っている人物です。

三橋氏によれば、総人口はたしかに減少しています。しかし、生産年齢人口はそれを上回る勢いで減少しています。つまり、生産年齢人口の総人口に対する割合は、どんどん低下しているのです。以下のとおりです。



これが、経済的に何を意味するのか。それは、「総人口=需要」に対する「生産年齢人口=供給能力」が相対的に低くなりつつある、すなわち、現状におけるデフレギャップが近い将来インフレギャップに転化することを意味するのです。そうしてそれが拡大することを意味するのです。インフレギャップが生じた場合、それを移民の推進で解決しようとすると、日本人の実質賃金は現状よりさらに低下します。それに対して、移民に頼らず現有の日本人で対処しようとすると、人手不足が生じるので人件費は上昇します。つまり、実質賃金が上がります。その場合、インフレギャップを埋めるには、一人当たりの生産性を向上させるほかはありません。そのためには、投資をどんどん増やすほかはなくなります。すると、GDPが力強く増えることになります。つまり、高度経済成長が実現することになるのです。そのことで、実質賃金は相乗的に増加することになります。

だから、生産年齢人口の総人口に対する割合が低下しているときに移民政策を推進することは、大企業の人件費は確かに抑えられるでしょうが、国民の実質賃金を増やし、国民経済がいまよりもはるかに豊かなものになる絶好の機会を逃すことを意味するのです。

国民の実質賃金が向上すれば、少子化問題は次第に解決されることになるでしょう。少子化問題とは、要するに、結婚を断念せざるをえないほどに若者が貧困化しているということなのですから。

以上を要するに、人口問題に関して最も有効な政策はなにもしないことである、となるでしょう。なにもしなければ、デフレギャップはおのずとインフレギャップに転化し、高度経済成長と少子化解決の前提条件がおのずと整うのです。これを天祐と言わずして、なんと言えばよいのか。

以上が、三橋氏の基本的論点です。

私は、これが日本の移民問題を考えるうえでの基本的視座であると考えます(「なにもしなければよい」というのは、むろん説得術としてのレトリックです)。竹中平蔵の議論は、大企業の、人件費を削減したいという要望に応えるためだけに編み出された方便にほかならないのです。前提が間違っているのです。みなさまは、どう考えますか。

そのほかの論客でパワーを感じたのは、川口マーン恵美氏です。ドイツの移民問題を語る氏にとって、ドイツは頭のなかでこねくり回したものではなく、すべて身体に織り込まれてしまっているものであって、氏はそれをどうにか言葉にしているような、もどかしさを伴った自然体が感じられて魅力的です。いまが旬、の論客ですね。

それと、安倍首相がグローバリストかどうかという議論がありましたが、私見によれば、明らかにグローバリストです。この点で議論が分かれている限り、保守陣営は大した力にはならないでしょう。 (参考 http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2196.html

では、アップします。

1/3【討論!】移民問題とグローバリズム[桜H27/9/26]

2/3【討論!】移民問題とグローバリズム[桜H27/9/26]

3/3【討論!】移民問題とグローバリズム[桜H27/9/26]
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BABYMETAL(ベビーメタル)は、クールジャパンの王道を歩んでいる(一年後の再アップ) 美津島明

2015年09月27日 16時15分57秒 | 音楽
BABYMETAL(ベビーメタル)は、クール・ジャパンの王道を歩んでいる
つい最近のことです。ひょんなことから、BABYMETALなるグループの存在を知りました。このグループは、日本の芸能における特有の文化としてのアイドルの可愛らしさと欧米で生まれた...


一年前に、私が初めて取り組んだBABYMETAL論を再アップします。あのころは、「なんだ、これは」と驚いて、インターネットでいろいろと検索してみて、とりあえず思うところをアップしてみただけでした。ところがその後、DVDを3枚、ブルーレイを1枚、CDを2枚購入し、そうしてCDを1枚予約中、というけっこうディープなファンになってしまうとは、当時思ってもみませんでした。ちなみに、ライヴ参加の抽選には5回申し込みましたが、すべて落選です。顔の白塗りを条件とするライヴにまで応募しました。まあ、そんな感じです。年甲斐のない振る舞いとは思っていますが、この音楽ユニットには、往年のロックファンを引きつけてやまない魅力が横溢しているのです。どうぞ笑ってください、と開き直っておきましょう。

ところで最近、昨年の7月のソニスフィア・フェスティバルで披露された「イジメ ダメ! ゼッタイ!」がオフィシャル・ビデオとしてyoutubeにアップされたことに気づきました。テレビ番組にBMが出演してIDZを歌うときは大幅に短縮されてしまって、この曲の本当の魅力がBMを知らない一般人には伝わりにくくなっているので、とても残念に思っていました。だから、当動画を見つけたとき、私は心がパッと明るくなりました。「これで、IDZの凄さとBMの魅力が一般人にも伝わるはずだ」と思ったからです。

当動画の見どころについては、次のURLのブログ「オッサンの喫煙所」のなかの「伝説のソニス IDZ」で、簡にして要を得た秀逸な解説がなされていますので、ぜひご覧ください。彼女たちの緊迫感に満ちた表情が、その場の雰囲気を伝えて余すところがありません。 http://blog.goo.ne.jp/19630131/e/8cdd3157937aa89ea786ef28fe0ed3b0?fm=entry_awp


BABYMETAL - Ijime,Dame,Zettai - Live at Sonisphere 2014,UK (Official Video)


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中共のいまとこれから (美津島明)

2015年09月22日 20時12分35秒 | 政治
中共のいまとこれから (美津島明)



昨日、九月十九日(土)に放映された、ちゃんねる桜討論会「危ない!中国の行方」を観ました。中共の現状と展望に関して興味深い話がいろいろと出たので、みなさんにもそれをご紹介しようと思って、アップした次第です。詳細は、本編に譲るとして、全体を通して聴いてみて漠然と残った印象を述べてみようと思います。

七、八月を通じて、止まらない株価大暴落や人民元切り下げによる外貨の流出やここにきての輸出入額の低下などを目の当たりにすることで、国内外の〈中共当局は、経済をコントロールしうる〉という神話が崩壊したことは明らかです。習近平政権の経済政策は、目下、打つ手がことごとく裏目に出るという八方塞がりの情況にあるのです。要するに、実体経済の貧弱さをそのままにしておいて、二〇〇八年以来の米国の金融緩和に歩調を合わせて人民元を大量発行することで、いいかえれば、マネーの力だけで高度経済成長を成し遂げてきたことのツケが回ってきたということなのです。中共は、そのいびつさを、無理やり調整させられる抜き差しならない局面にさしかかっているのです。

アメリカは、昨年末金融緩和をやめました。そうしていまや、来月にでも利上げを断行するところまできています。そうすると、ドルのアメリカ本国への還流が促進され、ただでさえ強まっている大陸中国からのドルの流出の流れがさらに強まることが容易に予想されます。その事態は、中共にとって、既存の高度経済成長モデルの破綻を意味します。それゆえ中共当局は、世界のどの権力者よりも、アメリカの利上げを恐れているのです。

事ここに至って、中共に残された道は、突き詰めていえば、次の二つしかありません。

ひとつは、膨らみすぎた経済の規模に見合った金融システムの抜本的改革を断行する道です。具体的に言えば、自国の金融市場の自由化(ゴールドマンサックスなどの海外投資機関が、大陸中国の株式市場で自由に取引できるようにすること)を受け入れ、管理変動相場制を放棄して、他の先進国と同様の変動相場制への移行を実現すること(為替相場への介入を原則断念すること)です。この道を歩むのは、大陸中国の経済面での抜本的近代化を敢行し、そのことを通じて、中共が既得権益を放棄することを意味します。それが、すさまじい勢いで環境破壊が進み国民生活の総体が破滅に向かいつつある現状を改革する国民本位の国家を実現する道であるのは論を俟ちません。この先には、人民元がIMFのSDR(特別引き出し権)を構成するバスケット通貨となり、晴れてドル・円・ポンド・ユーロと並ぶ国際通貨に昇格する展望がおのずと開かれます。

もうひとつの道は、中共の高官たちが既得権益を手放すこと拒否し、国内経済に対する統制を強化し、人民元の自由化をかたくなに拒み、社会主義経済に逆戻りする道です。これが、膨らんだ経済規模を縮小させ、中共に対して根深い不満を抱くことになる大陸中国の人民たちを強権で押さえつけ、少数民族への圧政を強化する道であることは論を俟たないでしょう。中共当局は、相変わらず既得権益を享受し続けるのでしょうが、一般国民は不幸のどん底に叩き込まれることになるでしょう。

おそらく中共当局は、その間の「いいとこどり」を狙っているはずです。つまり、国内の既得権益の仕組みをそのままにするために、口先だけの人民元の自由化案をIMFに提示し、中共寄りのラガルド専務理事をだまして、人民元の国際通貨化を実現しようと目論んでいるはずなのです。これが実現すれば、中共は、ドルの裏付けなしで人民元を大量発行することが可能になり、ふたたび、高度成長路線に戻ることができるようになります。また、危うく画餅に帰するところだったAIIB(アジアインフラ投資銀行)は、人民元の潤沢な資金源を得ることになり、俄然息を吹き返します。念願の「人民元帝国」の誕生です。そのかわり、先進諸国と歩調を合わせて国際金融秩序を守ることなどさらさら念頭にない中共当局は、パワーアップした人民元を笠に着て、やりたい放題を繰り返し、世界経済はさんざんひっかきまわされ、軍事バランスは修復不可能なほどに崩れることが容易に想像できます。要するに、世界は、経済システムの安定と安全保障体制とを脅かす時限爆弾を抱え込むことになるのです。

だから、24日から訪米した習近平と会談するオバマ米大統領の責任は、じつのところ、きわめて重いのです。その場でオバマは、中共に都合のいい「第3の道」など選択肢としてないことを、つまり、米国はそれを絶対に認めないことを、習近平に対してはっきりと伝えなければならないのです。その意味で、今後の世界経済がうまくいくかどうか、および、中共発の大きな紛争の勃発を未然に防ぐことができるかどうかは、オバマの双肩にかかっているのです。オバマは、先ほど述べた「第一の道」が、大陸中国の人民の幸せを実現し、世界経済の安泰をもたらし、世界平和を維持するためのただひとつの道であることを、あの習近平に対してかき口説き、彼を説得しなければならないのです。オバマよ、大統領を辞める前に、それくらいの大仕事をしなさいよ。

では、よろしかったら(合計三時間弱になってしまいますが)、ご覧ください。後悔しないことだけは、お約束いたします。紹介記事では、触れなかったのですが、習近平の軍事パレードの裏話など、週刊誌ネタ的な意味でも、とても面白い話が満載です。

1/3【討論!】危ない!中国の行方[桜H27/9/19]

2/3【討論!】危ない!中国の行方[桜H27/9/19]

3/3【討論!】危ない!中国の行方[桜H27/9/19]
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エマニュエル・トッドが語る「ドイツ帝国」のいま (美津島明)

2015年09月20日 04時56分32秒 | 政治
エマニュエル・トッドが語る「ドイツ帝国」のいま (美津島明)

エマニュエル・トッドの『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』(文春新書)を読んで、少なからず衝撃を受けた。

正直なところ、自分のドイツ認識は、おおむね1990年の西ドイツと東ドイツの統一あたりでストップしていて(大方の日本人はそんなところではなかろうか)、その後のドイツがEUで独り勝ち状態であることは知ってはいるが、そのことが本当のところ何を意味するのかは深く考えてこなかった(日本がアベノミクスの一環として異次元緩和を断行しはじめたころ、それに対してメルケルが、「通貨安誘導の疑いあり」といちゃもんをつけたときは、少なからず違和感を抱いたことはあった)。

トッド氏によれば、〈それは、「ドイツ帝国」の誕生を意味する〉となる。

次の地図を見ていただきたい。本書中に掲げられているものである。見出しにあるとおり、「ドイツ帝国」の勢力図である(ちなみに、カッコをつけているのは、トッド氏の見解である、ということを強調したいからである)。


http://youyou-to.hatenablog.jp/entry/2015/06/23/070000より転載

トッド氏の見解を全面的に受け入れるかどうかは別として、この地図をしっかりと読み込めば、一般的なヨーロッパ地図からは想像もできない、ダイナミックなヨーロッパ像が浮かんでくる。みなさんにもそれを実感していただければ、と思っている。

まず、フランスが淡いグレーになっていることに注目したい。それは、トッド氏によれば、フランスがドイツに「自主的隷属」していることを意味し、フランスのエリートたちは、ドイツの大陸支配に協力しそれを支えている。つまり、フランスの協力なしに「ドイツ帝国」の成立はありえない、とされる。要するに、黒とグレーの塊がドイツのパワーの中心を表しているのである。トッド氏の言葉を借りれば、「この塊が、ヨーロッパ全体のシステムの中で被支配者となった南ヨーロッパを従属した立場に置き、抑え込んでいる」。詳細には触れないが、それは、ドイツの金融資本のひと握りの支配者たちが、フランスのエリートたちを従えていることを意味する。政治体制の側面からは、高度な責任を自覚しそれを担おうとする貴族制ではなくて、それを回避して支配することの旨味を独占しようとする寡頭制である、とトッド氏は見ている。彼は、ふたつの政治体制の違いをそう考えている。

黄色で塗られた南ヨーロッパの国々、すなわち、ギリシャ・イタリヤ・スペイン・ポルトガルは、事実上ドイツの支配下にある、とされる。これは納得できる。というのは、これらの国々は、EU内の敗者であって、EUで独り勝ちしたドイツの財政上の厳しい諸要求、すなわち財政規律の原則を呑まなければ、ドイツの財政援助を受けられないことになっているからである。

赤い色は、氏が「ロシア嫌いの衛星国」と呼ぶ国々で、ポーランド・バルト三国・スウェーデンである。これらの国々は、ドイツ支配圏に自ら積極的に参加することによってロシア破滅の夢を果たそうとしている、という。氏によれば、これらの国々は、ロシア嫌悪の情念が深いので、ドイツが覇権的な行動に走った場合それに力添えをしかねない危険性を有する。ポーランドについて、氏は「ロシアに対するポーランドの敵意は恒常的で時代を越え、けっして鬱に転じることがない躁状態のようなもの」とまで言っている。

フィンランドとデンマークが赤色の「ロシア嫌いの衛星国」ではなくて、南欧と同じ黄色の「事実上の被支配」に色分けされているのは、意外に感じる人が多いのではないだろうか。私もそのひとりである。それについて、氏は次のように言っている。

スウェーデンとは逆に、デンマークは気質において真正のリベラルだ。デンマークが持つイギリスとの絆は、人口の大半が典型的なスカンジナビア風バイリンガルという事実を超えている。デンマークは西の方に目を向けており、ロシアのことをさほど気に病んでいない。

フィンランドはというと、ソ連と共に生きることを学んだ国であり、ロシア人と理解し合う可能性をなんとしても疑おうとするような理由を持っていない。

フィンランド人たちにとって、自分たちの国を植民地化しかねない強国は実はスウェーデンなのだ。だから彼らが本当にスウェーデンのリーダーシップのもとに戻りたいと思っているのかどうかを私は疑う。


これらの記述自体、ヨーロッパ事情に疎い私としては、とても興味深いものであるとは思う。しかし、これらの記述から、フィンランドとデンマークがドイツの事実上の被支配国であることが納得できるとは言い難い。

そこで、フィンランドの歴史についてにわか勉強をしてみた。すると、次のような歴史が明らかになった。

フィンランドは、もとはアジア系の民族であると言われているが、12世紀からスウェーデンが支配するところとなった。その後、18世紀に入り、北方戦争でスウェーデンがロシアに敗れたため、フィンランドの少なからぬ領土がロシアに割譲された。このころからフィンランドの民族的自覚が始まり、反スウェーデンの動きが強まった。19世紀になってナポレオン戦争が始まると、ナポレオンが大陸封鎖令への参加の代償としてロシアのフィランド領有を認めた結果、ロシア軍がフィランドに侵攻し、スウェーデンはそれに抗しきれずフィンランドをロシア領とすることに同意した。その後1917年、ロシア革命でロシア帝国が滅亡したことを受け、フィンランドは同年12月に独立を宣言した。

もう少し、フィンランドの歴史を述べよう。

1939年9月、ドイツ軍のポーランド侵攻をきっかけに第二次世界大戦が始まると、ソ連もまたポーランドに侵攻した。さらに同年11月末、フィンランドに侵入。それをきっかけに「冬戦争」とも呼ばれるソ連=フィンランド戦争が始まった。フィンランドは粘り強く抵抗したが、40年3月、講和した。その後フィンランドは、ソ連の圧力に備えて、ナチス=ドイツに接近、41年6月、独ソ戦が開始されると、ドイツに同調してソ連に侵攻した。しかしソ連軍に反撃され、44年、ドイツとの協力関係を解消することと領土割譲、賠償金の支払いを条件にソ連と講和した。これを「継続戦争」ともいう。この二度にわたるソ連との戦争でフィンランドは多くの犠牲を出し、国力を消耗し、ドイツに協力したために枢軸側陣営の敗戦国として戦後を迎えた。
http://www.y-history.net/appendix/wh0603_2-118.html

以上からだけでは、トッド氏の「フィンランド人たちにとって、自分たちの国を植民地化しかねない強国は実はスウェーデンなのだ」という発言の当否を判断することはかなわないが、フィンランドが、一筋縄ではいかない、過酷な歴史を経てきた国であることだけは分かった。いまのところ、それでよしとするほかはない。それに比べれば、ナチ占領下のフランス・レジスタンスなどチャラいと思ってしまうほどである。

次に、青色の「離脱途上」とされたのは、イギリスとハンガリーである。イギリスは、目下EUから離脱するかどうかをめぐって国論が二分されている。トッド氏は、イギリスの、EUからの離脱は確定的であると断言する。私もおおむねそうだろうと思っていたので、納得である。イギリスはもともと海洋国家であり、大陸ヨーロッパは彼らが生きていく必須の場所ではないのだ。ドイツが覇権を手にしたヨーロッパなど、汚い言葉を使えば、犬に喰われてしまえ、というのが彼らの本音なのではなかろうか(トッド氏は、そんな下品な言葉は使っておりませんよ)。端的に言えば、アメリカ・カナダをふくむ旧大英帝国が、イギリスの生きる場所なのである。そこに、大陸中国とインドをふくめると、この言い方はますます説得力を持つのではないだろうか。その意味で、イギリスが同盟関係にあるアメリカの意向に反してまでも中共のAIIB(アジアインフラ投資銀行)への参加を表明したことには、彼らなりの大きな意味合いがあるものと思われる。同じくAIIBに参加したドイツにも、やはり深謀遠慮があるはずだ。

では、ハンガリーはどうか。なぜ、イギリスとともにEUからの離脱国のトップランナーと目されるのか。トッド氏の言葉に耳を傾けてみよう。

ヴィクトール・オルバーン首相はヨーロッパで評判が悪い。(中略)何よりもまず、ドイツのプレッシャーに抵抗するというのが彼の評判の悪い理由だ。なぜハンガリーが反ロシアでないのか、ハンガリーは一九五八年にソ連の激しい弾圧を受けたのに、と訝しく思えるかもしれない。(中略)一九五八年、ハンガリーだけがソ連の圧力に正面から向かいあったのだ。ポーランドやチェコ――この両国の人びとは当時、ほんの少ししか、あるいはまったく動かなかった――に比べて、ハンガリー人たちは(ロシアを――引用者補)赦すことができるのだ。

ハンガリーは、ロシアに対するルサンチマンを持つ必要がないほどに歴史的な理由からプライドを保つことができている。平常心でいられる。だから、アンチ・ロシアとしてドイツの勢力圏に飛び込む衝動が湧いてくる心理的な契機がない、と言っているのである。このあたり、歴史の妙味を語っているようで、とても興味深い。韓国が反日の呪縛からどうしても抜け出せないのは、ポーランドやチェコと同様に、当時の日本の圧力に屈してしまっていて「ほんの少ししか、あるいはまったく動かなかった」からである。それゆえ、日本をどうしても赦すことができない。そんな風に、トッド氏の言葉が響いてくるのである。

それはそれとして、ハンガリーは、アイスランドに続いて、2013年に中央銀行の国有化を断行した。政府が、中央銀行の有する通貨発行権を取り戻したのである。これは、世界金融資本の支配からの脱却の試みを意味する。日本のマスコミではその詳細についてほとんど報道されないが(分かっていてもあえてしないのだと思う)、国民経済の重視を本気で考えようとする者にとっては、無視しえない動きである。トッド氏が言うように、ハンガリーはいつでもEUから離脱しうる条件を着々と整えつつあるのだ。ちなみにアイスランドは、EUに加盟していない。

そうして最後に、一時期世界情勢ネタを独占した観のあるウクライナに触れよう。これを、氏は、だいだい色に塗った。だいだい色は、「統合途上」である。ドイツは、ウクライナを統合する途上にある、というのだ(ここでは触れないが、グルジア・アルバニア・マケドニア・ボスニアヘルツェゴビナ・セルビアも「統合途上」国家とされている)。

このことに触れるには、ドイツがEUで独り勝ちするに至った経緯・ポイント・仕組みを押さえる必要がある。

それは、トッド氏の言うところを要約すれば、次のようになる。ドイツは、部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパに移転して、非常に安い労働力を利用することで、EU内で他を圧倒する競争力を獲得した。具体的には、ポーランド、チェコ、ハンガリーの労働人口である。ドイツは、コストが安くて教育水準の高い彼らの労働を用いて自国の産業システムを再編したのである。つまりドイツは、安くて良質な労働力を利用することの旨味をかみしめることになった。それで次はウクライナに目をつけた、というわけである。

四五〇〇万人の住民を有するウクライナの労働人口は、ソ連時代からの遺産である教育水準の高さと相俟って、ドイツにとって例外的な獲得物となるだろう。これはとりもなおさず、今後非常に長きにわたってドイツが支配的な地位を保つという可能性、そして特に、支配下の帝国を伴うことによってアメリカを上回る実質的経済大国になるという可能性にほかならない。

つまり、(氏によれば)ドイツの新たな外交目標は、ウクライナを安い良質な労働力として、自国の経済的支配領域に併合することと目されるのである。むろんこれは、氏の推測・予想であるから、一種の仮説ではあるが、検討するに値する有力な仮説である。

では、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナについてどう考えているのか。氏によれば、それはきわめて単純なもので、〈ウクライナにNATOの基地があるのは困る。望まない。そんなところに基地を作られてしまうと、ただでさえバルト三国とポーランドから成るロシア包囲網がいっそう強化されてしまう。だから、そういうことはやめてくれ〉ということである。新たな国家統合にまい進しているときに、他国を侵略するなどという大袈裟な所業にかまけてはいられない、ということである。これも、一理も二理もある見解だ。

さらに、ウクライナ国民の内情は、どうなっているのだろうか。氏によれば、いまのウクライナは、新露派の東部とEU派の西部とキエフを含む中部ウクライナとに分かれている。面白いのは、中部ウクライナの情況についての説明である。

印象的なのは、中部ウクライナ人、すなわち、ウクライナ語を話し、あまりロシア人が好きでなく、もともとギリシャ正教であるけれども、極右には誘惑されていない人びとが行動しないということだ。西ウクライナの擡頭は、多数派を占める中部ウクライナがどれほどバラバラになっていて、組織を組む能力がなく、つまり前国家的状態にあるかを示している。

また、西ウクライナの人びとについての説明もきわめて興味深い。私たちは、なんとなく、親EU派が多い西ウクライナの人びとに対して、民主主義を求めるモダーンな印象を持っているけれども、氏は、それとは似ても似つかぬ実態を描き出す。

ウクライナの極右と東部ウクライナの親露派の間で起こっている衝突が明白にするのは、国の歴史的不在だ。西ウクライナの人びとはユーロッパに加入したがっている。彼らにとってはまったくノーマルなことだ。ナチスドイツとの協力の伝統を持っている極右勢力が、いったいどうしてドイツのコントロール下に入ったヨーロッパに加入したがらないわけがあろうか。

この言い方で、私は、西ウクライナについてのちぐはぐな印象が、ジグゾーパズルのなかなかはまらなかったピースがカチッとはまるように、納まるところに納まったような気がする。

ここまで書き進めてみて、あらためてわが身を振り返ってみると、自分がいかに「プーチン悪者説」を垂れ流す欧米寄りの情報に毒されているかを痛感せざるをえない。

「プーチン悪者説」の流布は、おそらく、さらなる強大化を目指す「ドイツ帝国」を最も利する政治的イメージ戦略であり、アメリカは、それに乗ることで、自国の覇権が決定的に低下していることを世界からひた隠しにしているのである。とすれば、かなり危うい事態である。日本が能天気にそれに組することは愚かであると言わざるを得ない。というのは、国際世論を背景に正義の味方の顔をしてウクライナをわが物にし、さらに強大化した「ドイツ帝国」が、そういう同国の動向に対して脅威を感じるにちがいないロシアをけん制するために中共と手を組むのは、大いにあり得ることであるからだ。それは、中共にとっては安全保障上大いにプラスになり、その分、日本にとってはマイナスになる。

このように本書は、ヨーロッパの情況についての見方を刷新してくれる、お買い得の本である。お勧めしたい。

なお、チャンネル桜に出演した川口・マーン・恵美氏が、本書について面白い切り口でいろいろと発言している動画を、掲げておこう。それをご覧になれば、本稿でご紹介したトッド・ドイツ論と重ね描きができるので、いろいろと得るところがあるのではないだろうか。


【川口マーン惠美】膨張するドイツ「帝国」の衝撃[桜H27/9/3]
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石狩川の流れはなぜ速いのか(美津島明 一年後の再アップ)

2015年09月17日 18時52分39秒 | 経済
石狩川の流れはなぜ速いのか
私の父方の伯父は、北海道の札幌市に住んでいます。そのため私は、これまで何度も札幌市に行きました。そのついでに、市内や郊外をうろついたことも何度かあります。十年ほど前のことだ...


個人的に、けっこう気に入っている論考なので、ふたたびアップします。竹村公太郎さんの、インフラへの深い洞察を織り込んだエッセイの数々、面白いですね。あまり考えたことのない論点が満載で、とても勉強になります。
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