日本にとって、何が本当の「危機」なのか ――小浜逸郎氏との語らい (美津島明)
〔編集者より〕自然発生的に、小浜逸郎氏との間で、中共の対日戦略といかに向き合うべきかをめぐって、FBやブログのコメント欄でやり取りが続いています。もっと広く公開すべき内容であると判断し、本文欄に移すことにしました。どうぞ、ごらんください。
一月二八日(木)の「MAG2NEWS」掲載の北野幸伯(よしのり)氏「さよなら中国マネー。三大投資家ジョージ・ソロスも中国を見捨てる」という記事http://www.mag2.com/p/news/142681/4 をFBにシェアし、若干の私見を添えたところ、小浜逸郎氏から、次のようなコメントをいただき、また、それに対する私見を述べました。
小浜逸郎 日本の対中戦略という観点からは、ソロス氏らの動向が、具体的なロシア支援や、ロシアに対する米の経済制裁緩和への働きかけというように、中露分断に役立ってくれればけっこうなことです。しかし、国際金融資本は金になりさえすれば何でもやるので、北野氏のこのレポートだけではちょっと予断を許さないように感じるのですが、いかがでしょうか。 ( 1月28日 15:51)
美津島明 おっしゃるとおりであると思います。正確に情勢分析をするために、希望的観測はなるべく排するべきですからね。それを踏まえたうえで申し上げると、当記事と、上記の「中共が、アメリカに対して、ドル基軸通貨体制の崩壊を目的とした経済戦争を仕掛けるために、大量の米国債を売りに出している」という趣旨の記事を合わせて読むと、見事に符合する、という事実を指摘しておきたいと思います。むろん、それでも希望的観測はあくまでも慎むべきであるとは思います。中共は、日本に対して、①情報戦(歴史戦)、②経済戦、③武力戦、という三つの戦争を同時並行的に仕掛けてきています。その戦争に勝つために、私たちはあくまでもリアリストでなければならないと、私は考えています。大東亜戦争に続いて、今回の戦いでも敗てしまうと、今度こそ、日本に関する戦勝国史観は、国際世論において最終的に確定されてしまうでしょう。(1月29日 0:15)
すると今度は、当ブログのコメント欄に長文のコメントをいただきました。次にそれに対して、私が返事を送り、さらに、小浜氏からの返事をいただきました。
http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/8296dbef736bc6f829557a9b953b5108
そのなかで、もっとも重要と思われるところをかいつまんで引きましょう。
***
・小浜→美津島
○中共が仕掛けてくる情報戦、あるいは歴史戦における日本の惨敗の背景には「単に中韓相手の話ではなく、かつての戦勝国と、当時まだできてもいなかった中共政府と、日本の統治下にあって日本人として日米戦争を戦ったはずの韓国と、自分たちは反省したが日本は反省していないなどと嘘八百を言い続けているドイツと、じつによってたかって日本に敵対的な包囲網が形成されている」という事実がある。
○中共による南沙諸島への侵略に対して、「アメリカは一応『航行の自由』作戦などで牽制のポーズを示してはいるものの、本気で対決する気が無いように思える。
○アメリカのやる気のなさが意味するのは、「中共が第一列島線までを確保し、次に第二列島線までの進出を企てた時に、それを抑止する有力勢力がなく、この区間に空白が生じ、中共が思いのままに振る舞うのを許してしまうということ。つまりそれを抑止する大国は、日本以外にない」という事実である。
・美津島→小浜
○日本国民は、「中共は日本に対して事実上の宣戦布告をしてきた。彼らは、一歩も引く気はない。それゆえ、日本は好むと好まざるとにかかわらずそれに対して応戦するよりほかに選択肢がないのだ」という認識をなるべく広汎に共有すべきであるが、どうもそうなっていない。政府からして、危機感が希薄である。
○〈日本と米国とを分断しておいて、孤立した日本をガツンと叩く〉。これが中共のねらい目。つまり、日本は、国際社会において孤立したときがいちばん危ない、ということ。中共は、日本を孤立させるために、歴史戦をフル活用しようとしている。だから、野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない。
・小浜→美津島
○日本にとって、尖閣よりむしろ、南沙諸島への中共の侵略の方が、日本にとって大きな危機を意味している。というのは、当海域は、中東からのエネルギー資源を運ぶシーレーンの要衝に当たっており、ここを押さえられたら、ほとんどの原発が停止しているいま、日本のエネルギー安全保障は一気にアウトだから。
○安倍政権のバカな政策のために、これから中国移民はますます増える。それに加えて、水源地の買い占めや不動産の買い占めが進むだろう。
○安倍首相は外国人労働者の拡大策を「移民ではない」などとごまかしてばかりいるが、12カ月間母国を離れて他国に滞在すれば、それは移民であるというのが、国際的に認められた「移民」の定義である。また偽装がばれて不法移民の扱いを受けても、再申請を繰り返せば滞在をいくらでも引き延ばせるように法律がなっている。
○「侵略」を認め「軍の関与」を認めて、戦勝国包囲網の強化にオウンゴールを提供してしまうような対中対韓外交はダメである。
○「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観」に固執するあまり、孤立に陥ってしまう事態だけは避けなくてはならないという美津島氏の問題意識については、よくわかるような気がする。しかし問題は、アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なるということである。この区別を明瞭につけない限り、日本は永久に対米従属を通して中国の狙う戦勝国包囲網に取り巻かれてしまう。
***
以上の流れを踏まえて、本日、下記の返事をしたためました。
***
小浜さんへの返事を本文欄に移しました。話していることの内容の公共性の高さから見て、より公開性の高い掲載の仕方をすべきであると判断し、また、字数を気にせず、気が済むまで議論を深めたいとも思ったからです。
今回は、「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない」という私の問題提起に対して、「アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なる」と応じた小浜さんの見識をめぐって議論を深めたいと思っています。
が、その前にどうしても触れておきたいことがひとつあります。それは、前回も指摘したことですが、日本政府中枢の対中姿勢の致命的なほどの甘さを示す事例です。
小浜さんご自身、一昨日FBにシェアなさっていた産経新聞特別記者・田村秀男氏の「中国の市場統制に手を貸すな」(http://blogs.yahoo.co.jp/sktam_1124/41337083.html )
によれば、 黒田日銀総裁は「先の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、中国の資本逃避が止まらないことを憂慮し、北京当局による資本規制強化を提起」しました。この発言をきっかけにして、「国際通貨基金(IMF)も容認に傾」くことになり、英フィナンシャルタイムズ(FT)紙もまたその社説で、「黒田提案を引用しながら、『中国には資本規制が唯一の選択肢』だと論じた」そうです。
この黒田発言が、中共との間で安全保障上の懸案をいくつも抱える日本にとって、いかに途方もない危険性を秘めたものであるのかは、中国経済についての一定の基礎知識がないとピンと来ないのではなかろうかと思われます。私たちの議論をごく少数の人々のものにしないためにも、僭越ながら、中国経済の基礎知識にいささか触れておきましょう。
2008年のリーマン・ショック以来の大陸中国経済の驚異の経済成長を支えてきた経済システムの核心は、管理変動相場制です。同相場制は、市場介入によって一日当たり2%の範囲内でドルに人民元を連動させる事実上の「ドル本位制」です。バブル崩壊後のデフレへの突入という日本の二の舞を避けようとするアメリカFRBの金融緩和政策によって大量に国内に流入するドルの裏付けを得た中共=人民銀行は、人民元を大量に増刷し続けました(ドルの裏付けのない人民元など、国際的には紙くず同然です)。それが、不動産バブルや巨額の設備投資の原資となり、驚異の経済成長を実現することになったのです。
と同時に、同相場制によって、人民元は基軸通貨ドルに対してほぼ固定されているので、為替変動リスクがほとんどありません。で、日米欧の外資が誘引されることになります。さらに、為替変動リスクとほぼ無縁な国内経済は、人民元の暴騰による劇的な国際競争力の低下や人民元安による物価高騰のリスクをまぬがれます。つまり、管理変動相場制は、中共による国内統治の要でもあるのです。
このようにして、中共は国際経済におけるプレゼンスの驚異的な向上を実現します。それを背景に、中国人民元は、IMFから昨年末SDR(特別引き出し権)入りを認められます。つまり、人民元は晴れて国際通貨として認められたのです。それを実現するために、中共は、リガルド専務理事をはじめとするIMFの高級職員に対してさかんにロビー活動をしたようです。ある国の通貨がSDR入りするためには、資本の自由移動と変動相場制への移行の実現が前提条件となりますが、IMFは、それをうやむやにして人民元のSDR化を容認しました(残念なことです)。
では、人民元のSDR化によって、中共はなにを成し遂げようとしているのでしょうか。それは、領土を超えた広域の「人民元帝国」を築くことによって、アメリカが長年担ってきた覇権を、はじめは部分的にゆくゆくは全面的に奪取することです。中共は、覇権を手にしたいのです。その証拠を列挙すると、話があまりにも脇道にそれることになるので、ここでは控えておきます。第一、小浜さんに対して、それを力説する必要はないでしょう。
いまの中共は、アメリカの利上げ政策と野放図な金融政策と財政政策のツケを支払うのに四苦八苦しているので、派手なことをする余裕があまりありませんが、自らを震源とするデフレの大波が世界経済を襲い、アメリカがふたたび金融緩和政策に転じざるをえなくなったならば、ドルが大量に大陸中国に流入し、SDR化によってパワー・アップした人民元の脅威が露骨に顕在化し、日本の安全保障がその根底から大きく揺さぶられる事態が惹起することが大いに憂慮されます。それは、悪夢以外のなにものでもありません。しかも、それは「覚めない悪夢」です。
以上のことを踏まえたうえで、今日のFBにアップしたコメントをごらんください。
当コメントは、FBシェアした、日経電子版の「豹変ソロス氏の挑戦に牙向ける習主席 編集委員 中沢克二」http://www.nikkei.com/article/DGXMZO96775010R00C16A2000000/ に添えたものです。
私は、国民国家の健全な存続のために、野放図な国際金融資本の跋扈は規制されるべきであると考えています。だから、その点からすれば、ソロス氏は「敵」です。
しかし、日本の安全保障体制を根底から脅かそうとしている中共は、「大敵」です。
で今回、「敵」のソロス氏と「大敵」の中共とが、つばぜり合いをしています。私としては、「敵」のソロス氏を断固として支持します。
この闘いでソロス氏が勝ったならば、中共は、アンフェアな管理変動相場制を脱して、変動相場制と資本の自由とを受け入れざるをえない立場に追い込まれるものと思われます。というか、IMFはそれを中共に求めなければなりません。というのは、変動相場制と資本取引の自由との受け入れを条件に、IMFは、人民元のSDR入りを認めたのですから。むろんその条件の提示は、残念なことにあいまいなものでした。とはいえ、IMFは立場上「そんな条件は提示していない」などとは、口が裂けても言えません。
マネーの国際ルールに従うことからまぬがれた独裁政権が、国際通貨を持っていることほどに、世界にとって、とりわけ隣国の日本にとって、危険なことはほかにありません。外基地に刃物とはこのことです。
だから、中共に変動相場制への移行と資本取引の自由とを受け入れさせることは、極東の安全保障体制の安定化にとって、もっとも重要な条件なのです。その点、国際舞台で中共の資本規制の強化を求めた日銀黒田発言は、「大敵」に塩を贈る、とんでもなく愚劣な振る舞いであると思います。黒田総裁は、日本国民の生命・財産を危険にさらしたのです。
黒田発言は、日本政府が、いかに親中派勢力にその深部に至るまで冒されているのかを雄弁に物語っています。この記事を読んだとき、私は正直目の前が真っ暗になりました。
私たちが、いくら電脳空間で、「中共はあぶない」と叫び続けたとしても、権力の中枢がこんなんじゃ、どうしようもないだろうと、つい弱音を吐きたくなってきます。
しかし、まあ、愚痴はこれくらいにしておきましょう。
で、話を戻しましょう。つまり、
今回は、「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない」という私の問題提示に対して、「アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なる」と応じた小浜さんの見識をめぐって議論を深めたいと思っています。
と申し上げたところにまで、戻りましょう。
中共が、日本に対して歴史戦を挑む論点は、おおむね次の五つであると思われます。
〔1〕 南京事件問題
〔2〕 いわゆる従軍慰安婦問題
〔3〕 首相の靖国神社参拝問題
〔4〕 東京裁判史観問題
〔5〕 憲法改正問題
〔1〕がポイントであることは、中共によるユネスコ記憶遺産登録問題で国内が揺れた記憶がまだ生々しいのでくだくだしく述べるまでもないでしょう。
〔2〕 については、米国内での世界抗日戦争史実維護連合会の従軍慰安婦像設置活動
から分かる通り、韓国との共闘関係を強化しています。
〔3〕 については、中韓のみならず、近年ではアメリカやEU先進諸国でさえも、首
相の靖国参拝に難色を示すことが明らかになっています。
〔4〕 について、中共は、東京裁判の判決を当然の前提として反日キャンペーンを繰
り広げています。だからもしも日本政府が、東京裁判の判決について否定的な言辞を発信したならば、中共は、激しく日本を非難することでしょう。
〔5〕 について。日本政府が憲法改正の動きを加速させたならば、中共は、熾烈な反
日キャンペーンを繰り広げ、アメリカを巻き込んでの反日国際世論を巻き起こそうとするはずです。
ここで私の思想信条を述べておきましょう(小浜さんはすでにご存じでしょうが)。
〔1〕について。南京攻略戦において、いわゆる「虐殺派」が主張するような、虐殺=捕虜や民間人に対する組織的計画的大量殺戮行為があったとは到底思えない、という立場です。
〔2〕について。一国の首相が、日本を守ろうとして尊い命を捧げられた方々に、尊敬の念を込めて慰霊するのは当然のことであると思っています。他国からしのこの言われる筋合いはない、ということです。
〔3〕 について。いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍による韓国女性の強制連行
の有無がその本質です。軍の強制連行の事実を示す歴史的資料がまったく見つからず、吉田清治という人物のデマが当問題の発信源であることに鑑みて、「当問題はフィクションである」と断じるよりほかにないと考えます。
〔4〕 について。南京事件に関する私見からごく自然に出てくる結論として、東京裁
判の判決を受け入れることは到底できません。当裁判は、裁判の名を借りた戦勝国の敗戦国に対するリンチ以外のなにものでもない、と思っています。
〔5〕 日本の安全保障体制を脆弱なものに押しとどめている憲法九条は一日でも早
く改正されるべきであるし、もともと、主権の存在しない時期にGHQによって作られた日本国憲法それ自体も、すべて書きかえられるべきである、と考えています(それが、第日本帝国憲法の改正という手続きを経るべきなのか、それとも、日本国憲法の書きかえという形におさめるべきなのかについては、分からないところがあります)。
以上から、少なくとも個人の思想信条からすれば、私はどこからどうみても脱自虐史観論者であることは明らかでしょう。
で、ここで一歩踏み出したいのをこらえたうえで考えるのは、なにゆえ私たち日本人は、自虐史観を公式の歴史観として七〇年間自他ともに認めてきたのか、ということです。
その答えは、私見によれば、はっきりしています。戦争に負けたからです。それ以外の答えは、すべてそこから派生したものでしょう。つまり、自虐史観とは敗戦国史観なのです。戦後の秩序は、戦勝国の都合によって作られたものなのだから、敗戦国が自虐史観という名の敗戦国史観を持するよりほかに国際社会のなかで生き延びるすべはなかったのではないでしょうか(吉田茂は、ほかのだれよりもそのことを分かっていたものと思われます)。これは冷厳とした歴史的真実である、とまで言ってしまいましょう。いわゆる保守派のダメなところは、この冷厳な真実から目をそらして「いまの日本人は堕落した」などと嘆いて見せ、懐古的心情の世界に逃げ込むところではないでしょうか。
とすれば、これから自他ともに脱自虐史観が公式の歴史観として認められる現実を作り出す方策もおのずと明らかでしょう。そう。中共が仕掛けてきた戦争に勝つこと、それ以外にありません。アメリカの覇権が衰退した後のG0状況下において、中共が準覇権国としてふるまうことがほぼ明らかであるがゆえに、その戦いに勝つことは、先の戦争の敗戦国である日本にとって、とてつもなく大きな意義があります。つまり、日本と中共との戦いは、少なく見積もっても準世界大戦クラスのそれなのです。地理的には局地戦かもしれませんが、その内実は局地戦ではないのです。
その場合、どうしても避けなければならないのは、 「中共を筆頭とする戦勝国連合VS孤立した日本」という戦いの構図です。この構図にはまったならば、日本は「必敗」だからです。そうすると日本の自虐史観は、国際的に「確定」してしまいます。少なくとも私たちの目が黒いうちに、脱自虐史観が国際的に認知される可能性はゼロになります。
その構図を作りだすうえで、中共が大いに活用しようとするのは、心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性ではないかと私は考えています。
では、「心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性」とは、何なのでしょうか。ちょっと手順を踏んだうえで、それに答えたいと思います。
国際関係アナリスト・北野幸伯氏は、「ロシアから見た「正義」“反逆者”プーチンの挑戦」の第16回http://diamond.jp/articles/-/77330 で、中共が世界中で大々的に繰り広げている「反日プロパガンダ」のポイントとして、次の3点を挙げています。
日本は、
1.右傾化している
2.軍国主義化している
3.歴史の修正を求めている
中共は、先ほど列挙した「日本に対して歴史戦を挑む五つの論点」をことある毎に持ち出し、上記の三つのポイントを突くことによってアメリカを刺激し、日米の分断を図ろうとしているのです。
つまり中共にとって、「歴史認識問題」とは、日米分断を実現するための方便なのです。私は、それが歴史認識問題の本質であると考えています。
それを踏まえるならば、「心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性」がおのずと明らかになります。それは、脱自虐史観なるものは、情理両面からのアプローチによって反米が導き出されること、です。つまり、どんなに冷静であっても、脱自虐史観を持するならば、論理的に反米が導き出されうるのです。
別に、こむずかしいことを言おうとしているわけではありません。〈なぜ、自虐史観を持つようになったのか。それは、戦争に負けたからである。では、日本はどの国に負けたのか。それは、アメリカである〉。このように、自虐史観へのこだわりは、かつての敵国アメリカ・戦後の日本を支配してきた戦勝国アメリカという歴史像を生々しく呼び起こしてしまうのです。
そのことに、ほかのどの国よりも敏感なのは、ほかでもない、アメリカでしょう。だからこそアメリカは、安倍首相が靖国参拝をすれば「失望」発言をし、いわゆる従軍慰安婦問題での日韓合意を促そうとするのでしょう(おそらく、覇権の衰退と戦勝国体制の保持欲求の強まりとは、アメリカにとって、同時並行現象であると思われます)。
憲法改正についても、日本の自主的な改正の気運を、アメリカは本音のところで面白くは思わないでしょう。なぜなら、日本国憲法を作ったのはアメリカであり、それを全面的に書きかえるのは、当然のことながらアメリカの否定につながるからです。
日本側の東京裁判批判についても同様の事態が巻き起こるでしょう。
中共は、脱自虐史観がはらむこのような潜在的な日米対立を、はっきりと嗅ぎ当てています。だからこそ、執拗に歴史問題を持ち出しては、日米分断を図ろうとするのです。
言いかえると、中共からすれば、脱自虐史観はおおいに「使える」のです。
この事実に対して、脱自虐史観論者は、自覚的であらねばならない。でないと、図らずも日米分断に加担し、日本の安全保障体制を危機にさらす愚を犯しかねないからです。
では、私(たち)は、このような危険な弱点を有する脱自虐史観など捨ててしまったほうがいいのでしょうか。
そうは思いません。というのは、今後の世界は、アメリカの覇権が衰退したG0状況の度合いを高めていくにちがいないと思われるからです。どういうことか。
G0状況下においては、18世紀的な主権国家間のパワー・ゲームの世界が現代的に再現されることになるでしょう。その場合、主権国家を健全なナショナリズムが支えることが必須となります。そこで、脱自虐史観は、大きな役割を果たすことになるものと思われるのです。だから、それを捨ててしまうには及ばない。
脱自虐史観はダメだと言ったり、イイと言ったり、話が錯綜してきました。まとめましょう。
一方で脱自虐史観は、反米の契機を有するがゆえに、日米分断を図る中共に徹底利用されるという弱点を持つ。他方で、主権国家を支える健全なナショナリズムの大きな柱になりうるという利用価値がある。そういうことになるでしょう。
なぜこのような話が出てきたのでしょうか。それは、いまの日本が中共の複雑な対日戦争を受けて立つよりほかに選択肢のない状況に追い込まれているという事実認識が私(たち)にあるからです。
中共との戦いに勝つ。それが至上命題です。ならば、話は見た目ほど複雑ではないでしょう。中共との戦いをタフに続行する精神的な支柱として脱自虐史観は大いに役立ちます。しかし他方で、脱自虐史観の弱点が中共によって利用される局面が存在するという事実に対して、私たちは、目を曇らせてはなりません(そうすると、負けてしまいかねないからです)。その意味で、北野氏が主張するように、私たちはリアリストであらねばなりません。
そのスタンスをアメリカとの関係に移して論じるなら、アメリカへの精神的な依存を断ち切った自立的精神で同国に臨む一方で、同国の属国という国際的に認知された客観的ポジションをフル活用する、ということになるでしょう。つまり、衰退するアメリカの覇権を側面からサポートするという位置からもろもろの提言をすることで、国益をちゃっかりと追求するというしたたかな姿勢を堅持するのです。たとえば、小浜さんがおっしゃったように「アメリカの覇権の維持をするためにこそ、日本は、アメリカとロシアの間に立って、ロシアと中共との分断を図る」というふうに。
ケインズの師匠であったマーシャルの有名なフレーズに「冷静な頭脳をもって、しかし暖かい心情をもって」というのがあります。経済学者の理想像を語った言葉です。それをもじるならば、理想のナショナリスト像は「リアリストの頭脳をもって、しかし熱い脱自虐史観の心情をもって」となるでしょうか。
最後に、「日本にとって、何が本当の『危機』なのか」というタイトルにまつわるお話をしましょう。
私見によれば、日本政府の「移民じゃないよ、労働者だよ」というお気楽発言や、黒田日銀総裁の中共による資本規制強化発言に象徴されるように、中共を「大敵」としてはっきりと認識できずに、愚かにも敵に塩を贈ってしまうという脆弱な精神構造が支配的なものとして存在する状況こそが、「危機」のなかの最大のもの です。
同じことは、保守派のなかにも存在します。保守派の一部に根強い「中国経済崩壊待望論」は、その根に、憎っくき強敵・中共が戦わずして滅んでくれないものかという脆弱な精神ならではの願望を隠し持っているように感じられてとても嫌なのです。
「大敵」中共は、私たち日本人の、そのような脆弱な精神構造の所在をすでに嗅ぎ当てていると考えたほうがいいでしょう。で、そこを徹底的に突いてくるでしょう(お得意の「強硬路線の緩和」などそうでしょう)。その行き着く先は、目を覆うばかりのみじめな敗北主義です。つまり日本は、「戦わずして負ける」という最悪の事態に陥ってしまうのです。そのときは、すなわち、中華人民共和国・小日本省が誕生するときです。
そのような最悪の事態を招かないために、私たちは、自らの内なる脆弱性を自覚し、それを克服しなければならないのではないでしょうか。
少しは議論が発展しましたでしょうか。冗長になった感もないではないですが、このままアップしてしまいましょう。
〔編集者より〕自然発生的に、小浜逸郎氏との間で、中共の対日戦略といかに向き合うべきかをめぐって、FBやブログのコメント欄でやり取りが続いています。もっと広く公開すべき内容であると判断し、本文欄に移すことにしました。どうぞ、ごらんください。
一月二八日(木)の「MAG2NEWS」掲載の北野幸伯(よしのり)氏「さよなら中国マネー。三大投資家ジョージ・ソロスも中国を見捨てる」という記事http://www.mag2.com/p/news/142681/4 をFBにシェアし、若干の私見を添えたところ、小浜逸郎氏から、次のようなコメントをいただき、また、それに対する私見を述べました。
小浜逸郎 日本の対中戦略という観点からは、ソロス氏らの動向が、具体的なロシア支援や、ロシアに対する米の経済制裁緩和への働きかけというように、中露分断に役立ってくれればけっこうなことです。しかし、国際金融資本は金になりさえすれば何でもやるので、北野氏のこのレポートだけではちょっと予断を許さないように感じるのですが、いかがでしょうか。 ( 1月28日 15:51)
美津島明 おっしゃるとおりであると思います。正確に情勢分析をするために、希望的観測はなるべく排するべきですからね。それを踏まえたうえで申し上げると、当記事と、上記の「中共が、アメリカに対して、ドル基軸通貨体制の崩壊を目的とした経済戦争を仕掛けるために、大量の米国債を売りに出している」という趣旨の記事を合わせて読むと、見事に符合する、という事実を指摘しておきたいと思います。むろん、それでも希望的観測はあくまでも慎むべきであるとは思います。中共は、日本に対して、①情報戦(歴史戦)、②経済戦、③武力戦、という三つの戦争を同時並行的に仕掛けてきています。その戦争に勝つために、私たちはあくまでもリアリストでなければならないと、私は考えています。大東亜戦争に続いて、今回の戦いでも敗てしまうと、今度こそ、日本に関する戦勝国史観は、国際世論において最終的に確定されてしまうでしょう。(1月29日 0:15)
すると今度は、当ブログのコメント欄に長文のコメントをいただきました。次にそれに対して、私が返事を送り、さらに、小浜氏からの返事をいただきました。
http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/8296dbef736bc6f829557a9b953b5108
そのなかで、もっとも重要と思われるところをかいつまんで引きましょう。
***
・小浜→美津島
○中共が仕掛けてくる情報戦、あるいは歴史戦における日本の惨敗の背景には「単に中韓相手の話ではなく、かつての戦勝国と、当時まだできてもいなかった中共政府と、日本の統治下にあって日本人として日米戦争を戦ったはずの韓国と、自分たちは反省したが日本は反省していないなどと嘘八百を言い続けているドイツと、じつによってたかって日本に敵対的な包囲網が形成されている」という事実がある。
○中共による南沙諸島への侵略に対して、「アメリカは一応『航行の自由』作戦などで牽制のポーズを示してはいるものの、本気で対決する気が無いように思える。
○アメリカのやる気のなさが意味するのは、「中共が第一列島線までを確保し、次に第二列島線までの進出を企てた時に、それを抑止する有力勢力がなく、この区間に空白が生じ、中共が思いのままに振る舞うのを許してしまうということ。つまりそれを抑止する大国は、日本以外にない」という事実である。
・美津島→小浜
○日本国民は、「中共は日本に対して事実上の宣戦布告をしてきた。彼らは、一歩も引く気はない。それゆえ、日本は好むと好まざるとにかかわらずそれに対して応戦するよりほかに選択肢がないのだ」という認識をなるべく広汎に共有すべきであるが、どうもそうなっていない。政府からして、危機感が希薄である。
○〈日本と米国とを分断しておいて、孤立した日本をガツンと叩く〉。これが中共のねらい目。つまり、日本は、国際社会において孤立したときがいちばん危ない、ということ。中共は、日本を孤立させるために、歴史戦をフル活用しようとしている。だから、野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない。
・小浜→美津島
○日本にとって、尖閣よりむしろ、南沙諸島への中共の侵略の方が、日本にとって大きな危機を意味している。というのは、当海域は、中東からのエネルギー資源を運ぶシーレーンの要衝に当たっており、ここを押さえられたら、ほとんどの原発が停止しているいま、日本のエネルギー安全保障は一気にアウトだから。
○安倍政権のバカな政策のために、これから中国移民はますます増える。それに加えて、水源地の買い占めや不動産の買い占めが進むだろう。
○安倍首相は外国人労働者の拡大策を「移民ではない」などとごまかしてばかりいるが、12カ月間母国を離れて他国に滞在すれば、それは移民であるというのが、国際的に認められた「移民」の定義である。また偽装がばれて不法移民の扱いを受けても、再申請を繰り返せば滞在をいくらでも引き延ばせるように法律がなっている。
○「侵略」を認め「軍の関与」を認めて、戦勝国包囲網の強化にオウンゴールを提供してしまうような対中対韓外交はダメである。
○「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観」に固執するあまり、孤立に陥ってしまう事態だけは避けなくてはならないという美津島氏の問題意識については、よくわかるような気がする。しかし問題は、アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なるということである。この区別を明瞭につけない限り、日本は永久に対米従属を通して中国の狙う戦勝国包囲網に取り巻かれてしまう。
***
以上の流れを踏まえて、本日、下記の返事をしたためました。
***
小浜さんへの返事を本文欄に移しました。話していることの内容の公共性の高さから見て、より公開性の高い掲載の仕方をすべきであると判断し、また、字数を気にせず、気が済むまで議論を深めたいとも思ったからです。
今回は、「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない」という私の問題提起に対して、「アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なる」と応じた小浜さんの見識をめぐって議論を深めたいと思っています。
が、その前にどうしても触れておきたいことがひとつあります。それは、前回も指摘したことですが、日本政府中枢の対中姿勢の致命的なほどの甘さを示す事例です。
小浜さんご自身、一昨日FBにシェアなさっていた産経新聞特別記者・田村秀男氏の「中国の市場統制に手を貸すな」(http://blogs.yahoo.co.jp/sktam_1124/41337083.html )
によれば、 黒田日銀総裁は「先の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、中国の資本逃避が止まらないことを憂慮し、北京当局による資本規制強化を提起」しました。この発言をきっかけにして、「国際通貨基金(IMF)も容認に傾」くことになり、英フィナンシャルタイムズ(FT)紙もまたその社説で、「黒田提案を引用しながら、『中国には資本規制が唯一の選択肢』だと論じた」そうです。
この黒田発言が、中共との間で安全保障上の懸案をいくつも抱える日本にとって、いかに途方もない危険性を秘めたものであるのかは、中国経済についての一定の基礎知識がないとピンと来ないのではなかろうかと思われます。私たちの議論をごく少数の人々のものにしないためにも、僭越ながら、中国経済の基礎知識にいささか触れておきましょう。
2008年のリーマン・ショック以来の大陸中国経済の驚異の経済成長を支えてきた経済システムの核心は、管理変動相場制です。同相場制は、市場介入によって一日当たり2%の範囲内でドルに人民元を連動させる事実上の「ドル本位制」です。バブル崩壊後のデフレへの突入という日本の二の舞を避けようとするアメリカFRBの金融緩和政策によって大量に国内に流入するドルの裏付けを得た中共=人民銀行は、人民元を大量に増刷し続けました(ドルの裏付けのない人民元など、国際的には紙くず同然です)。それが、不動産バブルや巨額の設備投資の原資となり、驚異の経済成長を実現することになったのです。
と同時に、同相場制によって、人民元は基軸通貨ドルに対してほぼ固定されているので、為替変動リスクがほとんどありません。で、日米欧の外資が誘引されることになります。さらに、為替変動リスクとほぼ無縁な国内経済は、人民元の暴騰による劇的な国際競争力の低下や人民元安による物価高騰のリスクをまぬがれます。つまり、管理変動相場制は、中共による国内統治の要でもあるのです。
このようにして、中共は国際経済におけるプレゼンスの驚異的な向上を実現します。それを背景に、中国人民元は、IMFから昨年末SDR(特別引き出し権)入りを認められます。つまり、人民元は晴れて国際通貨として認められたのです。それを実現するために、中共は、リガルド専務理事をはじめとするIMFの高級職員に対してさかんにロビー活動をしたようです。ある国の通貨がSDR入りするためには、資本の自由移動と変動相場制への移行の実現が前提条件となりますが、IMFは、それをうやむやにして人民元のSDR化を容認しました(残念なことです)。
では、人民元のSDR化によって、中共はなにを成し遂げようとしているのでしょうか。それは、領土を超えた広域の「人民元帝国」を築くことによって、アメリカが長年担ってきた覇権を、はじめは部分的にゆくゆくは全面的に奪取することです。中共は、覇権を手にしたいのです。その証拠を列挙すると、話があまりにも脇道にそれることになるので、ここでは控えておきます。第一、小浜さんに対して、それを力説する必要はないでしょう。
いまの中共は、アメリカの利上げ政策と野放図な金融政策と財政政策のツケを支払うのに四苦八苦しているので、派手なことをする余裕があまりありませんが、自らを震源とするデフレの大波が世界経済を襲い、アメリカがふたたび金融緩和政策に転じざるをえなくなったならば、ドルが大量に大陸中国に流入し、SDR化によってパワー・アップした人民元の脅威が露骨に顕在化し、日本の安全保障がその根底から大きく揺さぶられる事態が惹起することが大いに憂慮されます。それは、悪夢以外のなにものでもありません。しかも、それは「覚めない悪夢」です。
以上のことを踏まえたうえで、今日のFBにアップしたコメントをごらんください。
当コメントは、FBシェアした、日経電子版の「豹変ソロス氏の挑戦に牙向ける習主席 編集委員 中沢克二」http://www.nikkei.com/article/DGXMZO96775010R00C16A2000000/ に添えたものです。
私は、国民国家の健全な存続のために、野放図な国際金融資本の跋扈は規制されるべきであると考えています。だから、その点からすれば、ソロス氏は「敵」です。
しかし、日本の安全保障体制を根底から脅かそうとしている中共は、「大敵」です。
で今回、「敵」のソロス氏と「大敵」の中共とが、つばぜり合いをしています。私としては、「敵」のソロス氏を断固として支持します。
この闘いでソロス氏が勝ったならば、中共は、アンフェアな管理変動相場制を脱して、変動相場制と資本の自由とを受け入れざるをえない立場に追い込まれるものと思われます。というか、IMFはそれを中共に求めなければなりません。というのは、変動相場制と資本取引の自由との受け入れを条件に、IMFは、人民元のSDR入りを認めたのですから。むろんその条件の提示は、残念なことにあいまいなものでした。とはいえ、IMFは立場上「そんな条件は提示していない」などとは、口が裂けても言えません。
マネーの国際ルールに従うことからまぬがれた独裁政権が、国際通貨を持っていることほどに、世界にとって、とりわけ隣国の日本にとって、危険なことはほかにありません。外基地に刃物とはこのことです。
だから、中共に変動相場制への移行と資本取引の自由とを受け入れさせることは、極東の安全保障体制の安定化にとって、もっとも重要な条件なのです。その点、国際舞台で中共の資本規制の強化を求めた日銀黒田発言は、「大敵」に塩を贈る、とんでもなく愚劣な振る舞いであると思います。黒田総裁は、日本国民の生命・財産を危険にさらしたのです。
黒田発言は、日本政府が、いかに親中派勢力にその深部に至るまで冒されているのかを雄弁に物語っています。この記事を読んだとき、私は正直目の前が真っ暗になりました。
私たちが、いくら電脳空間で、「中共はあぶない」と叫び続けたとしても、権力の中枢がこんなんじゃ、どうしようもないだろうと、つい弱音を吐きたくなってきます。
しかし、まあ、愚痴はこれくらいにしておきましょう。
で、話を戻しましょう。つまり、
今回は、「野放図で無自覚で感情的な脱自虐史観ほど、中共の歴史戦にとっての好餌はほかにない」という私の問題提示に対して、「アメリカの言うなりになることと、対米外交を通して対等で巧妙な駆け引きを行なって国益を引き出すこととはまったく異なる」と応じた小浜さんの見識をめぐって議論を深めたいと思っています。
と申し上げたところにまで、戻りましょう。
中共が、日本に対して歴史戦を挑む論点は、おおむね次の五つであると思われます。
〔1〕 南京事件問題
〔2〕 いわゆる従軍慰安婦問題
〔3〕 首相の靖国神社参拝問題
〔4〕 東京裁判史観問題
〔5〕 憲法改正問題
〔1〕がポイントであることは、中共によるユネスコ記憶遺産登録問題で国内が揺れた記憶がまだ生々しいのでくだくだしく述べるまでもないでしょう。
〔2〕 については、米国内での世界抗日戦争史実維護連合会の従軍慰安婦像設置活動
から分かる通り、韓国との共闘関係を強化しています。
〔3〕 については、中韓のみならず、近年ではアメリカやEU先進諸国でさえも、首
相の靖国参拝に難色を示すことが明らかになっています。
〔4〕 について、中共は、東京裁判の判決を当然の前提として反日キャンペーンを繰
り広げています。だからもしも日本政府が、東京裁判の判決について否定的な言辞を発信したならば、中共は、激しく日本を非難することでしょう。
〔5〕 について。日本政府が憲法改正の動きを加速させたならば、中共は、熾烈な反
日キャンペーンを繰り広げ、アメリカを巻き込んでの反日国際世論を巻き起こそうとするはずです。
ここで私の思想信条を述べておきましょう(小浜さんはすでにご存じでしょうが)。
〔1〕について。南京攻略戦において、いわゆる「虐殺派」が主張するような、虐殺=捕虜や民間人に対する組織的計画的大量殺戮行為があったとは到底思えない、という立場です。
〔2〕について。一国の首相が、日本を守ろうとして尊い命を捧げられた方々に、尊敬の念を込めて慰霊するのは当然のことであると思っています。他国からしのこの言われる筋合いはない、ということです。
〔3〕 について。いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍による韓国女性の強制連行
の有無がその本質です。軍の強制連行の事実を示す歴史的資料がまったく見つからず、吉田清治という人物のデマが当問題の発信源であることに鑑みて、「当問題はフィクションである」と断じるよりほかにないと考えます。
〔4〕 について。南京事件に関する私見からごく自然に出てくる結論として、東京裁
判の判決を受け入れることは到底できません。当裁判は、裁判の名を借りた戦勝国の敗戦国に対するリンチ以外のなにものでもない、と思っています。
〔5〕 日本の安全保障体制を脆弱なものに押しとどめている憲法九条は一日でも早
く改正されるべきであるし、もともと、主権の存在しない時期にGHQによって作られた日本国憲法それ自体も、すべて書きかえられるべきである、と考えています(それが、第日本帝国憲法の改正という手続きを経るべきなのか、それとも、日本国憲法の書きかえという形におさめるべきなのかについては、分からないところがあります)。
以上から、少なくとも個人の思想信条からすれば、私はどこからどうみても脱自虐史観論者であることは明らかでしょう。
で、ここで一歩踏み出したいのをこらえたうえで考えるのは、なにゆえ私たち日本人は、自虐史観を公式の歴史観として七〇年間自他ともに認めてきたのか、ということです。
その答えは、私見によれば、はっきりしています。戦争に負けたからです。それ以外の答えは、すべてそこから派生したものでしょう。つまり、自虐史観とは敗戦国史観なのです。戦後の秩序は、戦勝国の都合によって作られたものなのだから、敗戦国が自虐史観という名の敗戦国史観を持するよりほかに国際社会のなかで生き延びるすべはなかったのではないでしょうか(吉田茂は、ほかのだれよりもそのことを分かっていたものと思われます)。これは冷厳とした歴史的真実である、とまで言ってしまいましょう。いわゆる保守派のダメなところは、この冷厳な真実から目をそらして「いまの日本人は堕落した」などと嘆いて見せ、懐古的心情の世界に逃げ込むところではないでしょうか。
とすれば、これから自他ともに脱自虐史観が公式の歴史観として認められる現実を作り出す方策もおのずと明らかでしょう。そう。中共が仕掛けてきた戦争に勝つこと、それ以外にありません。アメリカの覇権が衰退した後のG0状況下において、中共が準覇権国としてふるまうことがほぼ明らかであるがゆえに、その戦いに勝つことは、先の戦争の敗戦国である日本にとって、とてつもなく大きな意義があります。つまり、日本と中共との戦いは、少なく見積もっても準世界大戦クラスのそれなのです。地理的には局地戦かもしれませんが、その内実は局地戦ではないのです。
その場合、どうしても避けなければならないのは、 「中共を筆頭とする戦勝国連合VS孤立した日本」という戦いの構図です。この構図にはまったならば、日本は「必敗」だからです。そうすると日本の自虐史観は、国際的に「確定」してしまいます。少なくとも私たちの目が黒いうちに、脱自虐史観が国際的に認知される可能性はゼロになります。
その構図を作りだすうえで、中共が大いに活用しようとするのは、心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性ではないかと私は考えています。
では、「心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性」とは、何なのでしょうか。ちょっと手順を踏んだうえで、それに答えたいと思います。
国際関係アナリスト・北野幸伯氏は、「ロシアから見た「正義」“反逆者”プーチンの挑戦」の第16回http://diamond.jp/articles/-/77330 で、中共が世界中で大々的に繰り広げている「反日プロパガンダ」のポイントとして、次の3点を挙げています。
日本は、
1.右傾化している
2.軍国主義化している
3.歴史の修正を求めている
中共は、先ほど列挙した「日本に対して歴史戦を挑む五つの論点」をことある毎に持ち出し、上記の三つのポイントを突くことによってアメリカを刺激し、日米の分断を図ろうとしているのです。
つまり中共にとって、「歴史認識問題」とは、日米分断を実現するための方便なのです。私は、それが歴史認識問題の本質であると考えています。
それを踏まえるならば、「心ある日本人の脱自虐史観が孕む危険性」がおのずと明らかになります。それは、脱自虐史観なるものは、情理両面からのアプローチによって反米が導き出されること、です。つまり、どんなに冷静であっても、脱自虐史観を持するならば、論理的に反米が導き出されうるのです。
別に、こむずかしいことを言おうとしているわけではありません。〈なぜ、自虐史観を持つようになったのか。それは、戦争に負けたからである。では、日本はどの国に負けたのか。それは、アメリカである〉。このように、自虐史観へのこだわりは、かつての敵国アメリカ・戦後の日本を支配してきた戦勝国アメリカという歴史像を生々しく呼び起こしてしまうのです。
そのことに、ほかのどの国よりも敏感なのは、ほかでもない、アメリカでしょう。だからこそアメリカは、安倍首相が靖国参拝をすれば「失望」発言をし、いわゆる従軍慰安婦問題での日韓合意を促そうとするのでしょう(おそらく、覇権の衰退と戦勝国体制の保持欲求の強まりとは、アメリカにとって、同時並行現象であると思われます)。
憲法改正についても、日本の自主的な改正の気運を、アメリカは本音のところで面白くは思わないでしょう。なぜなら、日本国憲法を作ったのはアメリカであり、それを全面的に書きかえるのは、当然のことながらアメリカの否定につながるからです。
日本側の東京裁判批判についても同様の事態が巻き起こるでしょう。
中共は、脱自虐史観がはらむこのような潜在的な日米対立を、はっきりと嗅ぎ当てています。だからこそ、執拗に歴史問題を持ち出しては、日米分断を図ろうとするのです。
言いかえると、中共からすれば、脱自虐史観はおおいに「使える」のです。
この事実に対して、脱自虐史観論者は、自覚的であらねばならない。でないと、図らずも日米分断に加担し、日本の安全保障体制を危機にさらす愚を犯しかねないからです。
では、私(たち)は、このような危険な弱点を有する脱自虐史観など捨ててしまったほうがいいのでしょうか。
そうは思いません。というのは、今後の世界は、アメリカの覇権が衰退したG0状況の度合いを高めていくにちがいないと思われるからです。どういうことか。
G0状況下においては、18世紀的な主権国家間のパワー・ゲームの世界が現代的に再現されることになるでしょう。その場合、主権国家を健全なナショナリズムが支えることが必須となります。そこで、脱自虐史観は、大きな役割を果たすことになるものと思われるのです。だから、それを捨ててしまうには及ばない。
脱自虐史観はダメだと言ったり、イイと言ったり、話が錯綜してきました。まとめましょう。
一方で脱自虐史観は、反米の契機を有するがゆえに、日米分断を図る中共に徹底利用されるという弱点を持つ。他方で、主権国家を支える健全なナショナリズムの大きな柱になりうるという利用価値がある。そういうことになるでしょう。
なぜこのような話が出てきたのでしょうか。それは、いまの日本が中共の複雑な対日戦争を受けて立つよりほかに選択肢のない状況に追い込まれているという事実認識が私(たち)にあるからです。
中共との戦いに勝つ。それが至上命題です。ならば、話は見た目ほど複雑ではないでしょう。中共との戦いをタフに続行する精神的な支柱として脱自虐史観は大いに役立ちます。しかし他方で、脱自虐史観の弱点が中共によって利用される局面が存在するという事実に対して、私たちは、目を曇らせてはなりません(そうすると、負けてしまいかねないからです)。その意味で、北野氏が主張するように、私たちはリアリストであらねばなりません。
そのスタンスをアメリカとの関係に移して論じるなら、アメリカへの精神的な依存を断ち切った自立的精神で同国に臨む一方で、同国の属国という国際的に認知された客観的ポジションをフル活用する、ということになるでしょう。つまり、衰退するアメリカの覇権を側面からサポートするという位置からもろもろの提言をすることで、国益をちゃっかりと追求するというしたたかな姿勢を堅持するのです。たとえば、小浜さんがおっしゃったように「アメリカの覇権の維持をするためにこそ、日本は、アメリカとロシアの間に立って、ロシアと中共との分断を図る」というふうに。
ケインズの師匠であったマーシャルの有名なフレーズに「冷静な頭脳をもって、しかし暖かい心情をもって」というのがあります。経済学者の理想像を語った言葉です。それをもじるならば、理想のナショナリスト像は「リアリストの頭脳をもって、しかし熱い脱自虐史観の心情をもって」となるでしょうか。
最後に、「日本にとって、何が本当の『危機』なのか」というタイトルにまつわるお話をしましょう。
私見によれば、日本政府の「移民じゃないよ、労働者だよ」というお気楽発言や、黒田日銀総裁の中共による資本規制強化発言に象徴されるように、中共を「大敵」としてはっきりと認識できずに、愚かにも敵に塩を贈ってしまうという脆弱な精神構造が支配的なものとして存在する状況こそが、「危機」のなかの最大のもの です。
同じことは、保守派のなかにも存在します。保守派の一部に根強い「中国経済崩壊待望論」は、その根に、憎っくき強敵・中共が戦わずして滅んでくれないものかという脆弱な精神ならではの願望を隠し持っているように感じられてとても嫌なのです。
「大敵」中共は、私たち日本人の、そのような脆弱な精神構造の所在をすでに嗅ぎ当てていると考えたほうがいいでしょう。で、そこを徹底的に突いてくるでしょう(お得意の「強硬路線の緩和」などそうでしょう)。その行き着く先は、目を覆うばかりのみじめな敗北主義です。つまり日本は、「戦わずして負ける」という最悪の事態に陥ってしまうのです。そのときは、すなわち、中華人民共和国・小日本省が誕生するときです。
そのような最悪の事態を招かないために、私たちは、自らの内なる脆弱性を自覚し、それを克服しなければならないのではないでしょうか。
少しは議論が発展しましたでしょうか。冗長になった感もないではないですが、このままアップしてしまいましょう。