美津島明編集「直言の宴」

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「偏愛的文学談義(その3)」 上田→後藤 (後藤隆浩・上田仁志)

2015年01月13日 18時24分46秒 | 後藤隆浩・上田仁志
「偏愛的文学談義(その3)」 上田→後藤 (後藤隆浩・上田仁志)


「現役職人と退役軍人」http://fiorenkiri.cocolog-nifty.com/kirienikki/2010/09/post-47a7.html?cid=113958800#comment-113958800(サイト名・切り絵職人の日記)より

後藤さん、こんにちは。

木田元氏の話題の続きです。
昨年末に出た『KAWADE道の手帖 木田元 軽妙洒脱な反哲学』(河出書房新社 2014年12月刊)はもうお読みになったでしょうか。木田元氏の仕事をふりかえるのに役立ちますね。
たとえば、鷲田清一、高田珠樹両氏による対談「思想史の世界をめぐり続けて――木田元の遺したもの」は、タイトルどおり、哲学者・木田元が日本の哲学・思想界に果たした独自の仕事ぶりを語り合っています。

鷲田 木田さんは、廣松渉さんのように自分の体系を構築するというタイプでもなければ、大森荘蔵さんのように哲学史の文脈を超えてみずからの思考を紡いでゆくというタイプでもなく、むしろ哲学史の流れを自分流に解釈することが中心で、そういう意味ではすごく禁欲的なところがある。
その禁欲的なところが、ハイデガー解釈の仕方の面白さにも繋がっていますね。ハイデガーの体系を評価するというよりも、彼が講義で扱ったアリストテレスから同時代までの哲学者の仕事を独自に脈絡をつけながら解釈することをこそ楽しまれていたように思います。その結果、単なる文献解釈にとどまらない、とてもダイナミックな読みを哲学史とか思想史で展開されることになった。

 たしかに木田さんは、ハイデガーならハイデガーの思想体系を考えるときに、同時代的な思想史の文脈とのかかわりを忘れることはありませんでした。木田さんは、そうした思想史的なアプローチを、生松敬三氏をはじめとする思想史仲間との交流を通じて体得したもののようです。しかし、そのあたり、学会の常識や流儀とはくいちがうところがあったのかもしれません。
ハイデガーは、『存在と時間』の未完に終わった第一部第三編「時間と存在」において、中心主題として「テンポラリテート」という概念を論じるはずでした。ハイデガーの専門家である高田氏はこう述べています。

 高田 ハイデガー研究者の間では、テンポラリテートは、ハイデガーが書くことができなかったすごく奥底にあるもののようなものとして考えられてきました。私もその種のイメージを持っていたので、これまでにこの主題に関わるのは遠慮してきたんですけれども、木田さんはむしろオープンに書いてこられた。
初めて『「存在と時間」の構築』を読んだときは、展開の軸を、ハイデガーの言うテンポタリテートを当時の哲学史の文脈と通じる話だというところに持っていかれている点に戸惑うと同時に少し拍子抜けした記憶がありますが、今回読み直してみて、確かにテンポラリテートというものを、自分たちは何だかわからないままに少しありがたがりすぎているのかもしれない、と感じました。ハイデガーの奥の奥というよりも、要するにテンポラリテートというのは、一種の人間存在の地平の形成作用の最も中核であって、結局のところ、ユクスキュルなどの環境世界論などと繋がるような話だと、ざっくばらんに指摘しておられる。当時の人々の共通の問題意識のなかにある話だという木田さんの指摘にはそれなりに納得しました。


「木を見て山を見ず」とはこのことかもしれませんが、専門家というのは、ややもすると細部にとらわれて大局を見失いがちです。くわえて、「ひいきの引き倒し」ではありませんが、自分の研究対象を崇め奉る専門家は、目がくもって適切な距離をたもてなくなるものです。しかし、木田さんはそうした幣を免れていたといっていいでしょう。なにしろ木田さんは、鷲田氏もいうように、「ハイデガーを論じるにせよ、ニーチェを論じるにせよ、なんか対等の口ぶり」なのです。木田さんのそうした態度は、もとより横柄さとは異なるもので、おそらくは、完全に確信がもてるようになるまで徹底して文献を読みぬいたことからもたらされたものなのです。
木田さんが、まずもって、メルロ=ポンティやフッサールの名翻訳者として知られたこともまた思い出されます。木田さんの翻訳が名訳たるゆえんは、わかりやすいばかりか文章にリズムがあるからだといわれます。木田さんは、単に「意味」を訳すにとどまらず、「文体」そのものを訳した(=創作した)のだといえるでしょう。

 木田元の翻訳の特徴は、その訳文のリズムにある。
 木田元によると、翻訳をおこなうときは、四、五回は書き直し、しかも五、六行書いては書き直し、十行くらい書いては書き直す、という。それは文章のリズムを整えるためだったらしい
。(加國尚志「反‐哲学者の足跡」)

文献講読にしろ、翻訳にしろ、木田さんの仕事ぶりはおよそ徹底しています。こうした作業を納得いくまで積み重ねることこそが、木田さんの哲学にたいする付き合い方だったのでしょう。そして、この根気のいる読みの仕事が、思想史的なアプローチと組み合わされるなかで、木田さんの「反哲学史」の構想も形を成したものと考えられます。
 ところで、前回の便りで、私にとって木田さんは、現象学やハイデガー哲学のすぐれた解説者であるという趣旨のことを書いたのですが、ここで、木田さんの呼称はどうあるべきかについて一言したいと思います。
 鷲田氏は、先の引用中で、廣松渉や大森荘蔵を引き合いに出して、木田さんの特長を説明していましたが、それは、露骨な言い方をすれば、前二者が独自の体系なり構想を提示した「哲学者」であるのに対して、木田さんはあくまでも、哲学史、思想史の解釈を行なった「哲学研究者」もしくは「哲学史家」にすぎないと受けとることもできそうです。
 「大森哲学」や「廣松哲学」という呼称が可能なように、はたして「木田哲学」という言い方は可能なのでしょうか。
 実際的なことをいえば、木田哲学という言い方は使われていますし、木田さん自身「闇屋になりそこねた哲学者」を名のったこともありました。したがって呼び方自体にこだわる意味は薄いのですが、私の観るところでは、木田さんは「哲学者」というよりは「哲学(の歴史)家」であろうと思います。というのも、「歴史(ゲシヒテ)」という言葉は、「生起する(ゲシェーエン)」に由来するのですから、「哲学(の歴)史」とは、ハイデガー風にいえば、「哲学の生起」ということになり、「ある」を「つくられてある」と考えたプラトン=アリストテレス以来の哲学(という)制度をのりこえるものとしての「反哲学」を意味することになるからです。それはまさに木田哲学の精髄にほかなりません。
 言葉遊びのような解釈はさておき、木田元氏の呼称について、もう少々付言します。
 木田さんの盟友の一人、徳永恂氏による追悼文「木田元君を偲んで」は、木田さんの人となりばかりでなく、仲間たちとの交流をも蘇らせて感動的なのですが、以下のくだりは、哲学者・木田元の本質をものの見事にとらえています。

 だが、「哲学者とは何か」、木田元は「どういう意味で哲学者だったか」というのは、むずかしい問題だ。(中略)木田元の哲学者イメージには、先人のテキストをしっかり読み、わかったことだけをハッキリ言葉にする「職人」という趣きがある。彼の夥しい作品は、著作も翻訳も含めて、そういう手仕事の名手が生んだ珠玉の成果だったと言えようか。アカデミックな講壇哲学が陥りがちの権威主義からは、彼は終始頑なに一線を画し、学会主流派への同調や従属、心酔する対象への同一化を斥け、しかるべき距離をとって見るべきものを見、平明な言葉でそれを語ることができた。おそらく彼の文章の平明さは、他人に判りやすく語ろうとする解説者の配慮というよりは、自分で判らないことは語らないという厳しい自己把持に根ざしていたのではなかろうか。そういう生活態度を潔癖に守ることに、彼は一貫してリゴリスティックであり、禁欲的であったと私は思う。メルロ=ポンティを始めとする彼の数十冊に及ぶ翻訳によって、日本の哲学書の文体は一新したと言えよう。それが彼が果たした哲学への寄与の第一だったのではなかろうか。

 書き写しながらも、つくづく木田さんという人を適格にとらえた文章だとあらめて感銘を深くします。木田さんには本当に「職人」という言葉が似合っているようです――「哲学職人」、「翻訳職人」、「エッセイ職人」。職人というのは、〈観念〉ではなく、〈もの〉と向き合う仕事です。哲学はもちろん、〈観念〉とは切り離せませんが、哲学職人のあつかう観念とは、同時に〈もの〉であるような観念――手ごたえもあれば、不透明感もあるような観念のことでしょう。ですから、とりあつかいには慎重を期さなければならず、時間をかけて練りあげる必要があります。そうして、ついに自家薬篭中のものになった〈観念〉=〈もの〉だけが平明な言葉となって語られるのです。木田さんの書いた文章は、形態はともあれそういう性格をもっていたといえそうですが、わけても翻訳の文章は職人芸の結晶であったのです。
 木田さんは、哲学以外にも、詩歌から英米のミステリ小説にわたる大変な読書家であったということが知られています。しかし今回、『KAWADE道の手帖 木田元』に収められた文章を読んで初めて知ったのですが、木田さんが歌謡曲、とりわけ、ちあきなおみの大ファンだったということです。しかしそれについてはまたの機会に書きたいと思います。


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