ガラスが鳴っている
夢からうつつへの途上は
どの法にも則らない道だから
あらゆるものが降ってくる
頭の上で
大きなすりこぎが巨岩をすり潰しているような
それが音だと気付くまで
轟きが転がり続ける
ああ、雷
夢の中で死んだ友だち
通夜へ私は喪服を着て行く
みんなは色とりどりの服を着て来た
TPOを私はわきまえていなかった
お通夜には当然、普段着を着てくるべきだったのに
石を積むように気持ちがずんずん重くなる
もう帰ると駄々をこねる
もう取り返しがつかないんだ
高いところから落ちて死んだらしい
溝が迫ってくる
メガネがはずれた友だちの顔
今度は轟きを雷だとすぐにわかる
まだ暗い
いま何時くらい
鳥はどこへ
隠れているんだろう
築き上げた防壁は毎晩毎晩壊される
平気なんかじゃないじゃないか
すぐ窓の外まで海が迫ってきているのを思い出す
私から始まっている世界が
私を呑み込もうとする
そんなことはありえない
真ん中からぐるんと裏返しになる
驚きの大きくいびつな形が
そのまますっぽりと恐怖の輪郭なのだと知る
どうしても自分の死を受け入れまいとする
私の知らないこの生理を思う
私が私を守るための
最後にはくつがえされるさだめの
また轟いている
肌が荒れてしまって、と言う
顔の皮膚の上にもう一枚透明な膜があって
ぷすっと針で刺したみたいな
穴がぽつぽつ空いている
気持ちわるい
一部を写しているアップが退くと
私の顔はのっぺらぼー
眉も目も鼻も耳も口もなくて
まっ平らな肌色がひろがっている
血管の青い筋でまだらになっている
目も鼻も口もないけど大丈夫なの
ちゃんとわかるから
と私は言う
それはそうだ
のっぺらぼうの私を
私はここから見ているんだから
甥っ子たちが私を傷つけまいと
陽気にはしゃぐ振りをする
轟きは激しいまま
もう明るくなってきた
いつまで続くんだろう
家を出られないと言って
会社を休めるだろうか
駅まで自転車に乗っていく夫は
大丈夫だろうか
今日は昼間、きっと眠いだろう……
再び、闇の垂れ幕が降りてくる
揺さぶられて
揺さぶっているのが
携帯から流れる奇妙な音楽の
金属棒のような音だと気が付く
カーテンを開けると
青い空をさわやかな風が
あっけらかんと大ボラを吹いて
眠りを妨げた雷のことなど
まったく知らない
といったふう
友だちは生きている
だまされているみたい
嵐の下でしずくを垂らして
震える葉っぱになっていたのに
この平和な空が無慈悲の象徴であるような
そんな地上であることも知らされているのに
何事もなかったかのような穏やかさの下で
私は延々と準備を続ける
大切な人との別れや
私の願いなど
あっけなく吹き飛ばされることへの
昼の休憩室で
お弁当をひろげながら
夜中の雷がすごかった
眠れなかった
とみんな口々に言う
住んでいるところはバラバラなのに
どこもすごかったんだね
生きるってなんだかとても奇妙だ
生きながら生きる練習をしている
本番中に練習をしている
押し黙った家並みの下でそれぞれが
寝返りをうち
まどろんで
かすかな不安の中
悪い夢を見たりして
夜を過ごした