野村万之丞さんのこと: 見えない本物を探る旅
前回、癒しの日本文化の源について、ほんの少しばかり思いを巡らしましたが、海外で写真家・アーティストとして活動した後、立ち還ったのが日本文化です。
この3~4年間は、日本文化の中の祈りだったり、奉納だったり、聖なる世界を見えるかたちにしようと思い、日本の前衛から伝統を繋ぐ身体表現に絞って、日本で撮影してきました。
ドイツやNYに住んでいた私が、なぜ日本の伝統芸能に興味を持ち始めたかというと、そのきっかけは、911同時多発テロ事件です。テロ後のアメリカの大国の論理と世界の混沌の中で、日本文化から世界に対して「共栄共存」のメッセージを発信できないか,というのがその動機になります。
文化的な土壌が違う西洋に対してメッセージを発信しようとするとき、「癒しの哲学」である仏教への関心が深まり、すべての人間に共通する「身体」という土俵から、アートに凝縮された祈りや奉納のかたちを焙り出したい、と思うようになりました。
そのようなテーマを追いかけているとき、不世出の総合芸術家で狂言師の野村万之丞さんとの出会いがありました。
野村万之丞さんは、才能も思考も行動も、天才のみが持つ破格のスケールで、日本を代表するだけでなく、世界的な(そしておそらく歴史に残るような)人物でした。その万之丞さんは、中世の幻の芸能といわれた田楽の復興の後、仮面を通して世界を繋ぐプロジェクト「楽劇 真伎楽」を携えて、シルクロードを逆流する「マスクロード」を推進中に、3年前、44歳の若さで急逝されました。
その後万之丞さんの遺した作品のうち、私が撮影していた写真を、ご縁あって写真集や一周忌の回顧写真展をはじめいくつかの展覧会としてまとめたことが契機となって、日本文化にどっぷりと嵌まってしまった訳です。
野村万之丞さんとのご縁以来、御能や古武道、奈良の宗教行事ほか日本文化の深淵へと取材を進めてきましたが、それは万之丞さんが「見えないシン(神、真、心、信、親….)と呼んでいた「見えない本物」を探る旅となりました。
その一端をこの秋、NYにて「御能から舞踏まで(Men at Dance - from Noh to Butoh : Japanese Performing Arts, Past and Present) 」と題して、「The NY Public Library for Performing Arts」にて個展として発表します (10月15日から1月5日まで、40 Lincoln Center Plaza, NYC, NY 10023)。
さて空を見ていると、時折、野村万之丞さんのことを思い出します。
とくに台風の時は….
野村万之丞さん(本名:耕介さん)は、まさに台風のような人でした。
生前は「伝統芸能界の風雲児」などと呼ばれていたようですが、風雲児などという生温いものではなく、まさに行く先々で嵐を巻き起こす人でした。
嵐のように衝撃的なことを軽々とやってしまうだけでなく、本当に天のエネルギーと直結しているように、有名な「雨男」「雷男」「台風男」でした。天にそれだけ愛された人でした。
いつも大事な公演やお仕事のときには、大雨や雷、台風になったそうです。
案の定、3年前の葬儀のときも、最後の別れのとき、晴れていた空が急に泣き出し、大粒の雨が降ってきたことが思い出されます。最後の舞台となった六本木ヒルズでの公演も、降り続く雨の中でした。
私は雨や雪、霰さえが降っていても「晴れ」てしまう根っからの「晴れ女」なので、野村万之丞さんとは正反対ですが、行く先々で晴れてくれなかったら、写真家にはほとんど不向きだったかもしれません。
思えば、歴史とは、台風のような衝撃的な存在が時々現れて、見えない世界を暴き、次なる時代への橋渡しとなるムーブメントの種を植え付けて、それが一般の人々の心の中に深く実を結んでいくことで、連綿と作られてきたのだと思います。
万之丞さんの撒いた種である「楽劇 真伎楽」は、この秋、中国へ渡ります。
そして私の「見えない本物」を見つめる旅は、さらに続きます….
晩夏の雷雲を眺めながら…
伊藤美露
text and photo by miro ito, all rights reserved.
sky over kamiuma, 2007.8.20
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『万歳楽ー大きくゆっくり遠くを見る 野村万之丞作品写真集』
著:伊藤美露 定価 : 3,990円 大型本: 167ページ
発行: 日本カメラ社 (2004/10)
ISBN 978-4817920768
野村万之丞さんのWebサイト http://www.tmdnet.jp
☆☆☆☆☆☆☆☆ 日本図書館協会選定図書 ☆☆☆☆☆☆☆☆
『魅せる写真術 発想とテーマを生かす撮影スタイル』
著:伊藤美露 定価 : 2,079円 B5判/160P/オールカラー
ISBN 978-4-8443-5921-0
発行:株式会社エムディエヌコーポレーション
http://www.MdN.co.jp/
前回、癒しの日本文化の源について、ほんの少しばかり思いを巡らしましたが、海外で写真家・アーティストとして活動した後、立ち還ったのが日本文化です。
この3~4年間は、日本文化の中の祈りだったり、奉納だったり、聖なる世界を見えるかたちにしようと思い、日本の前衛から伝統を繋ぐ身体表現に絞って、日本で撮影してきました。
ドイツやNYに住んでいた私が、なぜ日本の伝統芸能に興味を持ち始めたかというと、そのきっかけは、911同時多発テロ事件です。テロ後のアメリカの大国の論理と世界の混沌の中で、日本文化から世界に対して「共栄共存」のメッセージを発信できないか,というのがその動機になります。
文化的な土壌が違う西洋に対してメッセージを発信しようとするとき、「癒しの哲学」である仏教への関心が深まり、すべての人間に共通する「身体」という土俵から、アートに凝縮された祈りや奉納のかたちを焙り出したい、と思うようになりました。
そのようなテーマを追いかけているとき、不世出の総合芸術家で狂言師の野村万之丞さんとの出会いがありました。
野村万之丞さんは、才能も思考も行動も、天才のみが持つ破格のスケールで、日本を代表するだけでなく、世界的な(そしておそらく歴史に残るような)人物でした。その万之丞さんは、中世の幻の芸能といわれた田楽の復興の後、仮面を通して世界を繋ぐプロジェクト「楽劇 真伎楽」を携えて、シルクロードを逆流する「マスクロード」を推進中に、3年前、44歳の若さで急逝されました。
その後万之丞さんの遺した作品のうち、私が撮影していた写真を、ご縁あって写真集や一周忌の回顧写真展をはじめいくつかの展覧会としてまとめたことが契機となって、日本文化にどっぷりと嵌まってしまった訳です。
野村万之丞さんとのご縁以来、御能や古武道、奈良の宗教行事ほか日本文化の深淵へと取材を進めてきましたが、それは万之丞さんが「見えないシン(神、真、心、信、親….)と呼んでいた「見えない本物」を探る旅となりました。
その一端をこの秋、NYにて「御能から舞踏まで(Men at Dance - from Noh to Butoh : Japanese Performing Arts, Past and Present) 」と題して、「The NY Public Library for Performing Arts」にて個展として発表します (10月15日から1月5日まで、40 Lincoln Center Plaza, NYC, NY 10023)。
さて空を見ていると、時折、野村万之丞さんのことを思い出します。
とくに台風の時は….
野村万之丞さん(本名:耕介さん)は、まさに台風のような人でした。
生前は「伝統芸能界の風雲児」などと呼ばれていたようですが、風雲児などという生温いものではなく、まさに行く先々で嵐を巻き起こす人でした。
嵐のように衝撃的なことを軽々とやってしまうだけでなく、本当に天のエネルギーと直結しているように、有名な「雨男」「雷男」「台風男」でした。天にそれだけ愛された人でした。
いつも大事な公演やお仕事のときには、大雨や雷、台風になったそうです。
案の定、3年前の葬儀のときも、最後の別れのとき、晴れていた空が急に泣き出し、大粒の雨が降ってきたことが思い出されます。最後の舞台となった六本木ヒルズでの公演も、降り続く雨の中でした。
私は雨や雪、霰さえが降っていても「晴れ」てしまう根っからの「晴れ女」なので、野村万之丞さんとは正反対ですが、行く先々で晴れてくれなかったら、写真家にはほとんど不向きだったかもしれません。
思えば、歴史とは、台風のような衝撃的な存在が時々現れて、見えない世界を暴き、次なる時代への橋渡しとなるムーブメントの種を植え付けて、それが一般の人々の心の中に深く実を結んでいくことで、連綿と作られてきたのだと思います。
万之丞さんの撒いた種である「楽劇 真伎楽」は、この秋、中国へ渡ります。
そして私の「見えない本物」を見つめる旅は、さらに続きます….
晩夏の雷雲を眺めながら…
伊藤美露
text and photo by miro ito, all rights reserved.
sky over kamiuma, 2007.8.20
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『万歳楽ー大きくゆっくり遠くを見る 野村万之丞作品写真集』
著:伊藤美露 定価 : 3,990円 大型本: 167ページ
発行: 日本カメラ社 (2004/10)
ISBN 978-4817920768
野村万之丞さんのWebサイト http://www.tmdnet.jp
☆☆☆☆☆☆☆☆ 日本図書館協会選定図書 ☆☆☆☆☆☆☆☆
『魅せる写真術 発想とテーマを生かす撮影スタイル』
著:伊藤美露 定価 : 2,079円 B5判/160P/オールカラー
ISBN 978-4-8443-5921-0
発行:株式会社エムディエヌコーポレーション
http://www.MdN.co.jp/