寒中見舞い申し上げます。
コロナ禍の余波の中、戦争や紛争による先の見えない世界情勢、社会のあり方の多極化や来たるべきAIテクノロジー革命の波に直面する現代は、まさに激動の時代といえます。
2025年の動向も予測不能ながら、アート活動を通して、心の光を求めていきたいと誓っています。
空の映像詩
私にとって、2024年は空性について、多くを学ぶ年でした。
大乗仏教の「空(くう)」というと、『般若心経』の一節「色即是空・空即是色」を思い浮かべますが、「無常(移ろう)」「無自性(実体がない)」「無我(己がない)」といった三つの特徴があると説かれています。
その思想を貫く根本的な考え方は、「すべては原因があって起こり(縁起)、原因(因果)が失せれば、現象(色)は消え去る」というものです。
すなわち「空(くう)」とは、「何もない」のではなくて、すべては「移ろい、変わる」ものであること。変化するエネルギーで充満されている状態と捉えることができます。
すべてに浸透するエネルギー、無限の運動、変化の場として考えることができるのかもしれません。
かつて中国の人々が、サンスクリット語の「śūnya [シューニャ]」を漢訳する際に、虚空の意味で「空」という単語を使ったように、目に見える空(そら)に例えることができるのです。
空(そら)を通して「空(くう)」を伝えるべく、円覚寺派管長・横田南嶺老師とのコラボレーションにて、昨年は空の映像詩の制作を企図いたしました。
改めて生き方が問われる時代
横田南嶺老師によるテキストとナレーションが入る空の映像詩「空のように生きる」のメッセージは、「いかに生きるべきか」という趣旨にて「私たちは変わることができる」というものです。
空(そら)を自己そのもののメタファー(暗喩)として捉え、私たちは、空のように、自分自身や生き方を変えることができるという、知恵と勇気や希望を伝えるものです。
ここで思い出すのは、ソクラテスの言葉です。
「一番大切なことは単に生きることそのことではなくて、善く生きることである」
「また善く生きることと美しく生きることと正しく生きることとは同じだ」(プラトン著・久保勉訳『クリントン』/『ソクラテスの弁明・クリントン』より)
上記は「異端の神を信じ、若者を惑わした罪」で有罪とされたソクラテス(前470年–前399年)が死刑執行前夜に、幼馴染のクリントンに語った言葉です。
「善く生きること」とは、ソクラテスの弟子のプラトンが唱えた「真・善・美」を普遍的な理想・価値とするギリシア哲学を前提に、何が美しいか、何が正しいかといったことを知る「知恵」であり、それを「勇気」と「節制」を持って実践する生き方になるかと思います(三つの徳)。
アテネ国立アカデミー前のソクラテス像
アテネ国立アカデミー前のプラトン像
東京・日比谷図書文化館での講演会のご案内
一方、人生の苦しみからの解放を説く仏教の「空(くう)」から「生き方」を学ぶならば、「とらわれない」「こだわらない」「分けない」という実践になることでしょうか。
仏教では、そこに極端にならないための「中道」があり、「人が清らかになる道がある」と説かれています。
そうした「空(くう)」の教えを学ぶ意図にて、世界中で私が撮りためてきた空の映像を通して紹介する映像詩「空のように生きる」は、世界の一体性への願いを込めて、間もなく完成を予定しています。
来月2月16日(日)には、その発表を兼ねた講演会が東京・日比谷文化館で開催されます(主催:一般財団法人 日本アジア共同体文化協力機構 [JACCCO])。
横田南嶺老師とともに、私も登壇させていただきます。
また後半では、元駐中国大使の宮本雄二JACCCO理事長、瀬口清之JACCCO理事とのパネルディスカッションもございますので、ぜひご参加くださいませ。
皆様のご来場をお待ち申し上げます。
奈良の平城宮跡での講演会のお知らせ
さて『般若心経』は、262文字で書かれ、玄奘三蔵法師が訳した600巻の『大般若経』のエッセンスをまとめたものといわれます。
唐の僧で『西遊記』のモデルとして知られる玄奘(602年–664年)は、経典を求めて中国からインドへの命懸けの旅に出て、17年後に仏典を中国に持ち帰りました。
膨大な量のサンスクリット語の経典を漢訳したほか、『大唐西域記』を著し、当時のシルクロード諸国の事情を伝えました。
その玄奘の遺骨(頂骨)は、奈良の薬師寺・玄奘三蔵院に祀られています。
今月1月26日(日)には、玄奘の遺徳を偲ぶ「玄奘三蔵会大祭」の紹介を含む、私の新しい映像詩を、奈良・平城宮跡歴史公園・天平みはらし館VRシアターで発表いたします。
奈良県観光局からの依頼となる新作になり、タイトルは「シルクロード東の終着点 平城宮跡と5つの近隣寺院の仏教美術 薬師寺〜海龍王寺〜法華寺〜唐招提寺〜西大寺」です。
昨年の聖武天皇即位1300年を記念して、天皇・皇后に因む飛鳥〜奈良時代の国宝を始め、秘仏を含む、平城宮跡地域の古刹寺院の仏教美術の粋と行事をご紹介します。
ご都合がつくようでしたら、平城宮跡までぜひ足をお運びくださいませ(主催:平城京魅力創造発信実行委員会)。
新年の抱負として
ソクラテスは「自分の魂をよく配慮すること」が「徳」であると説きました。
魂に配慮しながら、空(くう・そら)に学ぶ、新年の抱負として、心の力こそ、私たちの力であることを、改めて訴えていきたいと思います。
先行きの極めて不透明な時代に、内なる心の力によって洞察力を磨き、世界との関係を見つめ直すこと。
そして世界をよりよくするために癒しや励ましを広めていくこと。
本年もこのことを目標にしつつ、皆様とご一緒いただきたく、引き続きよろしくお願いいたします。
2025年1月吉日
MIRO ITO 伊藤みろ
Media Art League
Japan Authentic Heritage Initiative
Text and photographs by (C) Miro Ito. All rights reserved. (文中敬称略)
写真:光明と予言、芸術と芸能を司る神、アポロン像(アテネ)