miyabuの雑記帳

ボケ老人の無責任なお話

市民ランナー川内優輝

2011-02-27 | Weblog
今日の東京マラソンは、3万人の参加だったようですが、東京の盛大なお祭りに成長しました。男性の優勝は、エチオピアのメコネンで、7’34”日本勢では、市民ランナーの川内優輝が実業団招待選手を抑え、8’36”で3位に入り、ゴールと同時に気を失い医務室に運ばれる一幕があった。4位9’02”で、ゴールした、トヨタ自動車の尾田は、初マラソンにもかかわらず、39キロ地点まで、先頭集団に付く勇気ある走りを見せてくれた。

女子では、三井海上の渋井陽子が、40キロ近くまで首位を守ったが、ロシアのアリヤソワが優勝27’28”。2位でゴールした初マラソンの樋口紀子(ワコール)28’48”の結果となり、元日本記録保持者の渋井陽子は、残念ながら復活優勝ならず、4位に終わった。

尾崎好美優勝

2011-02-20 | Weblog

第2回横浜女子国際マラソンは、予想通り、第一生命所属の尾崎好美選手が、39キロ地点からのスパートで、ダイハツの中里、ポルトガルのバロスを振り切り、23分台で優勝しました。2位の中里麗美(ダイハツ)は2度目のマラソンで24分台、ユニバーサル・エンターテイメントの永尾薫は、初マラソンで、4位26分台と、好成績でした。

今回のマラソンは、天候にも恵まれ、平坦なコースの影響もあったと思います、先般の大阪国際では、雪と強風の中での、厳しい条件だったので、優勝の赤羽有紀子さんが、26分を切れなかった。ともに、アジア大会選出選考マラソンになっているので、26分を切るとの条件は、赤羽さんに不利になってしまいました。

写真は、38キロ地点のトップ4人で、先頭尾崎、2位中里、左バロス、4位永尾、(写真をクリップして、拡大してください)この時点から、永尾が徐々に、遅れ始め39キロ地点で、中里が、仕掛けたかに見えたが、尾崎のほうが強力で一気に差を広げました。マラソンの魅力は、ここにあります、1キロ3分15秒前後で、40キロ近くも走ってきて、まだ、これだけの力を残していなければ、勝てないのです。

大相撲騒動に思う

2011-02-11 | Weblog
大相撲の、星の借り貸し、なんてものは、協会の給与体制や、部屋への資金配分方法が、現状のままでは、当然起こる問題であって、昔から慣習的に、行われていたことだと、認識しています。プロレスと同じように、大相撲も、見世物興行であることに変わりありません。

ただ、歴史的な、伝統形式を保持していることが、国技と認められ、公益法人の恩恵を受けているに過ぎません。大男が、四股を踏み地の悪霊を、押さえ込むという神事が、6世紀の頃から、日本には伝わっています。悪霊を押さえ込み力を誇示する神事が、相撲の原形なのです。

見世物興行である為には、見物人の関心も惹かねばなりません、相撲甚句や、ひょっとこ相撲などが披露されるようになりました。地方巡業と、本場所を一緒にする積りはありませんが、同一人がやっていることです。見世物興行の実態そのものです。

本場所がスポーツとして扱われるようになり、八百長騒ぎになっていますが、競馬や、競輪のように賭けの対象になっていないのですから、「あいつ、わざと負けやがったな!」と笑い飛ばしとけばいいではありませんか。

そもそも、ご祝儀の懸賞金を賭ける、スポーツがどこにあります。ひいき力士を芸者代わりに呼びつけ、宴席で相撲甚句の一つも謡わせて、得意がってる「タニマチ」筋の名残そのものです。相撲の業界とはそのような、特殊であると認識すれば、八百長で騒ぎ立てることでもないのです。

愛知・村々連合圧勝

2011-02-07 | Weblog
愛知県知事・大村、市長・河村の村々連合が、次点に3倍の差を付けて、圧勝しました。河村さんの、完全な作戦がちです。この選挙で民衆は、自民党にも、民主党にも、辟易している姿が浮かび上がりました。

重徳さんは、大村さんに、もっと肉迫しているかと、感じていましたが、以外でした。古い自民体制そのものの、某落選議員の応援は、むしろマイナス面に働いたかんさえあります。それに、石原幹事長、谷垣総裁の自民党は麻生さん当時より、嫌われています。

大村県政・河村市政に、熱い県民の視線が、注がれています。国政を担った、管内閣の二の舞にならないよう、地方政治の模範を創り上げてください。

話は変わりますが、多くの人は、男子マラソンよりも、女子マラソンに強く惹かれているようです。男子マラソンでは、最初から、優勝よりも、日本人参加者の、1位を狙った牽制ばかりが、目に付き、先行の外国人選手と競って、優勝を狙う気迫が極めて薄い気がします、最初から諦め気分です。昨日の「別大毎日マラソン」も、3位の前田和浩(九電工)は、優勝を狙ってトップ集団にピッタリ付いていたら、優勝できたに違いないと、残念に思っています。

5年対応日記

2011-02-01 | Weblog
年末に書店で、5年対応日記を購入、1月は空白なく記入できました。40代の頃、3年対応の日記帳を購入したのですが、2/3は、空白で終わった苦い経験があります。これから5年間といえば、82歳になりますが、それまでぐらいは、心身ともに健康を保てるだろうと思っています。年を重ねるにつれ、2年前の今日、3年前の今日を読みながら、新に記入していく、楽しみを想像しています。

昨年3月「gooブログ」に掲載した2008年1月1日から2010年3月までの「miyabuの雑記帳」を12冊製本して、吾が子や、兄弟に、贈呈しましたが、いい記念品になりました。
こちらのブログも、ボケがおこらないかぎり、続けたいと思っています。いま、ブログを月に1度以上、更新している最高年齢は何歳だろうか、データーがあれば教えてください、記録更新をを目指して頑張ります。