MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯736 優生政策という過ち

2017年02月24日 | 社会・経済


 「障害者は生きている価値がない」と主張する元職員が障害者施設に侵入し45人の障害者を殺傷した相模原障害者殺傷事件を契機に、1933年にナチス政権下のドイツで成立した断種法に基づく優生政策や1939年に始まる精神疾患の患者や障害者の安楽死計画に基づく障害者等の大量殺戮などが、にわかに脚光を浴びることとなりました。

 ナチスの断種法によって、ドイツでは約40万人が強制手術の対象となったとされ、また、安楽死計画が収容所における(犠牲者数900万から1100万人とも言われる)悲惨なホロコーストをもたらしたことは、人類の歴史上でも最大の汚点一つとして広く知られています。

 しかし一方、この日本においても、戦中や戦後ではなく、現行日本国憲法の枠組みの下で1948年に旧優生保護法が制定され、本人の同意なしの優生手術(不妊手術)が合法化されていたことは、(私たち)日本人の間でもあまり認識されていません。

 記録によれば、優生保護法が現在の母体保護法に改正される1996年までの約50年間に、(母体保護目的も含めて)不妊手術を実施された障害者は84万5000人に上るとも言われています。そして、そのうちの約1万6500人(うち7割は女性とされ、最多は1955年の1362人)が、この法律に基づき、本人の意思によらず不妊のための手術を受けさせられたとされています。

 こうした事実に対し、1998年以来、国連の規約人権委員会は日本政府に対し、旧優生保護法下での強制的不妊手術被害者に対する公的補償を求めています。また今年の3月には、国連の女性差別撤廃委員会が(優生政策により)障害を理由に不妊手術を受けさせられた人への補償を、日本政府に改めて勧告したところです。

 勧告では、日本政府に対し「実態を調べ加害者を訴追し、被害者に法的な救済や補償を提供する」よう求めており、これを歓迎し政府に履行を訴える人権団体や弁護士会の活動も活発化の様子を見せています。

 今回は、弁護士・法律ポータルサイトの弁護士ドットコム(2015.7.24「60代女性が訴える「旧優生保護法」の問題とは」)を参考に、この問題の周辺を少し掘り下げてみたいと思います。

 そもそも旧優生保護法には、その目的として「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」(同法第1条)と定められていました。

 第4条では、遺伝性とされた疾患や障害を持つ人に対する本人の同意なしの不妊手術(優生手術)が合法化されており、第12条では遺伝性ではない「精神病」「精神薄弱」の人に対しても、保護者等の同意を条件として同様の不妊手術を認めていました。

 また、厚生労働省が1953年に各都道府県知事に通達したガイドラインでは、「審査を要件とする優生手術は本人の意見に反してもこれを行うことができる」「この場合に許される強制の方法は(中略)真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用または欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解しても差し支えない」と定めていたということです。

 こうした旧優生保護法の規定を根拠として、戦後日本では約半世紀にわたり知的障害などの精神障害に対して、本人の同意なく、医師の申請と都道府県優生保護審査会の審査に基づく優生手術が続けられていたとこのレポートは指摘しています。

 思えば平成の時代に至るまで、平穏な日本の暮らしのどこかで、(身体を拘束したり、麻酔を使ったり、時には騙したりしてまで)去勢や不妊のための手術が合法的に行われていたという事実が(当時は)国民に余り知らされていなかったことに、私自身も、ある意味驚きを禁じ得ません。

 このレポートでは、政府が進めた戦後日本の優生政策の実態について、まさに、『不良な子孫』という文言で人間を差別化し、「子供を生み育てる」という人としての基本的な権利を失わせることを合法化していたと説明しています。

 戦後の日本で、本来あってはならないことが起こり、いまも被害が放置されている。一方、同様な制度を持っていたドイツとスウェーデンでは、国会などで真摯な議論が行われ、既に補償がなされているということです。

 旧優生保護法のような差別的な法律が(戦後の社会にも)普通に受け入れられていた背景には、戦後から高度成長期にかけての日本人の心理の中に、人権といった曖昧なものよりも、効率や合理性をもとめる風潮が強かったということもあるでしょう。

 優生思想を「差別的なイデオロギー」としてではなく、医療や衛生上必要とされる科学的な考え方だとみなす(一部の)専門家の意見が、高度成長期の日本人の心理にはそれほどの違和感をもって受け止められていなかったということかもしれません。

 翻って、(21世紀に入り)、成熟した日本の社会においては、もはや障害者は医学や衛生学によって管理される客体ではなく、自由に人生を生きる主体であることは言うまでもありません。

 折しも2月22日、日本弁護士会が、障害者や遺伝性疾患を持つ人への不妊手術や強制中絶を認めていた(この)旧優生保護法に関し、国に対し被害の実態の解明と被害者への謝罪、そして補償を求める意見書を提出したとの報道がありました。意見書では、被害者が高齢であることに配慮し、被害を早急に回復すべきだと強く求めています。

 時代背景はあったとしても、この際、政府には、過去の過ちはきちんと整理し、正し、二度と繰り返すことのないよう社会の中に広く結論付けてほしいと、私も改めて強く願うところです。




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