MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯290 サービス産業の生産性と地方創成

2015年01月25日 | 社会・経済


 少子・高齢化の深刻化により生産年齢人口の急激な減少が予想される中、日本経済の潜在成長力を底上げしていくためには、生産性の向上が急務であることは論を待ちません。

 加工貿易立国のイメージが強かった日本においても、現在では(主に国内向けの)サービス産業の規模が経済全体の7割を超えており、そういう意味で、特にサービス産業の生産性向上が今後の成長戦略のカギを握る主要な課題となっていると言うことができます。

 こうした状況を踏まえ、1月22日の日本経済新聞では、独立行政法人経済産業研究所副所長の森川正之(もりかわ・まさゆき)氏が、日本のサービス産業の生産性向上のために政府が採るべき政策の方向性について示唆に富んだ提案を寄稿されているので、この機会に整理しておきたいと思います。

 森川氏によれば、これまでの研究の結果、サービス産業の生産性向上のマクロ経済への影響にはTPPや女性の就労拡大、法人税減税をはるかに凌ぐ潜在的な効果があるということです。

 企業や事業所のミクロデータから導かれるサービス産業の実態を見ると、サービス産業には製造業と異なる「生産と消費の同時性」という固有の特性があり、①都市の集積、②需要の平準化、③企業統治、④新陳代謝の4つが特に重要な要素となっていることがわかると森川氏は説明しています。

 サービス産業は、生産と消費が同時に行われるという性格から市場の地理的な範囲が限定されており、世界市場を対象とするような(グローバルな)製造業に比べて人口や経済活動の地理的な分布がその生産性を強く規定している。実際、市区町村の人口密度と対個人サービス業や小売業の生産性の相関を計測すると、サービス産業では人口集積の経済効果が製造業に比べてはるかに大きいということです。

 最近、地方創成の文脈において「東京一極集中の是正」が課題とされる局面が多くなってきているが、総人口が減少する中、ことサービス産業の生産性向上という立場に立てば、「いかに人口集積を維持するか」という「選択と集中」の視点が欠かせない。

 つまり、「地方創成」により首都圏の経済活動の密度が希薄化するようなことがあれば、集積の経済性の弱まりを通じて日本全体の経済成長の効率を押し下げる可能性が高いというのが、この論評において森川氏が指摘するところです。

 政策割り当ての基本原則に立ち返れば、集積の経済性を通じた効率性の向上と、出生率の引き上げという異なる政策目標に対しては、異なる政策手段をそれぞれ割り当てることが望ましいと森川氏は主張しています。出生率の回復という政策目標に対しては、人口の分散という間接的な手段ではなく、保育所の整備や公教育の充実・負担軽減といった出生率に直接効果を及ぼす公共政策を割り当てるのが基本だという考え方です。

 また、サービスという商品の特性として、「場所」とともに「時間」的にも生産と消費が同時に行われるという性質を考慮する必要があると森川氏は述べています。

 ITC(情報技術)の活用やサービス提供システムの見直しなどによって需要の変動を均(なら)すことができれば、それだけ生産性を上げることができる。ホテルの客室稼働率やタクシーの実車率などが(そうした業種の)経営指標となっているのは、その証左だという指摘です。

 さらに、森川氏によれば、在庫をバッファー(緩衝材)として生産を平準化できる製造業と異なり、小売業や飲食業、宿泊業をはじめとするサービス産業では非正規雇用の比率が高い傾向が見られる。そしてその中でも需要変動が大きい事業所ほど、非正規雇用率を上げることにより生産性が改善されるということです。

 こうした事実は、需要変動に対して非正規労働者の方が雇用調整の弾力性が高いことを示している。つまり、サービス産業においては生産性と雇用の安定性の間に、いわゆる「トレード・オフ(二律背反)」の関係が成り立っていることを意味しているというのが森川氏の認識です。

 氏は、サービス業種において需要変動の解消が不可能な以上、非正規雇用を「望ましくない」雇用形態として制限するのではなく、そうした雇用形態の存在を認めたうえで雇用者のサービススキルの向上を支援するというポリシーミックスを取らざるを得ないことは明らかだとしています。

 具体的に言うなら、例えば非正規労働者に対する教育・訓練による付加価値の向上などが、生産性の向上に有効な方策であるということです。

 また、森川氏は、特に日本のサービス産業の特徴として、生産性の高い企業と低い企業の格差が大きいことを挙げています。

 一般に、企業の生産性を高めるメカニズムとしては、①市場を通じた外部的な規律と、②企業統治通じた内部的な規律とが存在すると氏は指摘しています。

 製造業種においては厳しい国際競争圧力に晒されることが経営の効率性を改善させる大きな誘因として機能しているが、地理的に離れた企業間の競争が相対的に弱いサービス産業では市場が持つ競争機能が働きにくい。

 このため森川氏は、サービス業種における生産性の向上のためには、それを補う「リスクテイクを伴う企業統治改革」、例えばストックオプションをはじめとする業績連動型報酬制度の導入などを積極的に採用すべきだと提案しています。

 以上、指摘されているように、サービス産業の生産性は地理的、時間的な制約も含め国内経済社会の(ローカルな)仕組みと密接不可分であると森川氏は説明しています。従って、その生産性を向上させるための政策は、しばしば「地域の均衡ある発展」や「雇用の安定」といった、経済成長以外の社会的な価値との間で相い反する関係を生むことになるということです。

 実効性のある成長戦略は、経営者、雇用者といった経済主体の間の利害対立の中で選択されることが必然であり、痛みや副作用を伴わずにサービス産業の生産性を向上させる「魔法の杖」はない…。これがこの論評における森川氏の結論です。

 地方創成を求めて、減少する人口や産業の地方への分散が国家的な課題とされている感のある昨今ですが、日本の課題を一気に解決し八方が丸く収まる万能薬はそんなに簡単に見つかりそうもありません。

 結局は何を優先させるべきかという戦略の問題であり、必要な「政策」は、その目的のために選択するものだという思いを、この論評を読んで新たにしたところです。


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