MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2416 異次元の少子化対策とは

2023年05月29日 | 社会・経済

 2022年の1年間に国内で生まれた子どもの数は80万人を割り込み、想定よりも(かなり)早いペースで少子化が進んでいることが明らかになりました。社会の担い手が減り、労働力が不足していく中、岸田文雄政権が打ち出しているのが「異次元の少子化対策」です。

 去る3月31日、政府が公表した「異次元の少子化対策」のたたき台では、今後3年間で集中的に「男性育休の取得率向上」や「児童手当の支給対象の拡大」「高等教育の奨学金の拡充」などの「加速化プラン」に取り組むとしています。

 一方、財源については、公的医療保険の保険料に上乗せする案が有力だと報じられています。政府内の構想では、社会保険料の引き上げでまず数千億~1兆円程度を確保するということですが、負担が現役世代に偏る社会保険料の増額については様々な意見も聞かれるところです。

 『異次元』と言うからには、何か「想定外」の規模や内容があるものと期待した向きも多かったようですが、蓋を開けてみれば従来の子育て支援策の規模拡大、予算の積み増しに過ぎないことは明らかで、これで本当に少子化が解消されると考える人はあまり多くないでしょう。

 そんな折、『週刊東洋経済』の3月18日号に、大正大学教授で経済学者の小峰隆夫氏が「私が考える本当の異次元の少子化対策」と題する論考を寄せていたので、参考までに小欄にその概要を残しておきたいと思います。

  岸田首相が表明した「異次元」の少子化対策。しかし、現在議論されている対策の内容は従来の施策を拡充するものが多く、「異次元」呼べるようなものではないと小峰氏はこの論考に綴っています。

 それでは、本当の意味で「異次元」と言える少子化対策とは一体どのようなものなのか。小峰氏は(現在の日本に少子化に必要な対策として)以下の4つのポイントを挙げています。

 まず第一に必要なのは、「少子化対策の目標を差し替える」こと。実際、出生率1.8、人口1億人といった現在の人口目標は、いずれも現時点では実現不可能となっていると氏は言います。

 過度に楽観的な目標は、人口問題に対する危機感を鈍らせるだけの存在に過ぎない。さらに言えば、具体的な対策を一つ一つ検討する際の足枷にすらなるということでしょう。

 そして第二は、「財源を伴った少子化関連予算の拡充」というものです。

 これまでの日本の少子化関連の公的支出は(お世辞にも)十分とは言えなかった。「少子化対策に力を入れてきたのになかなか効果が出ない」のではなく、そもそも「力を入れてこなかった」と氏は話しています。

 そうした中、与野党ともに歳出を増やす議論ばかりが活発で、財源には触れたがらない。このままいくと、国債の累増が将来世代の負担を増やし、かえって少子化を加速させかねないというのが現状に対する小峰氏の認識です。

 経済学者からは、(介護保険に倣って)「こども保険」を導入すべきとの意見も出ていると聞く。こうした提案についても真剣に検討してほしいということです。

 次に、第三のポイントとして小峰氏が挙げるのが、「少子化はもっと大きな病気の副作用だということを明確にすべき」だということです。

 例えば、日本的な労働慣行は子育て後に労働市場に再参入しようとする女性の機会費用を大きくすることによって少子化をもたらしている。同様に、女性の活躍を阻むジェンダーの存在や多様な家族形態が社会的に認知されていないことなどが本当の病なのであり、少子化はその結果(副作用)だと氏はしています。

 本当の病気を治療しないで児童手当などの支援を増やすことは、解熱剤だけ飲んでいるようなもの。対処療法では、効果は限られたものになるというのが氏の見解です。

 第四に「国と地方の役割分担を見直すこと」(→少子化対策はあくまで国の責務として行うべき)だと、氏はこの論考で提案しています。

 2014年以降の地方創生の動きの中で、それぞれの自治体は国の人口ビジョンを踏まえた地域版人口ビジョンを作り(作らされ)、与えられた交付金でそれぞれの地域ビジョンに基づく対策を進めてきたと氏は言います。

 一方、国のビジョンは人口1億人を前提としたものであり、これに倣った地域ビジョンも楽観的なものとなってしまっている。まずは、この仕組みを修正する必要があるというのが氏の指摘するところです。

 さらに、各地域での(例えば保育サービスの充実などの)子育て支援策は、結局のところ近隣自治体による子育て世代の「奪い合い」となってしまっていると氏はしています。各地域での少子化支援が相殺され、地域ごとの支援策の効果を足したものが国全体の成果にはならない状態(いわゆる「合成の誤謬」)が国内各地で生まれているということです。

 そして第五。氏が最後に指摘するのは、「今後の数十年間、日本の人口減少は不可避だという認識を共有し、人口が減っても人々の福祉が損なわれないような経済社会を目指すべき」だということです。

 いわゆる「スマート・シュリンク(賢く縮む)」という視点に立って、(少子化を念頭に)国の政策全体を見直していく必要があるだろうと氏は話しています。拡大・成長を前提に進められてきた社会・経済の在り方を見直し、量から質、規模から内容・効果へと視点を移していく必要があるということでしょう。

 さて、「異次元」と言うのであれば、100年先を見通した新たな取り組みや、子どもを産み育てていこうと思えるようなインパクトがあって然るべきもの。社会の仕組みに手を付け、「ここまでやるか」と言われるようでないと効果は上がらないような気がします。

 まさに「エポック」が求められている現在、財源の問題も含め、政府の(そして私たち有権者の)本気度が試されるということでしょう。



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