MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1982 コロナでマイペース

2021年10月02日 | 社会・経済


 世界的に多くの重傷者や死者を出している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。人的被害や経済的な損失をもたらすばかりでなく、感染や死への恐怖、さらにはソーシャルディスタンシングによる孤独や経済的な不安による、社会の不安定化を生んでいるという報告があります。

 経済協力開発機構(OECD)が、今年の5月に各国の状況をまとめたペーパー(「Tackling the mental health impact of the COVID-19 crisis: An integrated, whole-of-society response」)によると、「抑うつ症状」の有病率はコロナ前後でアメリカでは8.2%→30.8%に、イギリスでは19.0%→39.0%に、フランスでは13.5%→26.7%へと、いずれも2倍近くに上昇しているとされています。

 国内に目を向けても、うつ病や不安症の発症、それにともなう自殺リスクの顕著な増加などが指摘されています。実際、この15年で年間約3万人から約2万人まで減少していた国内の自殺者数が、コロナ禍の2020年後半から(若年女性を中心に)増加に転じたというデータもあるようです。

 九州大学と国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は、新型コロナに起因したメンタルヘルス問題の実態調査の結果をこの7月に発表しています。それによると、関係医療機関には不安、うつ、不眠、アルコール問題といった精神医学的問題に加え、対人関係や偏見・差別の悩みなどを訴える相談が続いているということです。

 個々の内容を見ると、「対人関係の問題(家族、友人、同僚など)」(65%)、「精神症状(抑うつ症状)」(55%)、「偏見と差別」(55%)、「感染に対する不安と恐れ」(50%)のほか、「家族や同僚の感染に対する不安と恐れ」(50%)などに起因するメンタル不調も多く挙げられているようです。

 こうした結果からは、新型コロナがもたらした環境の変化が人の社会生活に与える影響が思ったよりも大きく、そのストレスが多くの人々の「生きづらさ」を助長していることが容易に想像できます。今後の生活が見通せない不安の中で、コミュニケーションすら制限される環境に人々が順応していくには、もう少し時間が必要だということでしょうか。

 しかしその一方で、コロナを経験した私たちの社会が(須らく)つらく苦しいものに変化しているかと言えば、一概にそうとも言えないような気がします。テレワークの導入による柔軟な働き方の普及や自粛生活による家庭生活の見直し。さらには他人との適当な距離感を維持できることなどにより、以前よりもずっと暮らしやすくなったと話す人たちが私の周辺でも増えています。

 そうした中、9月21日の日本経済新聞のコラム「こころの健康学」に、認知行動療法研修開発センター理事長の大野裕氏が「人間関係多様化を生かす」と題する一文を寄せているので、(参考までに)この機会に紹介しておきたいと思います。

 自粛生活で自宅にいることが多くなると、一人暮らしの人は孤立感が強くなる。同居する人がいればいたで、今までと違った距離感に戸惑いを感じる。在宅勤務が思ったほど広がらなかったり自粛生活の要望に応えない人が多くいたりするのは、こうしたことが影響しているのだろうと、大野氏はこのコラムに綴っています。

 しかしその一方で、在宅勤務や自粛生活で気持ちが楽になったと言う人もいる。特に大都市では、満員電車で長時間通勤するといった負担が軽くなったことで、肉体的にも精神的にもずいぶん楽になったと言う人は多いというのが氏の実感です。

 苦痛といえば、直接顔を合わせて話をするのが苦手だったが、オンラインの交流が増えて相手との距離ができたことで心理的に楽になったと言う人もいる。対面での交流が苦手だということを口に出せないまま頑張っていたが、在宅での業務が増えて一息つくことができる。在宅勤務が増えたことで、子どもや家族の世話ができるようになったことを喜んでいる人も多いということです。

 このような状況を見ていると、誰にとっても人間関係が大事だということには変わりがないが、人それぞれ、何が良いかはずいぶん違っていることがわかると氏は指摘しています。

 何かと言えばみんなで集まって(あまり意味のない会議などを開いて)ごちゃごちゃやっていたことが整理され、必要な時に必要な情報をやり取りすることによって、冷静な判断ができるようになったということもあるでしょう。

 家族水入らずの時間も持てるし子供にもしっかり向き合える。プライバシーにずかずかと踏み込んでくるような濃密な(疲れる)人間関係からも、ソーシャルディスタンスは我が身を守ってくれる。中には、自粛生活で嫁・姑の関係がうまくいくようになったという人もいるかもしれません。

 総じて言えば、人と人との適度の距離感を保つことが容易になったということ。時に感情的なわだかまりや好き嫌いなどが邪魔していた他者との関係を、コミュニケーションツールを介してうまく調整している人も多いことでしょう。

 コミュニティ、そしてそれらを包括する人間社会は、いよいよインターネットやスマートフォンなどが本領を発揮する次のフェーズに入っている。そんな予兆が、身近な生活のあちらこちらに感じられる昨今です。様々に違っている人々が、それぞれの個性や能力を尊重しながら繋がっていく社会。少し距離を置くことで、見えてくる世界もまた違ってくるということでしょうか。

 今回のコロナ禍がもたらしたのは、決して悪いことばかりではない。(声高に叫ぶ人は多くはないでしょうが)自分のペースや距離感を保てる環境に身を置いて、心穏やかに過ごせている人もきっと多いはず。

 コロナ禍が気付かせてくれた間関係の多様さを生かしながら社会のあり方を考えていくことが、これから先さらに重要になってくるだろうと考えるこのコラムにおける大野氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


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