既に先進諸外国はコロナ危機から経済を回復させつつあり、現在はその反動から、急激に進行するインフレとの戦いの様相を示しているように見受けられます。
一方、そこから半周以上遅れた日本では、(コスト転嫁が遅れていた)消費者物価がようやく上昇を始めたものの各国よりも低く推移しており、経済は依然として低迷が続いている状況です。
景気の回復が見通せない中、政府の経済政策に期待する声は大きいものの、約10年間にわたるアベノミクスが奏功したという話は聞きません。日本の場合は経済の仕組みそのものに問題があり、これ以上(財政や金融などの)一般的な経済対策を続けても十分な効果を発揮しない可能性が高いとの意見もあります。
「一人負け」という不名誉な名前とともに、過去およそ30年間にわたり経済分野における国際的なポジションを落とし続けてきた日本。もはや「八方塞がり」ともいえるこの状況を、挽回する術はあるのでしょうか。
そうした折、9月17日の総合経済サイト「東洋経済ONLINE」に慶應義塾大学大学院准教授の小幡 績(おばた・せき)氏が、『ついに日本が独り勝ちする時代がやってきた』と題する(何とも景気の良い)論考を寄せていたので、参考までにその一部を紹介しておきたいと思います。
円安が1ドル=145円近くまで進み、世間では「日本経済は終わった」「この世の終わりだ」といったような雰囲気になっている。ある月刊誌などは「日本ひとり負けの真犯人は誰か」などという特集を組んでいるが、真実は(180度)真逆と言っていい。ついに「日本がひとり勝ちするとき」がやってきたのだと、小幡氏はこの論考の冒頭で高らかに宣言しています。
世界が今何を騒いでいるかといえば、まごうことなくインフレである。世界中の中央銀行が慌てふためいて政策金利を急激に引き上げたために株価が暴落。量的緩和で膨らんだ株式バブルが崩壊していると氏はしています。
実体経済は、この金利引き上げで急速に冷え込んでいる。一方、インフレは収まる気配はなく、タグフレーション(経済が停滞する中での物価高)が確実になるなど、世界経済は「長期停滞」の局面に入りつつあるというのが氏の認識です。
一方、日本はどうなのか。世間が「ひとり負け」と騒ぐぐらいだから、日本だけが世界と正反対の状況になっていると小幡氏は言います。
まず、世界で唯一と言えるほどインフレが起きていない。企業物価は上昇しているものの消費者物価に反映されるまでに時間がかかっており、英国の年率10%、アメリカの8%とは次元が違う2%程度となっているということです。
例えば英国では、一家計あたりの年間エネルギー関連の支出が100万円超の見込みとなり、文字どおりの大騒ぎとなっている。一方、日本では、電力会社が電気料金の引き上げを徐々にしかできないような政策的な規制があり、これが電気代の安定化に寄与していると氏は説明しています。
2%ちょっとの物価上昇で(一時は)大騒ぎになった日本だが、その実(様々な規制により)インフレーションが極端に加速するようなことが起きにくい構造になっているということです。
このような物価が安定した経済において、中央銀行は急いで政策金利を引き上げる必要はない。だから、日本銀行は、世界で唯一、金融政策を現状維持しつつ、のんびりしていられるのだと氏はしています。
多くのエコノミストたちは、「欧米は物価も上がっているが、賃金も上がっている。賃金が上げられる経済だから、物価が上がっても大丈夫であり、日本のように賃金が上げられない経済は最悪だ」として、日本経済を「世界最悪」とこき下ろしている。しかしそれは大きな間違いだというのが氏の見解です。
1973年に起きたオイルショックでは、労使交渉が友好的にまとまり、賃金引き上げを社会全体で抑制できた。これにより経済の過熱を抑え、世界で日本だけがインフレをすばやく押さえ込み、1980年代には日本の経済が世界一となったということです。
同様に、現状では賃金が上がらない経済のほうが「良い結果」を生むと氏は話しています。
アメリカなどは、政府を挙げ死にもの物狂いで賃金上昇を抑え込もうと躍起になっている。つまり、賃金の上がらない日本経済は、現在のスタグフレーションリスクに襲われている世界経済の中では羨ましがられる存在であり、世界でもっとも恵まれている環境にあるということです。
日本で消費者物価が上がらないのは、消費者が貧乏性であることが大きい。そのため、少しの値上げでも拒絶反応が大きく、企業側が企業間取引価格は引き上げても小売価格を引き上げられないと氏は言います。
しかし、このようなインフレが最大の懸念材料となっている状況下では、これがショックアブソーバーとなり「安定した経済、消費財市場」を支えている。なので、日本の中央銀行だけが金融政策を引き締めに転じる必要がなく、景気が急速に冷え込む恐れがなく、非常に安定して穏やかな景気拡大を続けている。結果として、日本経済はマクロ経済として非常に良好な状態を保っているというのが氏の指摘するところです。
30年前のバブル経済崩壊の心理的トラウマを抱える高齢者たちが、いまだ富の大半を抱え続けている日本経済。(小幡氏は「貧乏性」と表現していますが)確かに「守り」の人生に入った堅実な彼らが求めているのは、何よりも「安定」の二文字なのかもしれません。
欧米諸国では、給料は上がるかもしれないが、物価はそれ以上に上がっていくだろう。いったい、このような世界で最も恵まれた状況の日本経済に何の不満があるのかとこの論考を結ぶ小幡氏の視点に、私も少しだけ勇気をもらったところです。
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