MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯143 中国が世界に深く入りはじめたとき

2014年03月29日 | 本と雑誌

Dscf1078
 新聞の短い書評を縁にamazonをクリックし、この本(「中国が世界に深く入りはじめたとき」:青土社2014)を手に取りました。

 第二次大戦後、一旦は国際社会との関係を断絶し、共産主義の理想、理念の狭い世界に閉じこもっていた中国と中国の知識人が、市場競争主義色を強めるグローバル社会との接触の中に何を見て何を感じ、何をしようとしているのか…。

 アメリカと並ぶ「二大大国」を自ら標榜し、成長を続ける国内経済を背景に国際社会における影響力を増している国、中国。世界でも唯一とも言うべき共産党による一党独裁の政治体制のもと、広大な市場と豊富な資源をもって世界経済を牽引する一方で、国内的には人権問題や民族問題を抱え、また領土問題などをめぐり日本をはじめとした周辺諸国との軋轢を「力」で解決する姿勢を鮮明にしているこの「大国」を、私達はどのように理解すればよいのでしょうか。

 国際社会における現在の中国は、時に巧みな外交手法によりその存在感を示す一方で、時に欧米諸国を中心に組み上げられた従来のルールを否定するかのような独自の立場を声高に主張することで、国際関係に様々な混乱をもたらしている存在とも言えます。

 いずれにしても、少なくとも日本にとって中国はもはや「異質」なものとして距離を置いておけるような存在ではなくなっていることは事実です。そんな中国、もしくは中国人の「流儀」の本質に少しでも迫るためには、中国という国家が一体どのような国なのか、中国人の「物の考え方」について内側からも捉えていく必要があるのではないかと思い、現代中国に内在する問題を思想史的な視点で発信するこの著作に興味を持ったところです。

 著者の賀正田(が・しょうでん)氏は1967年生まれの中国人で、現在、中国社会科学院文学研究所副研究員、復旦大学思想史センター学術委員会主席の職にあります。中国国内で反響を呼んだ雑誌『学術思想評論』の元編集長であり、80年代以降の中国思想史の分析や中国革命の認識構造についての意欲的な論考を発表し、東アジア全体でもっとも注目されている中国知識人の一人ということです。

 さて、著者の賀正田氏はこの著作において、1990年代以前の中国大陸では中国人民が国際的な経験を持つ可能性はほとんどなかったと改めて指摘しています。そして、90年代に入り、「改革開放」の名のもとに推し進められた「社会主義市場経済」の進展に伴って、中国と国際経済との接点は一気に、そして爆発的に拡大し、国際経験を持つ中国人民も乗数的に増加したということです。

 しかし、世界に接していく中で、中国や中国人民は「思いもかけず」多くの不愉快な現実に接し、ある意味悔しい経験を積むことになった。中国の関係した諸々の事案に対する国際社会からの批判は、中国人を非常に困惑させたと著者は言います。

 例えば中国人に対する一般的な悪評としての、「公共意識を欠く」「大声で騒ぐ」「公衆衛生の意識が低い」「成金的な消費性向」などの(中国人でも理解できる範囲の)指摘ばかりでなく、中国人の言語や身体への攻撃など中国人民が理解に苦しむ数多くの非友好的な言説がなされ、これらが中国人のプライドを大きく傷つけた
というのが著者の認識です。

 中国や中国人民は、このような悪意をもった一方的な批難の根底にあるものを理解できず、現在でも深く困惑していると著者は指摘しています。そして、こうした厳しい国際経験を理解し乗り越えるため、2005年以降、中国が掲げた挑戦的なスローガンが、「ワシントン・コンセンサス」に対抗する中国の権威主義的な市場経済モデルである「北京コンセンサス」だということです。

 そして、さらに08年のアメリカ金融危機と中国のGDPの急成長を経験し自信を深めた中国は、この「北京コンセンサス」をさらに「中国モデル」という概念に進化させたと著者は言います。

 中国から発信する「新しいグローバルスタンダード」を意味するこの「中国モデル」という言葉は、「北京コンセンサス」との比較の上において自己評価としての中国人の自信の増大を示しているばかりではありません。中国の自信は、もはや経済領域だけでなく政治や統治方式まで拡大された優位性を含む「普遍的価値」にまで及んでいるというのが著者の見解です。そして、こうした観念(広範な自信)がその後の中国外交の理論や感覚のフレームワークとなり、そこに「責任を果たす大国」という意識が生まれたというのが著者の認識です。

 氏はここで、このようなスローガンの核心的なメッセージは、「中国の発展は世界の繁栄や発展に有益であり、中国は世界と発展の成果を分かち合う誠意を持っている」というところにあるという、非常に興味深い指摘をしています。

 つまり、中国人のこうした(ある意味一方的な)感覚の根底にあるのは、いわゆる「高位の善」というべき意識であって、中国との関係が緊密になれば他国とも「win win」の関係がもたらされるはずであるという一種の「善意」に基づくものだというものです。しかるに、こうした働きかけに対し、他国の民衆は中国公民に強い不満を示している。なぜこうした事態が生じるのか(中国人には)その理由が分からない。こうした戸惑いやいらだちが、一般的な中国人の感覚だと著者は分析しています。

 このような現代中国人の感覚を背景に、中国への批難や不愉快な国際経験に対する中国人の解釈は、近年大きく次の3つに集約されていると著者は言います。

① 批難されるのは我々のやり方が間違っているからではなく、宣伝が足りなかったことによる誤解である。

② この世界は本質的に力が全てであるので、中国が発展を続け圧倒的な地位を得れば中国への誤解や偏見も自ずと変化する。

③ 理不尽な批難や偏見の背後には特定の国家や集団による根深い敵意があり、国家の安全や海外利益の保護を重要視していかなければならない。

 著者は、これら三つの解釈の全てに共通(底流)する要素として、次の二つを挙げています。

 そのひとつは、「経済的な発展が全てに優先するという現在の中国の価値観への無自覚な盲信」というものの存在です。「(中国を中心とした)発展こそが強固な道理だ」という現代の中国社会で自明とされる「発展主義」は、「発展こそが全てに優先される」という狭隘な観念を内包しているため常に弱者を抑圧する形で実践される危険性をはらんでいることに、中国はほとんど気が向いていないと著者は言います。

 そして著者が掲げるもうひとつの要素が、中国人が、「なぜ、中国や中国人の意識や活動が国際社会の感情を刺激し嫌悪感をもたらすのか?」という、国際社会の心情的な複雑性に対する十分な分析や省察を欠いている…という現実です。

 中国人の理解を超えた戸惑いの背景には、中国人が長きにわたって形成してきた「文化的真理」、つまり帝国主義が100年にわたり中国近現代に与えてきた屈辱へのトラウマがあると著者は言います。中国には帝国主義に対し「きっぱり一線を画したい」という心理や価値観があり、伝統的な自己・他者理解に拘泥するあまり、主観的な意識を他の社会に対し無自覚に押し付けているというものです。

 また、著者は、中国と他の国家との関係が3000年を超える歴史のほとんどの期間において共通の歴史認識や文化様式を共有する国々との関係のみで成り立ってきたことを、もう一つの背景として挙げています。

 つまり、中国において過去に重んじられた伝統的な意識は皆が共通した歴史・文化様式を共有した環境にあることを前提としたものであり、異なった文化や歴史を持つ人々には受け入れられず、「自己中心的」なものとして誤解され悪意を持たれる場合があることを中国人は理解していないというものです。

 異なった文化との接触でしばしば発生するこのようなギャップを克服し、主観的な善意からの行動を建設的な方向へ導くため、中国人は相手の歴史・文化的な文脈に入り相手の脈略の中で理解する努力をしなければならないというのが、著者が導いた一つの結論です。

 中国と国際社会との間には過去の「蓄積」が極めて不足している。このため、中国人は、異なる意識間の調整を行うことで、「新しい知の構造」を打ち立てることを目的とした他方面にわたる挑戦を行っていく必要があると著者は指摘しています。

 短期間のうちに世界のなかでも突出して強大化した中国は、これから一体どこに向かうのか。著者は、国際社会が注目するこの問いに対して、中国大陸が他者(他の国々)を(自分とは違う価値基準を持った)明確な「他者」として把握・理解する方向へ素早く進めるか否かが、今後の中国にとって大変重要な意味を持つとしています。

 2012年の政治報告において胡錦濤総書記は「我が国の国際的地位にふさわしく」「強固な国防と強大な軍隊を建設することは我が国近代化建設の戦略的任務である。」と述べ、以来、中国は国際社会における軍事的な影響力の拡大(と東アジアにおける軍事的な覇権)を目指して軍備の増強に向けた道のりを歩んでいます。

 こうした状況に対し、著者は、中国が国際社会を「明確な他者」として認識し、そうした観念に基づく適切な交流の仕方さえ見い出せれば、中国や中国の人々の世界に対する感覚がかくも過剰に不安と警戒に向かうことはなくなるのではないかとしています。なぜなら、この方向性の裏側にあるのは、中国人が自明としている「善」の作用に対する自信の欠落であり、さらには国際問題を解決する上での軍事力への過信に他ならないというのが、この問題に対する著者の見解です。

 中国及び中国人民の問題は、自らが創り上げた国家(統治体制)の有様、経済の有様に自信を深め、国際社会を自らの影響下に置くことで世界を「良い方向」に導けると信じているところにある…。こうした前提に立つ著者の論説には、現在の中国の行動様式を理解する上で参考となる多くのキーワードが散りばめられているように感じました。

 現在の中国は世界への関わり方に戸惑いを覚えており、それを乗り越え、世界に深く入り込む過程で生じる様々な問題に直面している。中国は今、世界との関わりにおいて「歴史のターニングポイント」にあるというのが著者の認識です。

 中国大陸が「自己愛」と「国際感覚」の両面で陥っている思考のジレンマを克服し、「アジアの一員」として恥じない役割を果たすことを期待しているという著者の思いを、中国指導部は果たしてどの程度理解し、受け入れることができるでしょうか。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿