MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯142 ギフト(贈与)の経済学

2014年03月27日 | 社会・経済
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 日本の労働者の就業時間当たりの労働生産性(約4400円)が、OECD加盟34カ国中で第19位と低迷しているというデータをどのように理解するべきか。特に、日本の就業人口の65%を占めるサービス業、小売業の労働生産性がなぜこれほどまでに低く評価されているのか。その原因について、3月17日の日本経済新聞の紙面(「エコノミクストレンド」)において東京大学教授の柳川範之氏が大変興味深い視点を提供しているので、この機会に整理しておきたいと思います。

 昨年成功した東京へのオリンピック招致活動を背景に、いわゆる「おもてなし」という言葉が日本の優れたサービス(の質)を象徴するキーワードとして様々な機会に用いられるようになりました。しかし一方で、日本の飲食宿泊業界の労働生産性はアメリカの37.4%というデータなども公表されており、その生産性については決して高い評価を受けているとは言えません。

 日本を訪れ、国内のすべてに行き届いた「おもてなし」の精神に感動したという外国人旅行者の高い評価はよく耳にしますが、それにもかかわらず、なぜ日本のサービス業の生産性への評価は上がらないのでしょうか。

 柳川氏は、「おもてなし」を「利用者のニーズに合ったきめ細かいサービスの提供」と定義したうえで、「おもてなし」を基調とした日本のサービス業が高い生産性を上げられない大きな理由として、(生産性の)「計測上の問題」を挙げています。

 具体的に言うと、サービス業の生産性として示される、労働者1人の1時間当たりのアウトプット、すなわち小売マージン(利ざや)が、実はサービスの品質を十分に反映していないのではないかというものです。つまり、サービスの受け手である消費者の満足度が企業側の金銭的リターンに十分に結びついておらず、これを計算に反映させれば実は日本のサービス業の生産性はさほど低くないのではないかという指摘です。

 それでは、日本ではなぜサービスの質が金銭的なリターンに結び付かないのか?この命題を解くカギは「ギフト(贈与)の経済学」にあると柳川氏は言います。近年、経済学の分野では、単純な市場取引だけでなくギフトやボランティアなどの非市場的な行動についての研究が注目されており、そうした中でチャリティや社会貢献などの分析が進められているということです。

 こうした研究により、ギフト(贈与)の動機には「他利的動機」や「自己満足」「将来の信頼性の確保」「自分の満足度」などのほかに、「長期的な信頼関係などの将来の利得増大」などの目に見えない利得を目的とするものの存在が明らかにされているということです。そして、日本のサービス業では、直接のサービスの販売だけではなく、対価を直接的には要求しないこうしたある種のギフトを提供している側面が強いことを柳川氏は示唆しています。

 日本の「サービス精神」には、そもそも「ギフトを与えること」そのものが動機の中に含まれており、金銭的リターンを要求したのではかえってサービスの意味が無くなってしまう。従って、ギフトとしてのサービスを提供すれば当然売り上げは相対的に低くなり、統計上の生産性は低下していくことになる。これが日本のサービス業の基本的な構造に関する柳川氏の認識です。

 それでは、直接的な利益に繋がらないのに、なぜ日本ではそこまでして顧客にギフトを渡すのか?

 恐らくそこには、「愛着」や「こだわり」などの非計量的な要素を大切にする日本人の「文化」や「嗜好」があり、またそうした文化を背景とした「恩」や「信用」を重んじる商慣行があると考えられます。しかし、営利企業として行動している限り、ギフトを最終的な利益につなげる①「動機の認識」と、②「長期的なプラン」が必要になるだろうというのが、今後の日本のサービス業の戦略に対して柳川氏が指摘するところです。

 顧客のためだと思っていても、実は不要なサービスの押し付けになっている場合がある。その分値引きしてくれた方が良いと考える顧客もいるかもしれない。どれだけ効果的に、どの程度のサービスを行うか、そうした長期的な利益につながる「ギフト戦略」が問われている。サービスを投資として捉えるなら、将来の利益にどう結び付けるかを考える必要がある…これが柳川氏が言うところのおもてなしによるサービス戦略の基本です。

 例えば、サービス業を取り巻く環境の変化をきちんと認識し、それに適応して「おもてなし」を進化させること。丁寧で気のきいた電話対応の代わるものとして、Web上で気持ち良く予約ができる環境を整えていくこと。無機的なシステムの中に、如何に「おもてなし」の精神を盛り込んでいくかなどが重要な要素になるだろうと柳川氏は言います。

 また、製造業でも、販売すれば「それで終わり」でなく、製品やアフターサービスを通じて顧客を満足させるだけのきめ細かい気配りができるかどうか。国内で日本の企業に蓄積されてきたノウハウは世界的にも十分通用する「おもてなし」になるはずだというものです。

 日本のサービス業は、伝統的に①長期的関係に基づく情報の蓄積と、②属人的な経験に基づく顧客ニーズの予測の二つに支えられてきたというのが柳川氏の認識です。そして、そんな日本企業がグローバル化の中で新たな顧客への対応力を身につけるには、データベースを構築し、システムを通じてきめ細かな対応を可能とすることがまずます重要になるだろうと柳川氏は言います。

 日本のサービス産業の未来は、こうした「おもてなし」のバージョンアップの先にあるはずだという柳川氏の指摘を、非常に心強く読んだところです。

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