厚生労働省は1月27日、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)感染を防ぐワクチンについて、積極的な接種勧奨を中止していた期間に機会を逃した1997~2005年度生まれの女性に、公費でワクチンを接種する「キャッチアップ接種」の運用方針を明らかにしました。
HPVワクチンは2013年に小学6年~高校1年の女性を対象に定期接種となりましたが、接種後の痛みなどの症状を訴える人が相次いでいるとメディアが大きく報道。このため、同省は同年6月以降ワクチン接種の積極的勧奨を中止し、その後の接種率は1%を下回るような状態が続いていました。
世界を見れば、現在、WHO加盟194カ国のうち107カ国(55%)がHPVワクチン接種を実施しており、107か国の平均的な接種率は、HPVの初回接種が約67%、最終接種が約53%とされています。一方、2019年現在の日本の最終接種率はわずかに0.3%で、99カ国中97番目という状況です。
医学雑誌の『ランセット』が2020年に発表した研究では、日本で1994年から2007年に生まれた女子のうち、HPVにより2万6000人が何らかの病気になり、5300人が死亡する可能性があると予想されています。また、同誌は日本の(HPVワクチン非推奨の)決定を受けて、コロンビアやデンマークでもワクチン接種反対の動きが出たと批判の目を向けています。
ともあれ、その日本でも、ようやくワクチンの積極的接種が再開されることになりました。しかし、かつては「ワクチン先進国」と言われたこの日本においても、約10年間の遅れを取り戻すのはそう簡単ではないようです。
そんな折、2月3日の総合経済サイト「東洋経済オンライン」に、「フランス・ジャポン・エコー」編集長で仏「フィガロ」誌東京特派員のレジス・アルノー氏が、「なぜ日本は沈黙?子宮頸がんワクチンの大論点」と題する論考を寄せているのが目に留まりました。
2019年1月、WHOはワクチンへの躊躇を世界の健康に対する脅威のトップ10のひとつとして挙げた。しかし、日本はいまだに世界のワクチン接種の動きに遅れをとっていると、氏はこの論考に記しています。
その理由のひとつとして、日米の状況に詳しい専門家は「日本の課題は、国民皆保険制度が充実していることだ。こうした状況では、ワクチンのような予防策は理解を得にくい」と話している。そして対照的に、医療制度が貧弱なアメリカでは、ワクチン接種の承認制度が充実しているのだということです。
氏によれば、海外の製薬会社幹部はもう一つの理由として、「日本の製薬業界がワクチンに無関心であること」を挙げているということです。日本にワクチン製造会社は少なく、規模も小さい。そして何よりも、日本のマスメディアがワクチン接種の「全体像」を理解しておらず、批判ありきの報道が先行し、これを政府が"恐れている"というのがこの論考における氏の認識です。
「今回のHPV騒動で特に日本的なのは、厚労省がメディアの圧力に屈したこと。フランスやアメリカでもワクチン接種に対する反対運動が行われることがあるが、政治家はたいてい引き下がらない」と、2013年のHPVワクチンの発売に関わった外資系製薬企業の従業員は話している。
医師の家系に生まれたフランスのエマニュエル・マクロン大統領も同様の態度をとっており、1月4日のインタビューで新型コロナワクチン未接種のフランス国民を叱責したのは有名な話だとアルノー氏は続けます。ワクチン接種に反対する国民を、「無責任でもはや国民ではない。彼らの社会生活をめいっぱい制限し、とことんうんざりさせてやりたい」とこき下ろした。そして、その2日後の世論調査では、フランス人の59%が大統領の発言に賛同の意を示したということです。
一方、HPVワクチンをめぐる日本の騒動は終わっていない。昨年10月に厚労省がHPVワクチンを「推奨」する立場に切り替えたとき、国内メディアはほとんどコメントしなかったと氏は懸念を評しています。
あるロビー活動家は、「厚労省はようやくHPVワクチン接種の『推奨』に転向したものの、若い女性のワクチン接種を後押しするような効果的なキャンペーンを行っていない」と話している。外資系製薬会社のある経営トップの予想では、厚労省の中には、副作用による責任問題を恐れて(いまだ)HPVワクチンの推奨に反対している官僚もおり、日本の接種率が2013年の70%を回復することはないだろうということです。
欧米の専門家の間には、こうした日本政府の無策とそれによる国民の無関心が、何万件もの予防可能ながんと、何千人もの死を招くことになる可能性があるとの危惧が広がっていると氏はしています。今からでも遅くない。政府や医療関係者、そして若い女性や保護者などに影響力を持つメディアは、連携してワクチン接種の必要性を強く訴える責任があるということでしょう。
情報の少ない市井の人々が、よくわからないものに不安を抱くのは当然のこと。そうした中でも言葉を尽くし、メディアや国民の理解が得られるよう努めるのが専門家であり、政府の役割であることは間違いありません。
リスクコミュニケーションを担うはずの政治家や厚生労働省が「保身」や「事なかれ主義を」選択したツケを、10年後、20年後に払わされるのが若い女性たちだとすれば、それはまさに「人災」です。若い女性たちの命と健康、そして次世代への可能性がかかるこうした状況について、今、誰かが大きな声を上げる必要があると指摘するこの論考におけるアルノー氏の主張を、私も重く受け止めたところです。
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