MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯381 育休退園問題の論点

2015年07月22日 | 社会・経済


 この4月から所沢市が打ち出したいわゆる「育休退園」制度が、子供を預ける母親の実態や感覚を無視したものだとしてメディアなどで大きく取り上げられています。

 ここで言う「育休退園」とは、出産した母親が勤務先から育児休業を取得した場合に、その兄・姉である0~2歳の保育園児を保育園から退園させ休暇中の母親の下で育ててもらうという制度です。

 6月25日には、市内で子供を保育園に預けている母親を中心に結成された「所沢市を安心して子育てできる街にしたい会」の約10人が保育が必要な子供を退園させるのは違法だとし、所沢市を相手取って退園の仮差し止めを求める行政訴訟をさいたま地裁に起こしたと報道されています。

 所沢市の説明によれば、市が今回の運用をスタートさせたのは、「家庭での子育てが可能な場合は原則として保育の必要性に該当しない」という保育制度の基本に立ち返り、その間(保護者が育児休業を取得している間)は待機児童として現に保育を必要としている子供を持つ別の保護者に(保育園を)利用してもらうためだということです。

 一方、こうした所沢市の説明に対し、差し止め請求の原告となった親たちは記者会見を行い、「退園したら戻れる保証がなく、2人分の保活(保育園探し)を強いられる」「空いた席に別の待機児を入れても、結局は椅子取りゲームになるだけだ」などとし、市の無慈悲さを(涙ながらに)訴えたということです。

 さて、今回の所沢市の対応が問題化した経緯をもう少し掘り下げて調べてみます。

 問題となっている「保護者が勤務先で育児休業を取得した場合の保育の継続の可否」については、実は平成26年度以前は国に具体的な判断基準がありませんでした。しかし、今年の4月に「子ども・子育て支援法」が施行され全国的な支援制度が動き出すのに伴い、国は新制度のもと、育児休業中に上の子供が保育の継続利用をできる場合の条件などを具体的に例示した通知を全国の市町村に発出しました。

 そこで、所沢市ではこの通知を踏まえ、育児休業中の保育の取り扱いについて(国からが示された)「一定の条件や特別な事情がない場合は原則として退園」とする運用を、保護者に対し改めて明確に示したというのが今回の問題の発端となっています。

 実のところ、それまでは全国の多くの自治体において、育児休暇を取得した場合でも(事情に応じ)担当者と保護者との話し合いにより上の子の年齢を問わず退園しなくてもいいというような、ある種の「柔軟な」運用を行っていたようです。報道等を見る限り、所沢市の場合も15年ほど前から、保護者との話し合いを通じ状況によっては育休退園をしなくても済むよう個別に調整されていたということです。

 しかし今回、所沢市の担当者はこうした話し合いなどを一切行わないまま、突然今までの「ルール」を変更する旨の「お知らせを」配布したと保護者らは訴えています。しかもそれは3月5日に発表して4月1日から適用させるという一方的で性急なもので、市は自治体に求められる説明責任を全く果たしていないと彼女らは厳しく抗議しています。

 市を相手取った差し止め請求の記者会見の席で、原告団の団長は「所沢市の方針は国の少子化対策に逆行している」と市の姿勢を強く非難しています。しかしよく考えてみると、所沢市が保護者に示した方針はあくまで国の通知に基づいたものであり、それ自体が国の方針に反したり違法性を有するようなものでないことは明らかです。

 今回は、所沢市の保護者への対応があまりに性急で不親切であったため特に大きな話題を呼んでいますが、実際のところこれまでも同様の取り扱いを行っている市町村は国内に数多く存在しているとされ、また、国の制度改正に伴ってこの4月から通知に従うとしている自治体も所沢市ばかりではないようです。つまり、今回の所沢市の対応は、国が示した基本的な方針を「お役所目線」で厳格に運用しようとしたために生じた、ある意味「感情的」な行き違いだと言うこともできるかもしれません。

 本来、今回の市と保護者との間のトラブルが意味しているのは、自治体が提供できる保育サービスの(限られた)リソースを、誰に、どのように利用させるのかといった「分配」の在り方を巡る問題だと捉えることができます。判り易く言ってしまえば、税金を使った保育サービスを「育児休業中の保護者」に優先的に提供するのか、それとも現に保育園の空きを待っている「待機児童の保護者」に優先的に提供するのかという「選択」の問題だということです。

 そう考えれば、確かに市の担当者としては、市の保有する保育リソースをどのように分配するのが最も「公平」で「効率的」なのかを市民や保護者と十分に話し合い、納得づくの結論を得るための努力をする必要があったのかもしれません。

 現在、待機児童を減らす(なくす)ため、国や自治体には何よりも保育サービスの純粋なボリュームアップが求められていることは言うまでもありません。しかし、現実問題として考えれば、確かに保育園のキャパシティが一定レベルに達するまでの間、自治体には「需要」と「供給」の間で必要な調整を行う責務があり、勿論、今受けている保育サービスをその保護者の「既得権」として守ることばかりが望ましい姿ではないことも明らかです。

 保育サービスをせっかく市町村が自らの権限として提供しているのであれば、市の担当者は保護者たちと十分に話し合い、子供の状況や実情に応じたきめ細やかな独自の対応を行って、彼ら彼女らの不安を丁寧に解消していくこともできたでしょう。

 ガバナンスの在り方としての「地方分権改革」が、我が国の政治課題のひとつとして認識されるようになって随分たちました。“near is better”という言葉がありますが、所沢市における今回の問題は「身近な問題は身近な所で考え決めていく」という地方分権の原則が持つ意味を、改めて私達に強く思い起こさせてくれます。






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