MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2443 「都心にこそ都営住宅を」という話

2023年07月20日 | 社会・経済

 東京都内で販売されるマンション急騰が進む中、6万2千円という低廉な家賃で提供されることが決まった港区青山の新築の高層都営住宅(の報道)に関し、6月22日の小欄は「港区の一等地に格安の公営住宅が必要なのか?」との疑問を呈しています。(「♯2429 表参道に都営住宅は必要か」2023.6.22)

 生活費の高い都心の一等地に、抽選で(たまたま)入居できた一部の人のみが利益を享受する公営住宅を提供することは(公平性の観点からも)行政目的に叶うのか。そもそも低収入の世帯が住宅を確保できないという現実があるのであれば、必要な賃料(の一部)を給付すれば済む話ではないのか…という趣旨だったのですが、こうした問題に関しては専門家の間にも様々な意見があるようです。

 早稲田大学教授の橋本健二氏は経済情報サイト「PRESIDENT Online」において、「港区や千代田区にこそ割安な都営住宅が必要だ」と話しています。(「都心を金持ちの専有物にさせてはならない」PRESIDENT Online2023.7.18)

 ここ30年ほどの間に東京の空間構造は激変した。都心に近いほど富裕層の経営者や管理職・専門職などが集まり、周辺部へいけばいくほど貧困層やそれに近い人々が多いという構造が格段に強化されている。結果、都心がもっとも豊かで周辺で行くにしたがって貧しくなるという都心を頂点とする単峰型、つまり富士山のような空間構造が確立したと氏は言います。

 こうした格差の拡大は、結果として居住環境を変化させるとともに住民の対立を生む。そして、住民意識が分断され、格差を肯定し弱者に冷酷な中・上流改装と福祉を求めるそれ以外の階層との間の階級闘争としての政治的対立を顕在化させるということです。

 それでは、都心の街を中上層階級と下層階級が共存する、バランスの取れた平和な空間へと(再度)導くことはできないのか。この論考で橋本氏は、これはやりようの問題で「私は十分可能だと考えている」と話しています。そして、そのモデルとなりうるのは、渋谷区の広尾とのこと。

 東京メトロ日比谷線の広尾駅から地上に出てみると、西側にはかつて武家屋敷のあった高台があり、聖心女子大学と高級マンションの広尾ガーデンヒルズが立地している。東側の南麻布五丁目は外国人が多く住む高級住宅地となっており、近くには高級スーパーが2つあると氏は言います。

 ところが、地下鉄の出口と聖心女子大学をつなぐ駅前商店街の広尾散歩通りは、魚家、八百屋、惣菜屋、銭湯などが並ぶいたって庶民的な商店街。それというのも、すぐ近くに戸数が696戸と大規模な都営広尾五丁目アパートがあるからだということです。

 都営住宅の存在が庶民的な商店街を存続させ、この地域全体を、庶民の住みやすい場所にしている。このアパートの存在が広尾の高級住宅地への純化を妨げ、高級住宅地と庶民的な商店街が共存する「平和な光景」を生み出しているというのが氏の見解です。

 タワーマンションに住むような新中間層が、利便性を求めて都心に流入してくるのを押しとどめることはできない。しかし、街を「彼らの空間」として純化してしまうと、都心はそれ以外の人々が住むことのできない場所となり、企業も都心を富裕な人々しか入り込めない空間へと改造してしまうだろうと氏はしています。

 そうなると都心は、格差拡大を歓迎し所得再分配に反対する、富裕な新自由主義者たちの楽園となってしまう。そこでは豊かな人々のことしか知らない子どもたちが純粋培養され、生まれつきの新自由主義者、庶民の生活に理解のない傲慢なエリートたちが再生産され続けるだろうということです。

 ひとりの社会学者として、私(←橋本氏)はそのような事態は避けなければならないと考える。都心の公営住宅は、そのための重要な手段として機能するだろうと氏はここで指摘しています。多様な階級が混住する地域では、階級間の対立は緩和され、相互の理解が生まれる。こうして社会は、より平和なものになっていくはずだということです。

 もっとも、所得制限が厳しく、低所得者向けに純化している現状の都営住宅にも問題がないわけではないと氏は話しています。

 公営住宅の存在自体が、差別や敵対の原因ともなりかねない。こうした事態を防ぐためには、都営住宅を大幅に増設した上で、一律に所得制限をかけるのではなく、家賃を所得に応じた応能負担の形で定め、幅広い所得階層が混住できるようにする必要があるということです。

 いずれにしても、「都心を特権階級の専有物にさせてはならない」というのが、この論考において橋本氏が最も強調するところです。都心は、東京に暮らす全ての人々の共有物であるべき。このことを、都心における住宅政策の「基本」におきたいと語るこの論考における氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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