8月24日、マイナンバーカードを健康保険証として使う「マイナ保険証」問題で、約77万人のデータの紐づけがされずに利用できない状態になっていることが厚生労働省の調査でわかったと、在京大手メディアが挙って報じています。
マイナンバーカードを巡っては、各種個人情報への紐づけにかかわるトラブルの続発から、政府(デジタル庁)は通常国会が閉会した6月21日に省庁横断の対策本部を設置。岸田首相はカードの取得者向け専用サイト「マイナポータル」で閲覧できる医療や年金、福祉など29項目のデータの総点検を実施するよう指示していました。
その結果、中小企業の従業員が入る「協会けんぽ」や大企業向けの健康保険組合などの加入者およそ8000万人のうち、マイナンバーと公的医療保険の情報がひも付けできていないケースが約77万人分見つかったというものです。
8000万人のうちの77万人が未接続と聞けば、私などは(協力してくれる人ばかりではない中)「短い間によくやってるんじゃね?」と単純に思ってしまうのですが、世間の(そしてメディアの)受け止めはそういうものばかりでもないようです。ニュース配信を見る限り、むしろ、「経費だけ膨らむ」「カネかけて不便に」と大変な叩かれようと言えるでしょう。
社会に革命的な効率化をもたらすと期待されるデジタル化が、メディアにここまで嫌われるのは一体何故なのか。「週刊文春」誌の8月17日・24日号に、作家の橘玲氏が『マイナ騒動は「老人ファシズム」である」である』と題する論考を寄せているので、参考までにその一部を紹介しておきたいと思います。
医療のデジタル化が機能するには、一定数以上の利用者が必要になる。紙の保険証を廃止しなければならない理由は、そうしないといつまでも医療機関が対応しようとしないからだと橘氏はこの論考に記しています。
現状、アナログ情報をデジタルに変換する際にはどうしても手作業が必要であり、担当する自治体や健保組合の事務負担がミスを生じさせている。政府は「総点検」を指示しているが、これではさらに現場を疲弊させるだけだろうと氏は言います。
だとしたら、政府は最初にこうした事情を国民に説明し、「一定数の誤登録は仕方ないが、それで不利益が生じることはない」と約束すべきだった。膨大な手作業をわずかなミスもなく完璧にこなすということ自体が、「非現実的」だというのが氏の見解です。
メディアも(おそらくは)このことを知っていながら、登録担当者の失策をこの世の終わりであるかのように大々的に報じている。他者にこれほどの完璧を求めながら、新聞紙面にしばしば「お詫びと訂正」が載るのは(一体)「どういうわけ?」と感じざるを得ないというのが氏の指摘するところです。
健保組合などでの入力ミスで、マイナ保険証に別人の情報が登録されたケースは7000件あまりとされる。それに対して厚労省の担当者は国会で、「紙の保険証」による手続きミス(医療機関への返戻)が年間600万件発生しており、オンラインの資格認証システムの導入によって、これが劇的に減ってきていると答弁していると氏は話しています。
7000件の誤登録(マイナ保険証の利用登録6500万件の0.01%)を一面で大きく報じる新聞は、毎年600万件起きているトラブルをなぜ無視しているのか。
マイナカードが運転免許証や保険証と一体化できるのは、公的な本人認証機能があるから。仕組みは銀行のキャッシュカードと同じで、ICチップとパスワードによって、カードの真正な所有者だと確認できた場合に「本人」と認証すると、氏はここで説明しています。
ところがメディアは、紙の保険証でもマイナ保険証と「同じ」行政サービスが受けられるとして、デジタル化に反対している。しかし、この論理がどれほど馬鹿げているかは、「通帳を銀行窓口にもっていけば口座から現金を引き出せるのだから、キャッシュカードは不要だ」という主張を考えればわかるだろうというのが氏の主張するところです。
アナログの手続きには必ず手作業が必要になるから、そこでコストが発生する。それを無視して「高齢者には紙の保険証が安心」と主張するのは、そのためのコストは若者や現役世代に押しつければいいといっているのと同じだというのが、この論考における橘氏の見解です。
さて、人類史上未曾有の超高齢社会を迎えた日本の最大の課題は、高齢者が多すぎること。政府の人口推計では、2040年には年金受給年齢である65歳以上が全人口の35%と3人に1人を超える。それにともなって年金、医療、介護などを合わせた社会保障給付の総額は190兆円に達すると氏はここで指摘しています。
そうした中、「デジタル化」の目的は市民の利便性向上だけではなく、政府のコストを減らすことも大きな目的となる。社会が多様化するにつれて人々が行政に求めるサービスは増えていくが、人材・予算などの資源は有限なもの。非効率なやり方を続けていれば、いずれ行き詰ってしまうということです。
ロシアのウクライナ侵攻以降、「中国の脅威」が声高に唱えられているが、日本社会にとっての目下の最大の脅威は人口減と高齢化の圧力に他ならないと氏は言います。このような日本の現状を考えれば、徹底したデジタル化によって行政コストを削減する以外に道はない。それにもかかわらずメディアは、まるで「正義」であるかのように、「紙の保険証を残せ」と大合唱しているというのが現状に対する橘氏の認識です。
メディアは「マイナ保険証に切り替えた利用者の半数以上がメリットを感じていない」とさかんに報じているが、これはマイナ保険証の問題ではなく、デジタル化を拒んでいる医療機関に問題がある。岸田首相や河野デジタル相は、デジタル社会を実現しなければならない理由を率直に国民に語り、「高齢者切り捨て」というメディアの批判に対しては、「若者を切り捨てるな」と堂々と反論すべきだと語る橘氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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