MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1941 「空き病床」はあるはずなのに

2021年08月20日 | 社会・経済


 新型コロナウイルスへの感染の急拡大が、救急医療の現場にも影響を及ぼしているとの報道が続いています。実際、8月2~8日の1週間において、東京都内(稲城市と島しょ部を除く)で新型コロナで自宅療養中に症状が悪化するなどして救急搬送を要請した1668人のうち、6割弱に当たる959人が病院に搬送されなかったということです。

 公表されている東京都内の病床使用率は、8月17日現在で、重症病床が68・4%、(268/392床)、重症以外が64.8%(3613/5575床)とされています。これだけ見れば、まだ余裕がありそうなのに、市中の病院はなぜ症状が悪化したコロナ患者を受け入れることができないのか。

 新型コロナの感染爆発に伴い問題化するこうした状況に対し、一橋大学経済学研究科准教授の高久玲音(たかく・れお)氏が、8月19日の総合情報サイト「PRESIDENT Online」に「『病床があるはずなのにコロナ患者が入院できない』政府が見落としている医療体制の問題点」と題する興味深い論考を寄せています。

 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、医療機能は逼迫しており(少なくとも首都圏では)コロナに感染した際に入院できるのは相当な幸運な人たちだと言われている。東京都によると、都内では(8月18日時点で)「自宅療養」は2万2226人、「調整中」は1万2349人となっていると、氏はこの論考に綴っています。

 こうした状況の中、医療現場での混乱はもちろん続いているが、第1波の頃とは明らかに異なる点もある。それは、病院に対する補助金が潤沢に供給されたおかげで、多くの病院の経営が順調なことだというとです。 

 コロナ患者の受け入れが少ない、もしくは受け入れていない病院は通常医療の縮小の結果赤字が続いているが、少なくとも受け入れが可能な病院が「金銭的理由」で受け入れを増やせない状況にはないと氏は言います。

 氏によれば、この「黒字」のカギは政府が設けた「空床確保料」にあるということです。コロナ患者を診るためには、他の患者と隔離するために多くの空床を事前に準備する必要がある。空床を確保するには通常の患者の診療を停止する必要があり、(医師会の要請などを受けて)そうした機会損失を補塡する補助金が設けられたと氏は説明しています。

 政府にはコロナ患者を診る体制が盤石であることを国民に示すため、急ピッチで病床の確保(つまり補助金の給付)を進める必要があった。そのため、これまでにはないかなり高額な空床確保料を設定されたというのが氏の認識です。

 そして、その結果として、市中の多くの病院の経営難が大幅に緩和された。その金額は、(具体的には)ICU(集中治療室)で1床当たり最大43万6000円/日、HCU(高度治療室)で21万1000円/日、それ以外の病床でも7万4000円/日に及んでおり、これだけあれば例え空床のままでも十分経営が成り立つ水準だということです。

 一方、急ごしらえのこの空床確保料には問題も多いと氏は指摘しています。例えば、もともと稼働率の低い病院が、患者のいない病床をコロナ患者のための「空床」として申請して儲けているケース。また、通常の病床を準備のないままコロナ用「空き病床」として申請していることで、治療に多くの手間がかかるコロナ患者の受け入れが実際には困難なケースなどもあるようです。

 こうして、多額の補助金は配られたにもかかわらず、肝心の医療提供体制は改善されていないことを示す典型的な例が、今回の搬送困難事例の増加だというのが氏の指摘するところです。

 感染が拡大するにつれて、都市部の救急搬送機能は麻痺状態に陥っており、数多くの搬送困難事例も報告されている。自宅で療養する感染者が増える中、病状が悪化して救急車を呼んでも「満床」として受け入れを断られ、死に至るケースなども増えているということです。

 政府は病院にコロナ患者を受け入れてもらうために、空床確保料という潤沢な金銭的インセンティブを与えることで対処してきた。しかし、膨大な公金が投じられた一方で、国際的には少ない感染者数にもかかわらず医療システムは既に逼迫してしまっているというのが、現状に対する氏の認識です。

 そしてこの事実は、個々の医療従事者の献身的な取り組みとは全く別に、全体的なシステムとしてわれわれの医療提供体制が大きな問題を抱えていることを示唆していると氏は話しています。

 緊急事態宣言下における医療機関の責務とは何なのか。飲食店における営業の自由をはじめ、多くの人の基本的権利が感染抑制のため長期間制限されている。一方、医療従事者に対しては、強制力を伴う診療協力や米国で行われているような病床拡大の義務化ではなく、病院が大幅黒字になるほどの強力な金銭的誘導しか行われていないと氏は指摘しています。

 どういった政治力が働いているかはこの際置いておいても、これではあまりにバランスを欠いている。一般国民の視点で見ればこれでは納得がいかないだろうというのが、この論考において氏の主張するところです。

 さて、現在のひっ迫した状況を受け、加藤官房長官は8月20の記者会見で、新型コロナ感染者の病床確保に向けた補助金を受け取りながら、(正当な理由なく)患者受け入れに消極的な病院がないか実態調査を行う考えを示したとされています。

 もとより、病院には前述の「空き病床確保料」ばかりでなく様々な形で補助が入っており、税制などそのほかの優遇策も講じられています。また、医師一人を養成するために投じられる公費は、5000万円から1億円に及ぶとの計算もあるようです。

 加えて、その経営が全国一律の診療報酬制度や世界に関たる国民皆保険制度などに支えられているのは、(イザという時の)国民の安心安全を担保するためのコストだと多くの人が認識しているからでしょう。

 1年半に及ぼうとしている新型コロナ感染症との消耗戦に、全国で多くの医療従事者が身をすり減らして頑張っているのは私もよく理解しています。奮闘する現場の医師や看護師たちの苦労を少しでも減らすためにも、政治や行政、そして病院経営者の皆さんが強いリーダーシップを発揮してくれることを多くの人が望んでいると感じるところです。



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