3月7日の日本経済新聞の紙面において、アジア・中国史の研究者として知られるペンシルベニア大学教授のアーサー・ウォルドロン氏が、今後の日・米・中、3国の関係と東アジアの安全保障について、「米国との同盟・過信は禁物」と題するインパクトのある論評を寄稿しています。
ウォルドロン氏はこの論評において、中国は紛れもなく「軍事大国化」しつつありその力を領土拡張のために行使する意欲をあからさまに示しているとしています。
このため日本は、近い将来国家安全保障上の大きな問題に直面することとなるだろうとして、「(日本政府・国民も)もはや過去数十年のようにこれらの問題を無視することはできないだろう」と警告しています。
ウォルドロン氏は近年のホワイトハウスの情勢について、米国は日本との間に安全保障条約を締結してはいるものの、ワシントンでは日本より中国の方が(米国の利益のためには)重要だと考える勢力が日々影響力を増していると明言しています。
米国政府が現在「リアルな問題」として懸念している日・中間の武力衝突が起こった場合、米国は日本を本気で支援することはないだろう。そして、中国との妥協を迫って例えば尖閣諸島の領有権を放棄するよう日本に促すのではないかという懸念がそこにはあります。
一方、長期的な視点から見て中国は10年後にはアメリカに拮抗する大量の通常兵器と核兵器を保有することになるだろうというのがウォルドロン氏の予測することろです。
第2次大戦以降、最終的な安全保障を米国の軍事力と米国の保有する核の抑止力に頼ってきた日本やアジアの各国は、こうした中国の軍事力の巨大化の脅威にどのように対抗していくべきか。
自らが核の「報復」を受ける可能性がある中で、米国が核兵器を他国の安全のために使うという約束を当てにすることができるのか否か。こうした問い掛けに対し、ウォルドロン氏はこれを明確に否定しています。
米本土に対する核攻撃への報復以外の理由で核兵器を使用する米国の大統領はいない。米国を最もよく知るイギリスもフランスもこうした認識のもとに自ら核兵器を持ち続け、その抑止力をもって他国から攻撃を受けないという権利を担保しているというのがウォルドロン氏の指摘です。
大規模な通常兵器と核兵器を開発している敵対的な中国を背景に、防衛力の限界に達した時、日本はこれまで考慮してこなかった、政治的に微妙だが現実的で避けることができない問題への判断を迫られる(突きつけられる)ことになるとウォルドロン氏は言います。
それは、中国の脅威が無視できない状態まで拡大し、米国が抑止力を提供するという幻想も消え去った時、日本が自らの国土や政治体制の安全を守れるのは、英国やフランス、その他の国々が保有するような最小限の核抑止力を含む包括的かつ独立した軍事力しかありえない…というものです。
3月7日の産経新聞は、「集団的自衛権行使容認 目指す「アジア版NATO」」として、政府与党幹部の発言を報じています。与党自由民主党の石破 茂 幹事長が、安倍晋三首相との会談の後、軍事的な台頭を続ける中国への抑止力として「アジア版 NATO」に言及したというこの記事は、実は国内であまり大きく取り上げられることはありませんでした。
アジアにおける現在の安全保障体制は、米国による二国間同盟(日米安全保障条約、米韓相互防衛条約、米比訪問軍隊協定、米国台湾関係法など)が基軸となってきました。しかし、米国の国力、軍事力に余裕がなくなりつつあることから、極東での集団防衛機構(アジア版NATO)が検討される可能性について言及していた専門家はこれまでも少なくありませんでした。
そんな中、記事によれば、石破氏は国会内で開かれた会合において、「中国の国防予算が伸び米国の力が弱まる。この地域では中国とバランスを取らねばならない。」と述べ、欧米の自由主義諸国が旧ソ連圏と安全保障で対応するために結成したNATO(北大西洋条約機構)のように、アジアでも米国を中心とした対中国の集団安全保障体制の構築が必要だとの考えを示したとされています。
記事にもあるように、この発想は国際社会で主導的な役割を担おうという安倍政権のいわゆる「積極的平和主義」を具現化する構想であるとともに、現在安倍首相が進めている「集団的自衛権」の行使容認後を見越した、ある意味対外的な「政策発信」とも言うことができます。実際こうした政府与党の動きに対し、海外メディア、特に中国メディアは早速反応を示したともされています。
さて、外交、そして安全保障の問題は、崇高な理念が必要である一方で、極めてリアルで泥臭くあることを求められます。国際社会における中国の台頭が、第2次大戦後約70年間続いてきた東アジアの安全保障の在り方を大きく変えようとしているのは事実と言えるでしょう。
こうした環境の変化どのように対峙していくのか。場合によってはこれをどのような方向にリードしていくのか。様々な立場から様々な発信がある中で情報を整理し、時に覚めた視点から冷静で現実的な議論を行っていく必要があることは言うまでもありません
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