MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2103 終身雇用は成長の足枷

2022年03月03日 | 社会・経済


 企業の人事担当を悩ませている懸案のひとつに「2022年問題」というものがあるそうです。それは、大卒年齢に相当する22歳人口が、今年2022年を境に大きく減少するというもの。大学新卒者の採用がますます困難になることはもとより、売り手市場の拡大によって、人材の流出にも十分に気を配る必要があるということです。

 22歳人口は2010年代以降、おおむね毎年120万人台で推移してきたところです。しかし、国の推計によると今年から減少局面が加速し、5年後の2027年には110万人を割り込むとされています。企業にとってまさに「金の卵」である若手社員の離職が、企業価値維持のための切実な経営課題となるのは必至と言えるでしょう。

 厚生労働省の調査では、大卒入社3年目の離職率は21年春時点で31.2%と、コロナ禍のもと前年比で1.6ポイント減ったとはいうものの、新入社員のおよそ3人に1人が、3年のうちに会社を辞める状況は変わっていません。一方、日本企業の「転職者比率」(就業者数に占める転職経験者数の割合)は約4.9%(男性4.2%、女性6.0%)とされており、ここ数年大きな動きはありません。全体的に見ると、必ずしも労働市場が流動的になっているという状況にはないようです。

 ネットなどを活用した転職産業が隆盛を極めているように見える昨今ですが、そこに存在している(大きな)ジェネレーションギャップを見逃すわけにはいきません。片や、若者たちの間では「転職は当たり前」となっている現状からは、転職に躊躇のない若い世代と、現在の職場にしがみつく中高年世代といった構図も見え隠れするところです。

 そんな折、2月8日の総合経済サイト「PRESIDENT ONLINE」に東京都立大学教授の宮本弘曉(みやもと・ひろあき)氏が、「大企業に入ってダラダラと働くのが一番おトク-日本経済が活力を失った根本原因」と題する論考を寄せているので、小欄でも紹介しておきたいと思います。

 日本の労働市場の特徴として、「終身雇用」や「年功賃金」といった日本的雇用慣行が挙げられる。実際、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、40~50歳代の男性労働者のうち、勤続年数が20年以上の者の比率は全体で4割を占め、特に大企業では6割弱に達していると宮本氏はこの論考に記しています。

 日本的雇用慣行のもと、戦後の日本では夫が世帯主として外で働き、妻は専業主婦として家を守る世帯を「標準世帯」とみてきた。つまり、(日本の雇用慣行のもとでの)標準的な労働者というのは、「妻は専業主婦である男性正社員」に限られ、働く高齢者や働く女性、非正規雇用者はあくまで「枠外の存在」に過ぎなかったというのがこの論考における氏の認識です。

 こうした枠組みの下、日本経済は戦後、西欧先進諸国を目指してキャッチアップを続ける過程で驚異的な経済成長を実現した。その過程で労働需要は急速に拡大したが、当時は人口構造が若く若年労働者の供給が豊富であったため、企業は卒業を迎えた学生を定期的に大量に雇い入れていったと氏は説明しています。

 一方、そうした中で、労働力を囲い込み、訓練して定着させることが企業にとっての至上命題となった。その結果、労働者はひとたび企業に雇われると解雇されるのを心配することなく、退職年齢まで雇用が保障されると思い込むようになったというのが氏の見解です。

 そして、被雇用者の側には「雇用は安泰」という観念が生まれ、それがいつしか社会的通念として定着、「終身雇用」が当然と目されるようになった。そして、所得水準向上に伴う賃上げと企業が提供する訓練によるスキル向上に伴い、勤続年数とともに賃金が上昇する年功賃金が普及していったということです。

 しかし、雇用は生産の派生需要であり、経済環境が変われば雇用のあり方はそれに応じて変わるというのが、宮本氏がこの論考で指摘するところです。

 この30年間、日本経済を取り巻く環境は大きく変化し、前提条件であった「持続的で高い経済成長」と「若い世代が多いという人口構造」が失われることで、日本的雇用慣行の合理性は大きく低下した。しかし、そのような中でも過去の特殊な雇用慣行が維持されているため、労働市場に多くの矛盾や問題が発生しているのが現状だと氏は話しています。

 高齢者や女性、非正規などが(被雇用者として)想定されないままに日本的雇用慣行を維持しようとすれば、高齢者の就業が難しいだけでなく、女性が働こうとしても仕事と家庭の両立が難しかったり、正社員と非正社員間で大きな格差が生じたりするのは当然のこと。加えて、正社員も終身雇用で守られることの代償として、長時間無限定就業や転勤などを受け入れざるを得なくなっているのが現状だということです。

 さらに言えば、日本では労働基準法により、基本的に労働者は労働時間に基づき報酬が支払われることになっている。それは、戦後の高度成長期を支えた製造業など生産量が製造ラインの稼働時間とリンクしている業種では、労働の成果を労働時間で測ることが適していたからだと氏は説明しています。

 しかし、現在の日本で主流となっている非製造業では、労働成果と労働時間は必ずしも一対一で対応しない。例えば、教育や福祉サービスの分野では、長時間サービスを提供し続けたとしても、その成果が必ずしも大きくなるとは限らないということです。

 高度経済成長期のように製造業のシェアが高かった時代には、労働時間に基づく賃金決定は労働者の意欲を高め、生産面において効果があったかもしれないと氏は言います。しかし、非製造業のシェアが約8割を占める現在、この賃金設計は適切とは言えなくなっており、むしろ漫然とした働き方につながっているということです。

 大きな社会の節目にあって、労働市場が硬直的だと、労働の再配分がスムーズに行われず、結果として、経済成長の足枷となると氏はこの論考の最後に綴っています。産業構造や社会の仕組みが大きく変質する中、現在の制度をこのまま放置すれば、働き手の生活ばかりでなく経済そのものが大きく傷つく可能性があるということでしょう。

 今後、世界のトレンドが大きく変わる中、日本経済が再生するかどうかは、労働市場のあり方に左右されるといっても過言ではない。少なくとも現在の日本は、賃金交渉については他国よりも柔軟であるものの、採用や解雇についてはその規制が強く、決して柔軟だとは言えないと記す宮本氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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