MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯311 農協改革のこれから

2015年03月04日 | 社会・経済


 2月10日の日本経済新聞は、政府・自民党と全国農業協同組合中央会(JA全中)との間で進められていた「農協改革」をめぐる協議が、前日の2月9日、ついに決着したと伝えています。

 その内容は、1954年の発足以来60年にわたってJA全中が担ってきた地域農協に対する監査・指導権をなくし、2019年3月末までに一般社団法人に転換させるというものです。記事は、今回の措置が実施に移されれば、これまで農村票を武器に大きな発言力を持ってきた全中の権限が大きく縮小することになるとしています。

 この改革により全中の監査部門は新たに監査法人として出発することになり、全中が(監査の見返りとして)地域農協などから集めていた負担金(年間約80億円)も、任意の会費制に移る見通しだということです。

 全中による監査には、これまで「身内意識でなれ合いの面がある」との批判も強かったようですが、記事では、外部監査に移行することで地域農協の経営の独立性と透明性が高まることが期待されているとしています。また、全中理事会で政府案の受け入れを決めたJA全中の万歳章会長は、記者団に向け「農家の所得の増大に向けて改革に臨んでいきたい」と語ったということです。

 広く知られているように、戦後の食糧難を出発点として、日本の農政は(全中と政府自民党との二人三脚により)コメの増産を最優先の課題として進められてきました。1995年にいわゆる食管法が廃止された後も産地のコメ集荷を一手に引き受けたのが地域農協であり、その頂点に立ちこれを指導・監督し、統制してきたのがJA全中だということができます。

 一方、1970年代以降のコメ余りが深刻化する中、価格的な競争力を失った日本の農作物(特にコメ)が、国際的に後れをとってきたというのもまた事実でしょう。安倍政権はこうした農協中央組織による農業生産や農産物価格の「管理」体制を日本の岩盤規制とみなし、ここにメスを入れることによってコスト削減や輸出など販売ルートの開拓に向けた地域農協の創意工夫を促すとしています。

 これまで、農協の農業振興策は、全中が作成した方針案を3年ごとの全国大会において承認するという形で決定されてきました。全中案を踏まえて各県JA中央会が作成した方針が承認されるのが各県連の通例であり、農協グループが事実上ピラミッド型の(上意下達の)組織として存在してきたことは否めません。

さて、こうして動き始めた農協改革に関連して、2月19日の同紙の紙面では、宮城大学名誉教授の大泉一貫(おおいずみ・かずぬき)氏が、日本の農業を成長産業に変貌させるため、今後採るべき具体的な方策などについて論評を行っています。

 これまで農協(JA)が進めてきた農業振興策の本質は、組合員の大勢を占める「兼業農家による農業」を維持するためのものだったというのが大泉氏の認識です。そればかりでなく、最近はさらに、「非農家」である「准組合員」を巻き込んだ農業を、農協はその経営方針に大きく組み入れているということです。

 そして、こうした方針のもと、現在の農協(全中)は生産調整の強化や米価の維持には積極的だが生産拡大や輸出には消極的であり、市場メカニズムやTPPに反対し農業への企業参入をけん制している。また、自らの考え方を正当化するため、政治活動によって国政に圧力をかけるやりかたはよく知られているとしています。

 そもそも、農協経営の軸足は、既に農業者から准組合員の地域住民にシフトしていると、大泉氏はこの論評で指摘しています。

 氏によれば、今や農協の組合員の9割以上は地域住民や兼業農家で、専業農家は全体のわずか4%ほどに過ぎない。事業収益も信用、共済、購買事業などの地域住民相手の副次的事業が9割以上を占め、本業であるはずの農産物販売は1割にも満たないといういびつな経営になっているということです。

 農協法上、農協は当然「農業所得」の向上を目指す農業者(自身)の団体であるはずなのに、その実態は地域住民の「生活支援団体」と化している。そんな農協にとって、「農業所得の倍増」や「農業の成長産業化」と言われてもイメージすらできなくなっているのではないかと大泉氏は述べています。

 当然、日本の農業を「成長産業」にしていくためには、(生産の専業化、効率化ばかりでなく)流通構造の改革や市場の拡大なども含めた総合的な競争力の増進、つまりこれまでの「兼業農家維持」とは違った形の営農(や流通)システムを構築していくことが求められることになります。

 現実を振り返れば、我が国の農業構造は農産物販売額300万円未満の小規模(零細)農家が全体の8割弱を占め、その産出額は全体の15%ほどに過ぎません。その一方で、全体の1%に満たない(14,800戸)のやる気のある農家(経営体)が日本の農業生産額の3分の1を担っているのが現実です。

 そこで、農業産出額や農業所得の倍増を実現しようとするならば、現在1%に満たないこうしたやる気のある農家をもう3%(45,000戸)だけ増やせば足りるという計算になる(そして、それが最も現実的だ)と大泉氏は説明しています。

 しかし、全中は、こうした発想を「小規模農家の切り捨て」として一蹴し、構造改革に反対してきたと氏は続けます。(組合員として)多数派を占める兼業農家のパワーを背景に小規模な「底支え的農業」を考案し、組合員が多ければ(少なくとも)農協経営にはプラスになる体制を築き上げてきたということです。

 農協が進めてきたこれまでのこうした経営方針に対し大泉氏は、農協改革の第2幕では「地域農協が自主性を発揮し農業所得を向上させる」という本質的な問題をどうクリアするかが問われていると指摘しています。

 農業振興の中核は言うまでもなく営農・販売機能にある。農協はこれまで「三くだり半」を突きつけてきた専業農家との関係を修復し、(営農・販売会社の創設なども視野に入れながら)地域の多様な異業種や食品メーカーなどから資本や人材を受け入れる形で経営改革を進めていってはどうかというのが、この論評における大泉氏の提案です。

 もしも営農・販売会社が農協の確固とした事業/組織になれば、組合員への利益の還元も考えられ、農協法が謳う「農業者の組合」としての性格をより強く帯びることになるだろうと大泉氏は述べています。

 その場合、(準会員が太宗を占める)地域組合としての農協は、生活協同組合(生協)などへの移行を考えていけばよい。いずれにしても農協改革はいまだ緒についたばかりであり、発展に向け様々な可能性が広がっていると氏はこの論評を結んでいます。

 結局は、「誰のため、何のための農協なのか」という原点にもう一度立ち返る必要があるということになるのでしょうか。

 氏の指摘は勿論、「農協」や「政府による支援」などが不要であるというような乱暴なものではありません。

 日本の農業の可能性を活かしさらなる高みにステップアップさせるため、様々な営農環境、販売環境にある農業者が地域の特性や実態に応じてそれぞれ工夫を凝らし、経営を自立させていくための努力が今、地域農協のそれぞれに求められている。

 そうした観点から、今回の決定が地域の各農協が中央組織から自らを解放し、経営の幅を広げるきっかけとなることを期待するとする大泉氏の強い思いを、私もこの論評から感じたところです。





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