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第2次世界大戦末期の1944年7月に連合国44カ国が米国のニューハンプシャー州ブレトンウッズに集まり、大戦後の通貨体制の大枠を形作る国際通貨基金(IMF)協定などを締結したことから、その後長く続いた世界経済の体制は、「ブレトンウッズ体制」(または、「IMF体制」)と呼ばれています。
一方、米国の経済関係者の間では、リーマンショックから立ち直った後の世界経済は、この「ブレトンウッズ体制」とは別物になるのではないかという意味で、「ニューノーマル(new normal)」という言葉がしばしば用いられているようです。
「ニューノーマル」は、それまでのアングロサクソン・モデルの資本主義とは異なる経済の「新しい秩序」を指す概念であると同時に、それが「常態化する」という状況を意味しています。リーマンショックを発端とする景気後退局面から抜け出した世界経済は、恐らくは「元通り」には戻らない。それがすなわち「ニューノーマル(新常態)」ということになるのでしょう。
2月25日の日本経済新聞の紙面では、こうした未知なる「ニューノーマル」に対し、ハーバード大学教授のカーメン・ラインハート氏が、欧米をはじめとした先進諸国で一般化している超低金利政策を踏まえた「マイナス金利」をキーワードに、興味深いアプローチを行っています。
欧米を中心とした近代資本主義経済が発達した過去150年間において、世界の実質金利が持続的にマイナスの(つまり名目金利がインフレ率を下回った)状態にあったのは、リーマンショック以降続く現在のサイクルを除けば実はわずかに「3回」に過ぎなかったと、ラインハート氏はこの論評で指摘しています。
氏の研究によれば、この過去3回の持続的なマイナス実質金利局面のうちの2回は、2度の世界大戦と戦時公債の大量発行によってもたらされたものだったということです。
氏の指摘を待つまでもなく、第一次大戦はヨーロッパ全土に高インフレをもたらし、また第二次大戦終了後には、日本やイタリア、フランスなどを中心に深刻なインフレが国民生活を危機に陥れていました。
しかし、そうしたインフレ圧力が沈静化しより安定した1950年代に入っても、よく見ると主要な国々ではマイナス金利が持続し続けている。1946~80年の35年間を見ても、先進国では約半分の期間で実質金利がマイナスであったとラインハート氏は続けています。
氏によれば、(70年代の原油高騰による物価上昇期を除けば、)この期間に先進各国の実質金利が極めて低かったかマイナスになっていた原因は、インフレの頻発などにあるのではなく、主に政策当局が意識的に強力な名目金利の低位安定策を続けたことにあるということです。
各国政府が採ったマイナス金利(超低金利)政策は結果として政府に隠れた「税収」を与え、第二次世界大戦が残した巨額の政府債務の解消に寄与するとともに、利払いの負担を大幅に軽減させたというのがラインハート氏の見解です。そしてこうした手法は「金融抑圧(financial repression)」と呼ばれ、一般に政府や中央銀行、金融機関による強い連携のもとに成立していたということです。
状況を総合的に考えれば、大戦後の世界経済秩序の形成期においてこうした金融抑圧が容易に行い得たのは、やはり「ブレトンウッズ体制」自体が、戦争によって各国が抱えた巨額の政府債務負担を減らす意図があって設計されていたからではないかと、ラインハート氏は考えています。
さて、リーマンショック以降の(私たちの)世界においても、各国が抱える過剰債務に対応するため、同様のマイナス金利政策が時を超え再び登場しているとラインハート氏は指摘しています。
氏は、ブレトンウッズ体制は発足した直後の1946年と現在では、(グローバルな金融統合の規模は大きく異なるものの)規制変更の方向性には多くの共通点がある。しかも、過剰債務を削減する動機は今日の方が強いと言えるかもしれない…と見ています。
現在、多くの先進国が抱えている負債は、政府ばかりでなく家計や企業、金融機関と広範囲にわたっています。その上さらに、近年では民間債務の公的処理などにより官民の線引きが曖昧になっており、過剰債務の問題が既に経済全体に広がっているからだとラインハート氏はこれを説明しています。
氏は、先進国の間では、これらの全ての問題を解消に向かわせる方法として、金利を過去の実績に照らして低水準に保つ一方でインフレ政策を進め、実質金利をマイナスに誘導することを指向する意識が大なり小なり共有されているのではないかとしています。そしてこれが「ニューノーマル」の姿の一環ではないかというのが、この論評においてラインハート氏が下したひとつの結論です。
そう考えれば、各国で実質金利が継続的にマイナスを続けていても驚くには当たらない。むしろ驚くべきなのは、少なくとも米国の金融政策が近い将来「正常化」し、利上げを行うとの見方が広がっている事の方にあるとラインハート氏は述べています。
いずれにしても、社会秩序を保つために今ある債務の再編や元本削減などの強硬策を容認しがたいとするならば、低金利政策による金利負担の軽減、あるいはマイナス金利による緩やかな債務削減も、各国の人々は選択肢のひとつとして容認していく必要があるだろうと氏は考えています。
低金利やマイナス金利はもはや「当たり前」。経済の回復への動きが鈍く過剰債務問題の解決が強く求められる中、そうした「ニューノーマル」がひとつの現実になりつつあることを、氏の論評を読んで私も改めて認識したところです。
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