MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2045 「今なら0円」 無償化の罠

2021年12月20日 | 社会・経済


 先日、マンションの管理組合の理事会に(少し遅れて)顔を出したところ、10月の衆議院議員選挙において与党の公約にあった18歳以下の子どもに対する10万円の交付金の話題で盛り上がっていました。

 曰く、「夫婦共働きが普通の時代、960万円の所得制限というのは厳しすぎる」「クーポンで…などとつまらないことは言わず、交付にコストもかからない現金一括で払うべき」「そもそも大学生の方がお金がかかるのだから、18歳で区切るのはおかしい」などなど。「いや、そもそもの趣旨が…」とか、「児童手当の枠組みを利用するためには…」などと言っても聞いてもらえるはずはなく、給付政策にはどうしてもこうした「不公平感」が付きまとうものなのだなと、改めて感じた次第です。

 そんな流れから、奥様達の話は子どもの医療費への区の助成に広がって行きます。「前に住んでいた横浜市は所得制限に引っかかったけど、港区は制限なしで中学生まで無料だから助かるわ」「何言ってんの、千代田区は18歳まで全員無料だそうよ」「あらやだ、区民税がこんなに高いのにひどい話ね」…どうやら議論は、「そうした(じゃぶじゃぶの)給付を行っているからこそ区民税が高くなる」という方向には向いて行かないようです。

 ともあれ、(医療費をはじめとした)子どもの養育費用に対する様々な補助金等の給付水準は、行政サービスのわかりやすい基準として(こうして)有権者にアピールするもののようです。しかし、例えば医療費を「ゼロ」とすることが、本当に納税者の利益となる効率的な税金の使い方と言えるのかについては、もう少し突っ込んで考えてみた方がよいような気もします。

 東京大学公共政策大学院教授の重岡仁(しげおか・ひとし)氏が、総合経済誌の「週刊東洋経済」(10月16日号)に「無駄な医療費を増やす無償化の思わぬ悪影響」と題する論考を寄せているので、(参考までに)小欄にその概要を残しておきたいと思います。

 日本では、医療費の自己負担率は原則3割と定められている。しかし、「子ども」に対しては多くの自治体が独自に助成を行い、医療費を「タダ」にしている現実があると重岡氏はこの論考に綴っています。選挙の際のアピール材料になることもあって、隣接するような自治体間では助成競争が際限なく行われてきた。勿論「子育て世帯」にとってはありがたい政策だろうが、この「子ども医療費の無料化」は本当によい政策と言えるのだろうかと、氏は懸念を表しています。

 伝統的な経済学では、ゼロ価格(=無料)は、単なる価格低下の延長線上にあると考えられてきた。しかし、最近の行動経済学では、物やサービスの値段が、例えば105円から100円になるのと5円から0円になるのとでは、需要に与える影響が大きく異なると氏はしています。これは「ゼロ価格効果」と呼ばれ、「ゼロ円」つまり「タダ」というのは、ほかの価格と本質的に性格が異なるということです。

 そこで、もしも医療サービスにゼロ価格効果が存在するならば、政府は無料と無料以外を戦略的に使い分けることで、社会厚生を向上させられる可能性があると氏は指摘しています。具体的には、例えば今日のコロナワクチンのように、必要性の高い医療は無料にすることで大幅に需要を増やし、逆に必要性が低い医療サービスにはわずかでも費用負担を求めることで、無駄な医療を大きく減らすことができるということです。

 重岡氏らのグループが行った、(子供の医療費の自己負担率・負担方法と医療需要の関係に関する)調査の結果、「無料」の場合に比べ少しでも自己負担があれば、全ての負担率で医療需要が大幅に減少することが分かったと氏はこの論考に記しています。ゼロ価格効果が存在するということは、金額で言うと(例えば)200円といった少額の自己負担を課すことでも医療需要が大幅に減るということ。健康状態が悪いこともが月に1回以上受信する割合に影響はないが、健康であるにもかかわらず月に何回も通院する子供の過剰な慰労需要を大幅に減らすことができるということです。

 さらに、研究の過程で医療費の自己負担が健康に悪影響を及ぼすかどうかを調べたところ、義務教育の9年間のうち自己負担の課される期間が長くあっても、高校生になった時点で健康が損なわれていたり、医療費が増えていたりすることはなかったと氏は話しています。

 これは、「無料時に増えるのは健康な子供の医療需要だけ」という結果と整合的であり、医療費を自己負担することによる子供の成長への懸念は杞憂に過ぎないというのが氏の認識です。まとめると、効果が高いとされる限られた治療を除けば、医療費の自己負担を「ゼロ」にすることは、不必要な医療を増やすだけの(まさに)「愚策」に過ぎないと氏はこの問題を結論付けています。

 子どもの医療費の無償化によって増えた医療費は、結局「誰か」が払っている。市町村の負担は(あくまでも)助成分の3割に過ぎず、残りの7割は保険料や税で賄われているため、無償化によって増えた医療費の多くは保険料や税金の上昇という形で国民が負担しているということです。

 昔から、「タダより高いものはない」とはよく言ったもの。少子化対策や子育て支援を行うのであれば、無駄な医療費を生むこうした無償制度を(即刻)廃止して、困窮世帯への子育て世帯に対する直接補助を行うべきだと考える重岡氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


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