【書評】エフロブ「買いたい新書」に書評No.231:向田邦子『霊長類ヒト科動物図鑑』, 文春文庫を取り上げました。
http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1406867268
著書「父の詫び状」やテレビドラマ「阿修羅のごとく」が代表作だが,惜しくも1981年8月,旅行先の台湾で飛行機が墜落して死亡した。たまたま日本のある医科大学学長が学会出張で同じ便に乗っていたこともあり,事故は大きく報道された。
「阿修羅のごとく」は,幸せな老いた両親を持つ四姉妹の物語として始まるが,父に愛人がいることが偶然に知れる。対応策を相談する姉妹も,やがて内面にみなそれぞれの「阿修羅」を抱えているのが次第に明らかになる。類いまれな心理サスペンスドラマだった。
向田はエッセイの名手でもあり,それは彼女の細緻で辛辣な人間観察力に支えられていた。本書は「豆腐」から「一番病」まで,1篇6ページ足らずの短い随筆52本を集めたものだが,死後出版なので前書きも後書きもなく,「霊長類ヒト科動物図鑑」という奇抜なタイトルも本編中の随筆名にない。向田の本性を見抜いた編集者か,彼女を高く評価していた山本夏彦あたりがからんでいた命名ではないかと憶測してみる。
他者ことに同性に対する辛辣というか残酷ともいえる心理解剖は,「声変わり」で遺憾なく達成されている。女にも声変わりがある。男と違って,ある時期から変わるのでなくTPOにより変わる。電話で名前を告げ,相手の名前を確認したとたんに,応対が別人のように声変わりする女がいる。電車の中で恋人に近いらしい男女の傍に立った。女がバッグを開いた拍子に手が向田の体に触れた。女は「失礼」と言い丁寧に会釈した。男と別れ,駅で向田と同じ電車に乗ったら,今度は後に立った別の男の手が女の体に触れた。とたんに女が「あんた何すんのさ」と金切り声でどなった。女も声変わりするという文章だ。
他人だけでなく,自分の心に潜むものの解剖にも容赦がない。動物学者デズモンド・モリスに『裸のサル』(角川文庫)という名著があるが,自分を含む「ヒト科動物」を観察し,不思議がり,苦笑いする著者の意地悪さは,主に世相を風刺した山本夏彦の随筆に共通するところがある。彼も決して高みから見下すような目線を用いなかった。
http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1406867268
著書「父の詫び状」やテレビドラマ「阿修羅のごとく」が代表作だが,惜しくも1981年8月,旅行先の台湾で飛行機が墜落して死亡した。たまたま日本のある医科大学学長が学会出張で同じ便に乗っていたこともあり,事故は大きく報道された。
「阿修羅のごとく」は,幸せな老いた両親を持つ四姉妹の物語として始まるが,父に愛人がいることが偶然に知れる。対応策を相談する姉妹も,やがて内面にみなそれぞれの「阿修羅」を抱えているのが次第に明らかになる。類いまれな心理サスペンスドラマだった。
向田はエッセイの名手でもあり,それは彼女の細緻で辛辣な人間観察力に支えられていた。本書は「豆腐」から「一番病」まで,1篇6ページ足らずの短い随筆52本を集めたものだが,死後出版なので前書きも後書きもなく,「霊長類ヒト科動物図鑑」という奇抜なタイトルも本編中の随筆名にない。向田の本性を見抜いた編集者か,彼女を高く評価していた山本夏彦あたりがからんでいた命名ではないかと憶測してみる。
他者ことに同性に対する辛辣というか残酷ともいえる心理解剖は,「声変わり」で遺憾なく達成されている。女にも声変わりがある。男と違って,ある時期から変わるのでなくTPOにより変わる。電話で名前を告げ,相手の名前を確認したとたんに,応対が別人のように声変わりする女がいる。電車の中で恋人に近いらしい男女の傍に立った。女がバッグを開いた拍子に手が向田の体に触れた。女は「失礼」と言い丁寧に会釈した。男と別れ,駅で向田と同じ電車に乗ったら,今度は後に立った別の男の手が女の体に触れた。とたんに女が「あんた何すんのさ」と金切り声でどなった。女も声変わりするという文章だ。
他人だけでなく,自分の心に潜むものの解剖にも容赦がない。動物学者デズモンド・モリスに『裸のサル』(角川文庫)という名著があるが,自分を含む「ヒト科動物」を観察し,不思議がり,苦笑いする著者の意地悪さは,主に世相を風刺した山本夏彦の随筆に共通するところがある。彼も決して高みから見下すような目線を用いなかった。
彼と同時代に、溝口健二も活躍しました。溝口は女性を理想化して描くことが多かったように思いますが、小津はその点、女性に対し冷徹だった印象があります(『秋日和』などに感じました)。私は断然溝口派で、最も好きな作品は『近松物語』です。
人間観察が鋭すぎたせいで向田も小津も生涯独身だったのでしょうか。