ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【病理解剖の急減】 難波先生より

2012-05-25 23:39:00 | 難波紘二先生
【病理解剖の急減】新潟・長岡市の病院に勤める岡崎悦夫先生から驚くべきスライドが送られて来た。(添付1)2008年を境として、日本における病理解剖と法医解剖(司法解剖+行政解剖)の数が15,000体でクロスオーバーし、以後、司法解剖数が病理解剖数を上まわるようになった。2010年を見ると、法医解剖数約19,000件、病理解剖数約14,000件である。


 これは先に『病理解剖マニュアル』(文光堂, 2012)の「病理解剖の歴史」で、病理解剖数と法医解剖数の推移を論じた際に、予想していた事態である。全国で2010年に約119万人の死亡者があったが、うち病理解剖されたものが14,000人(1.2%)、医者が死亡診断書が書けない「異状死」が約17万8,500人(約15%)このうち犯罪性の有無などのチェックのため、法医解剖されるものが約1万9,000体(異状死の約10.6%、全死亡の1.6%)となる。


 法医学教室というところは、病理学教室と異なり、ミステリーやテレビ・ドラマでは花形だが、現実は「10年に1人しか、人が入らない」と言われるところで、多くの法医学教室(医学部に一つしかない)は教授だけが医師で、准教授、助教は獣医とか理学部の動物学出身者が多い。理由は簡単で、医師の場合、教授になれなければ法医学の知識を生かして働ける就職先がないからである。


 全国の病理専門医数は現在約2000人で、数は横ばい状態である。ということはここも「高齢化」が進んでいる。法医解剖に携わる医師数あるいは教室スタッフ数はその1/4くらいだろう。言い換えると500人で年間約2万体の法医解剖をこなしていることになる。1人あたり40体である。もちろん白骨死体もあるあるし、部分しか解剖しない例もあるから、病理解剖ほど徹底していないし、時間もかからないだろうが、大変な労力であるには違いない。


 今度、国会で「死因究明法案」が委員会可決をすぎ、本会議にまわるわけだが、法成立後の「法医解剖医」不足は大問題になるだろう。
それにもまして心配なのは、「国民死亡の1.2%しか病理解剖されていない」という現状だ。これは統計学的には「誤差範囲」の数値で、このような小さなサンプル数では「国民死亡の実態」を正確に明らかにすることはできない。厚労省の施策に響くだろう。


 臨床医の診断書(死亡診断書をふくむ)に20~30%の誤診があるのは、病理医にとって常識である。東大の沖中重雄教授が退官記念講義で「自分の臨床診断を、病理解剖による診断と比較した場合の、生涯誤診率は20%だった」と公表したとき、世間は誤診率の高さに驚いた。しかし医療関係者は、その低さに驚いた。


 先日、県知事の講演を聞く機会があり、「広島県のがん登録制度は、大阪とならんで日本一だと認定された」という話が出た。後で会食の時に、私から「大阪は臨床登録(臨床診断と病理診断の書類を集める)だけだが、広島は病理組織標本も集め、中央診断をやり、それを病名として登録している。中央診断をやると、各施設における病理診断名の20%は誤診となる。だから中央診断をやっている広島県の制度は、日本一精度が高い」という話をした。
 これも病理専門医には当たり前の話だが、知事は大いに驚いていた。


 誤解を避けるために述べておくと、現在、腫瘍の登録は国際的に「腫瘍分類」はISD-O Ⅹという分類表に基づいて行われている。国際的に病名を統一しないと、各国のデータが比較できないからだ。病理診断は次第に国際分類が用いられる傾向にあるが、分野によってはまだ「日本分類」が通用している。それに病理医による診断の偏りもある。それで中央診断をやりISD-O分類に直すと、訂正されるものが20%あるということで、患者の生命予後にかかわる誤診ではない。


 医者が死亡診断書を書けない「異状死」が全死亡の15%あるという事態は、「孤独死」の急増と関係があるだろう。初期に出来た都市近郊の団地は、独居老人ばかりだと聞いた。独居老人だけでなく、働き盛りの年齢の孤独死も増えている。大家族から核家族へと変化した日本の社会は、セックスレス夫婦、未婚世帯へとさらに解体し、ついにアトム(個人)にまで還元してしまった。大きな社会変容が背景にあるので、孤独死は全年齢層で今後も増えるだろう。


 法医専門医や病理専門医を増やすことは、焼け石に水というか、火事になってから消防車を出すようなもので、抜本的対策にならない。死因究明の問題は、各県に「総合死因究明センター」を設立して、病理専門医と法医専門医が常駐して、臨床、遺族、警察からの依頼に応じるようにしたらよい。現在「白菊会」を通じての系統解剖用遺体の提供は余っている現状がある。決して故人に「解剖拒否」の思想がつよいわけではない。


 だいたい、病理解剖の承諾が遺族から取れない理由は、第一に主治医がよくやってくれたと遺族から思われていない場合、第二に見舞にも来なかった遠い親類が、さも故人を大事に思っているかのように、「死んでからも痛い目にあわすのは可哀想だ」と理不尽な反対論を強硬に述べる場合と、相場が決まっている。


 最近では遺族の方も、医療ミスを疑ったり、「がん保険」などの関係があるから、「解剖して死因を徹底的に調べてもらいたい」と思う人が増えている。だから病理解剖の潜在的需要はあるのである。エンボーミングの技法も発達しているから、解剖後の遺体も昔と違いはるかに綺麗である。死んだ病院だと病理はグルだと思われているから、OKしなくても、独立した第三機関なら安心して依頼できるだろう。


 この機関は、病理学会と法医学会の「教育施設」にして、病理専門医、法医専門医あるいは「病理法医専門医」の養成施設としても機能するようにしたらよいだろう。しかしこれは消防車を増やすだけだから、基本的には「社会構造の変革」が必要である。


 英国の場合、19世紀の産業革命が進むに伴い、農村から都市への人口移動が起き、大きな社会変動が生じた。ロンドンの公園に嬰児の遺棄死体が1日に4件以上あると、新聞ダネになったという。それ以下では紙面に載らなかったということだ。この大変動は各種の慈善団体の出現や社会保障制度の充実で次第に改善に向かった。当時の英国は「帝国主義」で植民地等からの収益があったから、それが出来た。


 日本ではこれは1960年代以後に起きた。今、都市化のつけが各種の問題を生じていて、孤独死の問題もそのひとつだが、政府には財政のゆとりがない。何しろ今年中に借金が1000兆円に達するという国だ。英国や米国と違い、「免税寄付」がないから、慈善団体も育たない。要するに市民が「個」に還元されていて、ネットワークの素子として組み込まれておらず、「自分が社会的に有用である」という自信をもてないのが、今の社会状態である。年間3万人を超える、他国に類を見ない自殺者の多発はこれが最大の原因である。別に日本人だけが自殺が好きなのではない。


 もちろん「統計のマジック」もある。「自殺」の定義は国際死因統計の基準で統一されているわけでないから、自殺を禁じた宗教が影響力をもっている国では低く出る。メディアが国別のデータ比較を報じる場合でも、「定義」まで押さえて報道している場合はマレである。


 今は、EUの危機をはじめ、世界が八方ふさがりの感があるが、これは「脱産業化社会」へ移行する前の過渡的段階で、MS、アップル、グーグル、FACEBOOKなどの台頭を見れば、旧い製造業の大企業が崩壊して、新しい技術に支えられた新企業が取って代わろうとしている。混沌(カオス)から「創発(Emergence)」という自然の法則に従って、経済学者のハイエク(Hayek)の「カタラクシー(Catallaxy)」理論によると「交換と専門化により自発的に新秩序が形成される」。


 「修復腎移植」を妨害する動きを見ても、日本には「自発的に新秩序を形成する」能力がない。新しい結合(ノイビンドゥングNeubinndung、イノベーションInnovation)を育てようとする風土がどうやら欠けている。「孤独死」増加問題も、解剖率低下問題も、「社会変容」のコンテキストのなかで考えないといけない問題だが、まだまだ時間がかかりそうである。

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