【ユベナリスと早老症】
「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」(Mens sana in corpore sano.)
ラテン語のmensは英語の「マインドmind 心」 だ。Sana、sanoはsanitas(健康さ、健全さ)由来の形容詞だ。サナトリウムの語源でもある。Corpus (語幹:corp-)は肉体、肉、実体を意味する。英語のボディと同じだ。会社や団体を意味するのにコーポレートとかコーポレーションというが、あのCorpo-もこのcorpus由来だ。
ラテン語はイタリア語、フランス語、スペイン語の祖語で、英語の学術用語にも多く入っているから、ラテン語を知っていればこれらの言語はたやすい。
英語では「A sound mind in a sound body.」という。
「メンス・サーナ・イン・コルポーレ・サーノ」、ラテン語の方がはるかに口調がよく覚えやすい。
11/1「産経抄」が9月下旬に韓国仁川で開かれたアジア大会で、韓国人記者のデジカメを盗んだとして逮捕され、略式起訴された日本の競泳選手、富田某を取り上げていた。謝罪せずに在宅起訴された産経の加藤前ソウル支局長とくらべて論じている。富田は窃盗を認めて謝罪したから釈放されたが、水泳連盟から選手登録停止処分を受け、会社は解雇された。
ところが帰国したら「えん罪だ」と言いだし、弁護士を雇って記者会見を開くという。もしえん罪ならなんで黙秘しなかったのか。そうなれば有罪を証明するのは韓国の警察・検察の責任で、客観的証拠によらないかぎり、外交問題になっただろう。弱い心を英語では「feeble mind」という。フィーブルには「いやしい」という意味もある。
「盗んだ」とされるデジカメ「キャノンEOS-IDX」のボディは新品で80万円程度。中古では40万円。
ボディ重量が1.5Kg、800ミリの望遠レンズが付いていたら、この重量が4.5Kgある。こっちの新品価格は130万円。だが長さが46cmもあり、長くてバッグに入らない。
「見知らぬアジア系の男性が勝手にバッグに入れた」
という彼の主張が真であるためには、その男がいたこと、望遠レンズのはずし方を知っていたこと、わざわざボディだけをバッグに入れたことの真実性を証明しなければならない。
盗まれたという記者は盗難届または遺失届を出したのか?
バッグにあるカメラを発見したとき、なぜ不審物として上司に相談しなかったのか?
「産経抄」を読んで、60年も前に田舎中学の社会科教師から習った、ローマの風刺詩人ユベナリス(Juvenalis)による、冒頭の言葉を久しぶりに思い出した。
トップアスリートのもろい心。「健全なる肉体」に「健全なる精神」が宿っていないな。
だが、なぜこれが「風刺詩集」に入っているのだろう?
ユベナリスとその言葉は、『岩波・世界名言集』、自由国民社『世界の故事名言ことわざ』になく、明治書院『世界名言大辞典』には14言も載っていた。
これには人名索引があるが、文脈索引になっていない。だめだなあ。目当ての文句を探すのに14回ページを繰らないといけない。
ここでは「健全なる身体に宿れる健全なる精神」と文学的センスゼロの意味不明な名詞句になっていた。誤訳である。
岩波の『ギリシア・ラテン引用語辞典』は人名索引も語句索引もなく、つまらない辞書だ。しかし、Mensでラテン語部を引くと、冒頭の訳文があった。そこで普及訳の出典が「風刺詩集」だとわかった。
ところが『Oxford Dictionary of Quotations』(オックスフォード引用句辞典)には42言が採択されており、原文は
Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.
となっていた。
英語から重訳すると「健全な肉体に健全な精神がやどることを祈ろう」となる。
ローマの競技場に出てくる立派な肉体をもった選手たちの、おつむが弱いのを風刺していたのである。
つまり日本では誤訳が広まったのだ。そこで新訳してみる。
「健全な肉体に健全な精神を!」
これを書いた後でWIKIの記事を知った。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%B9
皮肉なもので、「ローマ風刺」で蔵書名をDB検索したら書架の岩波文庫に、ペルシウス/ユウェナーリス『ローマ風刺詩集』(国原吉之助訳, 2012/5)が見つかった。
ギリシア・ローマ古典の訳者は、当時の音に忠実に、人名・地名を訳すので現代語との乖離がめだつ。英語ではJuvenalと表記するから、プレイトー、アリストートル、アレクサンダー、シーザーとならんでジュヴェナルと覚えたほうがよかろう。そのジュヴェナルの「風刺詩第10歌」の終わりに、問題の箇所がある。
「健全な身体に健全な精神を与え給えと(神に)祈るがいい。
死の恐怖を絶つ強靱な精神を祈願し給え。
生涯の最期を自然の恩恵とみなすような精神を。
いかなる苦しみにも耐えられる精神を。」(p.258)
これは、
「病気は自然の実験である」
「医者を選ぶのも寿命のうち」
という当研究所のモットーともよく似ている…。
その後、柳沼重剛(しげたか)編『ギリシア・ローマ名言集』(岩波文庫, 2003/1)にユベナリスのこの文句について、詳しい解説と原文が収められているのを見つけた。「あとがき」を読むと、タネ本が上記の『オックスフォード引用句辞典』であることがわかる。文科系にはこういう学者が多い。ただ小保方ほどひどくはない。
11/4各紙が「京大霊長類研で、ニホンザルの早老症が見つかった」と報じている。
早老症(Progeria:プロゲリア)は「小人症に加齢加速を伴う状態」で、成人発症のウェルナー(W)症候群(35歳までに死亡)と小児発症のハッチンソン=ギルフォード(H-G)症候群に分かれる。後者は平均寿命13歳だ。
「毎日」「産経」「中国」が記事を載せているが、W症候群とH-G症候群の違いを認識した上で書かれた記事はなかった。サルの発病経過すら、正確に報じられていないから、どっちに似ているかの見当もつかない。困ったことだ。「朝日」のネット記事はよく書かれている。
http://www.asahi.com/articles/ASGB06QKWGB0PLBJ006.html
2歳で白内障というとH-G症候群に似ているな…。
ギリシア語で老齢を「ゲロス(geros)」という。Gerontosだと老人という意味になる。そこで「老化学」はゲロロジー(Gerology)といい、「老人医学」はゲロントロジー(Gerontology)という。
このgero-(老化)が語根となって「親和性」を表すプロ(pro-)が前に、「状態」を表すイア(-ia)が後について、プロゲリアprogeria=「早老症」という医学用語が誕生した。
米カンサス大学医学部の内科と医学史の教授だったR.H.メイジャーが書いた『内科診断学』(1962)には、「プロゲリア」しか載っておらず、W症候群とH-G症候群が区別されるようになったのは、比較的最近のことだ。
『症候群事典』があれば、命名のいきさつから重要文献までわかるのだが、退官の時に大学に置いてきた。
医学史の基礎資料である『ギャリソン=モートン(GM)カタログ』を見ると、
1886年に英国のJ.ハッチンソン卿が6歳で発症した最初の1例を報告し、H.ヘイスィングが1897年に別の症例を報告し、Progeriaと命名したとある。
『最新医学大辞典』(医歯薬出版)には「ウェルナー症候群」の項があり、ドイツのO.ウェルナーが1904年に記載したとあった。
罹患率が800万の生産児に1人と、きわめて稀だから知識の普及が遅れたのだろう。
http://en.wikipedia.org/wiki/Progeria
日本語WIKI「早老症」の記載は、英語版の短縮版だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E8%80%81%E7%97%87
私は「早老症」について知識はあるが、生きた患者をみたことがない。写真でしか知らない。WIKIにある患児の顔写真を見ていて、禿頭のほかに目の回りの異常と目の光のなさが、昔みた『メイジャー内科診断学』にある写真とそっくりなのを思い出した。(写真1) うつろな目と瞼の下の「たるみ」がそっくりだ。
(写真1)
この日本語WIKIのW症候群の記載はまったく信頼がおけない。特に罹患率の数値!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4
ともあれ、ほぼ20世紀のはじめに、「早老症」とその基本型が認識されていたことになる。それが110年経ってやっとサルで発見されるとは…
密かに思っていた第三のアフォリズムをここに書いておこう。
「人間はもっともよく調べられた動物である。」
「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」(Mens sana in corpore sano.)
ラテン語のmensは英語の「マインドmind 心」 だ。Sana、sanoはsanitas(健康さ、健全さ)由来の形容詞だ。サナトリウムの語源でもある。Corpus (語幹:corp-)は肉体、肉、実体を意味する。英語のボディと同じだ。会社や団体を意味するのにコーポレートとかコーポレーションというが、あのCorpo-もこのcorpus由来だ。
ラテン語はイタリア語、フランス語、スペイン語の祖語で、英語の学術用語にも多く入っているから、ラテン語を知っていればこれらの言語はたやすい。
英語では「A sound mind in a sound body.」という。
「メンス・サーナ・イン・コルポーレ・サーノ」、ラテン語の方がはるかに口調がよく覚えやすい。
11/1「産経抄」が9月下旬に韓国仁川で開かれたアジア大会で、韓国人記者のデジカメを盗んだとして逮捕され、略式起訴された日本の競泳選手、富田某を取り上げていた。謝罪せずに在宅起訴された産経の加藤前ソウル支局長とくらべて論じている。富田は窃盗を認めて謝罪したから釈放されたが、水泳連盟から選手登録停止処分を受け、会社は解雇された。
ところが帰国したら「えん罪だ」と言いだし、弁護士を雇って記者会見を開くという。もしえん罪ならなんで黙秘しなかったのか。そうなれば有罪を証明するのは韓国の警察・検察の責任で、客観的証拠によらないかぎり、外交問題になっただろう。弱い心を英語では「feeble mind」という。フィーブルには「いやしい」という意味もある。
「盗んだ」とされるデジカメ「キャノンEOS-IDX」のボディは新品で80万円程度。中古では40万円。
ボディ重量が1.5Kg、800ミリの望遠レンズが付いていたら、この重量が4.5Kgある。こっちの新品価格は130万円。だが長さが46cmもあり、長くてバッグに入らない。
「見知らぬアジア系の男性が勝手にバッグに入れた」
という彼の主張が真であるためには、その男がいたこと、望遠レンズのはずし方を知っていたこと、わざわざボディだけをバッグに入れたことの真実性を証明しなければならない。
盗まれたという記者は盗難届または遺失届を出したのか?
バッグにあるカメラを発見したとき、なぜ不審物として上司に相談しなかったのか?
「産経抄」を読んで、60年も前に田舎中学の社会科教師から習った、ローマの風刺詩人ユベナリス(Juvenalis)による、冒頭の言葉を久しぶりに思い出した。
トップアスリートのもろい心。「健全なる肉体」に「健全なる精神」が宿っていないな。
だが、なぜこれが「風刺詩集」に入っているのだろう?
ユベナリスとその言葉は、『岩波・世界名言集』、自由国民社『世界の故事名言ことわざ』になく、明治書院『世界名言大辞典』には14言も載っていた。
これには人名索引があるが、文脈索引になっていない。だめだなあ。目当ての文句を探すのに14回ページを繰らないといけない。
ここでは「健全なる身体に宿れる健全なる精神」と文学的センスゼロの意味不明な名詞句になっていた。誤訳である。
岩波の『ギリシア・ラテン引用語辞典』は人名索引も語句索引もなく、つまらない辞書だ。しかし、Mensでラテン語部を引くと、冒頭の訳文があった。そこで普及訳の出典が「風刺詩集」だとわかった。
ところが『Oxford Dictionary of Quotations』(オックスフォード引用句辞典)には42言が採択されており、原文は
Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.
となっていた。
英語から重訳すると「健全な肉体に健全な精神がやどることを祈ろう」となる。
ローマの競技場に出てくる立派な肉体をもった選手たちの、おつむが弱いのを風刺していたのである。
つまり日本では誤訳が広まったのだ。そこで新訳してみる。
「健全な肉体に健全な精神を!」
これを書いた後でWIKIの記事を知った。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%B9
皮肉なもので、「ローマ風刺」で蔵書名をDB検索したら書架の岩波文庫に、ペルシウス/ユウェナーリス『ローマ風刺詩集』(国原吉之助訳, 2012/5)が見つかった。
ギリシア・ローマ古典の訳者は、当時の音に忠実に、人名・地名を訳すので現代語との乖離がめだつ。英語ではJuvenalと表記するから、プレイトー、アリストートル、アレクサンダー、シーザーとならんでジュヴェナルと覚えたほうがよかろう。そのジュヴェナルの「風刺詩第10歌」の終わりに、問題の箇所がある。
「健全な身体に健全な精神を与え給えと(神に)祈るがいい。
死の恐怖を絶つ強靱な精神を祈願し給え。
生涯の最期を自然の恩恵とみなすような精神を。
いかなる苦しみにも耐えられる精神を。」(p.258)
これは、
「病気は自然の実験である」
「医者を選ぶのも寿命のうち」
という当研究所のモットーともよく似ている…。
その後、柳沼重剛(しげたか)編『ギリシア・ローマ名言集』(岩波文庫, 2003/1)にユベナリスのこの文句について、詳しい解説と原文が収められているのを見つけた。「あとがき」を読むと、タネ本が上記の『オックスフォード引用句辞典』であることがわかる。文科系にはこういう学者が多い。ただ小保方ほどひどくはない。
11/4各紙が「京大霊長類研で、ニホンザルの早老症が見つかった」と報じている。
早老症(Progeria:プロゲリア)は「小人症に加齢加速を伴う状態」で、成人発症のウェルナー(W)症候群(35歳までに死亡)と小児発症のハッチンソン=ギルフォード(H-G)症候群に分かれる。後者は平均寿命13歳だ。
「毎日」「産経」「中国」が記事を載せているが、W症候群とH-G症候群の違いを認識した上で書かれた記事はなかった。サルの発病経過すら、正確に報じられていないから、どっちに似ているかの見当もつかない。困ったことだ。「朝日」のネット記事はよく書かれている。
http://www.asahi.com/articles/ASGB06QKWGB0PLBJ006.html
2歳で白内障というとH-G症候群に似ているな…。
ギリシア語で老齢を「ゲロス(geros)」という。Gerontosだと老人という意味になる。そこで「老化学」はゲロロジー(Gerology)といい、「老人医学」はゲロントロジー(Gerontology)という。
このgero-(老化)が語根となって「親和性」を表すプロ(pro-)が前に、「状態」を表すイア(-ia)が後について、プロゲリアprogeria=「早老症」という医学用語が誕生した。
米カンサス大学医学部の内科と医学史の教授だったR.H.メイジャーが書いた『内科診断学』(1962)には、「プロゲリア」しか載っておらず、W症候群とH-G症候群が区別されるようになったのは、比較的最近のことだ。
『症候群事典』があれば、命名のいきさつから重要文献までわかるのだが、退官の時に大学に置いてきた。
医学史の基礎資料である『ギャリソン=モートン(GM)カタログ』を見ると、
1886年に英国のJ.ハッチンソン卿が6歳で発症した最初の1例を報告し、H.ヘイスィングが1897年に別の症例を報告し、Progeriaと命名したとある。
『最新医学大辞典』(医歯薬出版)には「ウェルナー症候群」の項があり、ドイツのO.ウェルナーが1904年に記載したとあった。
罹患率が800万の生産児に1人と、きわめて稀だから知識の普及が遅れたのだろう。
http://en.wikipedia.org/wiki/Progeria
日本語WIKI「早老症」の記載は、英語版の短縮版だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E8%80%81%E7%97%87
私は「早老症」について知識はあるが、生きた患者をみたことがない。写真でしか知らない。WIKIにある患児の顔写真を見ていて、禿頭のほかに目の回りの異常と目の光のなさが、昔みた『メイジャー内科診断学』にある写真とそっくりなのを思い出した。(写真1) うつろな目と瞼の下の「たるみ」がそっくりだ。
(写真1)
この日本語WIKIのW症候群の記載はまったく信頼がおけない。特に罹患率の数値!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4
ともあれ、ほぼ20世紀のはじめに、「早老症」とその基本型が認識されていたことになる。それが110年経ってやっとサルで発見されるとは…
密かに思っていた第三のアフォリズムをここに書いておこう。
「人間はもっともよく調べられた動物である。」
冨田選手が韓国内で無実を訴えても日本政府が救えるか分からないですよ。人質ですね。他国内で拘束された冨田選手の恐怖は想像に難くないです。冤罪であっても認めて謝罪して韓国の拘束から脱出して日本で無実を主張する方法は賢い選択だと思います。人権活動家でもない彼が韓国内で踏ん張っても何もいいことありませんよ。