【カルペ・ディエム】
米映画「いまを生きる」(1989)の原題は<Dead Poets’ Society(死せる詩人の会)>。全寮制のある男子進学高校の生徒たちとキーティングという熱血教師との心動かされる青春物語だ。キーティングを演じたのがロビン・ウィリアムスで、彼の映画は初見だったがすぐにファンになった。
彼が授業で生徒たちに教える言葉がラテン語の<Carpe Diem>。「オックスフォード引用句辞典」では<Carpe diem, quam minimum credula posterio.>(Seize the day, put no trust in the future.)と英訳されている。出典はローマの詩人ホラティウスである。
「明日は信用できない、今日を確実に生きよ」という趣旨は、親鸞の作といわれる、
「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」という歌の意味とも重なる。
『ナポレオン言行録』(岩波文庫)にも、
「余はかつて二年より先のことを考えて生きたことがない」、とある。
ホラティウスは「カザノヴァ回想録」にも「ルソー告白」にも出てくるから、かつては彼の詩句を引用するのが教養人の条件だったのであろう。軍人のナポレオンだって、ホラティウスくらいは知っていただろう。
岩波版『ギリシア・ラテン語引用語辞典』にこの語句は引用されているが、「現在を楽しめ、できるだけ少なく未来に信頼せよ」とある。これは日本語としてもおかしい…。
その後、「レナードの朝」(1990)、「パッチ・アダムス」(1998)では、難病の治療に取り組む医師、心のキズをいやす医師の役を、それぞれみごとに演じてくれた。
8/13各紙記事によると鬱病で医師の治療を受けていた彼が、SFC近くの自宅で自殺したという。
「カルペ・ディエム」という言葉を、私は映画で学んだ。その彼の演技がもう見られないのは残念だ。
米映画「いまを生きる」(1989)の原題は<Dead Poets’ Society(死せる詩人の会)>。全寮制のある男子進学高校の生徒たちとキーティングという熱血教師との心動かされる青春物語だ。キーティングを演じたのがロビン・ウィリアムスで、彼の映画は初見だったがすぐにファンになった。
彼が授業で生徒たちに教える言葉がラテン語の<Carpe Diem>。「オックスフォード引用句辞典」では<Carpe diem, quam minimum credula posterio.>(Seize the day, put no trust in the future.)と英訳されている。出典はローマの詩人ホラティウスである。
「明日は信用できない、今日を確実に生きよ」という趣旨は、親鸞の作といわれる、
「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」という歌の意味とも重なる。
『ナポレオン言行録』(岩波文庫)にも、
「余はかつて二年より先のことを考えて生きたことがない」、とある。
ホラティウスは「カザノヴァ回想録」にも「ルソー告白」にも出てくるから、かつては彼の詩句を引用するのが教養人の条件だったのであろう。軍人のナポレオンだって、ホラティウスくらいは知っていただろう。
岩波版『ギリシア・ラテン語引用語辞典』にこの語句は引用されているが、「現在を楽しめ、できるだけ少なく未来に信頼せよ」とある。これは日本語としてもおかしい…。
その後、「レナードの朝」(1990)、「パッチ・アダムス」(1998)では、難病の治療に取り組む医師、心のキズをいやす医師の役を、それぞれみごとに演じてくれた。
8/13各紙記事によると鬱病で医師の治療を受けていた彼が、SFC近くの自宅で自殺したという。
「カルペ・ディエム」という言葉を、私は映画で学んだ。その彼の演技がもう見られないのは残念だ。
彼の映画では『パッチアダムズ』が好きでした。「笑い」が人生最良の薬であるという、彼の人生そのものを象徴しているような映画だったと思います。
彼はロケ中、見学に来ている人たちのために即興でパフォーマンスをして笑わせてあげるような心の優しい人だということを、何かの本で読んだことがあります。彼は過酷な現実を生きていくには心の優しすぎる人だったのでしょうか。
私はジョルジュ・ルオーの絵が好きですが、『道化師』と言う作品を見るとなぜか彼の姿がダブってしまうのです。彼のことを「大好きでした」と過去形でしか今後言えなくなるということがとても悲しいです。