【雑感】しばらく「便り」が中断していたら、「体調不良?」と安否を気遣うメールをいくつか頂いた。ご心配をおかけしました。
先週から、日朝関係、TPP問題などについて、参考書を読み、少し考えはじめたもので…
とくに朝鮮近代史はこみ入っています。事実関係の基本的洗い直しができていないから、韓国側、日本側とも本によって事実がぜんぜん異なる。
「歴史認識」というドグマが先行していて、それに都合のよい事実(と称するもの)しか採用されていない感じがあります。
歴史学の本には、人名索引、地名索引、事項索引が完備していないものが多く、書いた本人が平気で前後矛盾したことを書いている。
こういう本を読んでいると、気分が「うつ」になってきます。
だいたい、因果関係を証明するのが歴史の仕事で、そのためには時系列での事実関係を記載した「年表」を、まずつくらなければいけない。なぜなら、「原因は結果に先行する」という法則があるからです。この基礎的作業をしないで本を書いているから、「原因と結果の取り違え」、「併発現象と原因の取り違え」など大きなミスがいたるところにある。
要素としての事実の確定というのは、自然科学における「再現性の確定」と同じことで、複数の資料または独立した研究により確かめられなければいけない。
しかし、いまの歴史学はこれがきわめて貧困です。
もうひとつは「定性的議論は不確かだ」という認識がない。疑いのない事実から出発しても、三段論法で推論を重ねて行くと、とんでもない結論にたどりつくことがある。それを検証するには、現象の数値化が必要で、各種の統計が不可欠だが、これがない。
「日帝による韓国併合の非」は書いてあるが、では李朝末期における「識字率」はどうだったのか?併合後、学校制度が整えられて識字率はどう変わったのか、知りたいと思っても、こういう数値がかかげてない。
こういうのは「歴史」ではなくプロパガンダにすぎない、と思う。
ミミズの本は、調べましたが、結局日本には「生物学」に関するきちんとした本がなく、R.バックスバウムの「無脊椎動物」も邦訳されておらず、この英語版第3版ほか、Biology of Earthwormsに関する洋書を何冊か買うことにしました。ダーウィンの「ミミズと土」は、純粋な生物学的好奇心に基づいて書かれていますが(それにしても30余年をかけた研究だから、すごいです)、日本では応用的な研究しかない。この点、学問の底の浅さを痛感します。
先週から、日朝関係、TPP問題などについて、参考書を読み、少し考えはじめたもので…
とくに朝鮮近代史はこみ入っています。事実関係の基本的洗い直しができていないから、韓国側、日本側とも本によって事実がぜんぜん異なる。
「歴史認識」というドグマが先行していて、それに都合のよい事実(と称するもの)しか採用されていない感じがあります。
歴史学の本には、人名索引、地名索引、事項索引が完備していないものが多く、書いた本人が平気で前後矛盾したことを書いている。
こういう本を読んでいると、気分が「うつ」になってきます。
だいたい、因果関係を証明するのが歴史の仕事で、そのためには時系列での事実関係を記載した「年表」を、まずつくらなければいけない。なぜなら、「原因は結果に先行する」という法則があるからです。この基礎的作業をしないで本を書いているから、「原因と結果の取り違え」、「併発現象と原因の取り違え」など大きなミスがいたるところにある。
要素としての事実の確定というのは、自然科学における「再現性の確定」と同じことで、複数の資料または独立した研究により確かめられなければいけない。
しかし、いまの歴史学はこれがきわめて貧困です。
もうひとつは「定性的議論は不確かだ」という認識がない。疑いのない事実から出発しても、三段論法で推論を重ねて行くと、とんでもない結論にたどりつくことがある。それを検証するには、現象の数値化が必要で、各種の統計が不可欠だが、これがない。
「日帝による韓国併合の非」は書いてあるが、では李朝末期における「識字率」はどうだったのか?併合後、学校制度が整えられて識字率はどう変わったのか、知りたいと思っても、こういう数値がかかげてない。
こういうのは「歴史」ではなくプロパガンダにすぎない、と思う。
ミミズの本は、調べましたが、結局日本には「生物学」に関するきちんとした本がなく、R.バックスバウムの「無脊椎動物」も邦訳されておらず、この英語版第3版ほか、Biology of Earthwormsに関する洋書を何冊か買うことにしました。ダーウィンの「ミミズと土」は、純粋な生物学的好奇心に基づいて書かれていますが(それにしても30余年をかけた研究だから、すごいです)、日本では応用的な研究しかない。この点、学問の底の浅さを痛感します。
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