ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【アゲハの蛹化】難波先生より

2013-05-27 12:28:47 | 難波紘二先生
【アゲハの蛹化】昨年の晩秋にオオカマキリの卵囊を20個も数えたのに、継続観察したら鳥か動物に食われて、結局1個も残らなかった。ちぎれた1個をUSB顕微鏡のそばに置いて孵化を待ったが、これも孵化しなかった。1個から50匹孵ったとして、1000匹の幼虫が書庫の前の庭に溢れると思っていたけれども、結局一匹も見かけなかった。自然の競争は厳しい。
 

 裏庭の東に柿の木やジューンベリーと並んで柚の木がある。ミカン科を食草とするナミアゲハの終齢幼虫(5回脱皮する)が、2匹、3メートル以上離れた書庫入り口のコンクリート階段の側壁に、じっと止まっているのを見つけた。(写真1)



 発見したのは5/21(火曜日)の14:00頃。緑色の虫体に白い足がある。ここは腹部で、それとは別に将来胸部になる部分にすでに6本の脚が見られる。2本の絹糸で身体を壁に固定している。瞼を閉じたように見えるところが面白い。

 それと眼と眼の間に鉢巻状に黒い「唐草模様」がある。これは「報道ステーション」の冒頭に出てくる「ひと筆書き」にも似ているし、「モナリザ」の着衣の胸元にある「ブドウのつる模様」にも似ている。ナミアゲハは世界中にいるから、ひょっとしてダビンチは、ここから彼の模様を着想したのではないか…と考えてみたりする。




 6時間後の午後8時に見ると、写真2のように蛹化(ようか=pupation)が終わっていたが、まだ緑色が蛹に残っている。頭部前端に一対の角があり、これは触角(アンテナ)の原基とわかるが、後側の一本の角が何になるのか、調べないとわからない。

翌朝見ると、2匹とも蛹化を終えていて、蛹は堅く、褐色調が強くなっていたが、かすかに緑色をしていた。




 一日おいて5/23(木曜日)の朝見ると、階段の段差の部分の壁で蛹化していた虫の姿が消え、壁に体液の跡が残っていた。たぶんよく来るヒヨドリにねらわれたのであろう。ここでも自然の生存競争は厳しい。

 もう一匹、より離れたコンクリートの側壁の端で蛹化した虫は無事で、完全に褐色になっていた。(写真3)カマキリの場合は時間が経つと卵囊が白色から褐色に徐々に変わるが、ナミアゲハの場合は緑色から褐色に変化するが、完了までには30時間くらいかかるようだ。




 昆虫にも体内時計があるから、暗くなると変態がストップするかと思ったが、いったんメインスイッチが入ると、後は連鎖反応的に進行するようだ。もっとも温度が10℃下がると、反応速度は1/2になるので、その分、夜間と夜明けの化学反応は遅れるだろうが。

 デジカメのおかげで、お金がかからずに、こうして虫の生態観察ができるのはとてもありがたい。

 

 『日本書紀』皇極3(644)年7月の項(岩波文庫第4分冊, p.222-23)に富士川近辺の東国の人が、「常世の神」として、「橘や山椒(古名=はじかみ)を食べる、緑色をしていて黒い斑点のある、かたちがカイコに似た虫」を飼うのが大流行したとある。アゲハは通例夏型と秋型の2回、場合によっては春型を加え3回発生するから、たぶんこの蝶の幼虫のことだと思われるが、変態や蛹化のことは残念ながら書いてない。

 その次ぎに蝶の幼虫が出てくるのが例の、『堤中納言物語』(講談社学術文庫) 中の「虫めづる姫」。「按察使(あぜち)の大納言の姫」が「ものごとは起源と行き着く先を探究してこそ、本当の理解ができる。この虫は末は蝶になるのです。」(p.64) と気味悪がる親に対して反論するところが面白い。虫を同定するに足るだけの記載がないが、これもアゲハがまず考えられよう。




 「皮虫」が蝶になると書いてあるから、「変態」による蛹化を知っていたと思われるが、具体的な記述はない。日本人は「自然に親しんで生きた来た」などといわれるが、この程度である。




 アリストテレス『動物誌』(岩波文庫2冊本)は、前4世紀の後半(秦帝国が成立する100年前)に書かれているが、ここにはすでに「蝶(Psyche)は青虫から生まれる。青虫は糸で身体を物体に取り付ける。変態して外皮が硬い蛹になるが、触ると蛹は動く。青虫の段階で葉っぱを食べ、糞をするが、蛹になると何も食べず糞もしない。間もなく、殻が破れて羽の生えた蝶が出てくる」(上巻, p.250)と、きわめて正確な記述がある。

 まさにダーウィンが、「老アリストテレス先生の前に出ると、ビュッフォンもキュビエも含め、われわれは小学生も同然だ」、と評したとおりである。

 「触ると蛹は動く」とあるので、眼鏡の柄先で蛹にふれてみた。すると尻の先が動いて、コンクリート壁に吸着し、完全に身体を固定した。まさにアリストテレスの記載どおりである。2500年前のひとがちゃんとこれを記載しているのだから、その旺盛な好奇心と観察力に、ダーウィンならずとも、まったく最敬礼である。




 もともと蝶や蛾の幼虫を英語でキャタピラー(Caterpillar)という。日本語の古語では「皮虫」、現代語で「毛虫」である。戦車やトラクターの「無限軌道」は駆動部が車輪でなく、毛虫のように這って進むところから来ている。
 「蛹(さなぎ)」にはラテン語で「生徒、人形」(パペット)を意味するPupaという言葉と、ギリシア語のChrysallisという学術用語がある。ギリシア語の方は、「金色の」を意味するChrysousに由来し、英和辞典では菊の英語「クリサンサマムChrysanthemum」の前に載っているはずだ。菊も「金色」の花を咲かせるから、そう名づけられた。




 で、「蛹」を意味するギリシア語クリサリスは「金色の蝶の鞘」という意味で、実際にアリストテレスはこの言葉で蝶の蛹を記載している。学名では、蝶や蛾のように完全変態する蛹をクリサリスと呼ぶ。これは彼の仕事に敬意を払っているのである。

 完全変態をし、蛹段階をへる昆虫に「アリジゴク」がいるが、これは幼虫期にはすり鉢状の穴の底にいて、這い回らないので、この蛹はPupaと呼ぶようだ。「蛹化」という現象を指す場合にもPupationという用語を用いる。

 つまり蝶と蛾に限って蛹をクリサリスと呼ぶようだ。




 変態する場合にも、私が撮影したアゲハのように、頭を上にして蛹を作る場合と、マダラチョウのように尾部でぶら下がったまま蛹化する場合があるようだ。




 シカゴ大学の教養生物教科書R. Buchsbaum「Animals without Backbones 3rd ed.」(Chicago UP, 1987)を見ると、昆虫の脱皮(Molting)と変態(Metamorphosis)は脱皮・変態をうながす「脱皮ホルモン」とそれを抑制する「幼若ホルモン」のバランスで保たれているという。



 植物のもつアルカロイドは、もともと毒物で昆虫を防ぐための化学物質である。それを人間はうまく利用して、茶(カフェイン)、コーヒー(カフェイン)、胡椒(ピペリン)、唐辛子(カプサイシン)、タバコ(ニコチン)、コカの木(コカイン)、麦角(エルゴタミン)、ナス科植物(アトロピン)、キニーネ(キナの木)、けし(モルヒネ)、アスピリン(ヤナギ)、ジギタリス(強心剤:キツネノテブクロのアルカロイド)、ピレトリン(除虫菊=蚊取り線香)などと、生活に医薬用に、うまく使いこなしてきた。




 何と、植物の中には、脱皮ホルモンを分泌して、5回繰り返される脱皮の初期に、害虫を羽化させてしまうものがあるそうだ。

すると、正常とは異なり小さな、生殖力のない成虫ができる。脱皮する昆虫は幼生期と成虫では食べ物が異なるから、羽化させてしまえば、もう虫に食われることがなくなる。

 逆に、脱皮ホルモンの分泌腺を手術で除去すると巨大幼虫ができ、やがてホルモンがなくても蛹になり、巨大成虫が誕生するという。いや、自然って面白いですね。




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