ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【出版界】難波先生より

2013-12-06 12:51:37 | 難波紘二先生
【出版界】12/2付各紙は、2013年「ベストセラー10作」を報道している。情報会社「オリコン」が公表したものだそうだ。100万部を超える作品はなく1位、村上春樹「田崎つくると…」98.5万部、2位近藤誠「医者に殺されない心得」84.7万部、3位阿川佐和子「聞く力」81.4万部だそうだ。
 1位、3位は読んでいないし、読む気もないが、近藤本が2位になったのは嬉しい。
 「買いたい新書」で取り上げた甲斐があった。
 http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1373263503


 医師専用ブログ「m3」では「近藤誠現象」への驚きが広がっている。
 兵庫県の開業医、長尾クリニック(兵庫県尼崎市)の長尾和宏医師が『「医療否定本」に殺されないための48の真実』(扶桑社)を今年7月に上梓した、そうだ。
 m3のインタビューで「がんセンターの医師が、近藤本にまともに批判してくれない」とぼやいているが、この人は一体何を勉強してきたのだろうか、と思う。


 近藤誠が「患者よ、がんと闘うな」(文藝春秋, 1996)を出した時はぼろくそに叩かれた。
 国立がんセンターの総長まで近藤批判をした。
 批判した側とそれへの反論は、近藤誠「<がんと闘うな>論争集」(日本アクセル・シュプリンガー, 1997)にまとめてある。
 近藤氏が、「乳がんの乳房全摘手術」を批判したために、慶応病院での昇進がストップし、「万年講師」になったいきさつは、「大学病院が患者を死なせる時」(講談社+α文庫、2003)に書いてある。


 もともと体育会系の医学生で、東大物療内科の「万年講師」高橋晄正とは思想も考え方も違うが、患者サイドから医療を見る点で共通点があり、結果として同じ立場にたどり着いただけだ。
 「早期発見がん」は「がんもどき」で、本当のがんは発見されるサイズになった時にはもう転移しているという「近藤理論」の方が、「がんは切れば治る」という90年代の日本のがん理論よりもはるかに、最新の「がん幹細胞説」やがんの悪性化を説明する「上皮間葉移行説」に合致していることが明らかになり、国立がんセンターも批判できなくなったのである。
 この長尾和宏医師は調子に乗っていると、患者から診療過誤訴訟を起こされるだろう。


 近藤氏の本は「医療否定本」ではない。「過剰で不適当な医療」を否定したものにすぎない。
 定価は1155円だが、来年3月、講師のまま慶応病院を辞めて、執筆に専念するとしても当座の生活資金にはなるだろう。


 「新書戦争」が始まって10年、ずいぶん新書の質が落ちた。
 これも集英社新書(2013/11刊)だが、坪田一男という慶応大医学部眼科の教授が書いた「ブルーライト:体内時計への脅威」という本もひどい。日本抗加齢医学会の理事長だそうだが、前半がLEDが出す紫外線の有害性の話、後半が人工的紫外線が体内時計のリズムを狂わせる、よってVDTや照明の光源には注意する必要があるという話だが、参考書も索引もない。
 この人は、はじめて書く一般向けの本のようだが、最初からこれではね…。
 恐らく集英社の編集部に問題があるのだろう。


 この前、大学生協で買った本のなかに新書が20冊ほどあるが、索引、参考文献の明示があるものは、以下の3冊しかなかった。
 1)小山慶太「科学史人物事典」、中公新書
 2)山田克哉「真空のからくり」、講談社ブルーバックス
 3)大場秀章「はじめての植物学」、ちくまプリマー新書
 
 作る方が「本は通読するもの」と小説並みに考えているから、本が売れないのである。読者は必要なところをさっと見つけて、用が足りたら、別の本に移れるため、言い替えると「知的生産」の素材として必要になるから、買うのである。


 章タイトルだけあって、小見出しがないか、小見出しにページ番号がついてない本は、必要なページを探すのにテマヒマがかかる。索引が完備していれば、それでも許せるが、どっちもない新書がいまだに多すぎる。DVD映画にだってチャプター見出しがあるのに…。
 よくこれで読者に見放されないものだ。


 先ごろ一流ホテルやレストランの「食材偽装」が問題となった。広島でもリーガロイヤルHなどの偽装が発覚した。
 が、似たようなことは出版社もやっている。本に索引や資料・参考文献が付いていないのも「手抜き工事」である。翻訳書は「原本の通りに翻訳されている」と読者は思っている。
 しかし、実際には訳者の理解力が足りず、わからないところがカットされていたり、原本にある詳しい引用文献や索引がなかったりする。それでいて値段は洋書の倍から3倍する。


 例えば、Douglas Star: ”BLOOD: An Epic History of Medicine and Commerce」Perenial, 1998は15.95ドルで売られているが、
 ダグラス・スター:「血液の歴史」, 河出書房新社, 1999, 4,200円
と、訳書の値段は原書の3倍近くになっている。
 そして原本に355個ある、引用文献と詳細な原注がカットされ、22頁にわたる詳細な索引も省かれている。
 これは論理的にも倫理的にも、「食材偽装」とどこが違うのだろうか? 中国のことわざでは「羊頭狗肉」という。羊の肉ですといって犬の肉を売るのは問題だが、「訳書です」といってまがい本を売るのは問題にならないとでも思っているのだろうか?


 幸い原本と訳書の両方を揃えていた(というよりも訳書が役立たず書だったので、原本を買った)ので、永田宏「血液型でわかるなりやすい病気、なりにくい病気」のいいかげんさがすぐにわかった。彼は血液学の素人で、「血液の歴史」の訳本をなぞって書いた。
 が、邦訳には引用文献がない(正確には原著の文献リストを出現順にならべた、番号のない、従って本文と対応できないリストがあるが、これは役に立たない)ので、彼は歴史的に重要な論文もその著者名も書くことができず、へんてこりんな記述になったのである。
 厚い本なので、いちいちページを繰って、人名や事項を確かめながら執筆するというテマヒマを省いて、やっつけ仕事をしたのであろう。


 訳者の山下篤子は、「男の凶暴性はどこからきたか」(三田出版会, 1998)、「人間の本性を考える」(NHKブックス)、「脳の中の幽霊」(角川書店, 1999)、「知の挑戦」(角川, 2002)、「数学する遺伝子」(早川書房, 2007)などの訳書があり、実力は十分ある人だが、出版社の圧力に負けたのだろう。
 
 11/5「毎日」が2013年の「毎日出版文化賞」受賞者の声を伝えている。この選考委員長は確か前は、先日亡くなった辻井喬だったと思うが、3名に減ったようだ。

 天童荒太「歓喜の仔(上・下)」(幻冬社)が、「文学・芸術部門」で受賞している。
 彼の「悼む人」は小島先生から紹介されて、いずれ「買いたい新書」でも取りあげる予定だ。
 稲垣良典が「トマス・アキナス神学大全」(創文社)全45巻の完訳により「企画部門」で受賞している。アキナスは「大全」を未完のままで1274年、49歳で死去している。ローマ法皇の命で、ナポリからフランスのリヨンに体調が悪いのに無理に旅した結果だった。
 稲垣には「トマス・アクィナス」(講談社学術文庫)という優れた評伝があるが、アウグスティヌスと共にカトリック神学の基礎をなすアキナスの「神学大全」が、まだ翻訳されていなかったとは知らなかった。


 アウグスティヌスにはプラトン哲学の匂いがプンプンするが、アクィナスはスペインのコルドバ経由でアラビア語からラテン語訳されたアリストテレス文献に大いに依拠している。この頃、アリストテレスが大いに研究されたことが、オッカムのウィリアムなどに影響を与え「アリストテレス革命」が起こり、これがルネサンスの底流となった。


 英語では、R.E. Rubenstein「アリストテレスの子供たち:キリスト教、イスラム、ユダヤ教は どのようにして古代の叡知を発見し、暗黒時代に光を与えたか(Aristotle's Children)」Harcourt, 2003 という非常に優れた一般向けの本が出ているが、いつまで経っても邦訳されない。
 これは日本の哲学者の怠慢だと思う。


 「岩波科学ライブラリー」の吉田宇一編集長が「自然科学部門」で受賞している。
 近藤武史・榎木英介「私の病気は何ですか、病理診断科への招待」2010/12は、海堂尊がふりまいた「病理診断=Ai」という誤解をとくのに大いに役だった思う。
 神谷律「太古からの9+2:線毛のふしぎ」2012/8は、線毛に関する長い間の疑問を上手く解き明かしてくれた。


 野球は、3割打者なら名選手だ。出版だけに10割を望んでもそれは無理だろう。
 ミーハー向けの7冊の本で儲けて、3割は良心的で学術的にも間違いのない、やがては「講談社学術文庫」に入るような本を出してもらいたいものだ。
 「毎日」がこの賞を通じて、出版文化の向上に努力している点は大いに称賛したい。
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