【書き込みを読んで2/12】
「いわしの寄生虫」についてのUnknownさんとMr.Sのコメント:
<Unknown (Mr.S):2015-02-11 17:35=
おいおい・・・・驚いたなぁ!
こんなのかなり昔からイワシの缶詰食べている時に必ず出てきたよ。
これをイワシの腸だとずっと思い込んでいたじゃないか。>
<Unknown (Unknown):2015-02-12 03:22
腸かもね。難波先生は病理学はお詳しいけど、生物学はからっきしダメだから。>
思わず笑った(失礼)。この細長いものはイワシ筋肉の中にあり、体節構造が認められるから腸ではない。腸は腹腔の中にある。前の画像は、武田氏ブログではパソコン画像の色調が崩れ、画像が荒れたのでjpeg圧縮度を下げた原画に近いものを再掲します。(写真1)
(写真1)
これが全景で、節状構造があり、内腔と腸管膜がはっきりしないから腸ではない、と思う。それに右端は、鈍に終わっているから、「尾部」と思われる。(写真2)
(写真2)
左端はUSB顕微鏡で見ると、切断されているようにも見えるし、口吻のようにも見える。赤い血管のようなものも見える。(写真3)
(写真3)
さて、いわしの缶詰内に見つかったこの索状物は
1)イワシの腸管:2)イワシの脊髄:3)イワシ筋肉内の線状の寄生虫: 4)その他:
という4つの可能性が考えられる。
これから消去法で結論(診断)に達する過程を病理学では「鑑別診断」という。ここですべての可能性を列挙して思いつかないと誤診に通じる。これは「医学探偵」の推理方法と同じものだ。どこまで「列挙能力があるか」が名医と凡医の分かれ目である。
まず、
1)の「イワシ腸管」説だが、イワシの腸管は真体腔内にあり腸管膜に付着している。それに「体節様構造」はなく、蠕動運動をするため構造的に蛇行している。また左端が切断部だとすれば腸管内腔が認められないとおかしい。これらの所見は認められず、よって腸管説は否定される。
2)の「脊髄説」は、体節様構造の存在と写真3右端の「胴体部」から上下に延びる突起様構造物を脊髄神経の断端と解釈すれば、見つかった場所が背部の筋肉内であり、可能性としては考慮に値する。
イワシは高温で加熱してあるから、脊椎骨の脱灰が起こっており、食べる時に背骨の存在に気づかなかった可能性はある。その場合、写真1に認められる黒い色調を帯びた「節」の部分は脊椎から神経が出る部位に相当するであろう。しかし、硬骨魚の椎骨椎体は短いので、これだけ間が空くとは思えないし、そもそも脊髄なら原始髄膜に被われているはずだ。ただ、黒色の点状のものがメラニン細胞であれば、神経組織の可能性は否定できない。
3)「寄生虫説」だが、上記2つの可能性が否定されれば、最有力な仮説として残る。
イワシ、サバ類の筋肉内寄生虫としてもっとも有力なものは、アニサキス類であり、これはギョウ虫、回虫、フィラリアとならんで「線虫類」に属し、体節構造が明瞭でない。
私は写真1から「環形動物ではないか?」とまず考えた。水に浸しておいたら頭部と思われる部分に赤い血管様構造も認められた。これはヘモグロビンがメトヘモグロビンから酸化ヘモグロビンに変わったためと考えれば説明がつく。
そこで「環形動物貧毛類」つまりミミズの親類ではないかと考えた。念のために海棲が多い多毛類のゴカイ類も含めて「内田・新日本動物図鑑」の該当ページを全部読んだが、貧毛類には寄生生活を営む動物が記載されておらず、多毛類には数種いたが、撮影した写真に該当するものはいなかった。
他方、「袋形動物」の「線虫類」にはたいへん多くの魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類の寄生虫がいる。上記のアニサキス、ギョウ虫、回虫、フィラリアもそうだ。このうち海産魚類に寄生するものとして、アニサキス、パラアニサキス、メタアニサキス、ククラヌス、ククラネルス、フィロメトラ、ラブドコーナが載っている。その他類縁の「鈎頭虫類」にも魚類寄生性のものがいるが、形が糸状虫と大きく異なる。
というわけで、「環形動物」説は文献学上に類似物が見あたらず、行き詰まってしまった。
そこで、2/11Unknown氏の「Pseudoterranova decipiens」説をあらためて、検討した。英語WIKIやボストン大のフリーダウンロード論文(医学部公衆衛生学教室)、「国際海洋探査会議(ICES)」の広報論文を読むと、昔の分類が変わっていて「線虫目、回虫上科、アニサキス亜科」に属すものの属名に、Pseudoterranovaという属名があり、Terranova, Porrocaecum, Phocanemaという別称があるそうだ。
Pseudo-は「偽の」という意味、Terraは「土地」という意味、Novaは「新しい」のラテン語だが、「偽新大陸」では意味不明だ。Decipioは「欺く」という動詞で、decipiensは「詐りの」という形容詞である。つまり、学名のなかに同義反復がある。
Porro-は「遠くに、離れた」という副詞。Caecumは「盲腸」のことだから、線虫性寄生虫が多く寄生する盲腸から離れた「筋肉などに棲む」という意味だろう。
Phocaはラテン語で「アザラシ」のこと。サリドマイド副作用による「アザラシ症」は、医学病理では「フォコメリア(Phoco-meria)」という。Nemaはギリシア語の「糸」だから、Phoca-nemaはラテン語とギリシア語がちゃんぽんになっていて、「アザラシ糸状虫」という意味であろう。
で、ボストン大の「招かれざるディナーの客」というタイルのC.J.GillとD.H.Hamer氏による面白い科学随筆を読むと、オランダからの報告として、ニシンとタラの88%が「アニサキス科」の寄生虫を持っているという。(写真4)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/cd/be9021ba9b4759b67e039e93baafa8c2.jpg)
これ(写真4)は、あるご婦人が吐き出した「アニサキス科」幼虫だそうだが、このアニサキスは標本ビンのなかで一週間も生きていて、ホルマリン水を加えたらやっと死んだそうだ。ICES(国際海洋探索会議)広報文書によると、少なくとも70種の海産魚類で寄生が確認されているそうだ。
最終宿主であるクジラやアザラシやオットセイが食う魚なら、ほぼ寄生しているとみて大きな間違いはないだろう。アニサキス科の線虫はメスが海中に卵を産み、第1期幼生の段階でプランクトンに食われ、食物連鎖によって次第に大きな甲殻類などに食われ、やがて硬骨魚に食われ、それもまたより大きな魚に食われて、上の写真4のような第4期幼生に発育するのだそうだ。
途中でうっかり人間が生で食ったり、不十分な加熱で食ったりすると、時に胃に食らいつくことがある。中には消化管外に侵入して悪さをするものもある。私のように缶詰で食っている分には差し障りがない。
このように文献を調べると、「イワシ缶詰の筋肉から出てきた」寄生虫は、「アニサキス目」に属する可能性が出てきた。しかし線虫なのに「体節様構造」があるのが、納得がいかない。
実際にはアニサキス属の種の同定は結構、難しいらしい。ボストン医療センター検査部の診断は「疑診:Pseudoterranova decipiens 感染」で、確定診断にまでいたっていない。
もし線虫なら回虫目と、いとこ関係にある。
この辺のあたりを、生物学に詳しいUnknownさんに教えてもらうとありがたいのだが…。
私の方は、「観察に再現性がある」ことを確かめるために、せっせとイワシやサバの味噌煮の缶詰を食って、寄生虫に再会したいと思う。
今ちょうど、医師専用サイトm3で「70歳の老婆のパンツにいた細長い虫」が話題になっている。若い医者らしくて初めての経験らしく、「これはなんでしょう?」という質問だ。これは回虫だが、これについては別の機会に面白い話があるから書こう。いま回虫を見たことがない若い医者が多くなっている。
右上の5本は脊椎骨で、イワシ2匹分である。椎体と椎間板がはっきりと認められる。
左上の4つの黒っぽい細長いものは、やはり腹側の筋肉内に認められたもので、「寄生虫疑い」である。画面下半分の4本の白っぽい細長い糸状物が、前回と同じ糸状虫様の物体である。
箸でつまみだし、小皿の水に入れたままで、まだ十分にクリーニングしていない。暇がないのでビニールで覆って、仕事場の冷蔵庫に保存してある。ピンセットでもっと不純物を除去した後、USB顕微鏡でじっくり観察する予定だ。とりあえず、予告編です。
「いわしの寄生虫」についてのUnknownさんとMr.Sのコメント:
<Unknown (Mr.S):2015-02-11 17:35=
おいおい・・・・驚いたなぁ!
こんなのかなり昔からイワシの缶詰食べている時に必ず出てきたよ。
これをイワシの腸だとずっと思い込んでいたじゃないか。>
<Unknown (Unknown):2015-02-12 03:22
腸かもね。難波先生は病理学はお詳しいけど、生物学はからっきしダメだから。>
思わず笑った(失礼)。この細長いものはイワシ筋肉の中にあり、体節構造が認められるから腸ではない。腸は腹腔の中にある。前の画像は、武田氏ブログではパソコン画像の色調が崩れ、画像が荒れたのでjpeg圧縮度を下げた原画に近いものを再掲します。(写真1)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/b1/b762bad6da4c10a9fd7c6bce75ddf2c4.jpg)
これが全景で、節状構造があり、内腔と腸管膜がはっきりしないから腸ではない、と思う。それに右端は、鈍に終わっているから、「尾部」と思われる。(写真2)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/2c/bbbde3fea1b60da8d8079237fffc4ef8.jpg)
左端はUSB顕微鏡で見ると、切断されているようにも見えるし、口吻のようにも見える。赤い血管のようなものも見える。(写真3)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/ff/083f58daa48512b9ed49540a66d6f1ae.jpg)
さて、いわしの缶詰内に見つかったこの索状物は
1)イワシの腸管:2)イワシの脊髄:3)イワシ筋肉内の線状の寄生虫: 4)その他:
という4つの可能性が考えられる。
これから消去法で結論(診断)に達する過程を病理学では「鑑別診断」という。ここですべての可能性を列挙して思いつかないと誤診に通じる。これは「医学探偵」の推理方法と同じものだ。どこまで「列挙能力があるか」が名医と凡医の分かれ目である。
まず、
1)の「イワシ腸管」説だが、イワシの腸管は真体腔内にあり腸管膜に付着している。それに「体節様構造」はなく、蠕動運動をするため構造的に蛇行している。また左端が切断部だとすれば腸管内腔が認められないとおかしい。これらの所見は認められず、よって腸管説は否定される。
2)の「脊髄説」は、体節様構造の存在と写真3右端の「胴体部」から上下に延びる突起様構造物を脊髄神経の断端と解釈すれば、見つかった場所が背部の筋肉内であり、可能性としては考慮に値する。
イワシは高温で加熱してあるから、脊椎骨の脱灰が起こっており、食べる時に背骨の存在に気づかなかった可能性はある。その場合、写真1に認められる黒い色調を帯びた「節」の部分は脊椎から神経が出る部位に相当するであろう。しかし、硬骨魚の椎骨椎体は短いので、これだけ間が空くとは思えないし、そもそも脊髄なら原始髄膜に被われているはずだ。ただ、黒色の点状のものがメラニン細胞であれば、神経組織の可能性は否定できない。
3)「寄生虫説」だが、上記2つの可能性が否定されれば、最有力な仮説として残る。
イワシ、サバ類の筋肉内寄生虫としてもっとも有力なものは、アニサキス類であり、これはギョウ虫、回虫、フィラリアとならんで「線虫類」に属し、体節構造が明瞭でない。
私は写真1から「環形動物ではないか?」とまず考えた。水に浸しておいたら頭部と思われる部分に赤い血管様構造も認められた。これはヘモグロビンがメトヘモグロビンから酸化ヘモグロビンに変わったためと考えれば説明がつく。
そこで「環形動物貧毛類」つまりミミズの親類ではないかと考えた。念のために海棲が多い多毛類のゴカイ類も含めて「内田・新日本動物図鑑」の該当ページを全部読んだが、貧毛類には寄生生活を営む動物が記載されておらず、多毛類には数種いたが、撮影した写真に該当するものはいなかった。
他方、「袋形動物」の「線虫類」にはたいへん多くの魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類の寄生虫がいる。上記のアニサキス、ギョウ虫、回虫、フィラリアもそうだ。このうち海産魚類に寄生するものとして、アニサキス、パラアニサキス、メタアニサキス、ククラヌス、ククラネルス、フィロメトラ、ラブドコーナが載っている。その他類縁の「鈎頭虫類」にも魚類寄生性のものがいるが、形が糸状虫と大きく異なる。
というわけで、「環形動物」説は文献学上に類似物が見あたらず、行き詰まってしまった。
そこで、2/11Unknown氏の「Pseudoterranova decipiens」説をあらためて、検討した。英語WIKIやボストン大のフリーダウンロード論文(医学部公衆衛生学教室)、「国際海洋探査会議(ICES)」の広報論文を読むと、昔の分類が変わっていて「線虫目、回虫上科、アニサキス亜科」に属すものの属名に、Pseudoterranovaという属名があり、Terranova, Porrocaecum, Phocanemaという別称があるそうだ。
Pseudo-は「偽の」という意味、Terraは「土地」という意味、Novaは「新しい」のラテン語だが、「偽新大陸」では意味不明だ。Decipioは「欺く」という動詞で、decipiensは「詐りの」という形容詞である。つまり、学名のなかに同義反復がある。
Porro-は「遠くに、離れた」という副詞。Caecumは「盲腸」のことだから、線虫性寄生虫が多く寄生する盲腸から離れた「筋肉などに棲む」という意味だろう。
Phocaはラテン語で「アザラシ」のこと。サリドマイド副作用による「アザラシ症」は、医学病理では「フォコメリア(Phoco-meria)」という。Nemaはギリシア語の「糸」だから、Phoca-nemaはラテン語とギリシア語がちゃんぽんになっていて、「アザラシ糸状虫」という意味であろう。
で、ボストン大の「招かれざるディナーの客」というタイルのC.J.GillとD.H.Hamer氏による面白い科学随筆を読むと、オランダからの報告として、ニシンとタラの88%が「アニサキス科」の寄生虫を持っているという。(写真4)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/cd/be9021ba9b4759b67e039e93baafa8c2.jpg)
これ(写真4)は、あるご婦人が吐き出した「アニサキス科」幼虫だそうだが、このアニサキスは標本ビンのなかで一週間も生きていて、ホルマリン水を加えたらやっと死んだそうだ。ICES(国際海洋探索会議)広報文書によると、少なくとも70種の海産魚類で寄生が確認されているそうだ。
最終宿主であるクジラやアザラシやオットセイが食う魚なら、ほぼ寄生しているとみて大きな間違いはないだろう。アニサキス科の線虫はメスが海中に卵を産み、第1期幼生の段階でプランクトンに食われ、食物連鎖によって次第に大きな甲殻類などに食われ、やがて硬骨魚に食われ、それもまたより大きな魚に食われて、上の写真4のような第4期幼生に発育するのだそうだ。
途中でうっかり人間が生で食ったり、不十分な加熱で食ったりすると、時に胃に食らいつくことがある。中には消化管外に侵入して悪さをするものもある。私のように缶詰で食っている分には差し障りがない。
このように文献を調べると、「イワシ缶詰の筋肉から出てきた」寄生虫は、「アニサキス目」に属する可能性が出てきた。しかし線虫なのに「体節様構造」があるのが、納得がいかない。
実際にはアニサキス属の種の同定は結構、難しいらしい。ボストン医療センター検査部の診断は「疑診:Pseudoterranova decipiens 感染」で、確定診断にまでいたっていない。
もし線虫なら回虫目と、いとこ関係にある。
この辺のあたりを、生物学に詳しいUnknownさんに教えてもらうとありがたいのだが…。
私の方は、「観察に再現性がある」ことを確かめるために、せっせとイワシやサバの味噌煮の缶詰を食って、寄生虫に再会したいと思う。
今ちょうど、医師専用サイトm3で「70歳の老婆のパンツにいた細長い虫」が話題になっている。若い医者らしくて初めての経験らしく、「これはなんでしょう?」という質問だ。これは回虫だが、これについては別の機会に面白い話があるから書こう。いま回虫を見たことがない若い医者が多くなっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/e3/55d7da6d3c8d09fc2c566dcc635bf2ba.jpg)
右上の5本は脊椎骨で、イワシ2匹分である。椎体と椎間板がはっきりと認められる。
左上の4つの黒っぽい細長いものは、やはり腹側の筋肉内に認められたもので、「寄生虫疑い」である。画面下半分の4本の白っぽい細長い糸状物が、前回と同じ糸状虫様の物体である。
箸でつまみだし、小皿の水に入れたままで、まだ十分にクリーニングしていない。暇がないのでビニールで覆って、仕事場の冷蔵庫に保存してある。ピンセットでもっと不純物を除去した後、USB顕微鏡でじっくり観察する予定だ。とりあえず、予告編です。
腸内の糞だと思ってたよ。
もし、観察されているものが体節ならば、環形動物と考えてよいでしょう。付属肢がないので、節足動物ではないと判断してよい。しかし、条虫類には偽体節というものがあり、これは体節ではないので注意が必要。
体腔(擬体腔)や消化管の詳細な観察に期待したい。