ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【チフスのメリー】難波先生より

2014-09-08 12:54:27 | 難波紘二先生
【チフスのメリー】
 9/3水曜日の夜、東広島市外へ夕食に出かける途中、家内がデング熱の流行について最新の情報を解説してくれた。それによると、流行のメカニズムに以下の2説があるという。
1 デング熱ウイルスを媒介する蚊が何らかの方法で、流行地から日本に入った。
2 代々木公園にデング熱の不顕性感染の患者がいて、その血を吸ったヒトスジシマカが他の人の血を吸うことで感染した。
聴いてどちらもありえないな、と思った。
 ①は流行地から複数のメスのヒトスジシマカ(ヤブ蚊属)が、荷物と一緒に渡来したことを意味している。その上陸地点は航空便なら成田か羽田であろう。船便なら横浜か。それがどうやって代々木公園まで移動し、そこで患者を刺したのか説明がつかない。なぜ成田空港や羽田や横浜港の近くに発生しないのか?
 ②ヒトスジシマカのうち血を吸うのはメスで、吸血は交尾後に産卵するために行われる。吸血が不十分で(途中で追い払われたりして)他の人間から吸血することはありえるが、感染者から吸血してその直後に他の人を吸血することで、その人にウイルスを移すことはありえない。
 なぜなら、ウイルスは蚊の唾液腺で増殖し、蚊が刺す時に血液の凝固を防ぐため、血管内に唾液を注入する時にウイルスの感染が起こるのである。ウイルスの増殖には時間がかかるため、今患者の血を吸ったばかりのヒトスジシマカが別の人の血を吸ったからといって、直ちに水平感染が起こることは考えられない。

 発症した患者の現住所を見ると、約50人のうち東京都在住が半数を占めるが、北海道から愛媛県まで広い範囲に分布しているが、圧倒的多数は関東圏であり、全員が代々木公園を訪れた経歴がある。
 このことから代々木公園が感染の場所であることが疑われるが、これは未確定である。なぜなら代々木公園のヒトスジシマカがデング熱ウイルスをもっていることが証明されても、公園の外の他の場所にいる蚊がウイルス陰性であることは未証明だからだ。患者は誘導質問により「代々木公園に行ったことがある」と答えただけで、蚊に刺されたかどうか、その正確な場所がどこだったかを覚えていないかもしれない。
 従って、代々木公園のみをターゲットとした、今の都の調査方法には問題がある。(事実9/2現在、5/34人は「代々木公園周辺に行った」と述べて、公園自体への立ち入りは否定している。)
 8月9日以降の代々木公園立ち入り者の中から集中的にデング熱の患者が発生していることから、この公園にいる蚊が媒介者であることはほぼ間違いないと思われる。その蚊が二次的に公園外に拡散することもありえる。
 問題は第一感染者つまり最初にウイルスに汚染された血を蚊に吸われ、感染拡大の出発点となった人物である。明らかになった患者の中には、海外渡航歴のある人がいないから、彼らが海外で感染して持ち込んだとは考えにくい。
 患者の発症時期から見ると、1-2日しか行っていないものが15名いる。
 訪問日  人数  発病日
 8/9-10:  2  (8/16,8/16)
 8/10:   3  (8/14, 8/17, 8/23)
 8/11:  1 (8/18)
 8/16:  1 (8/21)
8/16-17  1 (8/24)
 8/17:  1 (8/22)
 8/18:  1 (8/25)
8/19:  1 (8/25)
8/20:  1 (8/24)
 8/25-26: 3 (8/30, 8/31, 9/1)
これらを見ると、蚊に刺されてから最短で5日目、最長で14日目、平均的には7日目に症状が出ている。

 蚊が媒介する日本脳炎、黄熱、デング熱などフラヴィウイルスによる流行病の場合、出発点となった患者(ウイルス血症がある)から吸血した蚊が、他の人を刺すことにより新に感染源を増やす。この疫病の拡大は基本的には患者の増大によるものである。
 定住性の小さな集落ではこの方式により、集落内に疫病が広がる。蚊の行動範囲が限られているためである。
 吸血したメスの蚊は10日程度で産卵して死滅する。

 注目すべきことは報告された59人の患者は、いずれも代々木公園またはその付近に行ったことがあるが、海外渡航歴がないことである。この報告に間違いがなければ、彼らは国内でのデング熱感染者で、感染流行の発端となった最初の患者ではないだなろう。
 デング熱のウイルスは蚊の体内で増殖しないし、ヒトスジシマカは越冬しない。よってウイルスは不顕性感染している患者の体内で越冬し、次の年の夏にヒトスジシマカの吸血行為を介して、他の人に感染すると考えられる。そうするとこの夏の流行においても、「最初の患者」がいたはずだが、それは見つかっていない
 この点で注目すべきは、昨年の8月に日本を旅行したドイツ人女性がデング熱を発症していることだ。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000034381.html
 【本年1/10の厚労省発表】
 <日本(本州)旅行から帰国した生来健康な女性(51 歳)が、2013 年 9 月 9 日にドイツ(ベルリン)の病院を受診。9 月 3 日より、40 度の熱、嘔気、続いて、斑状丘疹状皮疹が出現。入院 9 日前に、2 週間の日本旅行(8 月 19~31 日)から帰国。旅程は以下のとおり。

8/19-21 長野県上田市
8/21-24 山梨県笛吹市
8/24-25 広島県
8/25-28 京都府
8/28-31 東京都

 患者は、笛吹市において、複数個所、蚊に刺されたと申告している。フランクフルト-東京間の往復は直行便を利用。鑑別診断の結果、臨床像より、デング熱を疑った。発症後 7 日目に採取された、第 1 回目の血清サンプルにおいて、デングウイルス IgM及び IgG 抗体(間接蛍光抗体法、迅速試験)及びデングウイルス NS1 抗原(ELISA 法、迅速試験)ともに陽性であったことから、患者はデングウイルス急性感染であることが示された。デングウイルス RNA(リアルタイム RT-PCR 法)及びフラビウイルス共通遺伝子(RT-PCR 法)は陰性であった。入院 1 週間後、患者は回復して退院した。日本からのデング熱の輸入症例は極めて珍しい1ことから、2013 年 12 月(発症後 110 日目)に第 2 回目の血清サンプルを採取し、デングウイルス IgG 抗体(間接蛍光抗体法)が有意に減少、デングウイルス NS1 抗原(ELISA 法、迅速試験)及び IgM 抗体(間接蛍光抗体法、迅速試験)が陰性との結果が得られた。
 これは、日本からドイツに輸入され、実験室診断されたデングウイルス感染症の第一例目である。患者の行動履歴によれば、患者の行動やデングウイルスの潜伏期間を考慮すると、当該患者は日本でデング熱に感染した可能性が高い。>
 この時は代々木公園が注目されていないが、最後の立ち寄り地が東京であることから、感染場所が東京である可能性もある。患者の申告では笛吹市で蚊に刺されたとなっているが、この夏見つかった山梨県の患者二人は笛吹市と関係がなく、いずれも代々木公園で蚊に刺されたと申告している。

 病理学という学問では、「オッカムの剃刀」を大切にする。ある事象を説明するのに、できるだけ簡単な仮説から出発する。
 もっとも単純な仮定は、昨年夏にドイツ人にデング熱を移した人物と今年の夏の代々木公園での感染流行の出発点となった人物は同じであるというものだ。この「健康保因者」による越冬と繰り返し感染は受け入れがたいかもしれないが、医学史上は「チフスのメリー」という有名な例がある(H.F.ダウリング『人類は伝染病をいかにして征服したか』, 講談社学術文庫)。
 腸チフスから回復した患者の約5%は健康保菌者となる。菌の残存と増殖は主に胆嚢で行われ、保菌者は胆汁と共に腸内に菌を排出する。20世紀の初め、アイルランド系のアメリカ移民メリー・マロンはニューヨークで料理人として働いていたが、彼女の勤める先々で腸チフスが発生するので「チフスのメリー」というあだ名を付けられた。1906年にニューヨーク市保健局が入院させて調べたところ、健康保菌者で過去6年間に7つの流行を生じさせたことがわかった。メリーには保菌者であるという自覚がなく、逃亡しては禁止されていた調理人の職についていた。1914年に逮捕されてからは、死ぬまで23年間病院に隔離された。メリーは62人の患者発生と3人の死者の原因であるとされている。
 健康保菌者の場合、胆嚢摘出を行い、チフス菌の増殖の座を除去すると保菌者でなくなることが知られていたが、彼女はこの手術を拒否した。
 この歴史的な事例からも明らかなように、日本におけるデング熱流行においても、「健康保因者」の関与は調査する必要があろう。

 デングウイルスには4種(DEN-1~-4)があり、それは血清学的に区別できる。今回の流行に関与しているのがどの型か報道されていないが、国立感染症研究所HPによると、DEN-1型である。さらに代々木公園の蚊と新宿中央公園の蚊から見つかったウイルスのゲノムは同一だという報道がある。2キロ以上離れている両公園の間を蚊が移動するとは考えにくいから、同一の保因者が移動したと考えるほかないだろう。
 上記2公園以外の場所で蚊に刺されたと見られる、新たな2症例を9/6厚労省が発表したが、ウイルスそのものは従来の例と同一とされており、蚊の拡大もしくは感染者の移動に伴うものであろう。
 代々木公園にも新宿中央公園にも沢山のホームレスがいる。彼らの中にデングウイルスの健康保因者がいると仮定すれば、この夏に代々木公園を訪れた海外渡航歴のない人たちから多くのデング熱患者発生した理由は説明可能となる。あるいはこの健康保因者は昨年のドイツ人感染を説明できるかもしれない。
 最後に残る問題は、ではどうして最初の健康保因者が日本に出現したのか、という問題である。
 東南アジアの流行地からウイルスを持ったヒトスジシマカが流行を引き起こすほど多数侵入したとは考えにくい。もしそうなら東京都内の他地域の公園や東南アジア直行便がある、大阪、博多その他の地域にも患者が発生するはずである。
 蚊については今後、昆虫学的な検索が進められ、国内種か外来種かが明らかにされるだろう。

 東京では「デング・パニック」が発生していて、虫除けスプレーや蚊取り線香が売り切れになったようだ。デング熱ウイルスに感染した場合の発症率は20%とされているから、70人の患者が確認されたとすれば、少なくとも350人の感染者があるということを意味している。
 幸いなことにデング熱を発症しても、その多くは「発熱、頭痛、関節痛、筋肉痛に発疹」を生じるだけで生命には別状がない。ごくまれに重症化(悪性デング)が起こるが、それは免疫学的に異なるウイルスに3ヶ月以上の間をおいて感染した場合で、免疫学的な異常反応が背景にあり、今回の流行には当てはまらない。よってパニックに陥る必要性はぜんぜんない。

 今のところ、侵入したのは蚊ではなく、ウイルスの健康保因者であると仮定するのが合理的である。この保因者はウイルス血症を持っているが、感染の症状がなく、見かけ上は健康人と区別がつかない。従って入管における検疫でも見つからない。
 このような条件に当てはまるのは、次のいずれかであろう。
 第一は、日本人が東南アジアのなどの流行地を旅行で訪れ、感染したが発症せず、そのまま健康保因者となり、新宿近辺で放浪生活を送っている場合。
 第二は、感染地から現地人の健康保因者が職などを求めて来日し、そのまま新宿界隈で浮浪生活を送っている場合である。新宿近辺は多くの外国人が居住している場所であり、彼らの中に健康保因者がいて、野外生活を送っていたとしても不思議はない。あるいはこれが第一保因者であって、そこから日本人の野外居住者に広まった可能性も考えられよう。
 いずれにせよ、ホームレスの場合は健康保険証も持たずお金もないから、発病しても軽症の場合は医療機関に受診するとは思えず、有病者と診断される機会は少ないであろう。
 これらは蚊の種類と蚊から見つかったウイルスの遺伝子変異を丹念に調べればわかることである。
 もし健康保因者が存在し、それが感染源であるとすれば、これが今回の流行における「チフスのメリー」に相当するわけで、それを突き止め隔離・入院させれば、流行は終熄するだろう。東京都の公衆衛生行政のあり方を注目したい。
 その後、ハフィントンポストが中央公園とホームレスの問題を論じていた。
 http://www.huffingtonpost.jp/hiroaki-mizushima/dengue-fever_b_5776010.html
 但し一次保因者としての外国人ホームレスは論じられていない。保因者が外国人である可能性を指摘するのはタブーなのであろうか…。
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6 コメント

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Unknown (Unknown)
2014-09-08 18:53:28
今までは、デング熱の患者さんを見たことの有る医師が殆どいないので、たとえデング熱であっても風邪によるものと処置されてきたのでしょう。
しかし今回最初にデング熱と言われた方は、どういう医療機関にかかられたのでしょうか。
ホームレスの方への襲撃をよく耳にします。今回の事が、新たな攻撃材料とならないよう、関心を持って見守りたいものです。
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Unknown (Unknown)
2014-09-09 00:41:15
Wikipediaの「デング熱」の項目を見ると、
「デング熱に感染した人からメスが吸血すると、蚊の腸の内壁細胞にウイルスが感染する。およそ8日から10日後、ウイルスは他の組織にも広がり、これが唾液腺にまで及ぶと、ウイルスが唾液中に放出されるようになる。蚊はウイルスから有害な影響を受けないようであり、生涯感染したままである。」
とありました。蚊の体内で増殖可能なようです。

ヒトスジシマカは成虫の形で30日程度生存するようです。従って、旅行者や帰国者等の保因者から不十分に吸血すれば、10日程度後に水平感染する可能性も考えられます。ヒトスジシマカは卵の形で越冬するようですが、この卵を介してデングウイルスが感染した報告は未だにないそうですので、感染したヒトを介しているのだろうという先生の推測は妥当だと思います。

ご承知のように、チフスはチフス菌によって引き起こされますが、デング熱はウイルスが原因です。関与する免疫機構も違って、デング熱ではTh1依存性細胞性免疫が主たる役割を演じると思うので、「健康保因者」という概念には賛成しかねます。

デング熱ウイルスはヒト以外のサルにも感染できるそうですが、こうした動物が東京のど真ん中で「増幅動物」として存在しているとは考えにくいですね。
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文章について (Unknown)
2014-09-13 03:05:49
難波先生は時々、話題に上っているトピックと関連づけて、一般の方々が全く知らないような知識を披瀝して下さる。しかし、時としてその知識を元にした議論に論理性を欠く事が見られるように思う。
今回も、チフスのメリーについてご存知だった方は非常に少ないのではないかと思う。しかし、そこからデング熱の感染経路についての演繹は、何の根拠もないといってよい。
以前、STAP問題に関連して、お酢に棲息するセンチュウの話題を出されたときも、正直言って驚いた。pHが低い環境に棲む生き物が存在する事実と、哺乳類の細胞を低pHで初期化できるかという議論に影響を与えないのは明白なことだ。
同じ知識の開陳でも、「ちなみにこんな変な生き物もいるんだけどね」といった形なら、随分と受ける印象が違った事だろう。

このブログでは、アノニマスさんのコメントがずば抜けて論理性があり、品がよく感じる。

20年ほど前の朝日の「天声人語」は、ほどよい知識の披露と、時事問題に関する的を射た寸評が素晴らしかった。執筆担当記者が変わってから全くダメになったが。最近、毎日の「余録」の質が非常によくなっていることに気付いた。分かりやすく正確で、かつ上質の文章を書けることは素晴らしい才能だと思う。

私も日々精進したいものだ。
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Unknown (Unknown)
2014-09-13 09:00:03
アノニマスファンの方には申し訳ないですが、アノニマスさんの文章は長すぎます。事実誤認も多く、より学ばれることをお勧めします。
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Unknown (Unknown)
2014-09-13 09:29:28
簡潔な文章で自分の言いたい事を書くということは、とても難しい事ですね。あれも言いたいこれも言いたいと、ついつい長くなってしまったり、回りくどい説明になったりしてしまいがちです。
自分の為でなく、読み手にとっての文章を心掛けたいです。
返信する
Unknown (Unknown)
2014-09-13 10:39:19
小保方さんも諦めが悪いけど、STAP論文著者の関係者も諦め悪くいつまでも擁護書き込んでるね。
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