【基本味】「アモバン」という睡眠薬がある。一般名は「ゾピクロン(zopiclone)」で、7.5~10mgが即効性の睡眠薬として、外来、病棟で投与される。
即効性(30分以内に効くこと)である点では、ハルラック(ハルシオン:酒石酸トリアゾラム)、マイスリー(酒石酸ゾルピデム)と変わらないが、副作用に「あと口が悪い」というのがある。融道男『向精神薬マニュアル 第2版』(医学書院)には「口中の苦味」とあるが、実際に飲んでみて書いたのではなかろう。
これは口中で薬剤が溶けて感じる味ではなく、飲んで胃から吸収され、血中に移行し、その一部(恐らくはその中間代謝物)が、唾液腺から口腔内に唾液に混じって分泌されて感じる味である。飲んでから味が感じられるまでに時差があるので、「後(あと)口」というのである。で、その味だが私の経験では甘く感じる。
日本語WIKIでは、「ジアゼピン系」睡眠剤に列記しているが、非ジアゼピン系が正しい。ネット記事が必ずしも信用できない例である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ゾピクロン
すべての物質にはその結晶体が、光を右か左に回転させる性質がある。あてる光はあらかじめ偏光フィルターを通した「偏光」である。
生物が利用できるアミノ酸は、すべて左旋性つまりLevo体なので略してL体という。右旋性つまりDextro体はD体という。
英語では左利きをlevo-manualといい、右利きをdextro-manualという。弾倉回転式のピストルはrevolverで、L音とR音の区別がない日本語ではよく似ているが、levo-とrevo-は発音も意味もぜんぜん異なる。
アミノ酸は全部で24種以上あるが、そのうち人体内で合成できないものを「必須アミノ酸 (essential aminoacids)」といい8種ある。約4分の1である。L-フェニルアラニンもそのひとつで、成人男性の1日あたり必要量は2.2グラムである。全卵およびスキムミルクに約5%含まれており、毎日卵1個を食べれば十分である。
このL-フェニルアラニンには「甘味」がある。それを利用したものが人工甘味料「アスパルテーム」である。ところが、読者からメールが来て有害だというサイトを知らせてくれた。
http://thinker-japan.com/aspaltame.html
結論からいうと、米国FDAは日本の厚労省よりよほど信頼のおける政府機関である。米国で「サリドマイド被害」が出なかったのは、ドイツに追従した日本と違って、FDAが市販を許可しなかったからだ。日本やフランスと違い、米国ではエイズ薬害が出ていない。このサイトの開設者がどういう人が知らないが、無知でイデオロギー的に偏向しているのは間違いない。理由を説明しよう。
フェニールアラニンは体内で、フェニールアラニン水酸化酵素(PAH)(肝臓にある)の作用によりチロシンに変わる。チロシンは甲状腺ホルモン(チロキシン)の合成に欠かせない重要物質である。ところで、このPAH遺伝子が先天的に欠損している病気がある。それが「フェニールケトン尿症(PKU)」で、欠陥遺伝子は12番染色体の長腕24バンドにある。劣性遺伝子なので、ホモ接合体の新生児にのみ発症する。この欠陥遺伝子はスカンジナヴィア起源で、白人には多い(1万人に1人)が、アフリカ人、アジア人にはきわめてまれである。真性のアルツハイマー病はどこの国でも100万人に1人発症する。その100倍多いわけである。難病センターの情報によると2009年度に、日本ではたった540人しか見つかっていない。白人主体の英国の人口は6,300万人(2011)、出生率は12.9(人口1000人当たり)12.9なので、計算上は年間に2万人強のPKUが生まれる。(英国がそうならないのは「出生前診断」により、親が中絶しているからだ>)
http://www.nanbyou.or.jp/entry/656
このため、この病気が多い英国ではすべての新生児はインフォームドコンセントなしに、PKUのスクリーニングを受けなければならない。
フェニールアラニンがPAHによりチロシンに変化しないと、血中の濃度が上昇すると共に別回路で「フェニールケトン体(フェニール・ピルヴィン酸、フェニール酪酸、フェニール酢酸など)」に変化する。このうち、フェニール酢酸は鼻をつく異臭があり、汗に分泌されるのでPKUの新生児は特有の悪臭を発することがある。これらのフェニールケトン体は血液脳関門を通過し、脳の発達障害を来し、子供のIQは50~60と白痴のレベルになる。
このため保育にはフェニールアラニンに乏しい「低(もしくは無)タンパク食」(母乳はフェニールアラニン含量が高いため投与禁止)が与えられるが、成長するにつれて血液脳関門が完成するので、食事中のタンパク含量を増やすことができる。しかし患者には知恵遅れ/理解力の乏しさが残る。このため女児が成人となると8割は低タンパク食をやめてしまい、ホモ接合体なのに妊娠するという事態が生じ、今度は「母原性PKU」が胎児に起こる。この胎児は脳障害、心奇形など多発性の先天性異常をもって生まれてくる。
米国ではPKUが多いため、アスパルテームを含有する食品にはそのことを表示するようにFDAが義務づけている。
【以上の参考文献】
1)The Merck Index. 11 版
2)「Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease 7 th ed.」, 2005
3) Jorde et al.: Medical Genetics 3 rd ed., 2006
つまり、上記のサイトに記入している人物は、もっぱら北欧系白人に多い病気を日本人に当てはめて議論し、しかもPKUの病理発生もフェニールアラニンが必須アミノ酸であることも知らないで、「製薬会社による陰謀説」を唱えているのだ。これは特定のイデオロギーと無知の産物である。
フェニールアラニンの含量は、七面鳥の肉とマグロの肉に多い。これらを北欧人が常時食べていれば、PKU遺伝子は進化の過程で自然淘汰されていたはずである。他方で、フェニールアラニンの甘味は、砂糖以前になぜ「甘味」レセプターが維持されたかを説明してくれる。
甘味は他の4基本味と同様に、味蕾中にある味細胞表面のレセプターと味物質が結合することにより発生する。
狩猟採取時代において、人類は熟した果物を食べた場合に、それに含まれているフルクトースやシュクロースを「甘い」と感じた。またある種の肉もフェニールアラニンが多く含まれるために「甘い」と感じた。そこで蜂蜜を発見し、前1000年頃には養蜂を学んだ。蜂蜜は古代において唯一の甘味料であった。
しかし、ニューギニア石器人はサトウキビを発見し、それを栽培することを憶えた。こうして砂糖が発見され、その甘味の特異性のゆえに全世界で他の甘味を置換してしまったのである。しかし砂糖は口中に残るために、歯垢菌(ストレプトコックス・ミュータンス)の培地となり、虫歯や歯周囲炎の流行をもたらしたし、糖尿病の要因ともなった。
他の味物質(うまみ物質)であるグルタミン酸もアミノ酸である。イノシン酸は核酸の一種で、やはりうまみ物質だ。塩味は塩(水酸化ナトリウム)に由来する。酸味は酢酸、苦味は植物アルカロイドに由来し、どちらも有害物質だ。辛味はカプサイシンなど痛覚刺激物質による。酸味、苦味、辛味は有毒食物を避けるために残った感覚で、うま味と甘味と塩味は、生き残るのに必要な感覚だった。塩がなければ、陸生動物は生きて行けないのだから。
日本人の場合、PKUに異常がある人はまずいないから、フェニールアラニンの摂取に害があるはずがない。「味の素」という会社は日本人が発見したグルタミン酸を調味料として製造販売した会社だ。アミノ酸の製造と商品化には長い経験をもっている。もっともアメリカへの売り込みには「グルタミン酸は脳に害がある」というデマを流されてそうとう苦労した。
「パルスィート」(商品化アスパルテーム製剤)のパックをよく見ると、提携「大正製薬」、「製造:広島県の協力工場、包装:神奈川県の味の素パッケージング」で販売が「味の素」となっている。原料は大正製薬が供給し、「協力工場」で果粒粉末を製造し、神奈川で袋詰めをやっているのかもしれない。このへんどなたか製薬会社の方、教えてもらえませんか?
ともあれ、ある意見や質問に答えるには、そうとう調べないと書けない。講演で1時間しゃべるには10時間準備しないといけないのと同じだ。
それで調べているうちに、こちらの頭も整理される。目的意識がないと勉強しても意味がない。すぐ忘れる。
ご意見をお寄せくださった方に感謝します。ありがとうございました。
即効性(30分以内に効くこと)である点では、ハルラック(ハルシオン:酒石酸トリアゾラム)、マイスリー(酒石酸ゾルピデム)と変わらないが、副作用に「あと口が悪い」というのがある。融道男『向精神薬マニュアル 第2版』(医学書院)には「口中の苦味」とあるが、実際に飲んでみて書いたのではなかろう。
これは口中で薬剤が溶けて感じる味ではなく、飲んで胃から吸収され、血中に移行し、その一部(恐らくはその中間代謝物)が、唾液腺から口腔内に唾液に混じって分泌されて感じる味である。飲んでから味が感じられるまでに時差があるので、「後(あと)口」というのである。で、その味だが私の経験では甘く感じる。
日本語WIKIでは、「ジアゼピン系」睡眠剤に列記しているが、非ジアゼピン系が正しい。ネット記事が必ずしも信用できない例である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ゾピクロン
すべての物質にはその結晶体が、光を右か左に回転させる性質がある。あてる光はあらかじめ偏光フィルターを通した「偏光」である。
生物が利用できるアミノ酸は、すべて左旋性つまりLevo体なので略してL体という。右旋性つまりDextro体はD体という。
英語では左利きをlevo-manualといい、右利きをdextro-manualという。弾倉回転式のピストルはrevolverで、L音とR音の区別がない日本語ではよく似ているが、levo-とrevo-は発音も意味もぜんぜん異なる。
アミノ酸は全部で24種以上あるが、そのうち人体内で合成できないものを「必須アミノ酸 (essential aminoacids)」といい8種ある。約4分の1である。L-フェニルアラニンもそのひとつで、成人男性の1日あたり必要量は2.2グラムである。全卵およびスキムミルクに約5%含まれており、毎日卵1個を食べれば十分である。
このL-フェニルアラニンには「甘味」がある。それを利用したものが人工甘味料「アスパルテーム」である。ところが、読者からメールが来て有害だというサイトを知らせてくれた。
http://thinker-japan.com/aspaltame.html
結論からいうと、米国FDAは日本の厚労省よりよほど信頼のおける政府機関である。米国で「サリドマイド被害」が出なかったのは、ドイツに追従した日本と違って、FDAが市販を許可しなかったからだ。日本やフランスと違い、米国ではエイズ薬害が出ていない。このサイトの開設者がどういう人が知らないが、無知でイデオロギー的に偏向しているのは間違いない。理由を説明しよう。
フェニールアラニンは体内で、フェニールアラニン水酸化酵素(PAH)(肝臓にある)の作用によりチロシンに変わる。チロシンは甲状腺ホルモン(チロキシン)の合成に欠かせない重要物質である。ところで、このPAH遺伝子が先天的に欠損している病気がある。それが「フェニールケトン尿症(PKU)」で、欠陥遺伝子は12番染色体の長腕24バンドにある。劣性遺伝子なので、ホモ接合体の新生児にのみ発症する。この欠陥遺伝子はスカンジナヴィア起源で、白人には多い(1万人に1人)が、アフリカ人、アジア人にはきわめてまれである。真性のアルツハイマー病はどこの国でも100万人に1人発症する。その100倍多いわけである。難病センターの情報によると2009年度に、日本ではたった540人しか見つかっていない。白人主体の英国の人口は6,300万人(2011)、出生率は12.9(人口1000人当たり)12.9なので、計算上は年間に2万人強のPKUが生まれる。(英国がそうならないのは「出生前診断」により、親が中絶しているからだ>)
http://www.nanbyou.or.jp/entry/656
このため、この病気が多い英国ではすべての新生児はインフォームドコンセントなしに、PKUのスクリーニングを受けなければならない。
フェニールアラニンがPAHによりチロシンに変化しないと、血中の濃度が上昇すると共に別回路で「フェニールケトン体(フェニール・ピルヴィン酸、フェニール酪酸、フェニール酢酸など)」に変化する。このうち、フェニール酢酸は鼻をつく異臭があり、汗に分泌されるのでPKUの新生児は特有の悪臭を発することがある。これらのフェニールケトン体は血液脳関門を通過し、脳の発達障害を来し、子供のIQは50~60と白痴のレベルになる。
このため保育にはフェニールアラニンに乏しい「低(もしくは無)タンパク食」(母乳はフェニールアラニン含量が高いため投与禁止)が与えられるが、成長するにつれて血液脳関門が完成するので、食事中のタンパク含量を増やすことができる。しかし患者には知恵遅れ/理解力の乏しさが残る。このため女児が成人となると8割は低タンパク食をやめてしまい、ホモ接合体なのに妊娠するという事態が生じ、今度は「母原性PKU」が胎児に起こる。この胎児は脳障害、心奇形など多発性の先天性異常をもって生まれてくる。
米国ではPKUが多いため、アスパルテームを含有する食品にはそのことを表示するようにFDAが義務づけている。
【以上の参考文献】
1)The Merck Index. 11 版
2)「Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease 7 th ed.」, 2005
3) Jorde et al.: Medical Genetics 3 rd ed., 2006
つまり、上記のサイトに記入している人物は、もっぱら北欧系白人に多い病気を日本人に当てはめて議論し、しかもPKUの病理発生もフェニールアラニンが必須アミノ酸であることも知らないで、「製薬会社による陰謀説」を唱えているのだ。これは特定のイデオロギーと無知の産物である。
フェニールアラニンの含量は、七面鳥の肉とマグロの肉に多い。これらを北欧人が常時食べていれば、PKU遺伝子は進化の過程で自然淘汰されていたはずである。他方で、フェニールアラニンの甘味は、砂糖以前になぜ「甘味」レセプターが維持されたかを説明してくれる。
甘味は他の4基本味と同様に、味蕾中にある味細胞表面のレセプターと味物質が結合することにより発生する。
狩猟採取時代において、人類は熟した果物を食べた場合に、それに含まれているフルクトースやシュクロースを「甘い」と感じた。またある種の肉もフェニールアラニンが多く含まれるために「甘い」と感じた。そこで蜂蜜を発見し、前1000年頃には養蜂を学んだ。蜂蜜は古代において唯一の甘味料であった。
しかし、ニューギニア石器人はサトウキビを発見し、それを栽培することを憶えた。こうして砂糖が発見され、その甘味の特異性のゆえに全世界で他の甘味を置換してしまったのである。しかし砂糖は口中に残るために、歯垢菌(ストレプトコックス・ミュータンス)の培地となり、虫歯や歯周囲炎の流行をもたらしたし、糖尿病の要因ともなった。
他の味物質(うまみ物質)であるグルタミン酸もアミノ酸である。イノシン酸は核酸の一種で、やはりうまみ物質だ。塩味は塩(水酸化ナトリウム)に由来する。酸味は酢酸、苦味は植物アルカロイドに由来し、どちらも有害物質だ。辛味はカプサイシンなど痛覚刺激物質による。酸味、苦味、辛味は有毒食物を避けるために残った感覚で、うま味と甘味と塩味は、生き残るのに必要な感覚だった。塩がなければ、陸生動物は生きて行けないのだから。
日本人の場合、PKUに異常がある人はまずいないから、フェニールアラニンの摂取に害があるはずがない。「味の素」という会社は日本人が発見したグルタミン酸を調味料として製造販売した会社だ。アミノ酸の製造と商品化には長い経験をもっている。もっともアメリカへの売り込みには「グルタミン酸は脳に害がある」というデマを流されてそうとう苦労した。
「パルスィート」(商品化アスパルテーム製剤)のパックをよく見ると、提携「大正製薬」、「製造:広島県の協力工場、包装:神奈川県の味の素パッケージング」で販売が「味の素」となっている。原料は大正製薬が供給し、「協力工場」で果粒粉末を製造し、神奈川で袋詰めをやっているのかもしれない。このへんどなたか製薬会社の方、教えてもらえませんか?
ともあれ、ある意見や質問に答えるには、そうとう調べないと書けない。講演で1時間しゃべるには10時間準備しないといけないのと同じだ。
それで調べているうちに、こちらの頭も整理される。目的意識がないと勉強しても意味がない。すぐ忘れる。
ご意見をお寄せくださった方に感謝します。ありがとうございました。
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