【修復腎移植の進展】いくつか新しい情報があります。
1)文藝春秋8月号:万波誠「私はなぜ<臓器売買・悪徳医師>にされたのか」(構成:高橋幸春)は14頁記事で、万波手記部分と客観的叙述部分が交互にある。表(死体腎移植、生体腎移植件数の年次推移)グラフ(生体腎、死体腎、修復腎の70歳以上ドナーの場合の生着率カーブ)が1枚ずつ用いられている。
記事の中見出しは、
「野犬で腎移植実験を」=宇和島で四国初の腎移植をはじめるまでのいきさつ
「事実と異なる情報をリーク」=「腎臓売買事件」に続く「病腎移植」の公表と移植学会の調査
「病理学会専門委員の<反乱>」=病理学者堤寛教授(藤田保健衛生大学)の移植学会調査委への異議申し立て
「医師免許抹消の危機」=厚労省住友克敏監査官と移植学会が結託した宇和島2病院潰しと万波潰し
「厚労省特別監査官の逮捕」=大阪府警、収賄容疑で住友克敏を逮捕
「アメリカ学説の崩壊」=「移植によりがんが移る」としたイスラエル・ペンの学説崩壊、移植学会主張の根拠を失う
「欧米では加速度的に広まる」=修復腎移植、オーストラリア以外に米国、ドイツ、英国、スペインに広まる
「患者が透析から離れられる日」=修復腎移植、臨床研究に基づき「先進医療」認可を求めるも、移植学会の反対で却下
となっています。
内容的には2006/10に摘発された「腎臓売買事件」から11月の「修復腎移植」公表にはじまる「病腎移植騒動」、学会と厚労省のスクラムを組んでの監査・修復腎移植つぶしの企み、その先頭に立っていた厚労省特別監査官住友克敏の収賄容疑での逮捕と実刑判決。海外での修復腎移植への評価と波及、コロコロと変わる「修復腎移植禁止」についての移植学会の論理。過去7年間にわたる修復腎移植移植をめぐる動きとその論点が要領よくまとめてあります。
詳述は営業妨害になるのでこれでやめます。ぜひ7/10発売の本誌を手にとってお求めください。
また知人・友人にどうかこのメールの転送か、PDFファイルの転送により購入を呼びかけてください。お願いいたします。
NPOの向田さん、野村さん、河野さん、よろしくお願いします。
と書いたら日曜日の夕刻、「文藝春秋」8月号の目次と「万波手記」の冒頭2頁分の画像とがメールで届いた。
大特集「激変する医療」の中の第二特集になっている。(添付1, 2)
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もう刊行されているらしい。これならもう何を書いても構わないのだが、書き直すのも面倒だ。
「文藝春秋」は出版社の名前(「社」が付かない)であり、月刊誌の名前でもある、というややこしい固有名詞だ。
慶応大放射線科の近藤誠講師は雑誌「文藝春秋」編集部に依頼されて、1988年6月号に乳がんの「乳房温存療法」について論文を載せた。その後も同誌に「がんもどき理論」に基づいて、がんについての解説論文を連載した。
これがその後、長く続く医学会首脳との公然たる闘いの始まりだった。
1970年代には「日本人特殊論」が、日本人論だけでなく、医学医療の分野でも幅をきかせていて、それが国際的ながん分類やがん告知や標準的な治療法の採用を妨げていた。(抗がん剤の投与量など白人の1/3量だった。)
山本七平(イザヤ・ベンダサン)「日本人とユダヤ人」、角田忠信「日本人の脳」などを憶えておられるだろうか。
われわれが「悪性リンパ腫研究グループ(LSG)」を結成して活動を始め、最初に「悪性リンパ腫図譜」を刊行し、国際的な動きを紹介したのが1981年で、この運動には病理医と内科医だけでなく、耳鼻科医、放射線科医などが参加していた。いわゆる「集学的治療」の始まりである。1980年に近藤さんは、米国の悪性リンパ腫治療法や乳がんの「乳房温存療法」を学んで、米国留学から帰国しているから、「臨床血液学会」を場とした病理・臨床の交流にも参加していたはずだ。
まだ本人へのがん告知も治療選択についてのインフォームド・コンセントも行われていなかった。
主治医は「私にまかせなさい」と患者、家族に告げていた時代だ。
LSGは集団としての活動だったから、5年で内科の流れを変え、10年で放射線科、耳鼻科、外科の流れを変えるのに成功したが、近藤さんの「乳房温存」の戦いは孤立したものになった。私自身は彼の「がんもどき」理論を初めから支持してきたが、大部分の病理学者は「がんの過剰病理診断」を認めようとしなかった。
結局、日本の医療に「乳房温存療法」が定着するまで約20年かかった。
われわれも彼の苦闘から学ぶ必要がある。「修復腎移植」の解禁まで、まだ3年以上かかるかも知れない。
その彼に対して、言論界は昨年10月「第60回菊池寛賞」授賞で報いた。「患者よがんと闘うな」をはじめ、患者目線でのQOLを高める治療法やインフォームドコンセント、リビングウィルの普及などに貢献したと認めたのである。
乳房だけでなく、大胸筋、腋窩リンパ節までも切除する、「ハルステッド手術」が「乳がんの標準手術」だなどという外科医はもういない。
近藤さんの主張に誌面を最初に提供したのが「文藝春秋」である。だから同誌が今回、万波さんを取りあげてくれたのは大変さい先がよい。いま近藤誠「医者に殺されない47の心得」(アスコム)は80万部を突破して大ベストセラーになっている。(これは近日中に「買いたい新書」の書評で取りあげる予定。)
2)青山淳平「小説・修復腎移植」(本の森社):出版が正式に決まりました。
社長が大変乗り気で、7/3に上京したら、もう初校が刷り上がっていたそうです。初版3000部を9月上旬に出版する予定になっているとか。
青山先生おめでとうございます。
青山淳平:「いのちと向きあう男たち:腎臓移植最前線」、光人社、2007 (太田和夫と万波誠を取りあげる)に継ぐ2作目です。
他に修復腎移植を支持する本に
1)村口敏也:「この国の医療のかたち、否定された腎移植」, 創風社, 2007 (テレビ愛媛プロデューサー)
2)白石拓:「医師の正義」, 宝島社, 2008 (科学ジャーナリスト)
3)林秀信:「修復腎移植の闘いと未来」, 生活文化出版, 2010 (「修復腎訴訟」弁護団長)
が出ています。
これに対して修復腎移植を否定する本は、
相川厚:「日本の臓器移植、現役腎移植医のジハード」, 河出書房新社, 2009(東邦大学医学部泌尿器科教授、厚労省調査班の班長)
しかありません。この第4章「病腎移植はなぜいけないのか」はドナー腎を提供した岡山県と広島県東部の5病院での調査データを元に書かれています。文献の読み間違い、事実関係の間違いなど1頁に1個の間違いがあり、著者の粗雑な脳みそが透けて見えるような本です。
この男は「移植に使えるようなよい腎臓なら自家移植すべきだ」と万波医師を責めておきながら、裁判所に命じられて過去10年間の腎がん手術のデータ提出を求められ、出てきたものを見たら、「小径腎がんを切除後に自家移植した例」はゼロだった。
他人に要求することと自分がやっていることが違う、「ダブルスタンダード人間」である。
泌尿器科は手術に際しては麻酔科医のお世話になるのだが、ここの麻酔科では
<2012年6月には、もう1つ日本発の研究不正の金字塔が打ち立てられている。元東邦大学の麻酔科医が、吐き気止めに関する臨床研究の捏造を長年にわたり繰り返していたことが発覚し、少なく見積もっても172本という膨大な医学論文が撤回されたというもので、その数の多さにおいては世界的な新記録>(MRIC, 谷本哲也東大医科研客員研究員(内科医)の論文より)
を樹立している。どうも病院全体の「倫理観」がマヒしているとしか思えない。
本の森社は東京本郷の東大医学部の近くにある元医書出版社で、社長が変わり社名変更したのだそうです。
四六版、328頁、定価1800円の予定です。
タイトルを「修復腎移植」と変更してもらってよかったと思います。帯の推薦文は近藤誠先生に書いてもらえるとよいですね。
出版された本を読むのが楽しみです。
後はマスコミに認識を新たにしてもらうように「書評依頼の献本」を、どことどこに送るかですが、私の意見はすでにお伝えしてあります。
これでメディアレベルでの「攻勢」がかけられる体勢になってきました。何しろこれまでは、学会の言い分しか報道されませんでしたからね。用語も「修復腎移植」で足並みがそろいそうです。
出版不況のおりから、ぜひとも初版完売で二刷りを出すように、皆さまにご協力いただきたいと思います。
3)1000例達成祝賀スピーチ:1977/12月に市立宇和島病院で万波さんが最初の腎移植をやったとき、それを全面的にバックアップしたのが、広島大学第二外科だった。当時技師としてHLA検査などに携わった技師さんも、宮本直明さん以外に、松尾良信さんという人がいて、今奈良県に在住とわかった。国際医療協力で長い間、モンゴルに行っていたのだそうだ。
これらの技師さんたちを指導したのが、広島大第二外科の福田康彦助手(元JA広島総合病院院長)だ。いち早く万波支持の声をあげられ、雑誌「ミクロスコピア」にも執筆された。私とは「広島ペンクラブ」の仲間でもある。
その福田先生が、今年の4月6日に松山ANAホテルで開かれた医療関係者による「万波腎移植1000例達成祝賀会」において、読み上げられたスピーチ原文が入手できた。ご本人の許可を得て添付します。(添付2)
文中にある「万波誠の眼」というのは、なかなか興味深い指摘だと思う。
父親の医師万波忠三郎がやはりあんな眼をしていたのだろうと思う。
泌尿器科の加藤篤二教授は医学部新聞部の顧問でもあり、お世話になりました。戦争中は軍医としてインパール作戦に参加され、大変な苦労をされたとお聞きしました。後に京大教授に転任され、退官後、この作戦を含む「回顧録」を書かれています。
福田先生は私より卒業が1級下になります。
4)寄付講座:高原史移植学会理事長が大阪大学寄付講座の教授であることは、先日の「読売」記事で確認できたが、そのスポンサーと金額がわからなかった。
が、ネットでマスコミ向けに公表されていることがわかった。
http://www.novartis.co.jp/news/2004/pr20041220-02.pdf
やはり助教授だった高原は2005/1/1に寄付講座が開設されたことで教授に昇任していた。
金額は年間5,000万円を5年契約で、総額2億5,000万円ととてつもない金額である。
この講座は2010/12/31で契約切れとなったから、今は免疫抑制剤を売っている2社が共同で寄付講座を維持しているらしい。この会社名も掴んでいるが、確実な資料がないので社名と分担金額はまだお知らせできない。
「情報公開法」による開示請求でやがて明らかになるだろう。
いずれにせよ、2015/12/31には寄付講座は期限切れになる。その後も存続できるかどうかはスポンサー次第だろう。
理事長は理事の互選によるから、こういう人物を理事長に選んだのは理事会の責任である。
寄付講座の教授で「日本医学会分科会」である学会の理事長になっている例が他にあるかどうか、移植学会のOBに聞いたところ、「聞いたことがない」と驚いていました。高久史麿日本医学会会長はこの事実を知らないのではないかな。
昔は「産学共同」というと大学の独立性を脅かすとして悪の象徴だった。
今は同じものを「産学連携」といって、「良いことだ」とする風潮がある。本当にそうだろうか?
日本にはアンドルー・カーネギーのような大富豪で奉仕精神に富んだ実業家はいない。(カーネギーはアメリカに公共図書館40余、公共ホール、大学を寄付し、オランダに国際司法裁判所建物を寄付している。)
「金は出すが口は出さない」という鷹揚な企業は日本にはない。
さる大学病院でも、寄付講座にトラブルが続き途中で契約うち切りとなった例、寄付企業が自社製品の排他的利用と普及を強要したためトラブルになっている例があるそうだ。
京都府立医大では、内科の教授に1億円の金が製薬会社から出ただけでなく、降圧剤の臨床治験の論文書きに統計専門の社員派遣までやっていた。問題の教授は辞職したが、事件はさらに拡大しそうだ。
確かに「契約書」には甲乙双方からの「契約破棄」の条件が書き込まれているのが普通である。だから企業がその気になれば途中で講座をつぶすこともできるだろう。これも今後の展開が興味深い。
1)文藝春秋8月号:万波誠「私はなぜ<臓器売買・悪徳医師>にされたのか」(構成:高橋幸春)は14頁記事で、万波手記部分と客観的叙述部分が交互にある。表(死体腎移植、生体腎移植件数の年次推移)グラフ(生体腎、死体腎、修復腎の70歳以上ドナーの場合の生着率カーブ)が1枚ずつ用いられている。
記事の中見出しは、
「野犬で腎移植実験を」=宇和島で四国初の腎移植をはじめるまでのいきさつ
「事実と異なる情報をリーク」=「腎臓売買事件」に続く「病腎移植」の公表と移植学会の調査
「病理学会専門委員の<反乱>」=病理学者堤寛教授(藤田保健衛生大学)の移植学会調査委への異議申し立て
「医師免許抹消の危機」=厚労省住友克敏監査官と移植学会が結託した宇和島2病院潰しと万波潰し
「厚労省特別監査官の逮捕」=大阪府警、収賄容疑で住友克敏を逮捕
「アメリカ学説の崩壊」=「移植によりがんが移る」としたイスラエル・ペンの学説崩壊、移植学会主張の根拠を失う
「欧米では加速度的に広まる」=修復腎移植、オーストラリア以外に米国、ドイツ、英国、スペインに広まる
「患者が透析から離れられる日」=修復腎移植、臨床研究に基づき「先進医療」認可を求めるも、移植学会の反対で却下
となっています。
内容的には2006/10に摘発された「腎臓売買事件」から11月の「修復腎移植」公表にはじまる「病腎移植騒動」、学会と厚労省のスクラムを組んでの監査・修復腎移植つぶしの企み、その先頭に立っていた厚労省特別監査官住友克敏の収賄容疑での逮捕と実刑判決。海外での修復腎移植への評価と波及、コロコロと変わる「修復腎移植禁止」についての移植学会の論理。過去7年間にわたる修復腎移植移植をめぐる動きとその論点が要領よくまとめてあります。
詳述は営業妨害になるのでこれでやめます。ぜひ7/10発売の本誌を手にとってお求めください。
また知人・友人にどうかこのメールの転送か、PDFファイルの転送により購入を呼びかけてください。お願いいたします。
NPOの向田さん、野村さん、河野さん、よろしくお願いします。
と書いたら日曜日の夕刻、「文藝春秋」8月号の目次と「万波手記」の冒頭2頁分の画像とがメールで届いた。
大特集「激変する医療」の中の第二特集になっている。(添付1, 2)
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もう刊行されているらしい。これならもう何を書いても構わないのだが、書き直すのも面倒だ。
「文藝春秋」は出版社の名前(「社」が付かない)であり、月刊誌の名前でもある、というややこしい固有名詞だ。
慶応大放射線科の近藤誠講師は雑誌「文藝春秋」編集部に依頼されて、1988年6月号に乳がんの「乳房温存療法」について論文を載せた。その後も同誌に「がんもどき理論」に基づいて、がんについての解説論文を連載した。
これがその後、長く続く医学会首脳との公然たる闘いの始まりだった。
1970年代には「日本人特殊論」が、日本人論だけでなく、医学医療の分野でも幅をきかせていて、それが国際的ながん分類やがん告知や標準的な治療法の採用を妨げていた。(抗がん剤の投与量など白人の1/3量だった。)
山本七平(イザヤ・ベンダサン)「日本人とユダヤ人」、角田忠信「日本人の脳」などを憶えておられるだろうか。
われわれが「悪性リンパ腫研究グループ(LSG)」を結成して活動を始め、最初に「悪性リンパ腫図譜」を刊行し、国際的な動きを紹介したのが1981年で、この運動には病理医と内科医だけでなく、耳鼻科医、放射線科医などが参加していた。いわゆる「集学的治療」の始まりである。1980年に近藤さんは、米国の悪性リンパ腫治療法や乳がんの「乳房温存療法」を学んで、米国留学から帰国しているから、「臨床血液学会」を場とした病理・臨床の交流にも参加していたはずだ。
まだ本人へのがん告知も治療選択についてのインフォームド・コンセントも行われていなかった。
主治医は「私にまかせなさい」と患者、家族に告げていた時代だ。
LSGは集団としての活動だったから、5年で内科の流れを変え、10年で放射線科、耳鼻科、外科の流れを変えるのに成功したが、近藤さんの「乳房温存」の戦いは孤立したものになった。私自身は彼の「がんもどき」理論を初めから支持してきたが、大部分の病理学者は「がんの過剰病理診断」を認めようとしなかった。
結局、日本の医療に「乳房温存療法」が定着するまで約20年かかった。
われわれも彼の苦闘から学ぶ必要がある。「修復腎移植」の解禁まで、まだ3年以上かかるかも知れない。
その彼に対して、言論界は昨年10月「第60回菊池寛賞」授賞で報いた。「患者よがんと闘うな」をはじめ、患者目線でのQOLを高める治療法やインフォームドコンセント、リビングウィルの普及などに貢献したと認めたのである。
乳房だけでなく、大胸筋、腋窩リンパ節までも切除する、「ハルステッド手術」が「乳がんの標準手術」だなどという外科医はもういない。
近藤さんの主張に誌面を最初に提供したのが「文藝春秋」である。だから同誌が今回、万波さんを取りあげてくれたのは大変さい先がよい。いま近藤誠「医者に殺されない47の心得」(アスコム)は80万部を突破して大ベストセラーになっている。(これは近日中に「買いたい新書」の書評で取りあげる予定。)
2)青山淳平「小説・修復腎移植」(本の森社):出版が正式に決まりました。
社長が大変乗り気で、7/3に上京したら、もう初校が刷り上がっていたそうです。初版3000部を9月上旬に出版する予定になっているとか。
青山先生おめでとうございます。
青山淳平:「いのちと向きあう男たち:腎臓移植最前線」、光人社、2007 (太田和夫と万波誠を取りあげる)に継ぐ2作目です。
他に修復腎移植を支持する本に
1)村口敏也:「この国の医療のかたち、否定された腎移植」, 創風社, 2007 (テレビ愛媛プロデューサー)
2)白石拓:「医師の正義」, 宝島社, 2008 (科学ジャーナリスト)
3)林秀信:「修復腎移植の闘いと未来」, 生活文化出版, 2010 (「修復腎訴訟」弁護団長)
が出ています。
これに対して修復腎移植を否定する本は、
相川厚:「日本の臓器移植、現役腎移植医のジハード」, 河出書房新社, 2009(東邦大学医学部泌尿器科教授、厚労省調査班の班長)
しかありません。この第4章「病腎移植はなぜいけないのか」はドナー腎を提供した岡山県と広島県東部の5病院での調査データを元に書かれています。文献の読み間違い、事実関係の間違いなど1頁に1個の間違いがあり、著者の粗雑な脳みそが透けて見えるような本です。
この男は「移植に使えるようなよい腎臓なら自家移植すべきだ」と万波医師を責めておきながら、裁判所に命じられて過去10年間の腎がん手術のデータ提出を求められ、出てきたものを見たら、「小径腎がんを切除後に自家移植した例」はゼロだった。
他人に要求することと自分がやっていることが違う、「ダブルスタンダード人間」である。
泌尿器科は手術に際しては麻酔科医のお世話になるのだが、ここの麻酔科では
<2012年6月には、もう1つ日本発の研究不正の金字塔が打ち立てられている。元東邦大学の麻酔科医が、吐き気止めに関する臨床研究の捏造を長年にわたり繰り返していたことが発覚し、少なく見積もっても172本という膨大な医学論文が撤回されたというもので、その数の多さにおいては世界的な新記録>(MRIC, 谷本哲也東大医科研客員研究員(内科医)の論文より)
を樹立している。どうも病院全体の「倫理観」がマヒしているとしか思えない。
本の森社は東京本郷の東大医学部の近くにある元医書出版社で、社長が変わり社名変更したのだそうです。
四六版、328頁、定価1800円の予定です。
タイトルを「修復腎移植」と変更してもらってよかったと思います。帯の推薦文は近藤誠先生に書いてもらえるとよいですね。
出版された本を読むのが楽しみです。
後はマスコミに認識を新たにしてもらうように「書評依頼の献本」を、どことどこに送るかですが、私の意見はすでにお伝えしてあります。
これでメディアレベルでの「攻勢」がかけられる体勢になってきました。何しろこれまでは、学会の言い分しか報道されませんでしたからね。用語も「修復腎移植」で足並みがそろいそうです。
出版不況のおりから、ぜひとも初版完売で二刷りを出すように、皆さまにご協力いただきたいと思います。
3)1000例達成祝賀スピーチ:1977/12月に市立宇和島病院で万波さんが最初の腎移植をやったとき、それを全面的にバックアップしたのが、広島大学第二外科だった。当時技師としてHLA検査などに携わった技師さんも、宮本直明さん以外に、松尾良信さんという人がいて、今奈良県に在住とわかった。国際医療協力で長い間、モンゴルに行っていたのだそうだ。
これらの技師さんたちを指導したのが、広島大第二外科の福田康彦助手(元JA広島総合病院院長)だ。いち早く万波支持の声をあげられ、雑誌「ミクロスコピア」にも執筆された。私とは「広島ペンクラブ」の仲間でもある。
その福田先生が、今年の4月6日に松山ANAホテルで開かれた医療関係者による「万波腎移植1000例達成祝賀会」において、読み上げられたスピーチ原文が入手できた。ご本人の許可を得て添付します。(添付2)
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文中にある「万波誠の眼」というのは、なかなか興味深い指摘だと思う。
父親の医師万波忠三郎がやはりあんな眼をしていたのだろうと思う。
泌尿器科の加藤篤二教授は医学部新聞部の顧問でもあり、お世話になりました。戦争中は軍医としてインパール作戦に参加され、大変な苦労をされたとお聞きしました。後に京大教授に転任され、退官後、この作戦を含む「回顧録」を書かれています。
福田先生は私より卒業が1級下になります。
4)寄付講座:高原史移植学会理事長が大阪大学寄付講座の教授であることは、先日の「読売」記事で確認できたが、そのスポンサーと金額がわからなかった。
が、ネットでマスコミ向けに公表されていることがわかった。
http://www.novartis.co.jp/news/2004/pr20041220-02.pdf
やはり助教授だった高原は2005/1/1に寄付講座が開設されたことで教授に昇任していた。
金額は年間5,000万円を5年契約で、総額2億5,000万円ととてつもない金額である。
この講座は2010/12/31で契約切れとなったから、今は免疫抑制剤を売っている2社が共同で寄付講座を維持しているらしい。この会社名も掴んでいるが、確実な資料がないので社名と分担金額はまだお知らせできない。
「情報公開法」による開示請求でやがて明らかになるだろう。
いずれにせよ、2015/12/31には寄付講座は期限切れになる。その後も存続できるかどうかはスポンサー次第だろう。
理事長は理事の互選によるから、こういう人物を理事長に選んだのは理事会の責任である。
寄付講座の教授で「日本医学会分科会」である学会の理事長になっている例が他にあるかどうか、移植学会のOBに聞いたところ、「聞いたことがない」と驚いていました。高久史麿日本医学会会長はこの事実を知らないのではないかな。
昔は「産学共同」というと大学の独立性を脅かすとして悪の象徴だった。
今は同じものを「産学連携」といって、「良いことだ」とする風潮がある。本当にそうだろうか?
日本にはアンドルー・カーネギーのような大富豪で奉仕精神に富んだ実業家はいない。(カーネギーはアメリカに公共図書館40余、公共ホール、大学を寄付し、オランダに国際司法裁判所建物を寄付している。)
「金は出すが口は出さない」という鷹揚な企業は日本にはない。
さる大学病院でも、寄付講座にトラブルが続き途中で契約うち切りとなった例、寄付企業が自社製品の排他的利用と普及を強要したためトラブルになっている例があるそうだ。
京都府立医大では、内科の教授に1億円の金が製薬会社から出ただけでなく、降圧剤の臨床治験の論文書きに統計専門の社員派遣までやっていた。問題の教授は辞職したが、事件はさらに拡大しそうだ。
確かに「契約書」には甲乙双方からの「契約破棄」の条件が書き込まれているのが普通である。だから企業がその気になれば途中で講座をつぶすこともできるだろう。これも今後の展開が興味深い。
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