【E.R.サックス】SFCにいる高校の同級生K君が、NYTのオピニオン欄に載ったE.(エリン)R.サックスの「成功した分裂病患者」という随筆を知らせてくれた。記事は以下で読める。
http://nyti.ms/Y4z4Nc
サックスというと神経内科医で作家のオリヴァー・サックスを思い出す。ルイス・トーマスと並んで現代医学随筆の名手で、「妻と帽子と間違えた男」、「色のない島へ」、「タングステンおじさん」、「火星の人類学者」などその著作のすべてが邦訳されている。
珍しい姓なので同一人かと思ったが、こちらは法学部の教授だった。分裂病があるという。
これは映画「ビューティフル・マインド」の主人公、コーネル大学の教授ジョン・ナッシュ(ノーベル経済学賞を受賞)以来だ。
読んだらなかなか面白いので、拙訳で一部を紹介する。こういう記事が載るから、NYTは「クオリティ・ペーパー」なのである。日本にはこういう新聞は一紙もない。
成功したスキゾ患者 エリン R. サックス
30年前、分裂病と診断された。予後は「不良」だったー ひとりで暮らすことはできないし、職業にもつけない、恋人を見つけることも結婚もできない。住むところは柵と看護のある施設で、同じような心の病にむしばまれた他人と一日中テレビを見て暮らす。28歳の時、最後の精神病院入院の後で、ある医師が現金交換係として働くようにと励ましてくれた。それが上手くできれば、と彼はいった、私の能力をもっと重要な仕事に貸し出し、たぶんフルタイムの仕事さえ持てるだろうと。
そこで私は決心した。自分の人生を書き綴ることを。いま、私は南カリフォルニア大学法学部の主任教授である。カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部の精神科教授を兼任していて、精神分析ニュー・センターの教授団の一員でもある。マッカーサー財団が素晴らしい研究費を提供してくれたのだ。
自分に下された診断と何年にもわたって闘ったが、精神分裂病であることと生涯にわたり治療を続ける必要があることを受け入れることにした。実際に、卓抜した精神分析療法と薬物が私の成功には決定的だった。受け入れなかったのは私の予後に関する部分だ。
精神科的常識とその診断基準によると、私のような人間は「存在しない」ことになっている。私は分裂病をもたないか(どうかそれをいま心に雲のように湧いている幻想にむかって告げてやってほしい)、私がいま保持しているようなものを獲得することはできなかったはずだ(どうかそれをUSCの学部人事係に告げてほしい)、というものだ。だができたし、保持している。私はUSCやUCLAで同僚たちと研究を行い、私だけではないことを示した。他にも精神分裂病で、幻想や幻覚のアクティブな症状を持ちながら、著明な学術的あるいは職業上の業績をあげた人たちがいるのだ。
過去5年以上にわたり、私の同僚たち(ステファン・マーダー、アリソン・ハミルトンとアミー・コーエン)と私はロサンゼルス地区で「高機能分裂病」の研究患者20人を集めた。みな軽い幻想ないし幻覚による症状に悩まされていた。平均年齢は40歳だ。半数が男性、半数が女性で半数以上がマイノリティだ。全員高卒以上、過半数が大学進学を目指しているか卒業証書をもっていた。職業的には大学院生、管理職、技術者、医師、弁護士、心理学者、NPOの執行役員などをふくむプロフェッショナルである。
同時に彼らのほとんどが未婚で子供なしであり、その病名と一致している。(私たちは分裂病患者で人間関係が「高機能」である人たちを研究することも考えている。40代の半ばで結婚したことは、我が人生で最良のことだった、ほとんど18年間もデートしたことがなかったのを思うと、あらゆる確率に反していた。)患者の4分の3以上は病気のために2ないし5回入院したことがあったが、3人は一度も入院したことがなかった。
これら精神分裂病患者はどうやって研究や他の高レベルの職業で、成功することができたのだろうか?研究の結果、薬剤や精神療法のほかに、すべての患者は自分の分裂病を「食いとめる」方法を開発していることがわかった。ある患者たちでは、この技術は認知的なものだ。修士号をもつある教師はこういった。自分の幻覚に対してこう質問を発することで向きあうことを学んだ:「その証拠はどこにある?それとも単なる認知障害か?」。別な患者はこういった。「邪魔する声がしょっちゅう聞こえます。…ちょっとそいつを吹き飛ばしてください」。(続)
編集部注:エリン・R.ロスは南カリフォルニア大学の法学教授で、回想録「中枢が耐えきれない:狂気の中の私の旅」の著者である。
「百聞は一見に及かず」。新聞が「精神病に偏見をもつな」と100回記事を載せるより、こういう例を示すことの方がよほど説得力がある。
http://nyti.ms/Y4z4Nc
サックスというと神経内科医で作家のオリヴァー・サックスを思い出す。ルイス・トーマスと並んで現代医学随筆の名手で、「妻と帽子と間違えた男」、「色のない島へ」、「タングステンおじさん」、「火星の人類学者」などその著作のすべてが邦訳されている。
珍しい姓なので同一人かと思ったが、こちらは法学部の教授だった。分裂病があるという。
これは映画「ビューティフル・マインド」の主人公、コーネル大学の教授ジョン・ナッシュ(ノーベル経済学賞を受賞)以来だ。
読んだらなかなか面白いので、拙訳で一部を紹介する。こういう記事が載るから、NYTは「クオリティ・ペーパー」なのである。日本にはこういう新聞は一紙もない。
成功したスキゾ患者 エリン R. サックス
30年前、分裂病と診断された。予後は「不良」だったー ひとりで暮らすことはできないし、職業にもつけない、恋人を見つけることも結婚もできない。住むところは柵と看護のある施設で、同じような心の病にむしばまれた他人と一日中テレビを見て暮らす。28歳の時、最後の精神病院入院の後で、ある医師が現金交換係として働くようにと励ましてくれた。それが上手くできれば、と彼はいった、私の能力をもっと重要な仕事に貸し出し、たぶんフルタイムの仕事さえ持てるだろうと。
そこで私は決心した。自分の人生を書き綴ることを。いま、私は南カリフォルニア大学法学部の主任教授である。カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部の精神科教授を兼任していて、精神分析ニュー・センターの教授団の一員でもある。マッカーサー財団が素晴らしい研究費を提供してくれたのだ。
自分に下された診断と何年にもわたって闘ったが、精神分裂病であることと生涯にわたり治療を続ける必要があることを受け入れることにした。実際に、卓抜した精神分析療法と薬物が私の成功には決定的だった。受け入れなかったのは私の予後に関する部分だ。
精神科的常識とその診断基準によると、私のような人間は「存在しない」ことになっている。私は分裂病をもたないか(どうかそれをいま心に雲のように湧いている幻想にむかって告げてやってほしい)、私がいま保持しているようなものを獲得することはできなかったはずだ(どうかそれをUSCの学部人事係に告げてほしい)、というものだ。だができたし、保持している。私はUSCやUCLAで同僚たちと研究を行い、私だけではないことを示した。他にも精神分裂病で、幻想や幻覚のアクティブな症状を持ちながら、著明な学術的あるいは職業上の業績をあげた人たちがいるのだ。
過去5年以上にわたり、私の同僚たち(ステファン・マーダー、アリソン・ハミルトンとアミー・コーエン)と私はロサンゼルス地区で「高機能分裂病」の研究患者20人を集めた。みな軽い幻想ないし幻覚による症状に悩まされていた。平均年齢は40歳だ。半数が男性、半数が女性で半数以上がマイノリティだ。全員高卒以上、過半数が大学進学を目指しているか卒業証書をもっていた。職業的には大学院生、管理職、技術者、医師、弁護士、心理学者、NPOの執行役員などをふくむプロフェッショナルである。
同時に彼らのほとんどが未婚で子供なしであり、その病名と一致している。(私たちは分裂病患者で人間関係が「高機能」である人たちを研究することも考えている。40代の半ばで結婚したことは、我が人生で最良のことだった、ほとんど18年間もデートしたことがなかったのを思うと、あらゆる確率に反していた。)患者の4分の3以上は病気のために2ないし5回入院したことがあったが、3人は一度も入院したことがなかった。
これら精神分裂病患者はどうやって研究や他の高レベルの職業で、成功することができたのだろうか?研究の結果、薬剤や精神療法のほかに、すべての患者は自分の分裂病を「食いとめる」方法を開発していることがわかった。ある患者たちでは、この技術は認知的なものだ。修士号をもつある教師はこういった。自分の幻覚に対してこう質問を発することで向きあうことを学んだ:「その証拠はどこにある?それとも単なる認知障害か?」。別な患者はこういった。「邪魔する声がしょっちゅう聞こえます。…ちょっとそいつを吹き飛ばしてください」。(続)
編集部注:エリン・R.ロスは南カリフォルニア大学の法学教授で、回想録「中枢が耐えきれない:狂気の中の私の旅」の著者である。
「百聞は一見に及かず」。新聞が「精神病に偏見をもつな」と100回記事を載せるより、こういう例を示すことの方がよほど説得力がある。
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